第5話「完全寄生」
「危ない。本当に危ないな~」
背後から迫る俺たちを見て、【完全支配】のスキルホルダーが言う。言葉とは裏腹に、焦りはなかった。
「……ばんり!」
むしろ顔を青ざめさせたのはセンリの方だった。俺は身体をセンリにぴとっと寄せる。慰める手も、励ます手も持たない俺にできることは、これくらいだ。
「……ありがとう」
センリが小さな声で言った。決意の固い表情で先頭集団をにらむ。
「あれれ~ダメじゃないか、センリ。ちゃんと作戦通りにやってくれなきゃあ」
男は愉快そうに身体を揺らすと、センリを見下ろすように言う。
「い、嫌だ……っ。ばんりの言うことは、もう聞かない……」
接触している俺だから分かる。センリは必死にこらえているが、身体は震えていた。そんなセンリの内心をも見透かすように、男、バンリはくつくつと嗤う。
「別にセンリの意見は聞いてないよ。これは、命令だよ」
ビクッとセンリの身体が跳ねた。
「離れて……」
「え?」
「私から、離れて……」
センリが俺を押す。俺は頭が真っ白になった。状況についていけていない。
「早く、行って! 私を置いて!」
恐れるようにセンリが叫んだ。だが、俺がセンリを置いていけるわけもない。俺は視線をセンリに送って、その理由を問おうとした。その瞬間だった。ばんりが、決定的な言葉を放ったのは。
「これは命令だ。センリお姉ちゃん」
ザシュッと、何かが切れる音。身体が、動かない。鈍い痛みが、下半身からやってくる。
「うがああああああああああああアアアァァアッッ!!!」
白くて、細くて、長いものが、子宮内液に漂っていた。
「しっぽ」
俺のしっぽが切れていた。
そうだ、スキルだ……早く、早く、治さなくっちゃあ!
【善意性分配】と念じる。短期間で何度も使用した、俺のスキル……スキル!
千切れたくらい、なんてことはないのだ。
治りさえすれば、痛みもすぐなくなるだろう。状況を把握するのは、それからでもいい。
「センリお姉ちゃん、良くやったよ。あとは僕が誕生するのを見送るだけでいい。さぁ、ついておいで」
「エゴイスト!」
口にまで出して俺は叫んだ。センリが離れていく。ずっと側にあったセンリのぬくもりが失われていく。
「リーダー!」
気付けば仲間たちが俺の身体を支えていた。もはや自分では動かすことのできない身体を。
「スキル・ウィンドウ」
俺は、絞り出すようにその言葉を唱えた。そして開かれるライトブルーの小窓。
【スキルなし】
「う、ぅああああああああっっ!」
痛い痛い痛い。もはや自分ではどうしようもなくなってしまった、下半身の喪失を、俺はとうとう認識せざるを得なくなる。
俺のしっぽを切ったのはセンリだ。切られたしっぽが分子消失していく。この現象を俺は知っていた。
「ごめん、ごめんね……」
【善意性分配】。俺のしっぽの分まで長くなったしっぽを振って、センリは去って行く。
「私の【完全寄生】は、最も強い者に寄生し、寄生し尽くすスキル……人のスキルを強化するなんて、そんな優しいスキルじゃないの……」
センリは懺悔するように言った。確かに、俺はセンリのスキルをウィンドウで確認はしていなかった。する必要性すら感じなかったのだ。
「スキルはその人の前世の形よ。私……最低でしょ?」
『……【善意性分配】? あなたも楽しそうな人生送ってるわね』……いつかセンリが言っていた台詞の意味を、ようやく理解する。彼女は嘆いていたのだろう、俺を、そして自分を。
「センリ!」
俺は叫んだ。俺の身体の断面から、動力源のグルコースや、細胞質が漏れていく。それでも構わなかった。
「センリ! なんでなんだ!」
訊きたいことがたくさんあった。本当にたくさん。
「無駄だよ。センリお姉ちゃんは、僕の奴隷なんだから。スキルなんて関係なく、僕には逆らえないのさ」
バンリが全てを失いつつある俺に向かって言う。スキルは前世を反映する。【完全支配】なんてスキルを発現したバンリは、一体どんな前世を送ったのか。
バンリとセンリの姉弟関係は本当なのか。どうしてセンリは裏切ったのか。気にならないと言えば、嘘になる。だが、そんなことより訊きたいのは、ただ一つのことだ。
「どうして」
センリの背中が遠い。センリは俺を見ない。それでも、それでもだ。俺には分かった。問わなければいけない理由は、それで十分だった。
「どうして、そんなに悲しそうな顔をしてるんだよ!」
俺は叫ぶ。命が、散っていく。
果たしてセンリと主人公はどうなるのか……!? 残り2話で精子編完結です。