表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CANDY  作者: MIZUKI
14/22

6.-2 忙殺の日々

短いが、久しぶりに連休が取れる。そして仕事もだいぶん先が見えるようになってきたので、ようやく街を観光してみることにした。


31日、少し買い物をしてホテルに戻り、何気なくテレビをつけた。

衛星放送で日本では年末恒例の歌番組が流れている。この番組をゆっくり見るのは初めてだった。

誰が誰なのか見分けがつかないアイドルグループが歌っている。

僕は缶ビールを開けて壁に寄りかかるようにベッドに座り、この久しぶりののんびりとした気分に浸っていた。


曲が終わり、司会者が「〇〇のみなさん、ありがとうございました。」という声がすると、カメラが司会者の姿を映しだす。

僕は目に飛び込んできたその姿に、呑みかけのビールで咳き込んだ。

僕を動揺させるのは、そう、姫だ。


僕は片手にビールを持ったままベッドを降りると、椅子を乱暴に引き寄せてテレビの目の前に座った。

僕は歌はそっちのけで、時々姿を現す司会者の姫に釘付けになっていた。


彼女がかなり必死になっているのが画面から伝わってくる。

その笑顔が完全に仕事用に固まっている。

カンペに視線をやりすぎないようにしているのも分る。とにかく必死に頑張っているのが伝わってくる。


多分、姫は自分の今の状態に全く満足していないんだろうな。

そんなことまで考えながら見入ってしまう。

それにしても、この番組の司会をしているということは、この局の番組でヒロインでもやっているのだろうか。


気持ちが高潮しているせいか、ビールの酔いが早くも回ってきた。

僕は歌が流れている間に立ち上がり、手帳に挟んであるメモを取り出した。

番組が終わったら、姫に電話してみようか。

「頑張ったね」と直接伝えたい。


僕はそこで自分が日本を出発するときの気持ちを思い出して首を振った。

「もう考えないつもりでこっちに来たのにな。」

久しぶりに見た姫の姿に、今の自分は日本にいた時以上に惹かれていることを素直に認めざるを得なかった。


姫に会わなければ、仕事に追われているうちに何事もなかったように忘れられると思っていたのに、今はまるで逆だ。

自分の中のわだかまりが消えてしまったように、ただ素直に姫のことが・・・。

その思いが真ん中にある。

胸の奥にある甘酸っぱいキャンディーが包み紙を開こうとガサガサと音を立てている。


「もう中年のおっさんなのにな。」


声に出してみて、苦笑する。

僕は自分を制するのはとりあえず今はやめておくことにした。

まだ仕事が残っている時に、姫のことで悩む暇はないと自分に言い訳をして。


賑やかなパレードのような出演者たちと姫のほっとしたような笑顔と共に、番組が終わった。


僕は舞台裏でこの後どんなことがあるのか全く分からないながらも想像してみて、姫に電話をするタイミングを計った。

外で遠く鳴り響く花火の音を聞きながら、僕は時計と睨めっこしていた。

一分がやけに長く感じられる。

じりじりと時計の針が0時30分を指す頃、僕は大きく息をついて、ケータイを手に取り姫の番号を呼び出した。


三回、四回、五回、目を閉じて呼び出し音に耳を澄ます。

何回呼び出したところで切ろうか。

そう考えだした時、呼び出し音が止んだ。


「もしもし・・・?」


ガヤガヤとたくさんの人の声がする中から、透き通った姫の声が僕の耳に届いた。


「もしもし?」


今度は怪訝そうな声がして、僕は慌てて名乗った。


「姫、明けましておめでとうございます、穂積です。」


「あっ」


姫は驚いたように小さく声を上げた後、いたって普通を装うように声を整えて会話を続けた。


「あけましておめでとうございます、お久しぶりですお元気でしたか?」


「ええ、途中色々とありましたが、何とかなっていますという程度には。手短にお話します、衛星放送で姫の司会を見ていました。とてもすてきでしたよ、お疲れ様。」


「ありがとうございます。見て頂けたなら大変な役を引き受けた甲斐がありました。」


「それから、詳細は分りませんが、二月中には帰国できそうです。」

「本当ですか。」

「問題が起きなければ、ですが。」


僕は苦笑交じりに答えた。


「取り急ぎそれをお知らせしようと思って、約束ですからね。」

「ありがとう。」

「では、お忙しいでしょうからまた・・・。」

「待ってください。」


姫が小声で制した。


「連絡、本当に嬉しかったです。日程が決まったらまた教えてください、待ってます。」


姫は小声のまま早口で言うと、一呼吸おいて「ではまた今度、失礼します。」

「はい、ではまた。」

僕も姫に合わせて電話を切った。


僕はフワフワした気持ちでそのまま布団に潜り込んだ。

目を閉じて今のやり取りを思い返す。

司会を見ていたのならやった甲斐があったと言っていた。

あの局は衛星放送がこちらでも流れると思って、僕が見ることを期待して仕事をしたのだろうか。

そんな有り得ない妄想のようなことを考えてしまう。

子供の恋でもあるまいし、なんでこんなにフワフワしているんだろう。

少し照れくさい気持ちになった。


ビールのせいだ、ビールの。

僕はそのまま気持ちの良い眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