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CANDY  作者: MIZUKI
9/22

5.-1 現実逃避

会議の翌日、僕は部長に呼び出された。


「穂積、昨日は本当に驚いたぞ。ほんとに、驚いて私もあの瞬間はどうにもできなかったよ。」

部長は頭を掻いてため息をついた。

「いつも冷静なお前のことだから、よっぽどのことがあったんだと思うが、完全に役員に目を付けられたぞ。フォローしきれないかもしれない。」


僕は頷いた。

「わかってます。僕のことは気にしないでください。でも部長と他のみんなに迷惑かけてしまったのが心配で。部署に影響がなければいいんですが。」

「その辺は俺が何とかする。でもお前は本当にアジアの客先に派遣になるかもしれないぞ。」

「むしろ、その方がいいです。頭冷やしたいんで。」


部長は再びため息をついた。

「先月みんなで考えた戦略、お前がいると力強いんだが俺たちでなんとかやるしかないな。」

僕は頭を下げた。

「あれはきっと成功すると思います。腰が重かった若手がだいぶ乗り気になっていたやつですから。みんなをよろしくお願いします、部長。」

「穂積も客先であまり苦労しないことを祈ってるよ。」

「そう簡単じゃないのはわかってます。」

部長と僕は顔を合わせて苦笑した。


「じゃあ、お前が専属で出張することを上に決定として報告するから。」

「はい。お願いします。」


数日後、来月から最低で半年のアジア出張が決定した。

正直、僕はほっとした。

とにかく、日本から、家から、宮鷹ユウの見えるところから逃げ出したかった。


普通の相手なら、もっと気持ちを表に出していこうとするだろう。僕だっていいかげん、何も言えない自分に嫌気がさしている。

だけど、よりによってなんだって女優なんか好きになってしまったんだ。いくら隣人で、その人の素顔を少しばかり知っているからって。いい大人が一回りも違う女優に惚れるか?ありえないだろう。

相手にこの気持ちが伝わらないうちに、早く冷めるように、一刻も早く鷹宮ユウの姿が見えないところへ逃げ出したい。

その願いがすぐに叶って、僕の気持ちは少しだけ軽くなった。


「さて、まずは母さんがうるさそうだな。」

昨日の電話のことも含めて、僕が逃げ出すように海外へ行くことを咎めるだろう。


夕食の後、ソファーに横になってテレビを見ている母親に声をかけた。

「そのテレビ、重要?」

「ユウちゃんが出てるわよ。」

僕は無言でテレビの電源を切った。

「何するのよ!そのドラマは楽しみにしてるのよ!」

「じゃあ録画するから。」

慌てて僕はもう一度テレビの電源を入れて、録画設定をした。


「何なのよ、改まって話って。」

「来月から、最低で半年、客先の工場に派遣になったんだ。」

「半年?!」

母親は驚いて起き上がった。

「なんでそんな急なの。」

「前から話は出ていたんだけど、人選が進まなくて。俺は独身だし、それにこないだ会社で失態したから、ちょっと向こうで頭冷やそうかと思って志願したんだ。」

「いったい何やらかしたのよ。やめてちょうだいよ警察沙汰は。」

「そりゃ大げさだよ。会議中に関係ないこと考えて、しかもそれをうっかり口に出した。」

「なにそれ、何を考えていたの?まさかお隣さんが関係あるの?」

「いや、直接関係があるわけじゃなくて、ただ週刊誌を見て動揺しすぎて・・・」

母親は信じられないという表情で言葉を失って僕を見た。


「もう十分凹んでるから、それについては何も言わないでほしいんだけど。」

「冗談じゃない!そんなくだらないことで大切な仕事失敗して、しかもお隣さんほっといて海外に逃げる気なの?」

「隣をほっとくって、そもそも何の関係もないから。」

「じゃあなんでそれが理由で大失態するのよ。」

「だから、それは僕の勝手な気持ちであって、お隣さんは知らないことだから。」


ついついこぼれる僕の本音に、母親はさらに呆れた顔をした。

「まさか本気なの、あんな若いお隣さんに。」

「だから、きっと今僕はどうかしてるんだよ。海外に行って頭冷やしてくるから。」

「いい年のあなたの心配はするつもりないけれど、さすがに週刊誌に取り上げられるようなことはしないでほしいわ。」

「わかってるよ。」

母親は、どうだか。というような顔を向ける。


「最低で半年っていうと、もっと長くなるかもしれないの?」

「あぁ、出張って言ってもホテル暮らしで客先の工場に通うんだ。納入した機械のラインを作ってくる。そう簡単にはいかないと思う。」

「あんた、現場なんてできるの?」

「今は営業っぽいけど、もともと技術やだし、そういう仕事していたからね。あとは英語できるやつってことで。」


母親はカレンダーをめくった。

「半年っていうと、年明けだね。正月は帰ってこれるの?」

「そんな先のことまだわからないよ。」

僕は苦笑した。

「半年も車置いといたら、あのポンコツは動かなくなるんじゃないの?」

母親はポルシェのことをそういった。

「ポンコツって。まぁ確かにそれはかなり心配なところだけど。」

「ま、今までうるさかったから静かでいいわ。あんたが出入りするのは夜中ばっかりだから。」

「・・・・。」


「あ、そんなことより。すぐに海外に行くんだったら、これいけないわね?」

「何?」

母親が白い封筒を差し出した。

「今日、お隣の奥様から預かったのよ。お嬢さんの舞台ですって。」

僕は封筒の中身を取り出して、固まった。

今まさに宮鷹ユウがもがいて頑張っている舞台のチケットだ。

日付は千秋楽のようだ。

「黙って海外には行けないか。」


母親が僕の様子を見て、お茶を淹れながら静かに言った。

「お隣の奥様も特に説明されずにこれを預かったみたいなの。お互い、首をかしげてるのよ。あなたは海外に行っちゃうけど、私はお隣同士おつきあいがあるんだから、ユウちゃんとどういう関係なのか聞いてもいいわよね。」

僕は口を開きかけて、確かめるように母親に言った。

「絶対に他言無用だからね。相手に迷惑かかるから。」


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