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第32話 今を生きる

 それはあまりにあっという間に過ぎた。冷たい空気のせいで、話題に困ることはなかったが、そんなことも関係なしに一瞬の時間だった。


「改めてだけどさ、冬ってやっぱり、日が早いよね」


「ねー。6時には真っ暗だもんね。うー、寒い寒い」


 空は暗く、そして冷たい。吐く息は白く濁り、そして光を集めている。幻想的、と言うほどでもないが、曇りのない空気だった。


「……僕のコート貸そうか?」


「おっ……らしからぬ男前な台詞を言うじゃん」


「あー、茶化すなら貸しませーん」


「じょ、冗談だよ! 貸して! お願い!」


 必死に縋るような、あるいは面白がるような。致命的な状況ではないのだろうが、それはそれとして寒いのも事実だろう。朝倉さんの病状を考えると尚のこと、放っておくわけにはいかない。


「はい、ちゃんと前閉めてね。僕は下にも何枚か着てるから気にしなくていいよ」


 脱いだばかりの、温もりの残るコートを手渡した。彼女の手荷物を預かり、羽織る様子を見守る。私の服で身を包んでいるという事実に、どこか、胸の奥が狭くなる。


「ぽかぽかだ。……ふふっ、ありがとね」


「別に、いいんだって」


 へにゃりと笑う彼女の顔に、私は思わず視線を逸らした。それと同時に、歩く速さにも拍車がかかる。なんだかんだ慣れたと思っていたが、こうも突然だと私の素直さも迷子になってしまう。


「……で、なんで服をもっと持って来なかったのさ。今日は一層寒いって、天気予報でも言ってたでしょ?」


「いやいや……まぁね。見くびっていたというか……へへ」


「“へへ”じゃないよ。自分の身体をもっとさ……」


 言いかけて、止まる。私が言うまでもない、というか、言って変わるでもない。彼女は慎重な面もあるがその裏、割と見切り発車な面も否定できない。相反する性格を持ち合せているのだから困ったものだ。


「まぁ僕がいるときはなんとかするけどさ、一人なこともあるんだから、気をつけてよ」


「おぉ、カッコいい〜」


 やれやれと、声には出さないが態度に出す。私がどれほど気にかけているのか。……いや、それ以前に、どれだけ気にかけるべきかなど誰よりも理解しているはずなのに。自分自身を軽んじているのか、あるいは天然なのか。


「……わっ、見て見て!」


「……おぉっ、凄いな。なんというか……」


 まさに幻想的、そんな景色が広がっていた。大きな庭園のような空間、それを照らす青い光。イルミネーションというものは家や駅の近くで見るか、それこそ画面の外から見ることしかなかったのだが。こうして見るとなぜ人が集まるのか、それが分かるような気がした。


「結構広いね。せっかくだしさ、一周しようよ」


「うん、ちょっと待って」


 ポケットからスマートフォンを取り出し、一枚だけ、その景色を切り取った。何を意識したでもないが、それでもやはり輝いている。物理的な輝きというのは、当然ではあるが、やはり眩しかった。


「いやぁ〜、雰囲気あるなぁ。クリスマスにイルミネーション。誰が見ても、今の私達はカップルだよ」


 意地悪そうに笑う彼女の視線は、今度は逃げることを許さずに私を貫いた。確かに、どこを見てもカップルばかり。あるいは違うのかもしれないが、およそそうだと言って問題ないだろう。それくらい、男女の二人組がここには多かった。


「……じゃあ今だけは、僕達は普通の関係ってわけだ」


「そうだね……」


 窄めて見ると、一層輝きが際立って見えた。誰に強要されるでもなく、誰を気にするわけでもなく。私と彼女は共犯者ではなく、ここではありきたりのペアだ。


「なんでさ、イルミネーションって青系の色が多いんだろ。冬なんだしさ、暖色系の色の方が良くない?」


「そりゃあ……確かに」


 オレンジや黄色、赤のイルミネーションも、無いわけではない。が、やはり圧倒的に寒色系が多い気がする。寒さを煽るような色のどこがいいのか。分からないが、あるいは……。


「寒いのに、光が温かいと違和感があるとか?」


「あぁー……どうなんだろうね?」


「いや、分かんないけど」


 検索でもすれば、答えは出てくるだろうか。そもそも答えがあるものなのか。それこそ分からないが、せっかくそんなくだらない疑問があるのだから、調べてしまうのももったいない。


「まぁさ、綺麗なんだからいいじゃん。星の浮かぶ夜空、それを邪魔しない程度に、この光も輝いてくれる」


「……そうだね。そんなんでいいんだ」


 深く考える必要はない。綺麗なのだから、今はそれで。こんなに輝いているのだから。


「そうだ。今日の夕ご飯、期待していいんでしょ?」


「ちゃんと予約してるよ。……高級レストランとかじゃないからね?」


「ははっ、分かってるよ。私だってそんなお金は流石にないし」


 笑いながら、やはり変わらず前を眺めた。朝倉さんは「なんならファミレスでもいいよ」なんて冗談めいたことを言っていた。……いや、あながち冗談でもないかもしれない。とにかく今は、眩しい輝きを堪能しよう。

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