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第15話 知らぬところで

 白端駅から電車に揺られて約1時間、永山公園のバーベキュー場は賑やかで、けれどどこか静かで、私達だけの空間があった。まるで仕切りでもあるように、隣の世界と私達の世界が存在していた。


「ひゃっ! 冷たい……けど、気持ちいいですよ、春奈さん!」


「ホントだ! 冷たーい!」


 空気のように透明な川に、朝倉さんと花井さんが足をつけて遊んでいた。足首が浸かる程度の浅く緩やかな川底を叩き、水飛沫が日光を折り曲げて眩しく輝く。


 絵になるというかなんというか……綺麗な女の子が2人で水遊びをしている様は、ただそれだけで楽しいものだった。たぶん、あの川が眩しく見えるのは水飛沫のせいばかりではない。


「矢田、俺は一つ尋ねたいのだがね」


「なんか口調変になってるけど」


 川辺で楽しむ2人を、私と古澤はこちらも2人並んで腰を下ろしていた。夏の日照りに苦しむことかと思っていたが、案外森の中、そして川の隣は冷たい風が通ってくる。


「朝倉さんは分かる。クラスが同じだからな。お前はなんで花井さんとも知り合いだったんだ……!」


「あ、あぁ、それね」


 一応、ここに来るまでに互いの自己紹介はしていた。まさか他校の女子が一緒に来るとは思ってもいなかった古澤の顔ときたら、それは面白いものだったが。やけに飲み込みが早いかと思ったけれど、未だに彼も困惑しているようでどこか安心した。


「時の運だよ」


「は? 何だそれ……」


 朝倉さんの大会に応援に行って、一緒に帰って、その途中で声をかけられた。事実を語ることも構わないとは思うが、そんな話よりは“運が良かった”という方がよほど信じられるだろう。そして何より、はぐらかしておいた方が面白い。


「……矢田、お前さ。俺とか花井さんを誘わなかったら2人で来れたんだろ? なんで俺達を誘った? いや、俺としては嬉しいし感謝もしてるけどさ」


「え? どういうこと?」


「だから……俺達は邪魔者なんじゃないのかって」


 少しだけ自分の中で噛み砕くことで、やっとその真意を理解できた。いや、真意というか古澤の言葉の通りではあるけれど。


「恋仲じゃないって言ったでしょ? 別に僕は朝倉さんを独り占めしたいなんて思ってないし、赴くままにやりたいんだよ。それに……」


「それに?」


「4人くらいで遊ぶのは普通だよ」


 その答えに、少しばかり胸の奥の、腹の上が痛んだ。建前と本音が同じとき、違うとき、私はその2つの“とき”があまりに多い。どこからどこまでが私の本音なのか、時折り見失ってしまうような気がする。


「2人とも! そろそろお昼にしないか? お腹空いてない?」


「空いた!」


「空きました!」


 私の声に、2人は同時に振り向き、同時に返事をした。まるで姉妹みたいだ、という言葉は(こぼ)さず、それとなく反応してから食材と金網の準備をした。


 太陽は直上で私達を見ていた。私達は上から焼かれ、肉や野菜は下から焼かれる。すぐ隣では川が囁き、森が鳴いている。生きるというのは、たぶんこういうことだ。


「優希さん、もうちょっと食べたらどうです?」


「ん?」


 つまらないことに気を取られていた私を、花井さんの声が引きずり戻した。ふと視線を落とすと、少し茶色が染みた紙皿が寂しそうに握られている。


「僕は運動しないから。そんなに食べる余裕はないんですよ」


 今口を止めていたのはまた違う理由だが、嘘ではない。部活に明け暮れていたようなみんなと比べると、僕の胃は目立って小さかった。


「へー……じゃあ私、もうちょっと貰ってもいいですか?」


「気にしなくていいのに……。大丈夫ですよ、いっぱいあるから」


 元気で優しい……捻くれた私よりもこんな人に朝倉さんを支えてほしいと、そう思ってしまう自分がいる。それでも彼女を支えられるのが僕しかいないというのは、残酷だけれど運命とでもいうのだろうか。


「……優希さんって意外と社交性ありますよね」


 頬を膨らませた花井さんの言葉に、一瞬ドキッと心を弾ませた。思いもよらない攻撃、それと同時に違和感に刺された。


「……否定したいところですけど、どう見えてたんです?」


 社交的ではなさそう、と言われるのはダメージがあるけれど、あると言われればそれはないだろう。が、それをすぐに否定することもできなかった。


「隠キャっぽい」


「ストレートですね」


 思ったよりも歯に衣着せぬ物言いに、私は嫌悪感すら抱かず、むしろどうしようもなく面白かった。これほど自信満々に言われると、否定も肯定もしづらい。


「でもなんか、話すのを恐れてるわけでもないじゃないですか。苦手って感じもしませんし。そのくせ言葉の節々に優しさも感じるので……なんというか“たらし”?」


「……僕が?」


 斜め上を蹴り上げる結論に、思わず言葉を漏らしてしまった。けれどそれ以上に、花井さんの言葉の意味を理解しようと頭を回した。けれどどうにも、解を出すことはできなかった。


「分かる、分かるよ、凛ちゃん。なんか不器用そうで……そのくせ軸をちゃんと持ってるんだもんね」


「私はそこまで深く知りませんけど、確かにそんな感じです」


「……でしょ?」


 同調しようとして空振ってしまう朝倉さんの様子に、思わず笑ってしまった。何度考えても“たらし”なんて言われるほど魅力のある人間だとは思わないけれど、それでも今はそれでいいか、と思う。


 私の理解できない幸を誰かが受け取って、知らぬところで良さを引き出してくれる。こんな贅沢なことはない。


「ねぇ、2人も来なよ。さっきみたいに遠くで見てないでさ」


「うん……分かった」


 そう言って私の手を引く朝倉さんの体温が、少しだけ高く感じた。ほんの少し、私よりも楽しんでくれてる感じがした。


 楽しむ君の顔を見て、それだけで私が幸を受け取ってるなんて、たぶん君は理解してないだろうけど。

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