日陰の令嬢は、王都の喧騒で奇跡の一杯を淹れる
旧大温室が『植物学部特別研究分室』として正式に認められてから、数週間が経った。
学園での私の扱いは相変わらず「オーウェル家の地味な次女」のままだが、温室という確固たる居場所を得たことで、私の足取りは以前よりもずっと軽くなっていた。
そして迎えた、初夏の休日。
私は王都の目抜き通りで、かつてないほどの緊張に包まれていた。
「ふふっ。やっぱり、リネットさんには淡い若草色のドレスが似合うわ。私の見立てに狂いはなかったわね」
目の前で満足げに頷いているのは、銀色の髪を美しく結い上げたクロエ・バーネット伯爵令嬢だ。
今日は、温室存続の「祝勝会」と称して、クロエに王都の商業区へ連れ出されていたのだ。
私は普段、姉のお下がりの地味なドレスか、土いじり用の作業着しか着ていない。
しかし今日、私が着ているのは、先ほどクロエが高級ブティックで「これ、あなたに絶対似合うから着てみなさい!」と半ば強引に買い与えてくれた、上質な絹のドレスだった。
レースの装飾は控えめだが、仕立てが良く、私のくすんだ赤茶色の髪やヘーゼル色の瞳を、不思議と柔らかく魅力的に見せてくれていた。
「あ、あの、クロエさん。やっぱりこんな高価なもの、私には……」
「駄目よ。特別研究分室の『研究主任』の就任祝いなんだから、大人しく受け取りなさい。それに、あなたはもっと自分を飾るべきよ。下ばかり向いているから気づかないだけで、リネットさんはとても可愛らしいお顔立ちをしているんだから」
可愛い、なんて言葉をかけられたのは生まれて初めてで、私は顔から火が出そうになり、慌てて両手で頬を覆った。
そんな私を見て、クロエはコロコロと鈴を転がすように笑った。
それから私たちは、王都で一番人気のカフェで甘いケーキを食べたり(私が緊張でフォークを落としそうになるのを、クロエが優しくフォローしてくれた)、美しい硝子細工の店を見て回ったりした。
姉のセリアの後ろをうつむいて歩くだけだった私にとって、「友達」と対等に笑い合いながら街を歩くこの時間は、まるで夢のように眩しく、甘いものだった。
「さて。私のお買い物はこれくらいにして……次はリネットさんの番よ。せっかく王都に出たんだから、温室で使う道具や、新しい種を見に行きましょう」
「えっ、でも、お花屋さんは中央通りには……」
「ふふ。いい場所を知っているの。ついてきなさい」
クロエは私の手を取ると、華やかな大通りから一本外れた、少し薄暗い路地へと歩き出した。
★
たどり着いたのは、王都の東端にある『旧市街の薬草市場』だった。
中央通りの洗練された雰囲気とは打って変わり、石畳の広場には所狭しと露店が立ち並び、様々な香辛料や乾燥ハーブの匂いが入り混じって、むせ返るような熱気を放っていた。
怪しげなローブを着た商人や、遠方から来たらしい傭兵たちが、大声で値段交渉をしている。貴族の令嬢が足を踏み入れるには、少しばかり泥臭すぎる場所だ。
「ここ、我が家の領地から出入りしている商会が仕切っている市場なの。普通の店には出回らない、珍しい種や肥料がたくさんあるはずよ」
「すごい……!」
私は、思わず目を輝かせた。
私の拙い知識でも分かる。あそこに積まれているのは良質な黒土だし、向こうの瓶に入っているのは、図鑑でしか見たことのない『竜の髭』の根だ。
先ほどまでの緊張はどこへやら、私はドレスの裾を少し持ち上げて、夢中で露店を見て回った。
「クロエさん、これ! 南方の『太陽草』です。日照時間が少なくても育つんです!」
