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CANDY  作者: MIZUKI
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3. 写真

悩める日々は続いていた。


通し稽古は始まっていたが、主演二人の場面は繰り返し練習が続いていた。ずっと演出家の厳しい視線の中で。

何が悪いのかわからない。焦る。苦しい。悔しい。自分はここで終わる能力しかないのか。

わからない。


一緒に演じている俳優はプロだと思った。何度演じても何度同じことが繰り返されても、演技に集中している。私への苛立ちなんてかけらも見せていない。愛の言葉には本当に自分が愛されていると飲み込まれてしまうほどの強さがある。

圧倒されていた。


わからない。苦しい。


夜も10時を回るころ、練習は終わった。

演出家はその日、私の苦しい顔を見て笑っていた。私はさらに落ち込んだ。


相手役の俳優、この世界の影響力も強い役者から帰りに声をかけられた。

「一度、ゆっくり話さないか。舞台以外のことでもいいから」

いつも周りに私の鈍さを愚痴っているとは思えないその優しい言葉に、すがるような思いで私は頷いた。


私はマネージャに待ち合わせのホテルまで送ってもらった。

「明日も早いから時間は気を付けてね、ユウ。今日はすごく疲れてるみたいだから私もこの近くで待ってるからね」

「帰っていいよ、悪いもん」

「ううん、高橋さんはちょっと難しい人だから心配だし、待ってるから」

「いいってば」

私は心配するマネージャの言葉もろくに聞かずに、ホテルの地下駐車場で車を降りた。そこからロビーを素早く横切り、最上階のバーへ向かう。


バーに入ると、俳優の高橋誠二はカウンターの奥ですでにグラスを手にしていた。

「すみません、お待たせしてしまって」

「ほとんど待ってないよ、お疲れさま」

私は首を振り、隣に座った。


「本当に、毎日申し訳なくて、本当に」

高橋はユウの頭にぽんぽんと掌をのせ、バーテンダーに「スコーピオンを」とユウのグラスを注文した。


ユウはオレンジジュースのような色のグラスに口をつけた。

「おいしい」

「それはハワイの方のカクテルだよ。少し気分もゆったりしたらいい」

「飲みやすいです」

少しアルコールが強い気がしたが、飲みやすい口当たりにくるみはちょこちょこ飲み進めた。


「初めての舞台で大変なうえに緊張してるだろう」

「高橋さんのような方とご一緒できて光栄なんですが、正直言うと本当に腰が引けてしまいます」

「そんなに偉いものじゃないよ、俺なんて。あの先生からしてみれば、みんな子供さ」

演出家のことを言っている。


「それに、無駄な緊張はよくない。舞台の上では誰がベテランとか関係ない。そういう個人関係からくる無駄な緊張は捨てて、君はその役になりきらないと。当たり前だが、舞台では誰もが自分ではないんだ」

「はい」

ユウは頷いた。


あれ?なんか、目の前がユラユラしてるかも。

「年齢は違うけど、君と俺は時代を変えてしまうほどの強さで愛し合っているんだ。あの舞台では、本当に命を懸けて」

高橋の力強い言葉が、なんだか遠くの方で聞こえる気がする。

お手洗いに行こうかな。

「わかるね?」

突然、高橋に手を握られた。

「え?」

「もう少し、宮鷹くんと話したい。今日はゆっくり。」

高橋は囁くような声で言うと、ユウの手にカード型のルームキーを乗せた。

ユウは少し目が覚めた。


「お、お手洗いに」

ユウは酔ってふらつく足取りで、奥の洗面所へ向かった。

個室に入ると同時にマネージャに電話を掛ける。

「もしもし?どこにいる?助けて!」

「ホテルの駐車場にいるよ、ユウはどこ?」

「最上階のバーのトイレにいる。なんか、ルームキー渡されたよ!」

マネージャが息を呑むのが聞こえた。

「酔っぱらったふりして、私が行くまでそこにいてね!」

ユウはトイレに座って頭を抱えた。



疲労と混乱とで少し強めのカクテルが効いてしまい、本当に酔ってしまったユウは、マネージャの手を借りてどうにか駐車場へ戻ってきた。

高橋はマネージャに悪態をついていたが、とにかくその場を取り繕って出てきた。


その週末、週刊誌には高橋とユウのバーでの写真が表紙を賑わせていた。

「やられたわね」

マネージャが悔しそうに週刊誌を放り投げた。

「私がしっかりしていなかったからです」

事務所の社長に呼び出され、事情を話し終えたところだ。

ユウにとって初めてのスキャンダルだった。

実際は何事もなかったのだが、これはどう考えても高橋が話題作りに仕掛けてものとしか思えないとマネージャは言っている。


「話題作りか、舞台の練習で頭にきた高橋が嫌がらせをしたか」

「そんな」

私はますます落ち込んだ。

今晩だって舞台の練習があるのだ。

もう、どこかに隠れてしまいたい。

「とりあえず、しばらくはどこにも寄り道せずに私と一緒に行動すること」

マネージャの言葉に頷いた。

「さて、夕方まで時間は空いてるけど、どうする?」

「できたら一度、帰りたい」

脳裏に穂積の顔が浮かんだ。


ユウは一度自宅に戻った。

しかし、気が付いてみれば今日は金曜日。穂積は仕事に出ているのだった。

ユウは風呂にのぼせるまで入り、そのままベッドに潜り込んだ


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