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カタナクション  作者: 竹尾 練治
第一章 剣帝再臨
8/22

第7話 レディコルカの大老

「من هم در مرد بیکار شایعات بی اساس که مانند واقعا MAREBITO را باور نمی کند」

【……俺も、こいつが本物のマレビトだなんて与太話を信じちゃいないさ】


 苦虫を噛み潰した顔で語る男の声には、苦悶の色が混じっていた。

 俺の肩に腰掛けて呑気に(はね)を揺らしている妖精(ピクシー)を、眇めに睨む。

 意思の疎通も出来ず、意味も分からず処刑される――そんな絶体絶命の状況は去ったようだ。

 状況を打開したのは、ずっと俺に付き纏っていたこの奇妙な妖精だ。

 俺の幻覚か何かだと思っていたこの小人――紅毛の彼らにとっては、何か特別な意味のある存在らしい。スマホや切畠の名で激昂したと思いきや、妖精を見て態度を変える。彼らの抱く価値観は、未だに俺には掴めない。

 ……勿論、俺の知る限りでは、妖精の実在を立証した、なんて話は聞いたこともない。彼らの世界の価値観でも妖精とは伝説上の存在であり、その実在に戸惑っているのかもしれない。


「اما، هیچ چیزی به عنوان آسیب MAREBITO شانس واقعی نیز باید وجود داشته باشد. این، سدیم یافت شده است」

【だが、万が一にも本物のマレビトを害するようなことは絶対にあってはならない。それは、解っているな】


 だが、現実に、彼らの言葉は俺の頭の中に意味を伴って響いてくる。

 耳を通じて入る音とはまるで異なった言葉が脳裏に轟くのは、未だ嘗て味わったことの無い不可思議な感覚だった。

 それは、副音声のついた英語番組でも観ているかのような、奇妙な体験である。

 唯一確信を持って言えることは、この現象は、彼らの言葉に合わせて(はね)を動かすこの妖精と因果関係のあるものだということ。

 この妖精が、彼らの言葉を訳して……いや、本当に訳されているのかは定かでない。相変わらず、彼らは俺の言葉を理解する様子が無い以上、意思の疎通が取れているかは怪しいところだ。

 頭の中に響くこの声が、完全に出鱈目の妖精の気紛れなアテレコである可能性を、俺は否定することは出来なかった。

 無論の話だが、妖精が訳した彼らの言葉を聞いただけで、俺に彼らの言葉が操れるようになるわけではない。字幕の映画を見たところで、ネイティブスピーカーにはなれないように。


 男達は深刻そうな顔で、小声で何かを相談していたが、やがてリーダーの男が決然と俺に向き直った。その表情には、今まではない対話の意図が窺えて、若干の安堵を覚えた。

 だが、男が開口一番放った言葉は、やはり俺の理解の範疇の外だった。


「با توجه به تاریخ ملی ، به منظور آرام شود این قاره رنت، اعلیحضرت به یک خدا در نسل است، که آن را در زمین آسمان روی کشتی از سنجاقک گرفتار شد.

 MAREBITO اعلیحضرت که در زندگی خدا، به یاد با کلمات شایعات از انسان نجس می کند به گوش شما، مردم از زمین متعهد کلمات به ادم بازیگوش و خطرناک جنگل از دسترس نیست، و من گفت: به اعلیحضرت نماز نجات」

【……レディコルカ国史によれば、天孫であらせられる剣帝陛下は、このレンネット大陸を平定されるために、蜻蛉(とんぼ)の船に乗ってレディコルカの地に天降(あまくだ)られたという。

 マレビト――現人神であらせられた剣帝陛下の御耳には、不浄なる民の言葉は届かず、この地の民は森のピクシーに言葉を託し、救済の祈りを陛下に奏上(そうじょう)申し上げたと伝え聞く】


「は……現人神? マレビト? レディコルカ?」


 言葉の意は、妖精の羽ばたきに合わせて俺の脳裏に響いた。だがしかし、その言葉の内容は、容易には理解し難いものだった。

 巡りの悪い頭を回転させてその言葉を解釈してみれば、どうにも、それは神話の一部であるようだった。剣帝、と呼ばれる神を信仰していること、この地はレディコルカと呼ばれていること。不可解な内容であるが、男の言葉の端々には、彼らとのコミュニケーション基盤となりうる貴重な情報が含まれていた。

 それにしても――何故、この地の神話などを、俺に?

 彼らとの接触遭遇時に、問答無用で向けられた敵意を思い出す。

 もしかして――この地は、何らかの宗教的聖地の一種なのかもしれない。その仮説が正しければ――彼らの剣呑の態度も、全て納得がいく。俺は、聖地を土足で踏み荒らした異教徒というわけだ。


「برادر، صحبت مثل شما می دانم که می خواهم، حتی کودکان در حال حاضر یک ایده خوب این است !

یا، این مرد ، آیا شما حتی رفتن به می گویند همان است که در آن MAREBITO اعلیحضرت واقعا به هیچ و !?」

【兄さん、今はそんな、子供でも知っているような話はいいでしょう!

