交渉成立ですね
もちろん私の大勝利なのですけれどね?
そう私は心の中で呟きながら不敵に嗤う。
それに目の前のお二方、軍師のソルトと宰相のメルトが警戒するように私を見る。
意外にも彼らは勘がいいらしい。
けれど、それは無意味だ。
「私の周囲、30メートル以内を限定、半球状に設定、“時間停止”」
イメージを小さい声で言葉にして私は魔法を使う。
宰相のメルトはそんな私に気づいたようだ。
時間を操る魔法はとても珍しく、相手にとってはとても危険な魔法。
けれどこの魔法を破る術はある。
操るこの世界、時空すらも揺るがす巨大な力を持ってねじ伏せるか。
はたまた同じ時間を操る力を持って抵抗するか。
この宰相の場合は後者だったようで、微かに時間を止めた空間で動こうとしている。
けれどそんなもの通用しないのだ、私には。
そんな風に抵抗しようとしても無意味。
更に強くこの空間の支配を強めれば、ほら、もう抵抗は出来ない。
私は更に笑みを深くして、彼らに向かって近づいていく。
彼らは私を認識した時には、すでに負けている。
「この二人はイケメンだし、肌に傷は付けたくないわね。それに、まだまだ魔王様との絡みも見たいという個人的な感情はおいておいて、この二人がいないと魔族側が混乱してしまうしね」
少なくともまだ混乱してしまっては困るのだ。
ただでさえ予定外の事態ばかりが降り積もっている際中……それに余計な一手間がかかるのはだれだって嫌だろう。だから、
「ちょっとだけ、動けなくなってもらいますか。確かこの辺りをこれくらいで、ていっ!」
私は雷の魔法を幾つか使い、少し離れた場所で時間停止を解除する。
それから彼らがすぐに攻撃できない場所にやってきて、
「“時間停止”解除!」
私が呟くとともに、空間の時間停止が解除され、彼らの側にはなった私の魔法が発動したのだった。
予想以上に抵抗力がこの二人にはあったらしい。
けれど、地面に這いつくばって動けなくなっているのは確かのようだ。
そこで宰相のメルトが、
「くっ、子供だからと油断してしまった我々が愚かだったようです」
それにすぐそばで軍師のソルトが、
「まさか、こんな子供がこれほどまでに力を操るとは思わなかった」
呻く二人に私は得意げになりながら、
「ふふふん、油断は禁物。それで、六歳児の女の子に負けて、今どんな気持ち?」
「非常に不愉快です」
「同じく」
二人して不機嫌そうに答えるのを聞きながらそこで宰相のメルトが、
「そういえばお嬢さんのお名前を聞いていませんでしたね。名はなんというのですか?」
「ルナよ、ルナ・クレール」
「! まさかあのクレール家の美貌の悪女、六歳にして多くの男をロリコンにしたという伝説の子供!」
「待て、何よそのロリコンにしたって」
「……知らないほうが気持ちが良く人生をおくれることでしょう」
そう答えた宰相のメルト。
けれど私だって言いたいことだってある。そもそも、
「殆どが私の天才的な頭脳を求めての誘拐や、力を恐れての暗殺だったはずよ!」
「……殆どはそうですが、育てば美姫になるのが確実な貴方を皆放っては置かないでしょう? 同い年の少年少女がどんな目で見ていたのか、聡い貴方がわからないはずないでしょうに。まあ、我々の魔王様には劣る美しさですが」
「なんだろう……ほっとするべきなのだろうけれど何だかいらっときたわ」
「それほどまでに女声になったあの我々の魔王様が美しいということです」
真面目な顔でそう告げる宰相のメルトに、頷く軍師のソルト。
肝心に頭の中があの魔王様のことでいっぱいのようだ。
ならばそこに漬け込もうと私は考えて、
「それで私の交渉に応じて欲しいの」
「面白いお話ですね。それで我々にどんなメリットがあると? 生かしておくということはその時点で我々に何の要求を飲んで欲しいと?」
「私の目的はただひとつ、世界の破滅に関することだけ。それまでに、貴方達は今までどおり、魔族を支配して欲しい。そして私とイザという時は連携して欲しいの」
「ですが、こんな風に倒されて、我々が大人しく言うことを聞くと思っているのですか?」
笑う宰相のメルトに、私も微笑む。
そして、軍師のソルトにしか見えないような場所に、私はそっと一枚の写真を差し出す。
「! こ、これは」
「魔王様、とっても素敵なのだけれど色々と抜けているんですよ? 例えばこの時は、触手系の魔物に捕まってほんの少し魔力を吸い取られてしまって……でも、この食い込み方、どう思います?」
「……幾らだ、幾ら払えばいい」
「これはお金では提供できませんね、ふふ、宰相のメルトも見たくてたまらないようです」
ちなみにそれに気づいた魔王ヤード様が、慌てて涙目で私から写真を取り上げようとしていましたが、時間停止の壁を作りこちらに来れないようにしました。
必死な魔王様をおいておいて、私は更にささやきます。
「実は私達が出会った当初、実は魔王様、ブラジャーつけていなかったんですよ、私は男だと言って」
ぴくっと二人が反応する。
それを見ながら私は更に、
「そんな時に急な雨に見舞われてしまいまして」
「そ、それで」
宰相のメルトがゴクリと唾を飲み込み聞く。
「しかも白い服なのでほんのり肌が……このように」
ちらっと私はその写真を見せる。
実はただの写真で、水に濡れたりはしていないのだ。
なので彼らの希望するものはここには写っていないのだけれど、軍師のソルトが、
「な、なんだ、何が望みだ」
「望みは先ほど伝えたでしょう? それに私と手を組めばこれからもあの魔王さまの写真がいっぱい手に入るかも……それどころか私が手を貸して、心を落とすお手伝いをして差し上げてもよろしいですわ」
すぐ側で魔王ヤード様が、止めて、嫌だと叫んでいるが、この世界のために犠牲になってもらうことにした。
ごめんなさい魔王様、と、言葉でだけ心の中で思ってから私は、
「それでどうしますか? 私と協力しますか?」
「……いいでしょう、私はかまいません」
「俺も構わない」
「交渉成立ですね」
そう私は笑ったのだった。
そんなわけで連絡手段を手に入れつつも、一時的にこの二人は帰ることになった。
本当は魔王ヤード様を連れ込んで、R18展開にしたかったらしいのだが、今回はひいてくれたらしい。
やはりお近づきの印に触手写真を渡したのが良かったようだ。
賄賂と根回しは大切ねと私が思っていると、
「ルナ、酷い! なんてことをするんだ!」
「……あのまま追い掛け回されたいのならば別ですが」
それに魔王ヤード様は気づいたらしい。
一時的とはいえ彼らを穏便に退けられたという事実を。
「そうか、すまない。助かった」
「いえいえ」
「そして先ほど君の力を見ていて君がどれだけ強いか理解した。一緒に力を合わせてあのユーグを、神に対する反逆をしないか!」
「いえ、まだまだ利用価値があるのでそれは無理かと」
「残念だ」
そんな私にユーグが、ルナ、薄情ですよと叫んでいたけれど私は聞かなかったふりをして。
そして私達は次の目的地に向かったのだった。