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第4話

 翌日、いつものように登校した奏斗を出迎えたのは、悪友・佐々木の雄叫びであった。

「うおーっ! 奏斗っ、いったいこれはどういうことなんだーっ!?」

  なんの構えもないままに体当たりされて、当然のことながら背後のドアまで吹っ飛んでいた。かなり派手な音がしたが、佐々木はそんなことには少しも気遣う素振りなく、呆然としたままの奏斗ににじり寄る。そして手にしていたくしゃくしゃの紙切れを広げて見せた。

「なんで、お前ひとりがこんなオイシイことになってるんだ! 説明しろっ、とっとと説明しろよ……!」

  佐々木が手にしていたのは、校内新聞の号外。そこには写メを強引に引き延ばしたボケボケの画像がある。昇降口から並んで出てくる男女、何故か男の方は目元が隠されていた。

  そして、その画像にはピンク色の世にも恥ずかしい見出しが添えられている。

『美音ちゃんに恋愛疑惑!? 幸運すぎるコイツはいったい誰だ!?』

「ちょっ、ちょっと! それを貸せ!」

  佐々木からその新聞を奪い取って確認すると、確かに男の方は奏斗本人っぽい。どうも新聞部にタレ込み情報が寄せられたらしいが、なんとも迷惑な話である。

「ここでは男の素性は明かされてない。でも、これはどう見てもお前だ! 俺は一目でわかったぞ……!」

  あまりにも大声でまくし立てるので、唾が顔まで飛んできてとても迷惑だ。

「だいたい、お前! いきなり教室から消えて、どこに行ってたんだ! 抜け駆けは許さないぞっ、俺たち親友じゃないか!」

「い、いや……ちょっと待て」

  これが、昨日「リア充に走る~」とか抜かしていた張本人の言葉かと呆れたが、いつまでもこの状態を続けている訳にもいかない。

「これが待ってられるか! 車と俺は急には止まれないんだ!」

  気づくと、自分たちの周りには黒山の人だかり。

  その顔ぶれはクラスメイトだけに限らず、隣やその隣のクラスの奴も見受けられる。

「え、ええと……俺、合唱部に入ったんだ」

  いや、実際にはまだ入部届を提出してはいない。だが、詳しい事情を説明するのも面倒なので多少端折った。

「合唱部!? ……なんじゃ、それ」

  佐々木は少しばかりクールダウンしたものの、すぐにハッと我に返る。

「でもっ、それとこれと、どう関係するんだよ!」

「か、関係もなにも……彼女も合唱部だから、下校時間が一緒になっただけのことで」

  このあと、奏斗は自転車置き場に、彼女の方は徒歩で駅へと向かった。これからピアノのレッスンがあるのだと言っていた。

「み、美音ちゃんが合唱部? そんな情報知らないな」

「まあ、そんなところだから」

「お、おいっ。まだ話は終わってないぞ!」

  そこで始業前の予鈴が鳴る。ふたりを囲んでいた人垣もいつの間にかなくなっていた。

  どうにか難を逃れた奏斗ではあるが、自分の席に着いてからも気持ちが落ち着かないまま。テスト返却も終了して学年修了式を末ばかりの今日の日程は学年集会と大掃除のみ。でもその午前中の数時間がひどく長いものに感じられた。


 そして放課後。

  奏斗はコンビニの袋を手に、音楽室へと向かった。もちろん、佐々木にしつこく食い下がられたが「魔女に捕まるぞ」と脅したら、それで静かになる。実は、佐々木も音楽選択者だったのだ。だから、魔女の恐ろしさは彼も身をもって知っている。

  特別棟の四階突き当たり。しんと静まりかえった廊下を進んでドアを開けると、そこには意外な人間が立っていた。

「やあ、君が竹本か。ようこそ、我が合唱部へ」

  お約束の縁なし眼鏡のレンズ越しに、きらりと光る瞳。グランドピアノの前で斜に構えてポーズを取るのが、たまらなくわざとらしい。

  そう、コイツは生徒会長の原田。昨日、美音との会話に登場した男だ。

「如月さんから話を聞いているよ、魔女にご指名を受けたんだってね。こんな時期に同級生の部員が増えるとは驚いたが、まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ」

  そこで原田は意味ありげにフフッと笑う。

「残念ながら、僕は今日、生徒会の仕事があってね。なにしろ多忙なもので、こちらにもなかなか顔を出せないのが困りものだ。でも、だからといって、僕の存在を忘れてもらっては困るよ。なんと言っても、僕はテノールのパートリーダーだからね」

  並んで立つと、少なく見積もっても五センチ以上は彼の方が背が高い。文字通りの上から目線で威嚇されて、奏斗は内心穏やかではなかった。しかし、相手をするのも面倒なので適当に流すことにする。

「こちらこそ、どうぞよろしく」

  やはり、特進クラスの奴とはそりが合わない気がする。奴らは「自分たちは偉大だ」と信じ込んでいるらしく、普通クラスのその他大勢を馬鹿にしているのだ。そうは言っても、同じ高校の生徒であるから、学力にそれほどの差があるとも思えないが。

  そこで、背後のドアが開く。入ってきたのは、如月美音だった。

「あ、竹本くん! 良かった、来てくれたんだね!」

  振り向くと、天使のような笑顔。それを見ると、一気に心が洗われた気分になる。

「やあ、如月さん!」

  しかし、奏斗が口を開こうとしたそのとき、原田がずいっと前に割り込んでくる。

「日直の仕事はもう終わったの? 今日は担任から余計な雑用を押しつけられなかった? そう言えば、今日の板倉のアレ、可笑しかったねえ。いや、あいつはいつもああだけどね……」

  目の前にわざと立ちはだかるあたり、悪意がアリアリだ。この男は、想像していた以上に性格が悪いらしい。美音が笑顔で対応するので、ますます図に乗っている様子だ。

「そうか、原田くんは今日も生徒会なんだ。本当にご苦労様、頑張ってね」

「いや、できることなら如月さんのいる合唱部の方を優先したいところだけど。そうも行かないところが残念だな」

  そこで奴は「おっと、時間だ」とか呟きつつ、わざとらしく腕時計を見る。

「じゃあ、如月さん。またね」

  それだけ言うと原田は、二度とこちらを振り向くことなく去っていった。

  再び、目の前には天使の笑顔。そして、彼女は言う。

「あのね、竹本くん。私、今日もピアノのレッスンに行かなくてはならないの。だから、早くお弁当を食べて音取りを始めよう。新入生歓迎会用の全曲を早く終わらせるように、山田先生からも言われているから」

  そして、美音はさっさと机のひとつに座って鞄からお弁当箱を取り出している。

「どうしたの、早くおいでよ」

  邪心のかけらもない笑顔に誘われるままに、奏斗も席に着いた。

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