 それとも、まさか本当にこの薄汚い男が、剣帝陛下と同じマレビトだとでも言うつもりですか!?】

「باربرا」

【バルベーラ】


 憤懣(ふんまん)遣る方無し、といった表情で食ってかかる少女に、男は厳しい瞳を向けた。

 少女は、左肩を押さえながら悔しげに口を噤む。彼女の敵意の視線が首筋に刺さる。まあ、彼女の怒りは尤もなことだとは思う。薄汚い男に地面に押し倒され、肩を痛めつけられたのだ。奇麗なハシバミ色の瞳が、美しく怒りの火を燈して燃えていた。


「کلام من …… شما می توانید می بینید؟ کلمات من در حال حاضر اگر از طریق، به من اجازه دهید دست راست بالا می برد」

【君……俺の言葉が解るか? 今の俺の言葉が通じたなら、右手を上げてくれ】


 俺が右手を空に掲げると、男は鷹揚に頷いた。

 ……初めて意思の疎通が確認できたことに、奇妙な感動を覚えた。やはり、頭に響く男の声は幻聴などではない。


「من می خواهم به تائید کمی بیشتر است. من سه بار بر روی زانو راست با دست راست خود را به دست چپ خود را به بالا و پایین دست راست ضربه، کاهش شد」

【もう少し確認を取りたい。右手を下げて左手を上げ、下げた右手で右の膝を三回叩いてくれ】


 動物の調教でもされているような気分だが、言葉の通りに従うと、男は再び鷹揚に頷く。それでも、(まなこ)の奥の猜疑の色は消えはしなかった。


「من فکر می کنم اگر شما، روابط قدرت از یکدیگر و ساخته شده است به طور کلی درک شده است. اگر شما سعی می کنید من مقاومت نسبت به شمشیر، شما به دنبال به مرگ قطع

خوب، اگر مهارت های خود را، من ممکن است یک همدم به چند تن از ما」

【君なら、お互いの力関係は概ね理解できていると思う。その刀で以って抵抗を試みれば、君は間違いなく死ぬことになるだろう。

 まあ、君の腕前なら、我々の幾人かを道連れにするかもしれないがね】


 先の男を真似て、大きく頷いた。男の言う通りで。この人数を相手にして。俺に勝機は無い。全速力で走ったとしても、土地勘の無いこの場所で、彼らから逃げ切れる見込みなどまるで存在しなかった。


「محل شمشیر بر روی زمین، و او از هر دو زانو در زمان استفاده، آن را دریافت و با بر روی زمین به گسترش در کف هر دو」

【刀を地面に置き、両膝をついて、両の掌を上に広げて地面につけて貰おう】


 左、右、と静かに膝を折り、刀を奉げるように眼前に置き、その前に両掌を広げて地面につけた。男が命じるままの完全服従の姿勢である。


「سلام، به عنوان سنت، کلمات به نظر می رسد به کامل انتقال اگر یک پری وجود دارد」

【ふむ、伝承通り、ピクシーがいれば言葉は完全に伝わるようだな】

「آیا یک نمایش مضحک است!」

【茶番です!】


 バルベーラは猛然と反論を返した。

 彼女は地に広げた俺の掌を忌々しげに踏みにじり、己の刀を拾い上げた。


「باقی می ماند همان، این پسر جعلی مردم MAREBITO است! من تصمیم گرفتم از همه، کلمات ما نیز همه از ابتدا می دانستند.

تا کنون، شما احتمالا می دانید که چگونه بسیاری بودند که خیره در زمین از این وجود دارد مقدس است، با بالا بردن پیشنهاد ا MAREBITO از خط امپریالیستی خود خود را از اعلیحضرت نیز ، نقطه ورود به سیاست های ملی بود!

اگر شکایت خود را اگر، من می گویم، ضرب و حتی شکنجه در حال حاضر! اگر کمی، ما نیز بی ادب تا بهحال تصمیم و همچ ن، به فریاد در دورویی رحمت کثیف بلافاصله!」

【この男は、今までと同じ、マレビト騙りのスティルトンの刺客です! 言葉なんて最初から全部、全部解っていて当然です。

 これまで、この神聖なるレディコルカの地で、畏れ多くも剣帝陛下の御落胤や御皇統のマレビトであると名乗りを上げて、国政に入り込もうとした不届き者が何人いたかご存知でしょう!

 もしご不満なら、今すぐ拷問にでもかければいいんです! 少し痛めつければ、今までの恥知らず共と同様に、すぐに汚らわしい二枚舌で助命を叫ぶに決まっています!】


 彼女の言葉で、この場で自分の置かれている立場が概ね理解できた。謂わば、俺は不法入国の外国人であり、この国では同様の手口による外国人犯罪者が多発している、という事か。

 非常に厄介な状態である。己の身の潔白を証明しようにも、運転免許書も電話番号も、彼らに対する身の証には成り得ないだろう。――希望があるなら、彼らが驚愕の目で見つめていた、俺の愛刀か。彼らも、その腰に日本刀らしき刀を帯びている。

 日本の江戸時代のように、刀が何らかのステイタスシンボルを表しているのだろうか?


「همه را به چشم داشته باشند. این مرد نیز در اختیار داشتن سه چیز غیر ممکن است.

خربزه و دو شمشیر اعلیحضرت به عنوان سه گنجینه های مقدس، یک، شمشیر از توپ های فولادی گنجانده ش.  

همچنین در این زمینه است که توسط برکات ضد سحر و جادو، قانون عجیب و غریب یکی دیگر از را محافظت به کار گیرند.

