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第7話 約束

 闇に包まれた丑三つ時、届かない光を遮るように、私は布団の中に身を隠した。どれだけたっても眠気はやって来なかった。


 あのときはああも言ったけれど、そう簡単に認められるものでもない。けれど当人が受け入れているのだから、私がどう言える義理でもなかった。それがもどかしい。


 しかしこんなことを悩んでいても仕方ない。私はもっと前を向かないと。ベッドを抜け出して、机から使っていないノートを探した。不恰好だけれど、今はこれで構わない。


『君の……』


 そう書こうとしてすぐに消した。これは正しくない。誠実さに欠ける、そう思ったから、恥ずかしく思いつつも再びペンを持つ。


『僕達の思い出』


 表紙にはそう記した。


◇◇◇


 夏祭りの後の土日、私は落ち着かない気持ちでただ過ごした。何もできなかった。例えばどこかに遊びに行くとして、彼女の行ってみたいところを知らなければ……。


 あっという間に時間は流れ、いつものように朝は来た。学校では風紀委員が挨拶運動をしている。いつものように教室は騒がしいし、チャイムも頭に響く。そして朝倉さんも、変わらず明るい表情を見せていた。


「矢田、お前さ、春奈さんと割と仲良いよな?」


「ん?」


 先生が連絡事項を伝えているとき、前の席の男子、古澤(ふるさわ)武士(たけし)の薄い声が聞こえた。授業中、解けない問題を聞きにくる。そんな程度の関係の彼が、わざわざ私に話しかけてきたのだ。


「……何か?」


「いや、良かったらさ、紹介してくれねぇかなって。お近づきになる機会だけでいいからさ」


 両手を合わせて頼む彼の姿に無性に腹が立った。朝倉さんが孤独を感じていたのは、こういう人間しかいなかったからだ。朝倉さんのスペックばかりを見ようとする……。


 マイナスな思考に埋め尽くされそうになったとき、ゆっくりと息を吐いて落ち着かせた。私も偉そうに言えた義理ではないし、古澤に悪意はない。ただ少し、今の私が繊細になっているだけ。


「別に、そんな関係でもないよ。友達の少ない僕を気にかけてくれてるだけだよ。それに……」


「そうかぁ? まぁ難しいなら仕方ないか。自分で何とかするか」


 変に殊勝な彼を見るとどこか申し訳なくもなるが、やはり紹介をする気は起きない。朝倉さんは友達がいないと言っていたけれど、だからこそ私が介入すべきではない。


 古澤が自ら話しかけ、結果として朝倉さんが彼を認めたのならばそれは良いと思うけれど、とにかくきっかけは“普通”であって欲しい。私に紹介されて仲良くなった、という要素は必要ない。


「……あんまり、特別扱いはしない方がいいかも。あくまで“普通のクラスメイト”として仲良くなりたい……みたいな」


「お、アドバイスか?」


「そんなところ」


 彼の発言に思うところはあったが、それはそれとして邪険にしたくもなかった。朝倉さんが誰かと良い関係を築けるなら、それに越したことはない。


 古澤との会話も終えて授業の準備をしようと立ち上がったとき。朝倉さんが軽い足取りで私のすぐ隣に並び、声を届けた。


「今日の昼休み、ヒマ?」


「え……」


「ん?」


 タイミングが良いのか悪いのか、そんな風に話しかけたら周りがうるさくなるということは分かるだろうに……。少し大胆になっただろうか。


「暇ですよ。ただですね……」


「じゃ! お昼に中庭に来てね!」


「あ、ちょっ……」


 朝倉さんは自分のペースで全てを話すとすぐにどこかへ姿を消してしまった。静かな嵐のような、そんなように見える。私も私の周りもただ唖然としていた。


「ほうほう……。なるほど、矢田お前さ。実はそういうことなのか?」


「そういうことって……」


「あぁ、みなまで言わせるんじゃねぇよ」


 古澤はにやにやと顔を釣り上げながら小声で話しかけてきた。面白そうな顔がいやに腹が立つ。高校生にとって、そういう話は何よりも栄養がある……らしい。


「一応言っておくけど、付き合ってるとかそんなんじゃない。友達だよ」


「……まぁお前がそう言うならそういうことにしとくがよ……」


 どこか不服そうな顔を見せながら古澤は視線を直した。少なくとも、今は友人関係だ。それが良いんだ。彼女にとっても、私にとっても。


 それはそうと、私だって年頃の男子なわけで。同年代の綺麗な女子と2人になるのは緊張するし、嬉しくもある。相手が相手なだけに苦しくもあるけれど。


「ふぅ……」


 心臓は速く刻まれるくせに、授業はどこまでもゆっくりと進んだ。息苦しいが、どうしようもなかった。チラチラと時計を確認し、音が出ない程度に指を叩いていた。


 遅い……。こんなにも昼休みを望んでいるのに、世界は気にせずに流れている。仕方ない……仕方ないけれど、どうにもむず痒かった。


 ゴーン……ゴーン……


 決まった時刻……決まっていた時刻、とうとうチャイムが鳴り響いた。教室や廊下にこだましつつ、そこにクラスメイトの(ざわ)めきが合流した。そして朝倉さんが教室を出ていくのを視界の隅で確認した。


 今すぐに立ち上がりたい……が、急いで何になる。私は焦らず、一つずつ荷物を片してから弁当を持って教室を出た。


 今日こそ彼女に聞きたいことがある。どう話を切り出したものか。そんなことを頭の中で整理しながら、少しだけ足早に中庭に向かった。

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