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CANDY  作者: MIZUKI
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1.-1春の晩

1.春の晩


東京で実家に居候している独身男、35歳。

そろそろ実家は出ないといけないよなと思いつつ、家を建て替えるときに作ってもらった地下のガレージを手放すのが惜しくて、未だに具体的に家を出る予定はない。

なにせ、去年ようやく手に入れた少し古いポルシェをゆっくり眺めながらコーヒーを飲める広さのガレージだ。


僕は機械メーカーのサラリーマン。一方父親は大手商社マン。

おかげで今も住まいに関してはかなりゆったり過ごさせてもらっている。

さすがに脛をかじり続けるには抵抗があるので、家賃代わりに親に少し出しているが、あとは自由だ。


ここは都内の大通りから少し入った、静かな住宅地。ご近所には会社の重役や有名人の家もちらほらある。

隣人宅も人気のある若い女優さんをもつ家族だ。

隣人だけど、姿はほとんど見たことがない。いろんな時間にワンボックスの迎えの車がやってくる。

つくづく、曜日も時間も関係のない仕事でよく続けられると感心してしまう。

隣人にそれ以上興味もないまま、僕は職場と家と時々飲みにいく、ごく普通の生活を続けていた。


ある春の終わり、生温かな空気の週末だった。

仕事から帰って食事をし、風呂に入って、さて夜のドライブにさらっと行ってこようかとガレージから車の鼻先を出したときだった。

『バン!!』という音とともに女性の叫ぶ声が聞こえた。

まさか、こんなゆっくり車を出したのに、やってしまったか。

地下のガレージから道路に車を出すときは非常に見えにくいので、本当にそろりそろりと車を出すのだ。

とにかく、音と声がしたのは確かだ。

慌ててサイドブレーキをかけ、車を降りた。


そこには、酔っぱらって座った目をした、おそらく隣人であろう若い女性が、車のボンネットに両手をついて立っていた。

まるで、車を押し返すように。

「あの、大丈夫ですか?」

「あ?」

女優とも、女性とも思えない返答。

「どこか怪我はありませんか?」

「何言ってんの?早く乗せてよ!」

そういって、再び女優はバン!と車の、ポルシェのボンネットを叩いた。

「早く!ドライブに連れてって!!」

「ちょ、静かに!」

夜中に女優に大声で叫ばれたら、何が起こるかわからない。

なんで車に乗せなきゃいけないのか考える余裕もないまま、慌てて酔っぱらったその女優を助手席に乗せた。


車の中が一気にアルコール臭くなった。

「早く出してよ」

やっぱり女優ってわがままなものなのだと幻滅しつつ、本当にこのまま出発していいのか迷いながら車をゆっくり走らせた。

「どこか行きたいところでも?」

「海!」

「人目があるところは避けた方がいいでしょう」

女優は口を尖らせた。

「今日はやなことがあったから、スカっとすることしたいの!だから走りたいの!」

「ご自分で運転されたら?」

「お酒飲んでるもん!それに、免許持ってないし!」

「免許ないんですか」

「そ。だから早く連れてってよ」

とんでもない人だ。

「じゃあ、スカッとするような走り方ができる道を走りますが、車に酔うタイプですか?」

「ぜーんぜん平気」

「でも、お酒飲んでるから、気分悪くなったらすぐに言ってくださいね」

「うん」

爽やかな笑顔で人気の女優、宮鷹みやたかユウを助手席に乗せて、夜中の高速を箱根に向かって僕は車を走らせた。


若い女優さんと真夜中のドライブ。

しかし、隣人だからなのか、ひどい酔っ払いだからか、何の緊張もありがたみも感じない。

それより、さっき叩かれたボンネットが凹んでいないかのほうが気になる。

宮鷹みやたかユウは酔っぱらって嫌なことを思い出しているのか、ぶつぶつ独り言をつぶやきながら流れる景色を見つめていた。


山道に入り、少し霧が立ち込める中、僕は車を飛ばした。

右へ、左へ、重力がかかる。

宮鷹みやたかユウは体を右へ左へ揺さぶられながらもケラケラ笑ってワインディングを楽しんでいるようだ。

「気持ち悪くない?」

「大丈夫!」

霧の中、ぐんぐん山を登っていき、そして少し開けた景色の見える場所でようやく車を停めた。

時計を見ると、4時過ぎだった。

先に車を降り、助手席のドアを開けようとすると、宮鷹みやたかユウは自分から車を降りた。

「このドア、重い!」

「指、挟まないようにしてください、酔っ払い姫」

「なにそれ」

それに答えず、運転し続けて固まった体をうんと伸ばした。

「すっごく冷たくて気持ちのいい空気」

彼女も大きく伸びをしている。

酔いはさめてきているようだ。

「山道、すっごく楽しかった」

「それはよかった」

「気持ち良くて、イライラしてたのがずいぶんスカっとしたわ」

「しばらくすると日の出の時間ですよ、姫」

「その、姫ってやめてください」

「宮鷹さんとも、ユウさんと呼ぶのも、どうもしっくりこないので」

「私のこと、やっぱりわかってますよね」

「そりゃあ、テレビをつければ見ない日はありませんからね」

彼女はまだ霧で見えてこない下界の方に目を向けながら、話だした。


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