این پیش فرض است، نه به دور از شانه، این پری.」

【皆も目にしているだろう。この男は、有り得ないものを3つも所持している。

 一つは、三種の神器として祀られている剣帝陛下の御剣(みつるぎ)と瓜二つの、玉鋼の刀。

 もう一つは、抗魔の加護に守られたこの地でも作動する、奇妙な魔道則品(マジックアイテム)

 そして極めつけが、その肩から離れない、ピクシーだ】

「سو مقاله قانون را، من جعل هویت یکی از چهره های از پری قطعا! در ، من می شنوم تقلید پست تر از شمشیر است که توسط مگه ساخته شده است.

این مرد قاتل که به عنوان پیشتاز فرستاده شده برای را ساخته شده است که قانون از دولت از هنر، از است، و نم!

برادر ...... کاپیتان دلیل است که چنین چیزی را، حوادث تاسف بار مانند سوء قصد به جان است اتفاق می افتد!」 

【そ、その魔道則品(マジックアイテム)が、きっとそのピクシーの姿を偽装しているんです! スティルトンでは、忌まわしき魔道によってレディコルカの刀の粗悪な模造品が作られているとも聞きます。

 この男は、スティルトンの最新鋭の魔道則品を持たされ、我がレディコルカを侵犯する先鋒として送り込まれた暗殺者です!

 兄さ……隊長がそんなことだから、大老の暗殺未遂のような嘆かわしい事件が起こるんです!】


 隊長の男は、(おもて)を掌で覆うと、重々しい口調でバルベーラに命じた。


「باربراباربرا ، و اسب از سرعت سوار از در حال حاضر، شما می توانید آن را به گزارش . پادشاه ، وزرامختلف، از آن ، من باربراهم

 در پری است که در جنگل های جنوب ظاهر شد ، برای اطمینان از یک مرد مشکوکمو سیاه همان مردم ، ظاهر بلند است. در اختیار داشتن یک قانون از را ورزش ناشناس نیز درداخل سنگ بنای . توپ شمشیر و فولاد بسیار شبیه به گنجینه ملی " TADAYUKI "  پریدر شان

 تلاش برای شدن من فکر می کنم که آیا اراذل و اوباش جعلی MAREBITO از در سوال یک بار، اما این مرد ،در شمشیر بازی زو ، ناری که در سال گذشته و موضع کرده اند از ویژگی های MAREBITO خدمت بدونعنوان مثال

 این مصمم است که تا حد زیادی بیش از استان ژاندارمری سوم ما ، دفع این مرد را ترک و دفع ارزیابی اموال خود و این پسر کمیته تحقیق رسم دینی و

 کاپیتان ژاندارمری سوم 」

【……バルベーラ、お前は今から早馬を走らせ、スプリンツへ報告を行え。王、諸大臣、それから、大老にもだ。

 そうだな、伝える内容は――クアルク南方の森にて出現したピクシーの隠れ里の内部で不審な男を確保。容貌は、エメンタールの民と同じ黒髪、長身。要石の内側でも発動する正体不明の魔道則品を所持。国宝『タダユキ』と酷似した玉鋼と思わしき刀を所持。その肩にはピクシーを連れる。

 一度は懸案のスティルトンからのマレビト騙りの刺客かと思い処分を試みるが、この男、剣技秀にして、将器と過去300年に例無きマレビトの特徴を兼ね揃え持つ者なり。

 この男の処分は我ら第三憲兵隊の領分を大きく超えるものと判断し、大老と秘蹟調査委員会にこの男とその所持品の鑑定と処分を委ねる。

 レディコルカ第三憲兵隊隊長ボジョレ=セギュール】


 不味いことに、話がどんどん大きくなっている気がする。完全に、この男――ボジョレは、俺を過大評価している。外界からの人間の出入りが起こらない閉鎖的な社会では、マレビト信仰やカーゴカルトが発生することがあると、大学時代に文化人類学の講義で習った憶えがある。

 要するに、物珍しい人種や物品は、隔離社会では珍重されるというだけの話だ。アメリカ人が飛行機から投げ捨てたコーラの瓶が、どこかの島で御神体として祀られていたという、嘘か真かも知れぬ都市伝説と、本質的には同じである。

 異邦人である俺や、スマートフォンが物珍しいのは理解できる。だが、俺は決してマレビトでもなければご大層な天孫様でもない、ただこの地に迷い込んだだけの日本人なのだ。

 そんな俺の内心を代弁するかのように、バルベーラが猛然と反論を返した。


「این غیر ممکن نیست، برادر! آیا چنین مردی کثیف!」

【有り得ません、兄さん! こんな薄汚い男が!】


 彼女の言い分は尤もなのだが、あまり薄汚いとばかり罵られるのは、少し不本意だった。

 隊長のボジョレは、駄々っ子でも叱り飛ばすような口調で、バルベーラを一蹴した。


「باربرا اشتباه وجود دارد - همه ما، به مجازات اعدام به فرار کنیباربرا MAREBITO من فکر می کنم شما می دانید خوب اسبات، اما تنها در صورتی که، اگر یک رسوایی، مانند را به دور زندگی خود را」

【バルベーラ。お前も分かっている思うが、万が一にも、誤ってマレビトのお命を奪うような不祥事があれば――我ら全員、一族郎党に至るまで死罪は免れないだろう】

「هنوز تسو!」

【それでもっ!】

「آیا نمی شنوند. من اجرای یک پست اسب فورا -باربرا این مرد متوجه قتل به کشتن آسان به شما بود. شما، من زندگی در این مرد ذخیره کردید، به جای البته آهنگ است.