「へえ、温室の北側に置くのに丁度良さそうね」
「こっちは『銀の雫』の種……! ああっ、でもこれ、発芽させるのにすごく手間がかかるって本に……」
私が早口でまくし立てても、クロエは嫌な顔一つせず、「全部買っちゃいなさい。荷物持ちなら私の護衛が後ろにいるから」と笑って付き合ってくれた。(実は少し離れた場所から、バーネット家の屈強な護衛騎士が二人、静かについてきていたのだ)
私たちはいくつか珍しい種と、新しい蒸留器を購入し、大満足で市場の中央広場を歩いていた。
その時だった。
「きゃあああああっ!?」
前方から、鼓膜を裂くような女性の悲鳴が上がった。
ビクッと肩を震わせてそちらを見ると、人だかりができている露店の一つで、数人の男女が地面に倒れ伏していた。
「な、なんだ!?」「おい、しっかりしろ!」
周囲の商人が駆け寄るが、倒れた人々は口から白い泡を吹き、手足を痙攣させている。白目を剥き、ひどく苦しそうに喉を掻きむしっていた。
「薬の事故か!?」「衛兵を呼べ!」
平和だった市場は、一瞬にして恐慌状態に陥った。
何が起きているか分からない群衆がパニックを起こし、逃げ出そうとして互いに押し合いへし合いになる。怒号と悲鳴が入り混じり、まるで波のように人が押し寄せてきた。
「危ないっ!」
クロエが私の腕を強く引き、路地の壁際に押しやった。
直後、私たちが立っていた場所を、逃げ惑う大柄な男たちが駆け抜けていく。
「ど、どうしよう、クロエさん……っ」
「落ち着いて、リネットさん」
私がガタガタと震えていると、クロエの護衛騎士たちが剣の柄に手をかけながら私たちの前に立った。
「クロエお嬢様、危険です。ここは我々が盾になりますので、すぐに大通りへ!」
「待って。このまま群衆が暴走したら、あそこで倒れている人たちが踏み潰されてしまうわ!」
クロエの視線の先では、痙攣して動けない人々に、逃げ惑う群衆の足が今にも踏み下ろされそうになっていた。
「お嬢様、我々の任務はあなたをお守りすること……!」
「伯爵家の名において命じます。あなたたちは、私とリネットさんをここで守りなさい。……群衆は、私が止めるわ」
クロエは、護衛の制止を振り切り、広場の中央に向けてスッと右手を伸ばした。
その横顔は、温室で震えていた少女ではなく、過酷な鍛錬とプレッシャーを乗り越え、実技試験で喝采を浴びた『完璧な令嬢』のそれだった。
彼女の指先に、圧倒的な密度の魔力が集束していく。
深呼吸。あの日、私のお茶の香りを吸い込んだ時と同じ、静かで乱れのない呼吸。
「『氷壁』!!」
凛とした詠唱と共に、クロエの足元から凄まじい冷気が爆発した。
バキバキバキッ!という轟音を立てて、広場の地面から巨大な『氷の壁』が隆起する。
それは逃げ惑う群衆と、倒れた病人の間を分断するように、完璧な半円を描いてそびえ立った。
「な、なんだ!?」
「氷の魔法……!?」
突然出現した分厚い氷の壁に、パニックになっていた群衆が立ち止まる。
クロエは一歩前に出ると、腹の底から響くような、威厳に満ちた声で叫んだ。
「落ち着きなさい!! 私はバーネット伯爵家長女、クロエ・バーネット! 皆のもの、慌てずゆっくりと壁に沿って後退しなさい! 怪我人や子供がいる者は、壁のこちら側へ!」
その圧倒的な存在感と、完璧にコントロールされた魔法の威力に、群衆は水を打ったように静まり返り、やがて彼女の指示に従って少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
(……すごい。クロエさん、すごい!)
