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継母ディアドラと義息子ルアン

25歳の継母は、18歳の義息子に「もう母上と呼ばなくていいですか」と尋ねられました―バラは一輪と言っていたはずなのですが

掲載日:2026/08/27

「ディー、ルアンをどうか……頼む……君と……」


私は、コナー様に縋り付いて泣き崩れた。


「もちろんですわ!何もご心配は要りません!

私が必ず立派に育てますわ!」


――私は、夫コナー・マクリル侯爵の葬儀ではもう泣かなかった。

前夫人との子、つまり私の義息子である十三歳のルアンの背中に手を置き、支えていた。


この子を誰よりも立派に、天国のコナー様に誇れるように育てることを固く心に誓いながら。


***


「ルー、どうして?」


私はため息をついた。

窓から見える空は、今にも雨が降り出しそうな黒い雲に覆われている。


「オドネル伯爵の御令嬢よ?十七歳で貴方の一つ下……

可愛らしくて、素敵な方じゃないの。

もういくつもお断りしているわ。そろそろ……」


「結構です、母上。」


その頑なな声に、私は頭を抱えてしまった。


私がこのマクリル家に後妻として嫁いできたのは、私が16歳、ルアンが9歳のときだった。


天使のように可愛らしくて、よくなついてくれて、

亡くなったコナー様とルアンと三人で幸せな日々を送っていた。

私には子供ができなかったから、

この子にはちゃんとした方と結婚してもらって、跡継ぎも……。

それがコナー様も望んでおられることだ。


もう一度説得しなくては……


「母上、具合がお悪いのですか?」


頭を抱えていた私の肩に、ルアンの両手がかかる。


「このままソファで横になってください。」


「……ありがとう。」


(具合が悪いのは貴方が原因よ。)

――そう思いながらも、壊れ物のように私の背中をそっと支えながら、

ソファに横たえてくれるのは嬉しい。


大きくなった手。

逞しくなった腕。

低くなった声。


こんなに大きくなったのに、私には相変わらず優しいルアン。

ソファに横たわった私のそばで片膝をつき、私の額にそっと手を当てる。


「熱はなさそうです、母上。」


私はフッとため息をついて、ルアンの頬に手を伸ばす。

ルアンは私の手をそっと両手で包んでくれる。


「ねえ、ルー。

貴方は騎士学校でも素晴らしい成績を修めて、

秋からは近衛隊に入隊することになっているわ。


最高のタイミングだと思うの。

今、身を固めれば、どれほど亡くなったコナー様が喜ぶか!

私も安心して北の領地の……」


「母上。」


急に鋭い声でルアンが遮った。


「今、何とおっしゃいましたか?」


「貴方が結婚したらね、実家のウォルシュ侯爵の領地に別邸があるの。

そこに行くことになって……」


私は少し慌てた。確かに、ルアンには隠して進めていた話だったのだ。

――小さなルアンが不安になって、学業に影響が出ては問題だと思っていたから……


「聞いていません。」


私の手を握るルアンの力が強くなる。


「機嫌を悪くしないで。心配させたくなかったの。

私には貴方を立派に育てる責任がある。だから、学業に専念してほしかったのよ。ね?」


窓を強い雨が叩き始めた。

私はルアンの手を優しくトントンしながら言った。


「今日の夕ご飯には、貴方の大好きなキッシュを用意させるわ。

バニラ・ムースも……

だから機嫌を直して、ね?」


「母上は……」


ルアンはマゼンダカラーの瞳で私を凝視した。


「このマクリル家から離れるおつもりなんですね?」


「ええ、そうよ。」


私は、きちんと座り直し、ルアンの美しい瞳を見つめ返した。


「もう貴方も十八歳。近衛隊という栄誉ある職につき、

これから結婚もする。

そこからは、このマクリル家は全て貴方が背負うべきよ。

――ルアン・マクリル侯爵として。」


ルアンはしばらく、息を止めたように、私をじっと見つめていた。

サァッと吹き付ける雨音が部屋に響く。


(それにしても、なんと美しく、立派に育ったのだろう。

こんな瞳で見つめられて、この子を愛さない女性なんかいないわ。)