 حداقل. به این مرد، شما یک زندگی مدیون. این اجازه می دهد که هر بیشتر، دخالت با دفع این مرد است.ای اجرا نشدهاسب فورا」 

【バルベーラ。聞こえなかったか。すぐに早馬を走らせるんだ――この男は、お前を簡単に殺せたのに殺さなかった。お前は、討たれて当然の所を、この男に命を救われたんだ。 

 少なくとも。お前は、この男に、一つ命の借りがある。これ以上、この男の処分に口を挟むことは許さん。すぐに早馬を走らせろ】 


 バルベーラは、屈辱を噛み締めるような表情で、頬を紅潮させて唇を震わせていたが、涙ぐんだ目元を拭って、俺に背を向けた。


「آیا من می توانم یک بار در پادشاه شهر را قطع کرد. درب ضد سرقت بر روی نام اعلیح MAREBITO حرامزادهحدس جعلی」

【王都で吊るされればいい。剣帝陛下の御名(みな)を汚す、マレビト騙りの下種野郎】


 妹の吐き捨てた悪罵にボジョレは肩を竦めた。

 

「من با عرض پوزش به اعضای مجلس به بی احترامی. این یک خواهر بنده فروتن خود است. حتی اگر آنها را نه بخشی نه سیاه، اما من انسان هستم و امکان MAREBITO وجود دارد و، خواهی درمان با احترام」

【うちの隊員の非礼を詫びるよ。不肖の妹だ。九部九厘黒だったとしても、マレビトの可能性がある人間は丁重に扱うべし、としているんだが】


 ボジョレは、頭を下げると、友人にでも語りかるような調子で、俺に話しかけた。……やはり、一番話が通じそうなのはこの男だ。俺も彼に倣って頭を下げる。どうやら、彼らの間でも、頭を下げるというジェスジャで謝罪を表現するらしいことは、大切な情報だった。


「من انجام این کار، اما چرا، شاه بد متروپولیتن به من اجازه دهید به شما الگوی تغییرات فصلی. این بدان معنی است که شما را به طناب با توجه به قوانین متصل است، اما مقاومت در برابر نمی?」

【そういう訳なんだが、悪いが君は王都まで連行させてもらう。規則に従って縄についてもらうことになるが、抵抗しないでもらえるか?】

 

 俺は、大きく頷くと、両手を捕縄で結わえ易いように後ろ手に併せた。この処遇に納得したわけではない。しかし、今はその言葉に従うことが唯一の選択肢だ。

 やがて、入念に俺の全身に入念に縄が打たれ、森の外れに停められていた、馬車の荷車に乗せられた。彼の握る縄に曵かれて歩いてみれば、森の外に出るのは呆気無い程簡単だった。俺がどれだけ彷徨い歩いても、抜け出すことは叶わなかったというのに。矢張り土地勘だろうか? 荷車の上には、監視の為に隊長のボジョレ自らが同乗することになった。


「این است که به جاده نه چندان طولانی، اما این شرکت خوب است در جاده ها در کوتاه ترین برش است. آیا نیست که در طول خوب」

【そう長い道程ではないが、旅は道連れだ。仲良く行こうじゃないか】


 彼は笑ってそう言ったが、その瞳は冷徹に俺の一挙手一投足を観察していた。

 肩で呑気に翅を広げる妖精――ピクシーを眇めに睨む。こいつは俺にとっての救世主だったのか。――あるいは、こんな災いを俺に連れてきた、疫病神か。薄ぼんやりと輝く蝶々のような翅の、端だけが揚羽蝶のように紫に染まっていた。

 気の重い旅になりそうである。


   ◆


 街道を行く。この地、レディコルカは思っていたような未開の地では無かったし、蛮習蔓延る異境の地という訳ではないようだ。路は大きく広くなだらかで、街道沿いには麦らしき作物が一面に植えられ、その穂に豊かな実りを宿して重たげに頭を下げていた。どこか郷愁さえ感じる、見事な田園風景だった。川辺では大きな水車が回り脱穀が行われ、岸辺は護岸で整えられている。

 遠目には、田畑で鍬を振るう数人の人影が見えた。彼らは憲兵隊の馬車を目に留めると、陽気な仕草で手を振った。ボジョレも俺の頭を荷台の底に押し付けると、笑顔で手を振り返した。

 丸木組のどっしりとした家々が増え、往来の人影も増え始めると、俺に(むしろ)が被せられた。憲兵隊の彼らに限らず、この土地の人々は、みな一様に燃えるような美しい紅毛の持ち主だった。黒髪の俺が人目につくと何かと不都合があるのだろう。

 俺は、筵の草の隙間を見つけて、目を輝かせて異境の風景に魅入っていた。

 路と田園は、山々の谷間を縫うように作られていた。斜面に従って森林が切り開かれ、遥か上まで棚田は、稲作の行われている水田だ。並ぶ家屋は、木組みに土壁。見慣れぬなかにも、郷愁を喚起する光景である。

 (はだ)に当たる風は、温暖で湿潤。この風は――俺の馴染んだ東アジアのものに近い。


 幾度か休憩を挟みながら、馬車はやがて山間の土地から、平野部の街々へと入っていった。検問のような場所を抜け、街に入ると家々は山間の土地の木組みのそれから、頑丈な石造りの建物へと姿を変えた。街並みは縦横に走る美しい石畳の道路によって条理に区切られ、大路では道路端に幾つにも露店が立ち並び、野菜や干し肉などが盛んに売り買いされていた。

