第十二章 追憶の景色(第一部)
「どうぞ」
マリアはシャルローナの前に、一杯のお茶を置いた。
「カモミールのお茶です。リラックス効果や精神安定の効果があるんですよ。香りだけでも試してみてください」
そして、自分の椅子へと戻っていく。
シャルローナは、マリアの出したハーブティーを一口だけ喉に通した。
☆☆☆
全てを知ったセレンの頬を、音も無く一筋の涙が伝った。
「セレン」
気遣うようなエルレアの声で、やっとセレンは自分の涙に気付く。
「あ……ごめんなさい、僕……」
無理も無い、とエルレアは思った。
自分の一族に伝わる忌まわしい儀式の存在。
更には自分には血の繋がった姉がいて、その姉は自分を生かすために死を選んだ。
実姉の“エルレア”に似て心根の優しいセレンには衝撃が大きいのだろう。
焦って涙を拭ったセレンだが、後から後から涙は溢れてくる。
エルレアは左手をセレンの髪に当ててわずかに思案した後、セレンの頭を自分の肩に引き寄せ、その背中を撫でた。
「ね……、姉様っ?」
動揺と恥ずかしさで、セレンは真っ赤になる。
「安心しろ」
エルレアはゆっくりと囁いた。
「私もお前の姉だ。お前の背負うものは私も一緒に背負う。一人じゃない」
その言葉一つ一つが、セレンの身体の緊張を解いていく。
「うん」
セレンと共にエルレアの話を聞いていたシンフォニーの顔からは、いつもの笑みが消えていた。
代わりに何か考え込むような表情を浮かべていた彼だが、わずかの空白の後に口を開く。
「エルレア・ド・グリーシュ。確認ですが、貴女にはグリーシュの血は流れていないんですね?」
「はい」とエルレア。
「グリーシュに養女として入ったのは何年前ですか?」
「十年ほど前です」
「その前は、どこの家に?」
「記憶が曖昧ですが、父と……沢山の兄弟姉妹がいたのを覚えています」
「……なるほど。貴女がここにいるのは、何のためですか?」
「グリーシュに課せられた“罰”を終わらせるには、閉じこもっていては何も始まらないと思いました」
シンフォニーは頬杖をつき、エルレアを見て目を細める。
尊大にすら見える態度なのに、彼がすると妙に似合っていた。
「何故、貴女が動かなければいけないんですか? 貴女には関係のない事でしょう」
「兄さん!」
スウィングが思わず声をあげる。
「関係がないとは思わない。思えない。私はただ、自分の近くにいる存在を失いたくないだけです。それは、そんなにおかしな事ですか?」
セレンが、姉を見上げていた瞳を見開いた。
シンフォニーは、そこでふ、といつもの柔らかい微笑みを浮かべた。
「いいえ」
そして、シンフォニーは優しげな瞳のままでエルレアをじっと見つめた。
瞳の奥。
その奥底まで見通して何かを探しているような視線にさらされ、エルレアはわずかに不審げに目を細めた。
「何か?」
「なるほど、瞳の色はそっくりですが……きっと、貴女はお父上似なんでしょう」
エルレアは軽く首を傾げる。
「さて……彼女に何か聞きたいことがありますね? マリア」
シンフォニーの声に、全員の視線がマリアに集まった。
「はい……。けれど、日を改めさせていただけますか? 私も……まだ心の準備ができていないんです」
遠慮がちにマリアは言う。
「それじゃあ、今日はここでお開きにしましょう。続きはまた明日」
シンフォニーは席を立って、小屋へ歩き出した。
しかし、皆の張り詰めた一瞬の空気に気付いて立ち止まる。
「ああ、安心してください。いまさら逃げたりはしませんから」
そうしてシンフォニーが去った後、マリアは皆の使ったカップを持って、炊事場に消える。