「分かりました。」


「まあ!分かってくれたのね!では、オドネル伯爵の御令嬢と……」


「それはお断りします。」


「え!?……どうして……」


「分からないのですか?」


ルアンは私の手を離して勢いよく立ち上がり、扉から出ようとしたが、

パッと振り返った。


「もう母上と呼ばなくてもいいですか?ディアドラ嬢。」


「じ……嬢!?」


驚いて叫ぶ私に向かって、ゆっくりとルアンは戻って来る。


「貴女には夫もいない。そして、マクリル家から離れてウォルシュ家に戻る若い女性。

ディアドラ嬢でしょう、当然。」


「何をわけの分からないことを……!」


「わけがわからない?では、理由を説明しましょう。」


片肩のマントがふわりと浮き上がったかと思うと、

ルアンは片膝をついて私の手に口づけをした。


「ディアドラ嬢、貴女を愛しているからです。」


私は凍り付いた。


「じ、冗談を……」


引っ込めようとする手は、力強い男性の――大きくなったルアンの手に握られて動かない。


「冗談ではない。僕が冗談でこんなことを言う男だと思いますか?」


熱っぽいマゼンダカラーの瞳が私を捕らえる。

私はようやくルアンの手を振り払って、部屋の片隅に走った。


「出て行きなさい、ルアン!

婚約の話は私の方で進めます!こんな馬鹿なことを……」


「馬鹿なこと?

――僕にとって、僕の人生で一番苦しいことなのに?」


ルアンは唇を噛みしめてうつむく。


「――そうですよね……貴女はいつもそうだ。」


ルアンは私の部屋に飾られたものにゆっくりと歩いていく。


「この賞状も、

このトロフィーも、

貴女が押し花にしてくれたこの花も……全部……

貴女が僕を見てくれることなんかないのに……」


「私は、誰よりも貴方を見ていたわ!」


ルアンは静かに私を見た。


「ええ、わかっています。

貴女は父上の遺言を真面目に……」


そう言うと、小さなコナー様の肖像画を手に取った。


「真面目過ぎるほど……」


遠くで雷が鳴る。

ルアンは肖像画を手にしたまま、私に歩み寄る。


「何を……」


私は掠れた声で呼びかけ、身を守るように両手を胸の前で握り合わせる。

もうルアンを見ることはできなかった。


――と、グッと何か固いものが押し付けられる。

チラリと見ると、コナー様の肖像画だ。


反射的にそれを受け取る。

が、ルアンは肖像画から手を離さない。


「父上の肖像画を持ったまま、話を聞いてください。」


私はコナー様の絵に目を落とす。


「なるべく早く、ウォルシュの別邸にお移りください。」


サーという雨の音が耳元で鳴る。

私は、自分の顔が氷のように冷えていくことを感じた。


「私に、出て行けと言うのね?」


急にルアンは吹き出した。


「母上がご自分でおっしゃったんでしょう?