 家々は背丈こそ低いが皆基礎の座ったしっかりした作りで、煙突からは煮炊きの煙が立ち上っているのが確認できた。窓に嵌るガラスは歪み無い。

 俺は、このレディコルカの民に対して、未開の地の蛮族というような印象を持っていた自分を恥じた。此処は、十分に豊かで発展した、文化的な都市だった。文明のレベルは、産業革命前夜の欧州か、あるいは明治初頭の日本と同程度。

 レヴィ=ストロースを語る気は更々無いが、この地が俺達の知る文明とは別個に発達してきたものと考えれば、恐るべき豊かさだ。街を行き交う人々の足取りとその表情から察するに、恐らく治安のレベルも相当に高い。

 俺は虜囚の身であることも忘れて、この地の風物に目を奪われていた。自由の身ならば、気の向くままにこの地を周遊するのだが。手帳を彼らに没収されてしまったことが悔やまれる。もしも返して貰うことができたなら、今日目にした事物を一つ残らず書き残そう。そんなことを考えていると、行く手に一際大きく華美な建物が目に入った。豪奢な尖塔、立ち並ぶ衛兵、翻る国旗。

 一目で確信した。此処が、この馬車の目的地、この国の城なのだ。

 今更ながら、大変なことになってしまった、と俺は頭を抱えた。マレビトか何か知らないが、俺は一国の要人にお目通りできるような人間ではない。勿論、昔のゲームのようにいきなり玉座に通されるようなことは無いだろうが、彼らの前後の会話から察するに、かなりの高位の人物に対面――もしくは、尋問を受けることになるだろう?

 彼らの会話を思い出す。


『もしも、真にマレビトである可能性があるならば、大老にお越し頂くしかあるまい』


 大老とは一体どんな人物だろうか。狷介な容貌の白髪の老人が脳裏に浮かんだが、一体俺に何を尋ねようというのか。彼らの言葉の一言だって話せはしないのに。

 王城は、想像以上の規模だった。庶民的な建物の並ぶ街中を通ってきたせいで、華美で奢侈なイメージが先行したが、近づいてみれば、尖塔こそ目を惹くものの、稜堡式城郭に囲まれ装飾性よりも砦としての堅牢さを優先した、素朴な拵えの城であった。

 バルベーラの早馬の報告を受け取っていたのだろう。城門には、多くの兵士が集まっていた。

 ボジョレは彼らに入念にこれまでの経緯を報告し、俺は衛兵によって身ぐるみを剥がれて、全身入念な取調べを受けた。

 ほぼ全裸の上に縄を打たれ、白洲に引かれる罪人のような格好で、俺は四方から槍を突きつけられながら、城門をくぐることになった。話から察するに、ボジョレの所属する第三憲兵隊はかなり大きな組織で、俺と遭遇した15人は警邏中のほんの分隊だったようだ。

 人目避けに被せられていた筵が剥がれ、見通しの良い視界で周囲を見回せば、眼前には巨大な城門と、(ひるがえ)る国旗が目に入った。


「は?」


 目が、点になる。此処に迷い込んでから幾度も驚かされてきたが、これ程の驚愕を受けたのは初めてだった。

 翻る国旗は二枚。一枚は、炎と狼を意匠したらしき見たことのない国旗。

 もう一枚は、白地の中央に赤丸を意匠した、シンプルな旗。見紛う筈もない。それは、幾度となく目にした祖国日本の国旗、日の丸であった。

 目がおかしくなったのではないか、と眼を(しばたた)かせる。

 まあ、日の丸はシンプルな構図だ、別の国が別個に思いつくこともあるだろう。バングラディッシュの国旗も、地の色以外は日の丸にそっくりなのだから。そう、自分を納得させようと試みたが、次なる怪異が俺の自己欺瞞を完膚無きまでに粉砕した。

 城門の開かれた先は、赤い鳥居が――そう、日本の神社にありふれたあの鳥居が、どんと腰を据え、俺を待ち構えていたのだ。

 数多の鳥居が京都の伏見稲荷大社もかくやという如くに立ち並び、城の方向へと続いていた。

 西洋の城砦を連想させるこの場所に、伏見稲荷の如き千本鳥居は不釣合いも甚だしい。

 それは、まるで日本の文化を知らない外国人が、見様見真似で神社を作ろうとしたような――そんな、出来損ないのパロディーの日本だった。



   ◆


 すぐに城内に連れられるのかと思えば、勿論そんなことは無く、俺はもう一度、城外の衛士の詰め所のような場所で、再三に亘る全身の検査を受け、小さな水場に引き立てられた。


『悪いな。大老に拝謁する前に、身を清めて貰わないと。その姿では、余りにも見苦しい。本当なら自分でやって貰えると手間が省けるんだが、縄を外すわけにはいかんからな。これで勘弁してくれ』


 そんなことを言って、ボジョレは俺の頭を洗って、伸び放題になった不精髭を剃刀で剃った。床屋にでも行ったような気分だったが、ボジョレは他人の顔を剃るのは初めてだったのか、その手つきは少し不慣れで、彼の操る剃刀が顎を滑る時、肉に食い込まないかと冷や冷やとした。衛兵に囲まれながら、殺しあった男に洗髪と髭剃の世話になるというのは、なんとも尻の落ち着かない奇妙な経験だった。 