私は壁際で震えながら、彼女の勇姿に見惚れていた。
しかし、群衆のパニックは収まっても、問題の根本は解決していない。
氷の壁の向こう側――露店の前で倒れている五人の人々は、相変わらず痙攣を続け、中には呼吸が浅くなり、顔が紫色に変色し始めて
いる者もいた。
「ど、毒だ……!」
露店の店主らしき老人が、頭を抱えて叫んでいる。
「新しく仕入れた『太陽草』のお茶を試飲してもらったんだが……なぜこんなことに!」
「毒……?」
私は、その言葉にハッとして、氷の壁の隙間から、倒れている人々の口元と、露店のカウンターに散らばっている『茶葉』の残りカスを凝視した。
太陽草のお茶は、普通なら黄金色で、甘い香りがするはずだ。
しかし、倒れている人々の口元には、赤黒いシミがついており、現場にはツンとした鉄錆のような異臭が漂っていた。
(あの匂い……それに、痙攣と呼吸困難。太陽草じゃない。あれは……!)
私は、古い植物図鑑の一ページと、かつて温室で失敗した時の記憶を猛烈な勢いで結びつけていた。
(太陽草によく似ているけれど、葉脈の形が違う……あれは『偽太陽草』だわ! 強い魔力中毒と、神経の過剰興奮を引き起こす毒草……!)
放っておけば、数分で心臓が止まってしまう。
衛兵や治癒士が到着するのを待っていては、絶対に間に合わない。
「……っ」
私は、ガチガチと鳴る奥歯を噛み締めた。
魔法は使えない。大声で群衆を従わせるカリスマ性もない。
でも、私には、泥だらけのノートに書き記した知識がある。
クロエが勇気を出して、氷の魔法で守ってくれた命だ。絶対に、死なせたくない。
「クロエさん!!」
私は、生涯で一番大きな声を出して、親友の背中に呼びかけた。
振り返ったクロエの目に、私が肩から下げていた水筒と、買ってきたばかりのハーブの袋を強く握りしめる姿が映る。
「私……お茶を、淹れます!!」
★
私のその宣言に、クロエは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに意図を察して力強く頷いた。
私はドレスの裾が地面に擦れるのも構わず、痙攣して倒れている人々のすぐ横にある露店のカウンターへと飛び込んだ。
「店主さん! 大きな鍋はありますか!?」
「えっ、な、鍋なら煮出し用のがあるが……水は水瓶に少ししか……」
「足りません、この人数に急いでお茶を飲ませるにはもっと……っ」
私が焦鳴したその時。
「水なら、いくらでも出せるわ」
群衆の誘導を護衛騎士たちに任せたクロエが、私の横にスッと立った。
彼女は杖を持っていなかったが、指先を大きな鍋に向けると、透き通るような美しい清流がほとばしり、あっという間に鍋を一杯にした。
「クロエさん、ありがとう……!」
「さあ、お湯を沸かすわよ。リネットさんは、お茶の準備を!」
クロエが鍋の下に魔力で熱を加えようとする。しかし、彼女の強大すぎる魔力では、鍋ごと吹き飛ばしてしまうか、急激な温度変化で鍋を割ってしまう危険があった。
「駄目です! 強すぎます!」
「でも、早く沸かさないと……!」
「火は、私がやります!」
私は温室での作業用に持っていた携帯用の『魔道コンロ』を鍋の下に滑り込ませた。
私の火魔法は、指先に種火を灯す程度の微弱なものだ。けれど、このコンロの魔力増幅石を通せば、安全に、そして的確にお湯を沸かすことができる。
私は両手をコンロにかざし、全身の魔力を振り絞った。
ゴォォォッという音と共に、青白い炎が鍋底を包み込み、水はすぐに沸騰の気泡を上げ始めた。
「お茶を、作ります。店主さん、私が買った荷物の中から『竜の髭』の根を出してください!」
「りゅ、竜の髭!? あれは猛毒の中和剤だが、扱いを間違えれば胃を焼きちまう劇薬だぞ!?」
「分かってます! でも、『偽太陽草』の魔力暴走を止めるには、これしかないんです!」
私は震える手で、すり鉢と乳棒を掴んだ。
偽太陽草の毒は、神経を過剰に興奮させ、体内の魔力を暴走させる。これを鎮めるには、まず『竜の髭』で暴走した魔力を強制的に吸収・分解し、その後に『白雪花』と『月光草』で傷ついた神経を深く鎮静化させる必要がある。成分を素早く確実に引き出すには、高い温度のお湯が不可欠だ。
ガリ、ガリ、ガリッ!
