第八章 隠された本質(第三部)
「はいはい、そこまでにしてあげて下さい。黒髪の美しいお嬢さん」
「うぉあっっ!!」
いきなり肩に置かれた手に、クィーゼルは本気でびびっていた。
「兄さん! どこから……?」
「裏口からね。マリア。イザヤが呼んでましたよ」
「は、はい……!」
焦った様子で出て行くマリア。
「気配なかったぞ、さっき……」
青ざめたクィーゼルがつぶやく。
「あれ、兄さん。シャルルは?」
「ああ……多分今は一生懸命に考えているんでしょうね」
「何を?」
「何を選ぶべきかを」
笑んで返された答えに、スウィングは訝る表情を浮かべた。
「兄さんは、皇宮に帰らないの?」
「何のために私が皇宮を出たと思っているんです。別に貴方がたと鬼ごっこをしたかった訳ではありませんよ」
「じゃあ質問を変えるよ。シャルルは兄さんを連れて帰らないの?」
「それを考えているんですよ。あの子はね」
「今更?」とスウィング。
「ええ。今更」
椅子に腰をかけて、シンフォニーは机に肘をついた。
「らしくねぇな。あの姫さんが今になって迷うなんてよ」
腕を組んでクィーゼル。
「いいえ、当然のことですよ。あの子には、“私”への執着はほとんど無い。あるのは誇りと、在るべき姿への執着だけです」
「はぁ?」
「つまりですね。彼女が今まで私を追っていたのは、あくまで私を自分が正しいと思う道に戻したかったからなんです。そこには、彼女の心も何もない。スウィングも気付いているでしょう。あの子は……シャルルは、己の心を殺しすぎる所がある。何が正しいか、どうあるべきかにばかり囚われて、自分の気持ちを顧みようとしない」
スウィングも、その事には気付いていた。
義務感から己の気持ちを殺し続ける彼女の生き方は、見ていて痛々しい。
だから昔から放っておけないのだ。
「ですが、貴方を探そうと動き出したのは他でもないシャルローナです。それを何故、彼女の心から生まれた物ではないと言うんですか?」
そう問いかけたのはエルレアだった。
「残念ながら、つい先ほど本人から聞きました」
シンフォニーは小さく息をつく。
「昔から自分に厳しい子ではありましたが、成長するにつれて、輪をかけて厳しくなっているようです。それでも、あの子が唯一、本心を見せる場所はあったんですよ。———貴方です、スウィング」
スウィングはシンフォニーの視線を静かな表情で受け止めていた。
「貴方の傍でだけは、あの子は自然な笑顔を見せていた」