 俺の髭を剃り終わり、頭から水を流して全身を洗い清めたボジョレは、何故か苦悩するように眉間を押さえた。見れば、周囲の衛兵達も様子がおかしく、みな冷や汗を流し、青い顔して体を震わせている者までいる。


「فکر از باقی مانده است،، وجود دارد تا این حد」

【面影がある、とは思っていたが、これ程までとは】


 一体、何の話か。髭を剃った俺の顔に、何かついていたとでもいうのか。


「کسانی که می خواهند برای آماده سازی به برش مادر، ما، شکم I ممکن است خوب」

【はは、俺達、腹を切る準備をしていた方がいいかもしれないな】

「کاپیتان، آن است که یک موضوع خنده را متوقف کند」

【止めて下さい隊長、笑い事ではありません】


 ボジョレが乾いた笑いを上げて憲兵隊の部下の肩を叩くと、部下の男は蒼白になった顔でその手を摑んだ。

 そんな痛々しい沈黙を破るかのように、バルベーラの声が飛び込んだ。


「شستن کاپیتان حرامزاده خوک، از جعلی MAREBITO شما آیا در حال حاضر?」

【隊長、マレビト騙りの豚野郎の水洗いは済みましたか】


 一斉に、その場に居た全員の怒気を孕んだ視線が、バルベーラの全身を余さず串刺しにした。


「آیا شما اتفاق افتاده است، همه?」

【ど、どうしたのですか、皆さん?】

「ب، به شما از این مسئولیت، باربرا」

【バルベーラ、お前はもうこの任から外れた方がいい】

「چو، برادر، کاپیتان، و آنچه شما در مورد جهنم صحبت کرد!?」

 شستشو در آب زندگی می کنند؟?」

【ちょ、兄さ、隊長、一体何を言ってるんですか!?

 もう、水洗いは済んだのでしょう?】


 不満げな声を上げると、バルベーラは、乱暴に俺の髪を掴んで、ぐいと上を向かせた。

 ハシバミ色の瞳が、俺の顔を捉えた。

 瞬間、バルベーラの瞳孔が窄まった。その五指と腕は力を失い、撫でるように俺の顔の上を彼女の掌がずり落ちていった。


「این، آن احمق است، واقعا هیچ راهی……?」

【そんな、馬鹿な、まさか本当に……?】

 

 バルベーラは眼に涙を浮かべると、水場の端に走って嘔吐(えず)いた。

 その始終を、ボジョレは悲痛な表情で見つめていた。


  ◆


 返却された時には、俺のジャージは奇麗に洗濯され暖炉で乾かされていた。

 俺はこの異邦の地に流れ着いた時のままの姿で、城に足を踏み入れることになった。

 後ろ手は縛られているものの、手荒な扱いは無く、刀槍で武装した衛士達に取り巻かれ、大名行列のような様相で城内を歩む。

 毛足の長い絨毯の敷き詰められた城内の廊下は、数多の彫刻や絵画に彩られていた。

 その技術とセンスの見事さたるや、俺の知る世界の美術に何ら遅れを取らない素晴らしさだった。

 ふと、とある銅像の前で足を留めた。この国の王か将軍らしき、立派な身なりの男の銅像である。鞘に納められた日本刀の柄を両手で握り、(こじり)を地に突き立てる立像は、日本の軍人の肖像などによく見られるポージングだった。

 その男の顔に既視感を覚えて覗きこめば、あろうことか、銅像の男の面相は、鏡で見知った俺の顔と全くの瓜二つであった。

 銅像から始まって、絵画、彫刻――その廊下を彩る美術品の全ては、よく見れば、その男をモチーフにした作品ばかりであった。

 軍馬の上で、刀を振り上げる男、浜辺のような場所をで決闘を行う男、何百という屍を踏み締め、凱歌を上げる男、男に平伏するレディコルカの民衆、男と金髪の少女、男とその肩に止まる妖精――。数多の芸術作品は、どれも極めて写実的に作られていた。絵画の中の男の頭髪は、紅毛のレディコルカの民の髪とは異なって、俺と同じ艶やかな黒髪だった。

 ……今に至って、何故これ程までにボジョレが俺に拘泥したのかが理解できた。

 この絵に描かれた男が誰かは、俺は知らない。――いや、ボジョレとバルベーラの会話で幾度か繰り返された名が、朧げに記憶の底から浮かび上がる。


『剣帝陛下』


 王か帝か、はたまた天孫か。仔細は分かないが、彼らがこの男――剣帝をマレビトと呼び、その姿を俺の向こう側に幻視していることは理解できた。

 でも、それは神の悪戯が如き偶然が産んだ、他人の空似に過ぎないのだ。


 幾人かの軍人や大臣らしき要人が、俺の姿を遠目に眺めて何か小声で相談していた。

 本当にマレビトなのか、という旨の質問を幾度もぶつけられたが、俺は無言を貫いた。

 首を振って否定できることもできたが、簡単にノーと表明する訳にはいかない。

 偽者と分かれば、その場で切り捨てられるかのような、重苦しい空気が続いていた。

 ボジョレが、ピクシーによって言葉は通じるが、どれだけ正確に伝わっているかの確証は無い、この地の言葉を喋ったことはない、というような簡単なフォローを繰り返し、人払いをしてくれるのが有り難かった。