硬い竜の髭の根を、乳棒で必死にすり潰す。
怖い。手が震える。もし私の見立てが間違っていたら? もし配合を間違えて、彼らの命を奪ってしまったら?
私は天才じゃない。ただの、口下手で地味な令嬢だ。こんな責任、負えるはずがない。
(……逃げちゃ、駄目だ)
私は、奥歯を強く噛み締めた。
温室での失敗を思い出せ。泥だらけのノートに書いた記録を信じろ。
竜の髭は、一掴みでは多すぎる。指三本で摘む量。
私は沸騰したお湯の中に、すり潰した『竜の髭』、神経を鎮める『白雪花』、そして解毒と排出を促す『苦ミント』を、迷いのない手つきで次々と投入していった。
鍋の中から、ツンとした薬品の匂いと、ハーブの清涼な香りが混ざり合った、独特の香りが立ち上る。
「……成分は十分に出ました! でも、このままじゃ熱すぎて喉を火傷してしまいます!」
「私が冷ますわ! 何度くらいにすればいいの!?」
「人肌より少しぬるいくらいまで、一気に急冷してください!」
私の指示に、クロエが鍋の周囲を両手で包み込むようにして魔力を放つ。
ピキ、という小さな音と共に、お茶から上がっていた熱い湯気が一瞬にしてスッと消え去った。成分を損なうことなく、熱湯が一瞬にして飲みやすい適温へと変化したのだ。
「……完璧です。これを、皆さんに!」
★
しかし、お茶が安全な温度になっても、最大の難関が残っていた。
倒れている人々は激しく痙攣しており、普通にカップで飲ませようとしても、むせて気管に入ってしまう危険が高いのだ。
「口をこじ開けて流し込みますか!?」と護衛騎士の一人が叫ぶ。
「駄目です、窒息してしまいます!」
「なら、どうすれば……!」
焦燥が募る中、クロエがスッと前に出た。
「私がやるわ。リネットさんは、お茶を注いでちょうだい」
クロエは倒れている一人、中年の女性のそばに膝をつくと、彼女の口元に手をかざした。
すると、クロエの指先から『氷のストロー』のような、細く滑らかな管がスルスルと伸び、女性の口内に優しく差し込まれたのだ。
「これなら、少しずつ安全に喉の奥に流し込めるはずよ。さあ!」
「はいっ!」
私は木製のカップに冷ましたお茶を注ぎ、クロエの作った氷の管の端から、少しずつ、慎重に流し込んでいった。
ゴクリ、ゴクリと、微かな嚥下の音が聞こえる。
冷たく心地よいお茶が、氷の管を通って、確実に彼らの胃の腑へと落ちていく。
「次! こっちの男の人にも!」
「ええ!」
私とクロエの連携は、まるで何年も共に戦ってきた戦友のように完璧だった。
クロエが的確に氷の管で気道を確保し、私が量とペースを調節しながらお茶を流し込む。
高級な絹のドレスは、すでに泥とお茶の飛沫でドロドロに汚れていた。髪の毛も振り乱れ、顔には汗が滲んでいる。華やかな令嬢の面影など、どこにもない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
五人全員にお茶を飲ませ終わった後。
私たちは、祈るような気持ちで彼らの顔色を見守った。
数分という時間が、永遠のように長く感じられた。
やがて――。
「……う、あ……」
最初に飲ませた中年女性の口から、微かな、けれど確かな吐息が漏れた。
ガクガクと跳ねていた手足の痙攣が、嘘のようにピタリと収まっている。紫色に変色していた顔色にも、徐々に血の気が戻り始めていた。
「収まった……魔力の暴走が、鎮まっていきます……!」
露店の店主が、信じられないものを見るような目で叫んだ。
