第五章 ここに居る(第二部)
不安な夜。
こんな時はいつも、自分の部屋を抜け出して廊下にある窓から皇宮を見ていた。
皇宮は、夜でもほのかに輝いている。
あの城には、彼が居る。
その事を思い出すだけで、不思議と安心できた。
セレンから離れた位置に横になっていたシャルローナは、旅の疲れと不安からか、何度も夢と現を行き来していた。
(苦しい)
身体の熱さと気だるさが蘇る。
自分の身体なのに。
何故、自由にコントロールできないのか。
それがひどく腹立たしく思えて、シャルローナは唇をギュッと噛んだ。
「タオルをお取替えいたします」
若い女の使用人が、自分の額に乗っていたタオルを取る。
置かれた時に冷たかったタオルが、そんなに長くは無い時間の間に生ぬるくなっていた。
「要らないわ」
「え?」
新しいタオルを置こうとしていた使用人の手が止まる。
「出て行って」
「ですが、お嬢様……」
「用ができたら呼ぶわ。だからしばらく一人にして……誰も部屋に入れないで!」
「は、はい……かしこまりました」
使用人が出て行ってしまったのを見届けて、シャルローナは大きなため息をついた。
まるで、火山がマグマを大地に広げているかのように、体内の熱は次から次へと生み出され、シャルローナの全身を巡った。
(情けない)
熱にうなされている姿など、できれば誰にも見られたくなかった。
(お父様……お母様……)
父も母も、皇族の仕事でオルヴェル大陸のあちこちを飛びまわっていた。
今朝も、どこかの街へ仕事で出かけていった。
出発前、両親はシャルローナの部屋に訪れ、出発を延期しようという話をしていた。
「大丈夫ですわ。午後には熱も治まると思いますから。私の事など心配せずに、民のためにお仕事をなさってください」
シャルローナは、両親の申し出を断ったのだ。
実の所、午後にはよくなるとは考えていなかった。
だから、日が暮れても熱が下がらない状況は想定内だった。
この状況も、覚悟の上だった。
だが自分はどこかで……予想外の事態に期待していた。
もしかすれば、父か母が、自分の身を案じて戻ってきてくれるのでは、と。
ありえない事だと分かっていたつもりなのに。
視界が揺らいで、涙がこめかみを伝った。
甘えている自分が恥ずかしかったのか、熱のせいなのか、もうシャルローナには分からなかった。
ぼやけた視界に、両親の顔が現れる。
(まさか、本当に)
帰ってきてくれたのだろうか。
震える指を伸ばしてみると、両親の姿はぐにゃりと曲がって、消えた。
そしてそれが、熱が作り出した幻だったことに気付く。
「……っ」
堰をきったような勢いで、涙が次々に溢れだす。
諦めたように瞳を閉じ、力なく下ろした手を。
受け止めた手があった。
額にも手が置かれる。
ひんやりとした手がもたらす安心感が、不思議なほど自分を癒していくのが分かった。
「シャルル」
自分を安心させるように呼んで、彼は大人びた表情でシャルローナを見た。