EX2「誕生」
それから数日後、俺とセンリは【図書の大海lv1】によって半径10メートル以内の書物とにらめっこしていた。正確には内容を写し取ったウィンドウをだ。
どうやってスキルレベルを上げたかと言えば、【善意性分配lv98】によるスキルレベルの分配だ。レベルが上がったことで、スキル説明文にも変化が出ていたのだ。
【善意性分配lv98】概念を含む万物を抽出し分配するスキル。スキルランク・レジェンド。解析不能。
解析不能というのはおそらく【本質を見抜く目】に対しての文言だろう。さもありなん。
ともかく俺たちはその説明文の「概念を含む」というところに注目し、「もしかしたらレベルも分配できるのか?」と推理したのだ。いやかっこつけるのはよそう。考えたのはセンリだ。彼女の輝くどや顔は記憶に新しい。
ではなぜ【図書の大海】をレベル99にしないのかというと、レベル、というよりスキル経験値の分配は、15分しか持続しない上に、時間になると、経験値は消失してしまうのだ。
つまり【図書の大海lv0】にスキル経験値分配→【図書の大海lv1】十五分後→【図書の大海lv0】となるわけである。
俺はその仕様に大いに落胆したが、センリはむしろ嬉しげにしていた。聞いてみると、
「チートもいいけど、制限があった方がゲームは楽しいんだよ! 縛りプレイだよ!」
と目をキラキラとさせていた。縛りプレイが好きなのかと呟いたら怒られた。理不尽である。
「そういう意味じゃないわよ、バカ!」らしい。どういう意味なのか。
それはさておき無事に俺たちは情報収集を開始することができた。都合のいいことに、ウィンドウに表示されるとき、本の文字は日本語に翻訳されていた。
本の内容といえば、
『光粒子基礎理論』
『シンジュク国の歴史集』
『冥暗界を旅する』
『月刊シンジュク・トレンド』
『子供に好かれる親、嫌われる親』
『スキル考察ー記憶編ー』
など種類は多岐に渡った。母体が歩き回るので、リストに出る本は変動することも多い。全部で2万種くらいだと、ウィンドウに記録されていた。書庫でもあるのだろうか。
この世界で本がどれほど貴重なものなのか、俺には分からない。だが、これだけの本を所有している両親は少なくとも知識人であるはずだ。
まず手に取ったのは『輝術―理論と実践―』だ。
一行目『輝術は《最上級》かつ《究極》にして《神聖》な《自然意志》の結晶である』
次のページ『本質的に人の心と《光》の関係は無限に拡大するものとして定義される』
「分からないな」
「ええ、さっぱり」
もう少し簡単な本を探すべきだろう。そうして【善意性分配】の膨大な経験値を使い、図書をあさり続ける。出産されるまで使い倒しても、レベルが下がることはないはずだ。そういう感覚があった。【図書の大海】をlv1にする経験値が、【善意性分配】をlv98→lv99にするのに比べて少ないからだろう。
それからさらに一週間も経つ。俺とセンリはようやく光粒子らしきものを、視認するのだった。
参照にした図書は『はじめてのきじゅつ』である。胎児にはちょうどいい難易度だった。
「お、おおおお、落ち着きなさいっ」
「センリこそ落ち着きなよ……」
子供が新しい玩具を与えられたようにセンリのテンションが急上昇していく。身体ができていたら、今にも踊り出しそうな勢いだ。
「き、輝術は使っちゃダメなんだからね! ダメ、なんだよね?」
「ダメだよ!」
胎盤の中で火の玉なんて出したらどうなるのか。考えたくもない。
「うぅーん」
「なんで悩むんだよ!」
「これって、ゼッタイに押すなヨ! って振りかなーっと思って」
「振りじゃないよ!」
俺はセンリの輝術を使いたいという衝動を必死に抑えた。文字通り必死だった。
「まぁ光粒子を集めたり散らしたりするだけで、輝度は上がるらしいけど……」
「ちらちら見ても、ダメだからな」
上目遣いをするセンリを想像して、鼻血が出そうになった。ダメだ。胎児相手に興奮するとか、人間として始まる前に終わってしまう。
邪念を振り払って集中。空間の『熱』のようなものに意識を向ける。
前世の知識で言うなら、光粒子も水や酸素のような分子、または原子なのではないかと、俺とセンリは当たりをつけていた。
実証などできないが、なんとなく頭で理屈を理解していた方が、やりやすかったので、そういうことにしておく。
光粒子は集まるとエネルギー体のような振る舞いをし、物理的に光を放つ。俺はそれを散らし、また集める。一度行うだけでも精神的な疲労がたまる。
輝度を上げるのは、想像よりも大変なのかもしれない。
だが、生きると決めたのだ。なら最大限の努力はするべきなのだろう。俺は静かに瞑目し集中するセンリの横顔を見て、決意を新たにする。
輝度の向上と情報収集。徹底的にやってやろうじゃないか。
受精から280日。俺とセンリは産声を上げた。母体から排出され、冷たい外気に触れると堪えられず「おぎゃーっ!」と赤ん坊らしく泣いた。へそのおから供給されていた酸素も、自分の気道から取り込む。
生まれた。生きている。その実感が空気とともに肺を満たす。
一呼吸すると意識が薄れていく。心のありかが、固定されていく。脳や脳幹にだ。
魔法の時間は終わったのだ。ここからは、ただの人になる。
そして人の赤ん坊は、まだ大脳皮質が発達していない。思考は、できない。
なにかが叫ばれる。この世界の言葉だろう。俺には理解できなかった。あとからして聞くと、どうやらこう叫ばれたらしい。
「輝度測定不能です!!」
意識の最後、俺は気力を振り絞ってセンリを見た。世界一かわいい女の子の誕生の瞬間だ。見逃すわけにはいかないだろう?
間章は次話で終了です。