 衛士は、不測の事態に備えて俺に槍を向けておくのが仕事のようだが、天罰か何かが下るとでも思っているのだろうか、俺に槍を向けることすら怖がっているようだった。

 俺の監視と連行は、ほぼボジョレが統括していたと言っても過言ではない。

 それにしても、この状況はどうしたものか。蟻の逃げ出す隙間も無いとは、まさにこの事である。

 このまま、当分はマレビトを演じた方が利口かもしれない。だが、マレビト様を真似るには一体どうすればいいのだろうか? 半ば本気でそんなことを考えていると、これまでとは赴きが明らかに違う、特別な作りの部屋に辿りついた。

 豪華な調度品と装飾に彩られた部屋だが、客間などとは雰囲気が明らかに異なる。外側から閉まる厳重な鍵、部屋の各所に設けられた、鉄格子のついた覗き窓――明らかに、束縛と監視を目的とした部屋である。漣のように騷めく衛兵や要人の言葉の端々に、幾度も『大老』という単語が見え隠れした。

 部屋の中央を貫く、美麗な彫り物の意匠が施された柱に、後ろ手に縛った縄が結わえられた。

 そして、俺に刃を向ける数人の衛士とボジョレを残し、要人と思わしき男達は一斉に部屋から退出していった。

 独り、得心する。

 つまり、ここが、最終審査室というわけだ。この部屋に縛られた俺を、この部屋のあちこちに設えられた覗き窓から、大老なる貴人が観察して品評会を行い、マレビトか否を鑑定する。

 ぞっとしない話だった。何をどう審査して俺がマレビトか否かを調べるのかは見当もつかないが、当分は神妙な顔をして大人しくしていた方が良さそうだ――。

 諦観と共に柱に背中を預けると、ずっと俺の肩に止まっていたピクシーが、ひらりと翅を動かし俺の肩より舞い上がった。

 鴻毛(こうもう)の一片ほどの重さも感じなかったので、暫く存在を忘れていたのだが――。ずっと彼らの言葉を翻訳していた妖精が俺の耳元から離れ、頭に木霊していた彼らの声が消えた。


「چه کار می کنی، در صورتی که مرد، من تعجب می کنم اگر MAREBITO واقعا، آن را یک امر جدی از دولت، آن را به یکی دیگر از راه تبدیل شده است، هیچ چاره ای جز سپردن به وجود دارد」 


 そうなれば、俺の耳に届くのは単なるノイズと同然だ。

 ボジョレの台詞すら一片の意も汲み取ることは叶わず、急に孤独と恐怖が俺を取り巻いた。

 あの妖精――もしかしたら、俺の最期を予見して、道連れになることを恐れて俺の肩から離れたのだろうか? 全くの無根拠の悲観的な想像が胸中から黒い泉のように湧き出して、呼吸さえ苦しいほどの緊張が俺を見舞った。

 (おそ)れるな! 俺は己の弱気を一喝し、ゆっくりと深呼吸を一度二度。こんな時こそ平常心だ。


 見上げると、小さな妖精が覗き窓の鉄格子を通り抜け、外に向かって羽ばたくのが見えた。

 ああ、あいつだけでも逃げればいい――そう思えば、諦めもついた。

 ありがとう。短い間だったが世話になった。胸中で、謝意を述べる。

 ピクシーが青空の下、どこまでを羽ばたいていく姿を想像すると、少しだけ気が楽になった。

 だが、妖精が鉄格子を抜けてから数分の後、


「そんな! 揚羽! 本当に揚羽なの!? 帰って来てくれたの!? まさか――」


 耳を疑った。鉄格子の向こうから聞こえてきたのは、流暢な日本語による驚愕の叫びだった。

 鉄格子向こう側が、俄かに騷めいた。全力で廊下を走る、軽く小さな足音。

 恐らく――制止を具申するための、衛兵達の哀願の声。

 扉を叩き、重い錠前を引き千切らんとするかのように()する音が響いた。

 ただならぬ事態が扉の向こう側で起こっていることは理解できる。だが、響く混乱と狂騒の中、


「واحد پشتیبانی فنی لطفا بلافاصله باز کردن درب، این یک دستور است」


 凛とした少女の声が一喝すると、扉の外は水を打ったように静まり返った。

 威厳ある――しかし、まだ幼ない、少女の声。

 錠前が落ちる重々しい音。

 途端、突き飛ばすように扉が開き、小さな影が駆け出してきた。

 腰まで流れる、最上級の生絹のような美しい金髪。幼くあどけない顔に輝く翠玉のような円らな瞳が、俺をじっと見つめていた――俺はこの日、比喩ではなく本当に、宝石のように輝く瞳、というものを目にした。

 少女の体は細く、その背丈は俺の胸程も無い。翠玉の瞳が涙で潤み、端整なその頬を大粒の涙が伝った。


「――義太郎様っ!」


 少女はそう叫ぶと、繋がれた柱が揺れるような勢いで俺に抱きつき、細い体を震わせながら泣きじゃくった。


「お待ちしておりました。ずっと、ずっと――お待ちしておりました……っ」


 少女は身なりから察するに、相当に高貴な身分な人間らしく、そんな貴人が俺のような不審者に抱きついているのは実に異例の事態であることが、周囲の困惑から窺えた。

 だが、彼女もこれまでの大勢と同様に、あの肖像画の人物――剣帝と俺を混同していることは間違いなく、どう誤解を解くべきか、あるいは貫く通すべきかと思案していると、彼女は思ったよりあっさりと、涙を拭って俺の体から離れた。


