第四章 通う心と不思議な霧(第二部)
気まずい沈黙を破ろうとして、セレンは口を開いた。
「あの」
「何」
「ええ……と」
「何も用が無いなら話しかけないで」
「……はい」
水を汲みに行ったニリウスがなかなか戻ってこないので、クィーゼルはニリウスの様子を見に行った。
結果、セレンとシャルローナの二人だけが野宿場所に残されたのだ。
(……どうしよう)
この状況に、セレンは頭を抱えていた。
生まれて十一年。母の従妹にあたるシャルローナとは、何度も会ってきた。
しかしそれは、それぞれの親達と共にであったし、しかも言葉を交わす事はほとんど無かった。
(姉様なら)
もしも残されたのが姉と自分であったなら、こんなに悩むことは無かっただろう。
姉はこんな時は多分、何か面白い話をしてくれる。
けれど、姉とシャルローナは違いすぎる、とセレンは思った。
姉であれば、喜怒哀楽の感情が分かる。しかしシャルローナが見せる表情は、ほとんど不機嫌な表情ばかりだ。
「あの……シャルローナ様」
「貴方には言ってなかったわね。この旅では私とスウィングの事、呼び捨てにしてもらって結構よ」
シャルローナは視線すら合わせようとしない。
「え、でも」
「嫌なら帰りなさい」
「は、はい、シ……シャルローナ……」
「何?」
「いつも、お綺麗ですね」
途端、シャルローナの眉の間のしわが増える。
そしてようやく、彼女は自分の方を見た。
「ありがとう。けれどね。全ての女性がその言葉で喜ぶなんて思うのは大間違いよ。勉強し直していらっしゃい」
(いや、別に喜ばせるためじゃなくて、素直に思った事を言っただけなんだけど……)
どうして、作り笑いすら浮かべてくれないんだろう。
セレンは気付かれないように、小さく溜息をついた。
☆☆☆
シャルローナは、黙り込んでしまったセレンに(きつく言い過ぎたかしら)と思っていた。
「セレン・ド・グリーシュ」
「は、はいっ」
「お母様のご容態はいかがなの?」
セレンの顔に暗い影が落ちる。
それに気付いたシャルローナは、聞いてはいけない事を聞いたのかもしれない、と少しだけ反省した。
「母様は、最近よく外に出られるようになりました」
「じゃあ、病気の方はもうすぐお治りに……」
「いいえ!」
とっさに大きな声を出してしまった自分を恥じるように、一瞬だけセレンは沈黙した。
「母様は強気に振舞っていますが、病気は……」
セレンは必死で泣き出すのをこらえた。
「何かあったの?」と、喉元まで来た問いを、シャルローナは飲み込んだ。
尋ねてはいけない事のように思えた。