第14話 白端駅北口改札
「今度友達と遊びに行ってくる」
母さんと父さん、そして私。3人の小さな食卓に、私のその一言によって一瞬の沈黙が流れた。間違えたな、そう思ったときにはすでに手遅れだった。
「優希! あんた遊ぶような友達できたの!?」
「予想外のこともあるもんだな。まさか優希に友達が……」
「僕をなんだと思ってるんだ」
2人の言いたいことは分かる。私は友人なんてまずいなかった。少なくとも休みの日にわざわざ時間を共有するような相手は、ここ数年いなかった。それが突然、夏休みの初日に行くと言うのだから、それは困惑することだろう。
そしてそれはそれとして。こうも正面から驚かれるのは少々不服なのも事実。いや、極めて真っ当な反応だとは思うけれど、それを素直に受け止められるほど私の精神は成熟していなかった。
「文句でもあるの?」
棘のあるような言葉を、けれど棘がないと分かるような声色を選んで発した。半分が本音、半分が照れ隠し。少なくともこの話題において、どちらかに振り切れる私ではなかった。
「いや、文句はないわよ? でもびっくりしたから……ねぇ、父さん」
「そうだな。お前はさほど深い関わりは作らないと思ってたから……もちろん嬉しいがな」
私には子を持つ親の気持ちは分からない。分かるような気持ちになることはできるが、やはり私ではその隅々を理解することはできない。けれどその“嬉しい”という言葉が嘘ではないことは分かった。
「お前な聡い子だ……」
父さんはビール缶を傾けながらそれらしい口調に変わった。だいたい、良いことを言ったり変なことを語るときは酔いが回ってるものだ。
「お前の人生だ。お前の好きなようにやりゃあいい。俺達からしたらケツの浅いガキではあるが、手を貸すのはお前が困ったときだけさ」
「父さん……」
良いことを言うターンだったらしい。酔いの勢いはあるかもしれないが、それでもその言葉が私の胸から錘を持っていってくれた。
「ケツは浅いじゃなくて青いだよ。恥ずかしいから外では間違えないでね」
ここだけの話ではあるが、父さんは聡い人でななかった。
「父さんの言う通り、私達は優希の青春に首を突っ込んだりはしないわ。でも、お友達の名前くらいは聞いてもいい?」
力強い父さんの声とは反対の、優しい母さんの声が聞こえた。こんなことを言っているけれど、母さんも母さんで隙を見つけて青春に割り込もうとする未来が見える。
「同じクラスの朝倉さんと古澤くん。それから他校の花井さんっていう人」
「……学校のお便りとかに名前が載ってる子だっけ? 朝倉さんって。クラスに巻き込まれて断れなかった、とかじゃなさそうで安心したわ」
母さんは何かと記憶力が良い。正確に言えば、人の名前や顔を覚えるのが人並みよりは得意だ、と言っていた。声も顔も、親しくなければなかなか覚えない私とは対照的だった。
「なんだ優希。女の子もいるのか。大事にしろよ? そもそも高校の異性との交流っていうのはだな……」
これは見ての通り変なことを語るターンがやって来た、というわけだ。私はお皿に残っていた夕食の欠片を全て流し込み、食器を洗い、このうるさい部屋を逃げ出した。そして日課となっている日記にペンを走らせたことは、今さら語ることでもない。
◇◇◇
8時23分、白端駅北口の小さな時計塔の下。少しばかり集合時間より早い冷たさだった。
何かと余裕を持っていたかった。時間ギリギリだったり、遅刻してしまうのは居心地が悪いからだ。もっとも、予定に遅れることを咎めるつもりはない。他人が遅れようと、それには興味もないからだ。
基本は現地の駅集合、私と朝倉さんは互いに最寄りが白端ということで、一緒に向かうことにした。集合地を決めていても、たぶん電車内で顔を合わせることだろう。それでもそれまでは、私と朝倉さんの……。
「お! おーい、矢田くん。時間に厳格だね!」
「朝倉さんも、遅れなくてよかったよ」
ふと見上げると、時計の針は26分を指していた。彼女が時間を守るタイプで良かったと、私は不思議と安堵した。なぜかと問われれば難しいが、たぶんそれは、これからも存在する私との計画、それが遅刻なんてつまらないもので乱されることがないだろうと、そう確信したからだ。
もっとも、朝倉さんが遅刻したとして、それはそれでまた面白いとは思うけれど。とにかく彼女にかかる精神的な負担が重くなるようなことはなさそうだと、そう思ったからだろう。
「私服も似合うね、朝倉さんは。あんまり眩しいから見えづらかったよ」
「ははっ! どこでそんな言葉を覚えてきたの?」
確かに少し誇張したものの、何かを参考にしたわけでもないのだが……。どうやら私は“そんな言葉”は使わないタイプだと思われているようだ。
当然か。私自身も振り返ってみればあまりの違和感に胃が飛び出しそうだった。
「さぁ、行くよ。やっと朝倉さんの願いを、一つ叶えるんだ」
彼女の細い手を取って、改札を通り抜けた。やっと、始まった。長いようで短いような……そんな私達の青春が。