他の四人も、次々と痙攣を止め、穏やかな呼吸を取り戻していく。中には、薄く目を開けて「……助かった、のか?」と呟く者もいた。
「リネットさん……っ!」
クロエが、泥だらけの手で私の手をギュッと握りしめた。
私も、震える手で彼女の手を握り返し、こらえきれずにポロポロと涙をこぼした。
「よかっ……た。本当によかった……っ」
「あなたが助けたのよ、リネットさん。あなたの知識と判断が、この人たちの命を救ったのよ」
クロエの言葉に、私は首を横に振った。
私一人じゃ、絶対にお茶を作ることはできなかった。痙攣する人たちに安全に飲ませることもできなかった。
クロエが氷の壁で群衆を止め、一瞬でお茶を適温に冷まし、氷の管を作ってくれたから。
これは、私たち二人の――旧大温室で生まれた、二人の魔法だったのだ。
やがて、遠くから衛兵たちと王立治癒院の治癒士たちの慌ただしい足音が聞こえてきた。
第五章 陽だまりの帰り道
「これは……驚きました。毒物の特定も難しい中で、完璧な初期解毒が行われています。あと一歩遅ければ、全員命を落としていたでしょう」
駆けつけた初老の治癒士は、倒れていた人々を診察した後、心底感嘆したように息を吐いた。
「一体どこの高名な薬師殿が、この見事な処置を? ぜひともお名前を……」
「ただの、通りすがりの『お茶好き』ですわ。名前を名乗るほどのことはしておりません」
治癒士の問いかけを遮ったのは、クロエだった。
彼女は私に目配せをすると、治癒士に対して優雅なカーテシーをして見せた。
「あとの処置は、治癒院の皆様にお任せいたします。さあ、帰りましょう」
「えっ、でも、クロエさんは……」
「いいのよ。ヒーローは、名前を名乗らずに去るものなんだから」
クロエはふふっと悪戯っぽく笑うと、私の手を取り、群衆の注目を背に受けながら、護衛騎士たちと共に静かに裏路地へと消えたのだった。
夕暮れの王都。
アカデミーへの帰り道、馬車に揺られながら、私たちはお互いの泥だらけのドレスを見て、吹き出した。
「あーあ。せっかく私が選んだ最高のドレスだったのに、すっかり台無しね」
「ご、ごめんなさい、クロエさん。買ってもらったばかりなのに……」
「いいのよ。どんなに着飾るよりも、さっき広場でお茶を淹れていたリネットさんの方が、ずっとずっと綺麗で、かっこよかったから」
クロエの言葉に、私は顔を赤くしてうつむいた。
「クロエさんだって……氷の壁を出した時、本当に、女神様みたいだった」
「ふふ、そうでしょう? 伊達に毎日血を吐くような努力をしていないわ」
クロエは誇らしげに胸を張り、そして、ふと優しい表情になった。
「ありがとう、リネットさん。……今日、あなたがいてくれて本当によかった」
「私の方こそ……クロエさんがいなかったら、私、ただ震えて逃げ出してるだけだったよ」
私は、自分の手を見つめた。
土と泥と、お茶のシミで汚れた手。
学園の温室という小さな鳥籠の中でしか、何かを育てられないと思っていたこの手が。今日、外の世界で、はっきりと誰かの命を繋ぎ止めたのだ。
「ねえ、リネットさん。温室に帰ったら、また美味しいお茶を淹れてちょうだい。今日はさすがに、少し疲れちゃったわ」
「うん。……とっておきの、リラックスできるブレンドを、淹れるね」
私は、生涯で一番、自信に満ちた笑顔を親友に向けた。
馬車の窓から見える夕日は、王都の街並みを黄金色に染め上げている。
日陰の令嬢だった私の世界は、彼女という光に出会ってから、驚くほど広く、そして温かく広がり始めていた。




