第六章 二人の皇子(第三部)
ユリアス。
それは、ある少年の名前である。
銀の髪。銀の瞳。
セレン・ド・グリーシュと同じ年頃の少年でありながら、大人顔負けの頭脳を持つ。
特に薬に関する知識に富み、新たな毒薬を創り出すなど、類まれな才能を持つ少年である。
エルレアとスウィングがこの少年に初めて会ったのは、ファゴットという街の宿屋だった。
その時彼は人身売買の闇組織で、商品である人間達を集め、運ぶ男達のまとめ役として、また薬師としても活躍していた。
二人はこの少年によって、あやうくセインティア———オルヴェル帝国と三千年対立し続ける、もう一つの帝国———へ売り渡される所だったのだ。
かくして。
「一体何をやらかしたんですか? 君。私でもここまで不機嫌なスウィングは見た事ありませんよ?」
彼が組織を去る間際、ある程度会話をしていたエルレアは、ユリアスに対して憎悪や嫌悪の感情は薄れていたが、スウィングはそうもいかないようだった。
何しろ彼のせいで、命が縮む経験をさせられたのだ。
無理もない、とは思うのだが。
エルレアはチラ、とスウィングを見てみた。
およそ公の場では見せないだろう、と思う程険しい表情で、彼は椅子に座ったまま窓の外の風景を見ていた。
「別に。っていうか、そこの女の人に嫌われてんなら話は分かるけど、どうして会ったことも無い人が俺を見て怒る訳?」
それを聞いて、エルレアは首を傾げた。
スウィングの事を、まるで直に見たかの様に教えてくれたのではなかっただろうか。この少年は。
あの暗い部屋で。
そこで、エルレアはある事に気付いた。
「ユリア……」
しかし、エルレアより先にスウィングが行動を起こした。
「会ったことも無い人、か。これでもまだそう言える?」
それまで外していた黒髪のウィッグを付け、顔にかかった横の髪を長い指で優雅に払うと、スウィングはユリアスに冷たい微笑みを見せた。
「嘘……」
あっけにとられてつぶやくユリアス。
「ユリアスは、黒髪のスウィングしか見たことが無かったからな」
スウィングに気付かなかったのも無理はあるまい、と納得したエルレアの耳に、狼煙を炊いて戻ってきたマリアの声が聞こえた。
「ユリアス!」
「ああ、やっぱり貴方の知り合いですか」
外から戻るなり少年を見て声をあげたマリアに、あくまでのんびりと問いかけるシンフォニー。
「知り合いというか……」
「なぁ、この人たち誰? マリア姉」
「……弟です」
(……弟?)
エルレア・スウィング・シンフォニーは、三人同時に心の中でその単語を繰り返した。
コンコンコン!と、扉を叩く音が響いた。
「千客万来ですね、今日は」
シンフォニーは、少し好奇心を含んだ声でノックの音に答える。
「どうぞ。……と言っても、ここは私の家じゃありませんが」