第21話 本音と建前
暦はすっかり秋ではあるが、日本はまだまだ夏を堪能したいらしい。たとえ空が高く見えても、日照りは清涼を覚えようとはしない。
「はー……参っちゃうね。流石にもうちょっとは涼しくなってると思ったのに」
「ほんと、温暖化はやだね。人混みのせいで余計に暑くなるし……」
前期も終わろうというこの季節、私達がやって来ていたのは遊園地だ。緑葉の落ちる中、アトラクションに囲まれるのはなんとも風情がある。……この暑さでなければ風情もあったことだろう。
「うー……ん。今更聞くことでもないだろうけど、矢田くんってジェットコースター平気なタイプ」
「お、おう。俺はそんなの余裕だぜ」
「口調変になってるけど」
正直に言うなら得意ではない。見ての通りというかなんというか、激しい動きは性に合わないのだ。ただ無理にでも乗ろうとするのにも理由がある。朝倉さんを楽しませたい、というのもあるが、もちろんそれ以外の理由が。
というのも、私が拒否しても彼女は一人で乗るだろう。それは当然だ。彼女は楽しみたいだろうから。しかしそうなると、私は一人、ベンチに座って待つことになる。
せっかく2人で来て、流石にそれはないだろう。彼女にも申し訳ないし、何より私自身、極めて虚しい。
「まぁ何でも、無理はしないでね。気分悪くなられても大変だから」
「それは安心して大丈夫だよ。酔ったりはしない」
ただ激しい動きが気に入らないというだけで、何も肉体的にダメというわけではない。そう何度も何度も乗れば話も変わるかもしれないが、常識の範囲内なら大丈夫だろうと、私の体は言っていた。
「僕のことは気にしなくていいよ。どこまでも着いてくるものだとでも思って……」
「じゃあいつもと一緒だね」
……無意識か、朝倉さんはこのところ、どうにも私を雑に扱っている気がする。いや、私をというか私に対して、だが。もっとも、それも距離が縮まったゆえなのだと嬉しくもある、というのは大前提で。
「あ、待って……緊張してきた……」
「あははっ! なんか引き攣ってるよ!」
そうは言っても自分の顔など分からない。頬がピクピクと揺れる感触はあるが、目に見えるほど大きなものでもないだろう。ならば引き攣っているのは視線か、あるいは……。
「ほら、もう出発しちゃうよ。気、引き締めて」
「大丈夫だよ。大丈……」
ガタン。無機質な音が響いた。
ガタン。コースターがゆっくりと前進を始めた。
ガタン、ガタン。重力の向きが変わった。
ガタン、ガタン、ガタン、ガタン。
「……朝倉さん、さよなら」
「ははっ! 矢田くん、しっかり!」
地面が次第に遠くなり、体は宙を浮いているようだった。止まってくれ。いくらそう願っても止まらない。山頂につけば、もはやこの落ち着きは失われ……。
「うわぁあ……っ!」
「あっはっはっはっ!」
声高らかな彼女の声だけが頭に響いた。いや、違う。途中から、私の頭の中はその音すらも聞き入れなかった。ただ金属の擦れる音、車体の揺れる音。頭の中はどこまでも機械的で、それなのに生と死を実感させる。
「はぁ……はぁ……あはは! ちょっ……平気? 矢田くん」
止まったのか……やっと。それでもまだ、全身はふよふよと浮いていた。どちらが下か、分かりやしない。ただでさえ速く恐ろしいのに、どうして回転するのかね。
「……最っ高だよ、朝倉さん」
「そっか、私も!」
ぐちぐちと文句を垂れる心とは裏腹に、私の口は正直な物言いだった。とは言っても、思っていることが嘘、というわけでもない。どちらも本心、建前ではない。怖いし不愉快、だけど楽しい。
「困ったなぁ……。僕が俗な高校生になるのも時間の問題だ」
「え、それは平気でしょ」
「……平気とは」
愉快な人達がどうしてこぞって遊園地に来たがるのか、その理由の一端を理解できた気がする。娯楽など、今の世にはいくらでもあるだろうけど、こうも心と体を張れるのはこの場くらいのものだ。
「やっぱりさ、人気があるのにはそれなりの理由があるんだね。何事にも……目を向けてみるべきかな」
「うん、何事もチャレンジだよ」
「……そうだよね」
私一人では得られない視点も、彼女と一緒ならば得ることができる。そしてそれは逆も然り。
2人いれば2倍の視点を持てる。3人いれば3倍の、4人ならば4倍の。もっと昔から人とつるんでいれば、もっと早くにこの楽しさを知れたのだろうか。
……そうかもしれないけど、そしたらたぶん、朝倉さんに教えてもらうこともなかったろうな。いつ、誰と、どこで。答えはやはり、どこにもない。
「あ、なんか哲学的なことを考えてる顔!」
「……すごいね。なんでそんなことも分かるようになったのさ」
「ずいぶん長いこと助けてもらってるからね。付き合い長けりゃ大抵のことは見透かせるものってことだよ」
助けてる、か。自覚はないが、互いに助け合ってるのか。ならば私の肩も軽い。対等に今を楽しめそうだ。
「じゃあ行こっか、お化け屋敷」
「……無理。それだけは無理」
「何事もチャレンジだよ」
なるほど、嵌められたな。巧妙な罠だ。感動しかけた私の気持ちを返してほしい……とまでは言わないでおこう。これもきっと、どちらも彼女の本心だろうから。
「ホントに無理だってば!」
「行こうよ! 私も1人だと怖いから!」
結局、お化け屋敷に行くことにはなるのだが、やはり私は押しに弱い。チョロいというかなんというべきか、私の芯など彼女のためなら簡単に折れてしまうらしい。




