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第一章 古(いにしえ)の王

 大理石の輝く大広間で、彼は王と向かい合う。


 この豪華な宮殿はいつもの幻だと、彼は思った。





『時は満ちた。再び我が世が来る。』


「寝ぼけるのもいい加減にしてください。貴方は既に、この世の人間ではない。」


『だがそれでも、私は玉座に座ることができる。』


「大罪人でありながらのうのうと生きてきた人間だけに、ポジティブシンキングがお得意のようですね。ですがそれは、果たして貴方が独力で実現できる事なんですか? 私が居なければ、その存在すら保つ事ができない、意識体でしかない貴方が。」



 王はうっすらと笑う。



『何を恐れている。』


「自覚なさっておいででないなら、申し上げましょう。貴方は、玉座に着くには危険すぎる。」


『ほう。私から皇帝の座を奪った蛮族ばんぞくも、随分と臆病になったものだ。』


「貴方にオルヴェルは潰させません。」


『面白い。試してみるがいい、私とお前、どちらが真に生きるべき人間か。』



 そう言って、王は目の前にたたずむ青年を指差した。


 瞬時に青年の顔色が変わる。


 胸を手で押さえ、わずかによろめいたがかろうじて踏みとどまった。


 苦しげな呼吸の音が響く。



『分かるであろう。いずれお前ではなく私が“現実”となる。そして。』



 両腕を大きく広げ、王は虚空を見つめて危うい微笑を浮かべた。



『古代帝国がよみがえる。』


「貴方の……思い通りになど、させない……。」


『お前のような小者に私を止める事などできまい。“アナスタシア”も、手を伸ばせば届く場所に転生てんせいしている。』



 今度は青年が、あざけるような笑みを浮かべた。



「しつこい男は嫌われますよ。彼女が本当に貴方を慕っていたと思うんですか? 彼女の目の前で、婚約者だった男を殺したのは他でもない貴方でしょうに。」


『帝国の正妃に選ばれたのだ。この上ない幸せだろう。』


「一部の女性なら……あるいはそうかもしれません。ですがアナスタシアはそんな人間じゃなかった。だからこそ、彼女は民に慕われていたんです。それに、仮に“アナスタシア”が貴方を想っていたのだとしても、今の彼女は“アナスタシア”ではない。私が貴方でないように。」


『だが民の心を集める力は、変わらず存在している。あの女が“アナスタシア”に支配されるのも時間の問題だ。』



 青年の目元が厳しくなる。



『お前は、お前は私では無いと言ったが、それは違う。何故ならお前はあの女を愛しいと思っている。それはお前が私であり、あの女が“アナスタシア”であるからだ。』


「違う。」


『お前は既に私の一部となりつつあるのだ。』


「貴方の勝手な思い込みです。」



 空間がぐにゃりとゆがみ、不安定な風景の世界になる。


 林。城の回廊かいろう。荒野。砂浜。草原。そして海。


 いつのまにか傍に来た王が、青年の耳に囁く。



『奪ってしまえ。あの女が欲しいのだろう?』


「……消えてください。」


『奪ってしまえ。』


「消えろ!!」



 これは、彼女と自分に対する冒涜ぼうとくだ。





 あふれ出た強い怒りのエネルギーが、全てを飲み込む。


 世界が完全に青年の色に塗り替えられる寸前、王は再びニヤリと笑んでかき消えた。


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