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CANDY  作者: MIZUKI
20/22

9. 甘酸っぱいキャンディ

現れたポルシェは自分の車だということは分っていたが、俄かに信じられずに僕は車の後部に回り、ナンバーを確かめた。

それからそっと助手席の窓から中を覗く。


左側の運転席に、帽子とサングラス、ストールでぐるぐる巻きの、おそらく姫であろう女性が横向きに眠っているように見えた。


僕は助手席の窓を軽くノックして、小さめの声を出した。

「姫、穂積です。聞こえますか?」

窓をノックする音に姫はピクリと反応したが、それ以上動かない。


僕は思いついてケータイを取り出した。

しっかり登録している姫の番号を呼び出す。

少しすると車の中で姫がケータイを手に取った。


「もしもし、姫ですか?穂積です。」


「あ、もしかして・・・。」


「今、車の横にいます。」


僕はもう一度、窓をノックした。

姫がそっと体を起こしてサングラス越しに僕の姿を確認する。


「鍵、開けてください。」


僕は助手席のドアを開けると素早く乗り込んだ。

手荷物を後部座席に置いて、ふと考える。


はじめに、何と言おうか。


今まで通り、さらりと、何気なく「ただいま帰りました。」というか。

それとも、この車をどうやってここまで持ってきたのか問うか。


ぐるぐる巻きで顔の見えない姫がゆっくりとサングラスを外した。

その瞬間、僕は頭で考えていたことなどどこかにすっとばしていた。


僕は、思いきり、姫を抱きしめていた。


姫の体温を感じると、胸に、ヒリヒリするような、苦しいような感覚が広がる。


胸の中に、苦い思い出の詰まったキャンディがひとつある。

そして、甘酸っぱい想いのキャンディもひとつ。


僕は今、甘酸っぱいキャンディの包み紙を開こうとしている。

いつもそれをほろ苦い思いが止めてきた。

だけどもう、今は止められない。


独りでいることが気楽だと、自分にはそれが似合っているのだと信じていた。

信じることで、自分を誤魔化していた。

しかし、姫の存在がそれを露わにした。

僕の中で孤独に耐えられない思いが、気持ちが、溢れ出す。


僕の最後の甘酸っぱいキャンディを、どうか姫が食べてくれますように。



僕は少し体を離して、姫の顔を見た。

彼女も僕を見上げる。表情は柔らかく微笑んでいる。

その瞳は少し潤んでいるように見えた。


僕は、そっと、そっと甘酸っぱいキャンディの包み紙を、胸の中で開く。


「姫・・・」


彼女の腕がそっと僕の背中に回される。

僕はキャンディをその唇にそっと含ませるように、唇を重ねた。


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