第十五章 深い森のカノン(第一部)
「ソニア、協力してくれるかい?」
イザヤは湖の傍で、青い髪の少女に尋ねた。
「おい、あの兄さん誰に話しかけてんだ?」
クィーゼルの言葉に、金髪の少女は驚く。
「見えていないのか?」
「は? お嬢には、何か見えるのか?」
「私にも何も見えないわ。あなた、霊感みたいな物があるんじゃなくて?」
シャルローナの言葉に憤慨した様子で青い髪の少女が振り向く。
「失礼ね! 私は幽霊じゃないわ! この湖の精霊よ!」
「ソニア、落ち着いて」とイザヤ。
「お話します。私達の事。これからの事。信じていただけるかは分かりませんが……」
マリアは真剣な表情でエルレアに向かい合った。
そして、意を決したように息を吸って言葉を紡いだ。
「エルレアさん。貴女の本当の名前は、カノン」
柔らかなマリアの声が、固く緊張していた。
「……カノン・ルーシャン・ド・カーディナル・ソルフェージュです」
その場に居た全員が、この言葉に驚愕の表情で動けなくなった。
「カッ、カッ……ふがっ」
いつもの数倍の大声で叫びそうになったクィーゼルの口を、他の者より一足先に我に返ったニリウスがとっさに押さえて事なきをえた。
「カーディナル・ソルフェージュ。この家名が示す意味、お分かりになりますね?」
オルヴェル帝国では、貴族や皇族が子供に名前をつける場合、守らなければならない決まりがある。
貴族の子供であれば、家名は一つしかない。父か母の家名を名前の最後につける。
『エルレア・ド・グリーシュ』であれば、グリーシュ家のエルレア、という意味である。
しかし皇族の子供は、家名が二つある。
父と母、両方の家名を、最後につけるのだ。
エルレアの本名だと伝えられた名前には、家名が二つ。
片方はまごう事なきオルヴェル帝国の皇族が戴く名前である。
それだけでもとんでもない名前であるのに、もう片方の家名は……クィーゼルの反応も当然である。
聞いて驚かない人間は居ない。
カーディナル———あろうことか、この世界でのオルヴェル帝国の唯一の脅威、セインティア帝国を統べている皇族の家名であった。
しかし、これは隠された真実のほんの一部でしかなかった。