第19話 秋のお日様は早帰り
「はぁ〜! カワイイ! ありがとね、矢田くん!」
「まぁ……お礼は受け取っとくよ」
私が買ってあげたペンギンの小さなぬいぐるみを、朝倉さんは割れ物を扱うように、それでいて決して離すまいとしっかりと抱えていた。
私としては感謝されるためにプレゼントしたわけではないのだが、水を差すようなことは言わない。喜んでくれたなら、それで十分だ。
「あ、そうだ。私も買ったんだよ。一個あげる」
「……好きですね」
「カワイイじゃん」
彼女が手渡してくれたチンアナゴのキーホルダーは、リアルさを捨てきれずに妙な気持ち悪さを兼ね備えてあった。可愛いと言えば可愛いだろうが、素直にそうは言えないフォルムだ。
「昼飯をどこかで食べて……映画はそれからかな。決めた? 何観るか」
「モグラ大王」
「あぁ……面白くないって話題の……」
私はチンアナゴをポケットにしまいながら耳を傾けた。詳しくはないが……なんとか監督とかいう人が手掛けた作品だとか。期待が高かっただけに落胆の声もよく聞く。
「いいの? もっとなんか……面白そうなのじゃなくて」
「いーの。ネットの情報なんてアテにならないんだから」
「いやまぁ……それとこれとは別な気がするけど」
もっともらしい意見に賛同しそうになったが、今の話は少し違うだろう。彼女が楽しめたなら他の誰が酷評していても気にはしないが、わざわざそこに突っ込もうとするのは流石というかなんというか。
「矢田くんは嫌なの?」
「嫌ではないよ。誰も、何が刺さるかなんて分からないからね」
「じゃあ決まりだね。確かあっちの方にサンドイッチのお店があったから、そこで昼ご飯にしよう」
相変わらず用意周到な彼女に、私はされるがままに引き摺られた。彼女を支えるのが私の役だが、そもそも支える機会が少ないのだなと思い知らされてしまう。
フランスパンを使った本格的なサンドイッチを食べてから、私達は映画館に向かった。
やはりというかなんというか、正直、なかなか面白いものではなかった。ネットで散々叩かれていたように内容が薄く、軸がブレブレの作品だった。言ってしまえば演出にだけ満足しているような……。
「面白かったね!」
「あ、面白かったの? 僕はあんまりかなって思ったんだけど……」
「私、映画観てるときは頭を空っぽにするタイプなんだ。ストーリーは覚えてるけど、評価する視点を持てないっていうか……」
「もはや映画観にきた意味よ。いやまぁ……面白かったんならそれでいいけどさ」
私としては評価できたのは俳優の良さとポップコーンの味くらいなものだ。ならばやはり映画を観る必要がなかったではないか、というツッコミはこの際忘れていただきたい。
「でも楽しかったよ」
「……そっか」
青い空が次第に紫色も帯び始める中、柔らかく微笑む彼女を見ると、モグラ大王も大賞よりも価値があるように思えた。我ながら、仕方なくチョロいとは思う。
「なんで評価の低い映画を観たかったかっていうとさ、家族以外の人と並んで映画を観たかったんだよね。そのイベントを楽しみたいから、映画そのものはできるだけ薄いのがいいかなって……」
「……危ないなぁ。僕じゃなかったら心臓潰れてたよ」
「えっ、なんでよ!」
朝倉さんはどこか客観性がないというか……あった上でコレなのだろうか。悪い気はしないけれど、それはそれとしてなかなかに危うい破壊力がある。
「まぁ確かに、つまらない作品を並んで鑑賞したっていうのは……だいぶ記憶に残りそうだよ」
あえてフォローするような口調を向けると、今度は口を尖らせてしまった。可愛いな、とか、面白いな、とか。ありとあらゆる“それっぽい”感情が押し寄せる中、私はそれをかき分けて彼女の手を取った。
「さぁさ、帰ろうよ。なんだかんだ今日も、たくさん歩いたんじゃない?」
「……言われてみれば確かに……結構疲れてるかも」
たぶん、君より僕の方が疲れてるよ、なんて恰好の悪い言葉は飲み込んだ。エスコートをする者は、少なくともその瞬間だけは強がるものだと何かで聞いた気がする。最近になってやっと、その言葉を理解できたということは、もはや言うまでもないだろう。
家に帰ったときも、まだ空は絶妙に明るかったけれど、それはたぶん、今日が夏だったからだろう。冬場のこの時間帯となれば、それは真夜中にも劣らぬ薄暗さだったと思う。そう考えると、案外時間はないものかなと。
ほんの一、二ヶ月、けれど他の何よりも使い古したようなノートを一つ開いた。
夏祭りのこと、テニス大会のこと、バーベキューのこと。それからここに書こうか迷った帰省のことが書かれている。
そんなページを一枚ずつ、振り返るようにめくった。たったの一ヶ月か二ヶ月だったというのに、まるで何年も昔のことのように……それでいて昨日のことのように頭の中には刻まれている。
しかし頭の外側には、こうも正確に刻まれているのだから、おかしさが込み上げてくるのも無理はないだろう。愛おしく、切なく、憎たらしい。思えば私は、一体どんな表情でコレに向かい合っていたのだろうか。
それを確認するには、小さな鏡でも用意する必要があるのだろうな。
8月17日
今日はまだまだ、夏の日の下。