「大変失礼致しました。貴方様のお顔があんまりにも養父と瓜二つでしたので、つい取り乱して粗相をしてしまいました。どうぞご無礼をお許し下さい」


 少女が何事かを口走ると、ボジョレが短刀で素早く俺の戒めを解いた。


「この度の非礼、お詫びの言葉も御座いません。どうぞご寛恕賜りますよう、お願い申し上げます。

 ようこそ、このレディコルカにお越し下さいました。マレビト様が神の国より再びこのレディコルカの地に天降られこと、エメンタールに出向いております国王に代わり、厚く御礼申し上げます。

 宜しければ、神聖なるマレビト様の御名を伺う非礼をお許し頂けますでしょうか……」 

 

 少女は、唇を噛み締める。

 彼女の口にする日本語は、流麗だが、どこか古風な響きがした。


「……ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。俺は日本国から参りました切畠正義と申します。

 もし良ければ、貴方のお名前と、この国のことを伺っても宜しいでしょうか?」


 きりはた、まさよし、と小さく呟くと、少女はぐっと固唾を飲み込んだ。


「申し遅れました、私、この国の大老を務めております、キヌ=レディコルカと申します。

 切畠、正義様、一目ご尊顔を拝見した時から、切畠の皇統の御血筋の方であると確信しておりました――」


 大老? この小さな少女が? いや、大老とは単なる役職に過ぎないのだから、こんな小さな少女が務めるというのも有り得る、のか?


『――義太郎様っ!』


 俺に抱きついてきた瞬間の彼女の言葉がフラッシュバックする。

 

「切畠が、皇統の血筋……!?」


 昭和に没落した、片田舎の庄屋の家系だ。多少の田畑は持ってはいるが、皇統と呼ばれるには程遠い庶民の家柄である。

 そんなことより、何よりも。彼女の叫んだ名前。


「義太郎って……」

「義太郎様を、ご存知なのですか!?」

「……」


 正しく答えるべきだろうか。

 俺の顔色を見て取ったのか、少女はおずおずと口を開いた。

 

「切畠義太郎様は、この国の国父にあらせられます。

 300年前の昭和歴17年、神国ニッポンよりこのレディコルカにマレビトとして天降られ、民族滅亡の危機にあったこのレディコルカをお救い下さいました。

 義太郎様は、神国ニッポンに残されたご家族のことを何時も案じていらっしゃいました。

 お父上である慶太郎様、お母上である千江様、弟君である信次郎様、妹君である絹世様。

 どなたかの消息をご存知でしたら、お教え頂けますでしょうか。

 義太郎様の墓前に御報告致したく存じます……」


 ああ――。

 間違いない。間違いようがあるものか。


『立派になったなあ、正義。本当に――義兄ちゃんの生き写しのようじゃ』

 

 二人で相撲をとったあの夜の、祖父の言葉が蘇った。

 ――義太郎さん、見付けたよ、爺ちゃん。

 遥か彼方の日本の地に眠っている祖父に祈ると、目頭に熱いものがこみ上げてきた。


「みんな、知っています。俺は、切畠信次郎の孫で――義太郎さんは、俺の、大叔父です」

「――――っ!」


 俺がそう伝えると、少女は堪えきれず涙を零し、再び顔を押えて泣きじゃくり始めた。

 一体何がどうなっているのか。破裂しそうになる頭を掻き毟って、空を仰ぐ。

 

「なあ、爺ちゃん、俺はどうすればいい? 俺は、何のためにここに来たんだ?」


 答えがある、筈も無い。

 俺は、糸が切れたように脱力して床に座り込んだ。少女は、未だ顔を押えて泣きじゃくっている。

 ふと、彼女の言葉に違和感を覚えた。


『――切畠義太郎様は、この国の国父にあらせられます。

 300年前の昭和歴17年、神国ニッポンよりこのレディコルカにマレビトとして天降られ――』

 

 ? 

 

「300年前ですって? 義太郎さんがこっちで行方不明になったのは、71年前のことです」


 どう考えても計算が合わない。それにこの少女、言葉の端々から察するに義太郎さんを知ってるような口ぶりだったが、義太郎さんが爺ちゃん同様、戦後長らく生き延びていたとしても、相当な老齢だったに違いない。

 この少女の(とし)は、外見からして14、5歳。

 信次郎爺さんが俺にそっくりだったと評した、出征時の義太郎さんを知っている筈も無い。

 

「キヌ……大老? 貴方は、何時義太郎さんと出会われたのですか?」


 少女は、間髪入れず迷いの無い声で告げた。


「私は、昭和歴23年の9月2日、ブルソー要塞にて虜囚の身となっていた所を、義太郎様にお命を救われました。義太郎様は私を養女として引き取り、養育して下さいました。

 その後、義太郎様が昭和暦77年5月19日に崩御された後、義太郎様の偉業を未来永劫讃える語り部となるべく、このレディコルカで大老の任をつき、以来239年、義太郎様の残された秘蹟をお守りしております」


 少女の言葉は、俺の理解を遥かに超えていた。


「……239、年?」

「正義様は、神国より天降られたばかりで御座いましたね。申し遅れました。私、この地に古より住まいますエルフという不老長寿の種族の出に御座います。義太郎様に賜りました御寵愛……私の人生の、生涯最高の光栄と慶びに御座います」


 少女は懐かしむように瞳を閉じ、もう一筋だけ涙を流した。

 ――その耳は、おとぎ話の絵本の妖精のように、長く尖った奇妙な形をしていた。



 

 

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