5.-2 現実逃避
「おかえり。」
「うわっ、ただいま・・・なんだ、卓也か」
夜中の帰宅になり、ユウはそっと玄関のドアを開けた途端に弟に声をかけられて飛び上がった。
「びっくりした。どうしたのこんな時間まで起きてて。」
「疲れてるのに悪いけど、姉貴に聞きたいことがあって。」
「何よ改まって。」
「ちょっとね。」
「とりあえず、シャワー入らせて。」
ユウは部屋に入ってベッドに荷物を放り投げて洗面所へ向かった。
手早くシャワーを浴び、髪をバスタオルで拭いながらリビングに行くと、小さな灯りだけつけた中で卓也が床に寝ている犬を撫でていた。
「お待たせ。あぁ、あっつい。」
ユウは冷蔵庫から麦茶をついでソファに座った。
「で、私を待ってて聞きたいことってなんなの。」
卓也はチラリとユウに目を向けて言った。
「隣のヤツとどういう関係なんだよ。」
「え?」
ユウは意外な質問に驚いた。
「週刊誌の俳優は関係ないんだろうけど、それよりいきなり隣のヤツに舞台のチケット渡すなんて、なんでなんだよ。そっちとつきあってんのか?」
「何言ってんの。そんなわけないし、付き合ってたら直接渡すでしょ。」
「じゃあなんだよ。」
「どうしてそんな文句みたいに言われなきゃいけないの。」
「母さんが心配してるからに決まってんだろ。」
ユウは納得した。
今まで全く会話に出たこともないお隣さんに、そこの息子にいきなりチケット渡してくれなんて言われたら、誰だって不思議に思うだろう。しかもずいぶん年上だ。
「お隣さんとは、私が酔っぱらってる時に偶然会ったのがきっかけで、ちょっとその舞台練習で凹んでいたりして話を聞いてもらったのよ。そのお礼のつもりでね。」
「酔っぱらってるとき?」
「うん、何カ月か前に私が泥酔してるときに迷惑かけて。」
「姉貴、相変わらずそんなことしてんのかよ。女優の自覚あるのか?」
「うん、その時は反省した。」
「でもそのあと週刊誌騒ぎじゃないか。」
「うん、だからもっと反省した。」
卓也は頭をかきむしった。
「姉貴、女優としてというより、まず女として駄目じゃね?」
「返す言葉がありません。」
弟にダメ出しをされてうつむく。
「それに隣のヤツも結構おっさんだけど、大丈夫なのかよ。」
「大丈夫って?」
「その、酔っぱらってる間に何かされるとか。」
「ないない!穂積さんはそんなのありえないよ!すっごい紳士的だよ。」
「怪しいなぁ、逆に。」
「本当だって。向こうから連絡なんてないし、いつも私が凹んだ時に話を聞いてもらうばかりで、変に触れたりとか全然ないし。」
「姉貴に全然?それも男としてどうなのかね。」
「あんたはどうだったら納得するのよ。」
「まぁ、互いに連絡先も家電しか知らないんじゃ、怪しいことはないか。」
「そうよ。」
卓也は少し考えた。
「じゃあ、今度行くときは、俺も一緒に連れてってよ。」
「嫌に決まってるでしょ、それにもうあんまり迷惑かけないように頑張るんだから。」
「じゃあ、もう会わないのか。つまんないな。」
そういわれて、ユウはふと「さみしいかも」と思った。
「ポルシェに乗れないのはつまんないかもねぇ。」などと呟いてみる。
「え、姉貴ドライブしたのか。」
「うん、最初に。私が酔っぱらって乗せろって騒いだらしい。」
卓也は呆れて言葉が出なかった。
今度、家族で謝りに行った方がいいんじゃないか?
「ね、もういい?疲れたから寝たいんだけど。」
「あ、あぁ。」
ユウは残った麦茶を飲みほして、階段を上がっていった。