第2話「二日の命」
「スキルはスキル・ウィンドウを開けば確認できるわ。ウィンドウは念じるだけで開けるわよ。それと私にも見えるように願ってくれると、助かるわ」
言われるまま念じる。ライトブルー色のウィンドウが開いた。
「……【善意性分配】? あなたも楽しそうな人生送ってるわね」
センリが意味ありげな台詞を言うが、俺は説明文に釘付けで、あまり気にならなかった。
【善意性分配lv1】万物を抽出し、分配するスキル。ランク・エクストラ。
「すごいスキルね。私のスキルなんてたがだかランクSよ? エクストラなんてランクあったのね」
センリが嫉みもせず、目を輝かせて言う。今度は心からの笑顔だった。
「いや、でも使い方分からなくないか、これ?」
スキルの解説文が短すぎる。先ほどから使用方法を考えて、俺は頭をひねっていたのだ。
「ふふん。まかせなさーい。こう見えても私、ゲーマーなのよ。こういう推測は得意だわ」
「まぁ精子がゲーマーには見えないな」
細かいことはいいの、とセンリが切り捨てる。
「ちょっと下降するわよ」
センリに従って、俺は高度を下げていく。次第に子宮の壁に行き当たった。重力がどの方向からかかっているのか良く分からないので、降下と言って正しいのかは、このさい置いておくこととする。
「一見ただの肉壁だけど、ようはこれも細胞の塊よ。私たちと同じようにね」
「……それが、どうしたんだ?」
「つまりこの細胞一つ一つは生命であり、エネルギーを蓄えているわけ。あなたのスキルなら、この子宮の細胞を、ご飯にできるわ」
エネルギーの抽出と分配ね。とセンリが嬉しそうに言う。
「私たち精子の寿命は外で3時間、子宮内なら2日程度よ。それは身体に蓄えられたエネルギーがその時間で枯渇してしまうからよ。だからこのレースを走るのにも、本来ならペースを気にしなくてはいけないわ」
でも、とセンリが続ける。そこまで言われれば俺にも理解することはできた。
「このスキルがあれば、常に全力で泳ぐことができるというわけか」
「80点、と言ったところかしら」
採点をして、センリが俺の目をみた。試すような目だった。
「なら合格だ」
俺が得意げに言うと、センリはきょとんとしてから、大きく笑った。
「そうね。その通り」
そこから会話は途絶えた。全力で泳いではエネルギーを貪り、また力の限り泳ぐ。時間感覚は消えていた。なにせ太陽の光も届かないのだ。
「なぁ、なんでセンリは生きたがるんだ?」
8回目の食事のさい、ふと俺の口から疑問がこぼれた。自然とあふれだして、気付けばそう訊いていた。
「どうしてそんなことを訊くの?」
「ここまで泳いできて、なんだけど……生きたいって気持ちが俺、あまりないんだ。記憶がないせいかもしれない……」
「ふぅん」
「驚かないのか?」
「精子に生まれ変わるよりは、記憶喪失なんて小さな問題ね」
「それもそうだ」
センリが愉快そうにしっぽをゆらす。俺もつられて、しっぽをゆすってしまう。
「そんなわけで、俺は別に受精できなくても、いい気がするんだ。他に33万人もいるなら、ふさわしい人が、生きたい人が生まれるべきなのかもって」
気分は永遠に続く海を泳いでいる感じだ。先はずぅっと水平線で、ゴールはまだ見えなかった。
「だからセンリにどうしても生きていたい理由があるなら、俺はその手伝いをするだけでも、いいのかなと思って。だってさ」
俺はセンリと目を合わせる。センリは目をそらさなかった。
「受精できるのは一人だけだ。俺が生まれるということは、センリは生まれないんだよ」
タッグを組むこと自体、そもそもおかしかったのかもしれない。最初は状況に流されてここまで来てしまったが、ここまで来たからこそ尋ねないわけにはいかなかった。
「それで、生きたい理由、ねぇ……」
センリは少し考える風に、黙り込んだ。手があったなら、顎にそえていたかもしれない。
「……特に、ないかな」
センリは断言。俺は驚きで、口をあんぐりとあけた。
「いや、だって、ここで理由をでっちあげとけば、それでいいと思うぞ。俺はセンリが生きたいなら、それがどんな理由だって手伝うつもりで……」
「だからないわよ。理由なんて」
センリがくすくすと笑う。
「まぁ強いて言うなら、死にたくないから、生きているのかもねぇー」
センリは胸の奥からしみ出させるように、その言葉を放った。
「死にたくないから、生きる?」
「そうだよ。生きる理由なんて立派なものを、もってるやつなんて、なかなかいないと思うわよ? 死にたくないから学校も行くし、仕事もする。それだけだわ」
センリは遠くを見ていた。前世を思い出しているのかもしれない。俺にはない、なにかがあったであろう前世を。
「だからそんなこと言わずに、今は一緒に泳ぎましょう」
センリは顔を振って、先を指し示した。
「なんなら一卵性双生児でもかまわないわよ? お姉ちゃんが世話してあげる」
精子になって、こんな暗い子宮の中に閉じ込められてなお、センリの笑顔はまぶしかった。たぶん、俺が見たことのない種類の笑顔だった。
胸が熱い。俺はちょっと照れくさくなってしまう。気付けば、生きる気力、みたいなものがわいていた。
センリを見る。センリも俺を見た。そして今度は心にもないことを俺は言うのだった。
「どちらかと言うと、妹が欲しいかな」
閲覧、心より感謝します。本日、可能ならもう一話投稿します。