――違った、ディ、ディアドラ嬢が、そうおっしゃった、から……」


ルアンは真っ青な私をチラリと見ると、急に慌てた顔になった。


「関係を新しくできる可能性が少しでもあるなら……そうしたいと思っただけです!」


叱られて言い訳するときのルアンの口調だ。

私はようやく氷の湖から抜け出した気がした。


「どういうこと……?」


ルアンはため息をついた。


「僕は愛を告白してしまいました。

この屋敷でこれまで同様に過ごすことは難しい……そう思いませんか?」


私は頷いた。


「しばらく、ウォルシュの別邸でお過ごしいただくのはどうかと……そして……」


肖像画を握る私の手に、ルアンの指がそっと触れる。


「僕は一週間に一度、決まった時間に貴女に会いに行きます。

貴女が望むものを持って……」


私はよく分からないまま、促すようにルアンを見る。

ルアンは少し微笑んだ。


「例えば、庭のバラの蕾を一輪……

チョコチップスコーン……

お茶の葉……

僕の手紙……」


「手紙?貴方の?」


「例えば、ですよ……!近衛隊でこんなことがあったとか……」


「まあ、会いに来るなら話せばいいでしょう?」


「そう、そうですけど、例えば、です……」


しどろもどろになったルアンは、私たちを繋ぐ肖像画を持ち直し、

また私の手にそっと触れる。

その顔は熟れた林檎よりも赤く火照っている。


二人で持っているコナー様の肖像画から熱が伝わってくるようだ。


(こんな想いを隠して暮らしていたの?

――継母の私への……)


私はマクリル家を支え、ルアンに引き継ぐために必死だった。

ルアンの結婚のことも闇雲に進めていた。

この子が傷ついていることも知らずに……


自分が間違っていたとは思わない。でも……


「わかったわ。私は明日にでもウォルシュの別邸に移るわ。」


「明日!?」


「今日がいい?」


「違います!」


ルアンは飛び上がって、コナー様の肖像画から手を離した。

私は、窓の枠に肖像画をそっと置いた。雨は随分弱まっている。


「早い方がいいわ。荷物なんて後からどうとでもなるもの。それに……」


私はルアンの整った顔にそっと触れた。


「一週間に一度、来てくれるんでしょう?」


「ああ、もう!」


ルアンは私を抱き締める。


「からかっているんですか?僕は、本気で貴女との関係を新しくしたいのに!」


私はルアンの腕の中で呆れた声を上げる。


「まあ、貴方は騎士学校を首席で卒業したのに……残念だわ。」


ルアンは驚いて、腕の中の私を覗き込む。


「私との関係を新しくできる可能性に賭けて、

私にウォルシュの別邸に行くように勧めたわけでしょう?

早ければ早いほど、その可能性は高まるわ。

可能性がないとわかれば、次の人生に……」


「ああ!もう!……わかりました!貴女って人は!」


ルアンは腕を解いて、今度は私の手を両手で握った。


「ではそうしましょう。

貴女との関係を新しくできる可能性を高めるために、

僕は、僕のすべきことを全力で尽くします。


――貴女は必ず、僕の腕の中に来てくれる!」


「必ず……?」


ルアンは笑いながら扉に走っていき、振り返った。


「必ず、です!」


***


別邸の周りの白樺の森は赤や黄に彩られ、

落ち葉の絨毯に午後の木漏れ日が差し込んでいる。


馬のいななきに耳を澄ますと、

すぐに黒髪を風になびかせたルアンの姿が近付いてくる。


大きく窓を開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。


膝に大量のバラの蕾を抱えている。


「まあ!一輪と言ったのに!」


ルアンは白馬から飛び降りて、ずっしりしたバラの蕾の束を窓越しに私に渡す。


「愛しています、ディー。受け取ってください。」


私は呆気に取られて、花束を持ったままルアンを見る。

その瞬間、ルアンは窓から飛び離れて、白樺の森に走って行く。


「受け取りましたね!?僕の愛を!ほら!」


「ルー!!こら!戻ってらっしゃい!お仕置きですよ!ルー!!!」


「ハッハッハッ!!」


私はチラリとコナー様の肖像画に目をやると、思わず呟いた。


「どう思われます?ルアンを……ルアンと私を……」


私は、フッと息を吐くと、木漏れ日に照らされたルアンの姿を、

――未来を、

希望を、

可能性を手放さない、そのしなやかな姿を……ただ、見つめていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


ディアドラとルアンの、「関係を新しくできる可能性」を楽しんでいただけたら嬉しいです。


完結済長編も公開しています。

『神鼠の大王は猫を愛せない―僕を食べようとする猫の少女に恋をした』

https://ncode.syosetu.com/n3214mc/


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