4.-2 胸の奥のキャンディ
その晩、昼間の失態と姫との電話が頭を駆け巡り、眠れないままベッドに潜り込んで頭を抱えていた。
声を聞くと、姿を思い出すと、会いたくなる。いい歳をして柄でもないが胸が苦しくなる。
しかし、今のうちに、この甘酸っぱい方のキャンディの包み紙が開かない内に、胸の奥の奥に閉じ込めなければならない。
もう一つの苦いキャンディが僕を冷静にさせようとする。
そしてそれもまた、胸が痛くなることを思い出させる。
もう何年前のことだったろうか、誰かを好きになるのはやめようと決めたのは。
僕は昔から今のような自分のペースで日々を送っていた。
仕事をし、ドライブをし、自転車に乗り、仲間と遊ぶ。
彼女ができた時、僕は自分のリズムの合間に彼女を入れようとしていた。
故に週末は彼女の為に空けているわけではなかった。
だから、互いに責任ある仕事をし始めている年齢だったこともあり、多忙でゆっくりと時間を気にせず会うことは今考えると少なかった。
それでも、大人なんだから仕方がないものだ。そう思っていた。
電話もメールもそれほどマメにはしていなかった。
それでも、相手を想う気持ちは言葉で伝えていた。そういうことは恥ずかしいとは思わなかったから。
しかし、それだけでは何も伝わらないことを僕は知らなかった。
あるとき、僕が彼女の気持ちをきちんと聞かず、彼女のことを考えていると勘違いしていただけの自分のことを、手遅れになってから知ることになった。
つき合ったのは2年ほどだった。
僕はもうすぐ30歳になるところだった。
その日、僕は二つ年下の彼女にプロポーズしようと考えていた。
僕のペースを乱すことなく、会えば居心地良く、笑顔も可愛くてしっかりものの、素敵な女性と出会えて幸せだと僕は思っていた。
しかし、彼女が出した答えははっきりとノーだった。
ノーというより呆れかえっていた。怒っていた。そして悲しんでいた。
彼女は僕に、恋人のことを趣味や生活の道具の一つ程度にしか思っていないといった。だから、僕は彼女に合わせようとしたことはないと。
彼女はいつも我慢していたのだと。
彼女が僕に思いを伝えてみても、たまには我儘を言ってみても、僕は彼女の本当の気持ちを図ることはなく、ただその事柄にだけYesかNoで答えていたと。
それから、彼女は僕を友達に紹介してほしかったと言った。彼女も僕を友達に紹介したかったと。
以前、僕はそれを互いの領域を乱すのはやめようと言ったらしい。
今思うと本当に呆れるほど馬鹿げた考えだったと思う。
それでもずっと、僕がいつか彼女を本当に愛することを信じていてくれた彼女に、僕はまるで止めを刺すように、突然身勝手なプロポーズをしたのだ。
僕はそれからしばらく、彼女に対してしていたことを思い返しては、やりきれない思いで自分を責めていた。
そんなことを繰り返していても、僕はやはり自分のペースを崩すことは出来ず、ただ女性全般から一定の距離を置くようになっていた。
にこやかに、当たり障りなく。
そのうちに「いい人」という印象をもたれるようになった。
「男」ではないということだ。
そうしてきたのは自分だ。
あえてそうしてきたんだ。
もう、誰も傷つけないように。
でも、そんな自分のことを納得できない自分がいる。
わかっている。
誰も傷つけたくないことより先に、自分が傷つきたくないということに。
そんな自分にも嫌気がさしている。
しかし、だからといって、よりによって、なんで姫なんだ。




