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第四章 通う心と不思議な霧(第三部)

 振り下ろされた木の棒を、身体を横に向けて避けたエルレアを見て、スウィングは(上手い)と思った。


 身体全体を横に向けると言うことは、相手にとって上からの攻撃がかけにくい体勢になるということ。


 だが、背後に大きな隙ができる。


 スウィングがその隙を狙って打ち込もうとした時、エルレアの身体が突然バランスを崩して後ろに大きく傾いた。



「危ない!」



 木の棒を捨ててエルレアを受け止めたスウィング。



「……」



 時が止まったかのような沈黙が、しばらく流れた。



「……すまない。」


「……あ、ううん……。」


「なんだ……?」



 スウィングに背を支えられたままの体勢のエルレアは、スウィングの向こうにある空気の変化にいち早く気付いて、目を見開く。


 エルレアにつられて、スウィングも上空を見上げた。



「霧が濃くなってきた……。」



 ドレスの裾についた土を払って起き上がったエルレアは、スウィングと共に異様な速さで立ち込めていく濃い霧に目を奪われた。


 エルレアたち一行が入った森は、わずか数秒のうちに一寸先すら見えない霧の森と化してしまった。



「急いでシャルル達の所へ戻ろう。はぐれたら大変だ。」



 シャルローナ達の居る場所は、遠くは無い。スウィングは記憶を頼りに道のある方向へ進もうとした。


 その腕を掴んで、エルレアはつぶやいた。



「スウィング……その道は、シャルル達の所には『繋がっていない』。」


「え……?」



 戸惑いを隠せず、スウィングはまばたきをする。



「おかしい。森の空気が今までとまるで違う。霧もだが、森全体がまるで意思を持っているような気配を感じる。」



 少女のまなざしは、この濃い霧の向こうさえ見通しているように力強かった。



「スウィング。私を信じてくれるか?」



 確信に至っているように見える瞳とは逆に、迷いが感じられる声だった。


 まるで、これから口にする事が自分でも信じられない事だとでも言うように。



「うん。」とスウィングが答えると。


「ここからシャルローナ達の元へ通じる道は、全て何者かによって断たれた。……空間が切り取られたというべきか。とにかく、今はどんなに動いてもシャルローナ達の所へは戻れない。」


「……。」


「……笑うか?」



 緑の瞳が心細そうに揺らいだ。



「いいや、信じるよ。そんな深刻そうな顔で言われたら敵わない。」



 苦笑まじりにそう言うと、スウィングは真剣な顔になる。



「それなら……夜が明けるまでどこかで休んだほうがいいね。」


「……あっちだ。」


「え?」



 少女は、何も見えない闇の中を指差す。



「向こうに、何かほら穴か洞窟のようなものがある……気がする。」


「エルレア?」



 彼女に何が見えているのだろうか。



「……分からない。私にも訳が分からないんだ。けれど何かを感じる……この森は何だ?」


「……行こう。君の言葉を信じるよ。案外クィーゼルとかニリ辺りも、洞窟の位置とか分かりそうだしね。」







 あの二人の動物並みの野生の勘と一緒にされている事が少し気になりつつも、エルレアは何も言わなかった。





                  ☆





「動かないほうがいいですよ。」



 物音を立てずにテントから出ようとしていたシャルローナは、後ろからかけられたセレンの声にびくりと立ち止まった。


 テントの中で、セレンは毛布を被って横になっていた。


 てっきり寝付いたものだと思っていたのだ。



「スウィングさんが心配なのは分かります。僕だって……姉様に何かあったんじゃないかと思うと眠れないんです。でも、少なくとも今は動く時じゃないと思います。もしシャルローナさんに何かあったら、僕がスウィングさんに怒られます。せめて夜が明けるまで……待ちましょう。」


「こうしているうちに……。」


「シャルローナさんは、焦りすぎです。」



 シャルローナの方は向かないまま、セレンは続けた。



「世の中に焦らなきゃいけない時があるように、焦っちゃいけない時だってあるはずです。」



 分かっている。


 けれど、もう誰かを失うのは嫌だ。


 誰かが自分の傍から居なくなってしまうのは嫌だった。



「今は、焦らなきゃいけない時よ。」


「獣が襲ってきたらどうするんですか? 貴方をいつも守ってくれるスウィングさんは居ないんですよ。ニリもクィーゼルも居ない。僕では……力不足です。」


「誰も貴方に守ってほしいなんて思ってないわ!」



 思わず声を荒げてしまった。


 だがセレンの声は、それでも冷静だった。



「シャルローナさんは、この国にとって大事な人です。だからシャルローナさんには、自分の命を守る義務があると……僕は思います。」



 セレンの言葉に、シャルローナはその場に立ち尽くした。



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