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精子から始めるチートファンタジー  作者: 跡地
第一章「卵子争奪戦」
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第4話「千里」

 喝采が上がる。子宮内液が震えるようだ。今度は俺たちが群れとなって泳ぎ出す。先頭は俺が率いる形だった。



「おれのスキルを使わせてくれ」



 顔に精力をあふれ出させた精子が、俺のとなりに並んで言う。そこからは雪崩のように、志望者が各々のスキルを説明してくれた。



 指定範囲の速度を加速する【韋駄天ドライブ】。水圧の抵抗を減らす【抵抗軽減スムーズ】など、さすがにトップ集団にいるだけあって、スキルも速度関係のものが多いらしい。



 弾丸とされていた者たちは、その点に関しては微妙だった。百人も集めているのだ。スキルの厳選をする時間はなかったのかもしれない。優秀なスキル持ちも多いが、ことレースに関しては意味のないものばかりだ。それでも彼らの顔にはやる気が満ちていた。



 そして様々なスキルの説明を聞いているうち、俺はふと疑問に思った。【完全凍結ブレイズ】などのチートくさいスキルですら、ランクAなのだそうだ。



 だとすると、俺やセンリのスキルの異様さはどういうことだろうか。そして未だ使用されていないセンリのスキルの効果のほどは、想像も付かなかった。



 だが今はそんなことを問いただしている場合ではないのだろう。スピード関連のスキル持ちの者に使用を願うと、彼らは快く応じてくれた。


 

 集団の速度が一気に上がる。身体を横切る風景が、線と化していく。



 治療をしている間に、だいぶ引き離されたが、それでもこの速度なら追いつく可能性は十分あった。



「なぁ、お前さんの名前を教えてはくれないか?」


 

 俺が文字通り死ぬ気でしっぽを振っていると、再び横に並んだ男が訊いてきた。先ほど最初に名乗り出てきてくれた男だ。どういうわけか、顔を認識することができた。



 その質問にセンリが俺を見た。心配をしているのかもしれない。俺は首を横に振った。



「名前はない。記憶がないんだ」



「ん、そうか……。なんか、すまんな」



 男が眉をひそめて、申し訳なさそうにする。



「いや、いいさ。どうせ生まれたら名前も変わるだろ?」



 俺が明るく言うと、男はきょとんとしてから、快活に笑った。



「はっ、そらあ、そうだよな! よし! じゃあ、お前さんはここにいる間は、リーダーと呼ばせてもらうぜ」



「いや、リーダーなんてガラじゃないが」



 リーダーを任された記憶なんてないので、俺は当然のように戸惑ってしまう。しかし男を後押しするように「よ、リーダー!」「いいねいいね!」と、集団の中でもコミュ力の高そうな奴らが、それを後押しをした。



 一度決まった流れを、俺が変えるすべはない。いや、一つあるかもしれない。



「よーし最初のリーダー命令だ。リーダーって呼ぶな」



「了解っす! リーダー!」



 ダメらしい。あ、センリが吹き出している。それだけで満足な気持ちが込み上げてくる。この気持ちはなんだろうか。ゴールしてから整理してみたいと思った。



「なぁセンリ……」



「なぁに?」



「本当は、いや本当は妹がいいんだけど、センリなら、お姉ちゃんでも、その、良い気がする……」



 センリから顔をそらして、俺は言った。ここまで泳いで来れたのはセンリのおかげだ。生きる気力のなかった俺は、センリがいなければ、確実にスタート地点から動かなかっただろう。



短い付き合いだが、センリに向ける気持ちは確実に肥大していた。他に比べられる人物が記憶にないからかもしれない。俺が一番親しく感じているのはセンリ、それは間違いのないことだ。



「せ、センリ?」



 返事がなくて、気まずくなる。俺は恐る恐るセンリの顔を向く。彼女は嬉しいような、悲しいような顔をしていた。泣き笑いだ。グルコースでできた涙が流れていく。



「こんなダメなお姉ちゃんで、いいの? たぶんうざったいくらい世話をやくし、めんどくさいくらい説教もするわ」



 俺は頬が熱くなるのを実感する。耐えきれず自分のしっぽでセンリのしっぽを叩く。返事の代りだった。



「ん……私、頑張るから……一生懸命……だから、見捨てないでくれると、嬉しいかな」



「なんで急に自信をなくすんだ? 見捨てられる心配をするのは俺の方だろう」




 俺はまた久しぶりに笑った。センリも久しぶりに笑顔を見せてくれる。胸のあたりが熱くなった。



「ちょっとくさいこと言うけど、いいかしら?」



「もちろん」



 センリの前置きに俺は即答する。



「私の名前は、数字の千にさとで、千里って書くの。私、あまりこの名前が好きじゃないわ」



「どうして?」



「色々と、理由があってね。でもそれはいいの。今は」



「そうか」



 俺は大して気にせず、首肯する。



「今は、ちょっと好きになったの」



 そこまで言って、センリは俺の目を見た。



 笑わない? と彼女は最後の確認を取る。俺は笑顔で頷く。言葉は不要だった。



「私たちの身体は、すっごくちっちゃいから、きっとゴールはそれこそ千里は先だわ。だから、そこまであなたを連れて行けたら嬉しい。私の名前はだからセンリなのかなって」



 センリの笑顔は暖かい。目は遥か遠くを見つけていた。そこが卵管のある場所、受精する場所、ゴールとなる場所なのだろう。



 そして泳ぎ続けた俺たちは、とうとう先頭集団の背後に迫るのだった。


精子時代は残り2-3話の予定です。果たして、主人公たちは無事に受精できるのか!?

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