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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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蛇の王

作者: スガリ
掲載日:2012/05/02

・『火影の煉獄』と同じ語り部ですが、話自体は繋がっておりません。

・人死が出ます。

・残酷描写はないつもりですが、人によってはグロテスクと感じる箇所があるかもしれません。

 今宵はお招き有り難う存じます。

 この歌人、世を流離い、夢を歌う流れ人の歌を、今宵お聞きくださるとのこと。

 ご所望は月の寝覚めまでに終わる歌、とのことですね。

 なれど、ご存知の通り、わたしの歌は迷夢です。現に覚めながらも歪な悪夢の混じった、迷宮の夢でございます。

 ふふ。眠れる月を迷わせぬようにせよ、とは、至極光栄にございます。

 それでは、暫し。夢の迷路をご案内いたしましょう。

 さあ、惑う準備はよろしいですか?


 それは、百五十年ほど前のこと。とある国のお話でございます。

 太陽と雨に恵まれた気候と肥沃な土地を持つ、それはそれは美しい国でありました。『緑の宝石』という典雅な通称がついたほど。近隣に響き渡り、旅人たちの憧れを誘ったものでありました。

 さて、あるときその片隅の村の外れで、小さな蛇が捕らえられました。

 褪せたような紅色の鱗は、この蛇の特徴でございました。小ぶりにも見える牙はしかし、棘のように鋭く獣に突き刺さります。恐ろしい毒は、鼠のような小さな動物であればすぐに完全に全身へと回り、動けなくなった哀れな獲物をひとのみ、という次第でございます。普段は深い森に住んでいる生き物ですが、何事かあったのでございましょうか、たまたま人里近くに出没したものを、近くの村人が四苦八苦して捕まえたのでございました。

 捕えたは良いものの、村人たちは蛇の扱いに困りましたが、ふと誰かが「王様に献上してみてはどうか」と言い出しました。

 そう、この代の王様は、穏やかかつ善良な気性であらせられましたが、少々風変わりなお方でもございました。普通の人間が嫌うような生き物がお好き、その中でもとりわけ蛇が一番だとかで、装身具から筆記具から家具から、己がお使いになる実に様々なものに蛇の意匠をあしらっていらっしゃいました。

 毒蛇でも、もしかしたら王様のお気に召すかもしれないと考えた村人たちはその提案に従い、王に「毒蛇ではございますが」と重々念押しをしつつ、献上いたしました。もしかしたら無礼だと咎められるのでは、という危惧を余所に、王様は大変お喜びになり、村人達にたくさんの褒美をお与えになりました。

「褪せていてもなお、美しい紅色ではないか。薔薇に棘があるように、美しい蛇に毒があるのもまた道理」とお笑いになって。

 こうして蛇は、王様のものになりました。


 小さな蛇は王様の庭で暮らすようになりました。

 血清を取り寄せた侍医たちの拍子抜けも余所に、蛇なりの理性で主が分かったものでございましょうか、己の獲物でも敵でもないと本能を働かせたのでございましょうか、それとも単なる気まぐれでございましょうか。不思議と小さな蛇は王様を噛もうとはいたしませんでした。

 それどころか、蛇はいつしか、王様が庭に現れると、するすると近寄ってくるようになりました。蛇の表情も挙動も、犬や猫のそれとは違って真に分かりにくいものではございますが、懐いたように見えました。

 王様が、それを嬉しくお思いにならないはずはございませんでした。

 王様は人の感情に聡くていらっしゃいました。だからこそ、近隣では至宝と呼ばれる美しい国の中ですらも、己の権勢を高めんと、血で血を洗うような騙し合いが行われていることを、承知していらっしゃいました。王への忠誠を歌った口で、裏切りを配下に命じている大臣がいること。花の唇で愛をささやきながらも、その瞳は正妃としての権力しか見ていない女がいること。何となく、程度ではございましたが、分かっていらっしゃいました。己の周囲は常に仮面ばかりであると。

 人の心に聡い、それは美徳でございましょう。けれど、あまりにも悲しい聡さは、国の柱としての重責とともに、知らず知らずのうちに王様を磨耗させておりました。

 小さな毒蛇は、人間社会のことなどお構い無しに、ただ王様の傍に居りました。打算のありえない小さな蛇を、王様が何より信頼するようになりましたのも、道理でございました。そして、人ほどの情緒があるかなしかはともかくも、並々ならぬ愛情を掛けられていることを、蛇は何処かで悟ったのでございましょう。「お前だけは傍に居てくれ」と王様に微笑みかけられても知らん顔をしてはおりましたが、その実小さな蛇は、その傍で寛ぎを見せるようになりました。

 忌み嫌われる毒蛇と淋しい王様。

 奇妙な組み合わせではございましたけれども、それでも確かに、幸せだったのでございます。


 その数ヵ月後、王様は崩御なされました。蛇の住まう王様の庭、その小さな東屋で。

 死因の仔細は不明です。ご病気か、事故か、或いは凶刃に――様々な説が飛び交っておりますが、さて、真実の程は分かりません。

 当然ながら、王様のご遺体が見つかった時、人々は運び出そうといたしました。なれど、それは叶いませんでした。原因は、あの小さな蛇でございました。蛇は死した主のすぐ傍にとぐろを巻いて陣取り、近付こうとする者には牙を剥きました。蛇の気を逸らそうと生き餌を与えてみても、蛇はそちらに目もくれず、ただじっと主の傍を離れませんでした。それはあたかも、主を守ろうとしているかのように。

 己が毒に倒れる可能性を鑑みてまでも、王様のお体を運び出そうとする者はおらず。何かと理由をつけながら、一人、また一人と庭から居なくなりました。それでも、小さな蛇だけは、王様の傍に居りました。ただ、在りし日のように。


 世の常として、亡骸は腐敗いたします。人の近寄らなくなった庭で、静かに、けれど着実に、亡骸から王様の面影が消えていきます。東屋の床には、腐汁がゆっくりと染み通っていきました。やがて腐り落ちた肉の向こうから、白々とした骨が露になっていきます。

 蛇は主に集る虫や鳥を食べました。けれど、肉が全てついばまれ、或いは腐り果てた後も、蛇はその傍を離れませんでした。やがて、激しい飢えを越えて、蛇は飲食を忘れていきました。長い長い月日の果て、蛇は寿命を遥かに越えて生きておりました。本来ありえぬはずのそれを、蛇は気づいたのか気づいていなかったのかは分かりません。ただ、その場を離れませんでした。王様の身体が骨だけになっても、蛇はその場に居りました。


 蛇は、終わりなど知りません。

 王様の骨が風に砕けて、あとかたもなくなっても。国が、王宮が、朽ち果てても。

 蛇はただ、其処に居ります。

 嘗て王様が、蛇に望んだこと。それを叶え続けるかのように。



 さて、物語は此処までです。

 地平線をご覧下さいませ。ご所望どおり、丁度今宵の月がお目覚めでございます。

 どうぞ良い夜をお過ごしくださいませ。


大変お久しぶりです。何とか生きております。

お楽しみいただけたなら、これ以上の幸いはありません。

今回は短編でしたが、これから他の話もまた少しずつ書いていければ良いな、と思っております。

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