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CANDY  作者: MIZUKI
15/22

6.-3 忙殺の日々

休みが明けると、僕は心軽やかに仕事をこなしていった。

少々トラブルが起きても、気持ちには常にどこかに余裕があった。

それから、カレンダーに×印をつけるのが楽しみになっていた。


仕事は何とか順調に進みそうで、二月後半には帰国できる目途もついた。

そこで、日本のプロジェクトチームにメール連絡をして、同時に久しぶりに自分の部署のマネージャにもメールを送った。


帰国の目途がついてきたこと、他のみんなは元気でいるか、そして少し不安になり、自分の席はそこに残っているか、と。


2月半ば、客先の製造ラインが試運転を始めた。

ここから先の問題については別のサービスが担当することになる。

納入して稼働させるという僕の仕事はようやく終わる。

あとは事務的な作業がいくつか残っているだけとなった。

本社からメールが届き、帰国日とフライトが決まった。

帰国はいよいよ来週だ。


金曜日、現地事務所の仲間から呼び出しがあった。

「お疲れ様、ちょっと出てこいよ。」

少し高級な日本食レストランで一緒に頑張ってきた仲間と所長が、打ち上げと送別会を開いてくれた。


仕事が終わる安堵と日本に帰れること、とにかくホッとした僕はかなり呑んだ。

酒は強いほうだが、久しぶりに気分良く呑んだので、テンションが高かった。

周りの席の日本人の客たちとも少し会話をしていると、同じ大学出身者がいて盛り上がり、大学節を肩を組んで歌いだすと、他の客も混じって大合唱になってしまった。


「穂積君にもそんな一面があるんだなぁ。」

さんざん世話になった所長に苦笑されながら、タクシーでホテルに戻ってきた。


酔っていい気分でカレンダーの今日の日付に×を付ける。そして、帰国する日に丸印をつけた。


「そうだ、姫に連絡しないと。」


僕は思い出して、いそいそと鞄からケータイを取り出した。

時間も何も気にせず、完全に酔った勢いで電話をかけていた。


数回の呼び出し音の後、留守番電話に切り替わった。

僕はうまく回らないろれつで帰国が決まったこと、予定のフライトを告げた。

「それから・・・」

そう呟いてハッと我に返る。

「何でもないです、では。」

僕は慌てて通話終了を押した。


酔った勢いで僕は何を言うつもりだったんだ。

大きく息をついてケータイを机に置くと、顔を洗いに立ち上がった。


シャワーを浴びると、酔いが醒めてきたのかそれともよくある偏頭痛なのか、目をギュッと閉じていたくなるような痛みに襲われた。

部屋の灯りをつけたままベッドに潜り込み、頭まで布団に潜り込む。


強く目を瞑っていると、だんだん目の前なのか頭の中なのか、ぐるぐると回転しているような感覚になる。外の音がやけにクリアに届いてくる。


少し怖くなった。

知らぬ国のはずれの安ホテルに一人の自分。

一握りの仕事仲間だけが僕を知っている。

外に出れば僕は一人だ。友達も知り合いも、何もない。

例えば僕の存在がふと消えたとしても、誰も何も気が付かない。


僕はなんでこんなところにいるのだろう。

何をしているんだろう。

一人で、たった一人で、仕事して、食べて、寝て、仕事して。

これで何かと結びついているのだろうか。

僕の存在は意味があるのだろうか。

よくわからない孤独な思いが膨れ上がって、破裂しそうになる。

頭がギュっと痛む。


不意に、姫の顔が頭に浮かんだ。

出発前に飛びついてきた時に見せた、いたずらっぽい笑顔。

目が開かないくらい泣きはらした顔。

爽やかな笑顔、酔っぱらった顔。


今度は胸が苦しくなってきた。

バカバカしいと分っていても、苦しくて、苦しくて、思わず言葉にならない声を上げた。


なんなんだ僕は、どうしようもない僕は。

姫、僕はもう負けを認めるかもしれない。

みっともないほど自分は姫を愛しく思っている。

いつも、悩んでいる彼女を腕の中に引き寄せて、包み込んでやりたい気持ちを抑えていた。


そう、僕は多分、最初から彼女に惹かれていた。

それを気が付かない振りをしていた。

自己欺瞞で、いい人をやっていた。

いい人でいてしまう自分に散々嫌気をさしながら、彼女の前ではあえてそのスタンスでいることで、自分を制していた。


この鍵を外したら、僕は一体どうなるのだろう。

しかし、姫は僕の「いい人」の顔しか知らないのだ。

僕は本当の自分の出し方が良く分っていない。

それも自分なのかもしれないが。


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