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第8話 残された時間

 木漏れ日の下、木造のベンチに腰掛けた朝倉さんの姿が見えた。どこまでも優雅で、そして儚い。著名な画家が描く絵画のような、どこか惹き込まれる力を感じてしまう。


「朝倉さん、約束通り来ましたよ」


「うん、よく来た。まぁ座りなよ」


 隣をポンポンと叩くのを見て、戸惑いつつもそこに座った。彼女は頬を少しだけ膨らませていた。


 不満げ……と言うとまた違うようにも思えるが、どこか寂しそうで、不服そうに弁当の具を頬張っていた。それすらも絵になるけれど、放っておくわけにもいかない。


「その……何か思うことでもあるんですか?」


 彼女を怒らせないように、慎重に話しかけた。かつてならばこの程度にも恐れていたかもしれないが、今の私はそんなことはなかった。むしろ聞かないことが恐ろしく感じてしまう。消え入りそうな彼女のことを……。


「いやね、色々あるとは思うんだけど。……だからこれは、誇張しちゃえばちょっと醜い嫉妬みたいなものなんだけどね」


「……? どうしたんです?」


「君さ、古澤くんにはタメ口だよね」


 私が何かしてしまったのか、そんな思考は一瞬のうちに破壊された。彼女は断片しか語っていないが、要はそういうことだろう。私としてはあまりにつまらないことを、彼女は真剣に悩んでいる。そんなことがどこか面白く感じてしまう。


「つまり君にも敬語を使うなと?」


「嫌ならいいけどさ、ちょっと距離感じるじゃん?」


「そういうことなら……そうさせてもらうよ。でもまさかそんな話だとは思わなかった」


 もうちょっと緊張感のある話をしてくると思ったけれど……いや、違うか。こんな話をするなら、わざわざこんなところで昼食を摂らない。


「朝倉さんは、自由に動けるのはどれくらいなの?」


 一歩だけ、苦しみを抱えながら踏み出した。風が少し耳を通った。痛いけれど、これだけは聞かなきゃいけない。


「……激しい運動はまだちょっとだけできる。から、部活は次の市の大会で引退だね。あとは苦しくはなるらしいけど、一年くらいなら日常生活は普通に遅れるって。あとは……」


「……そっか」


 リミットは一年、あまりに短いけれど、この期間が全てだ。悲しんでも、嘆いても変わるものではない。だから……。


「大会の応援には行くよ。せっかくだしさ。それ以外に……何かやりたいことは?」


「それか、君がソワソワしてたのは」


 彼女はだし巻き卵を口に放り込んだ。バレていたのか。それほどまで、分かりやすく(おもて)に出ていたと知ると、一気に顔が熱くなる。特に、当人に見抜かれていたという事実に。


「そうだなぁ……。夏はバーベキューとか、秋は紅葉も見に行きたいし、年末年始はお参り、最期の春はお花見もしたい。遊園地にも水族館にも行きたいし……あ、映画も観に行きたいやそれからちょっとしたピクニックとかもしたいし……」


「じゃあそれは全部やろう。それ以上のこともやろう。僕が隣で支えるから」


 どうしてこんなにも気取ったことを何の躊躇いもなく発せられるのか。きっと、そんなことを気にしてはいられないからだ。


「あ、でも家族で行った方が良いものもあるだろうからさ、そこには首は突っ込まないよ」


「家族との時間は取るよ。両親とも、お婆ちゃんとも過ごす時間はちゃんとある。その上で、私は君に支えて欲しいんだよ。友達にさ……」


 彼女はそんなことを言いかけて、弁当の具材で口を塞いだ。対して私はあまりの暑さに水を飲んだ。夏の日差しの……そのせいだ。少し日光を浴び過ぎて、頭が緩くなっているんだ。きっと。


「でもやっぱり……」


 嫌だな。どれだけ納得しようとも、納得させようとも、私の心の奥が認めようとしてくれない。みっともない。あまりのみっともなさに自分が嫌になる。


「どうした?」


「いや、何でもないよ」


 先ほどまでの熱はすぐに冷静になった。どうしてこうも気に入らないのか、考えなくても分かる。彼女の、そして私達の“若さ”は本来輝かしいものであるはずなんだ。それが今は呪いのように見えるから、だから……。


「ごちそうさま。大会は……来週の土日だっけ?」


「うん。色々やるのはそれからにしよう。せっかくだし、最期の大会は楽しみたいんだ」


「そっか……。じゃああんまり邪魔もしないようにしないとだね」


 視線を上げれば緑色に透き通って見える葉脈が、下げれば薄暗い領域が分かった。私はこれを現実として認めているし、現実として認識している。それなのに現実は、これが現実なのだと押し付けてくる。


「ご飯も食べたし戻ろうか。教室は今ごろ君がいないおかげで……」


「ね、もうちょっとゆっくりしてようよ」


 彼女の指が私の袖を掴んで止めた。進もうとしていた私の身体は自然と戻される。


「……そうだね。ちょっと、焦り過ぎてたかも」


 朝倉さんと一緒に下校したあの日。彼女の引っ張る力はあのときよりも少しだけ弱く、それでいて留めようとする力は少しだけ強く感じた。

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