第13話 夏の盛り
私は、ときどき心配だった。朝倉さんは全てを一人で抱え込んでいるんじゃないかと。全ての負担を人と分かち合うことができていないんじゃないかと。
けれど、彼女の明るい顔を見てどこか安心してしまっていたのも確かだ。言葉の節々から感じられる彼女の強さが、それらを全部踏み越えていたんだと。
そんなわけがないじゃないか。16になるかならないかの女の子が、己の命と向き合って、平気な顔をできるわけがないじゃないか。考えれば分かることを、私は考えていなかった。……いや、考えた上で、浅はかだったんだ。
「——ではテストを回収します」
教卓から聞こえた声にハッとした。あっという間に全ての試験が終わってしまった。せっかく朝倉さんに勉強を見てもらったのに申し訳ない。回収される解答用紙を目で追いながら、そんな謝罪の気持ちが迫ってくる。
チャイムの音がうるさいような、静かなような。少し精神が乱れている、そんな気がした。ただ私にできることが何かあるわけでもなし。
「だーれだっ!」
そんな私の気持ちもつゆ知らず、彼女は背後から私の視界を闇に包んだ。もっとも、この件に関して私の気持ちを彼女のものより優先しようなどとは思わないわけだが。
「あのね、僕にそんなことをするのは朝倉さんしかいないんだよ」
「あ、なんかごめんね」
「謝られると余計に悲しくなるけど」
こんなやりとりは前にもした気がする。友達がいないと、あの頃はそう思っていたけれど、今は少し、状況が違う。
「ねぇ、この後、駅の方行かない?」
「良いけど……それはまたどうして?」
「テストお疲れってことで、パフェ、食べに行こ」
きっと、彼女のこういった行動は気持ちを紛らわすためではなく、楽しむためのものなのだろう。あまり深くは考えず、今を楽しむための本心。強気、というわけではなく、喜怒哀楽、複数の感情が“本心”として存在している。
「いいね、行こう。打ち上げってところかな。……でもさ……」
「ん?」
「いや……」
ここのところ、私と彼女の距離が近いのでは、とクラスではちょっとした話題になっている。いや、話題というとまた違うけれど、7つも存在しない七不思議とされている。もちろん、それらしい反応をされたときは否定しているわけだが。
「まぁいいか。パフェって美味しいの?」
「クレープが好きなら気に入ると思うよ」
スクールバッグに教科書や筆記用具を詰め、肩に下げた。クラスの視線が少々痛いが、気にするようなことでもない。というか、気にしていてはキリがない。
「な、なぁ。マジでお前、朝倉さんとどういう関係なの?」
立ちあがろうとする私に、古澤が声をかけてきた。前は友達という距離感でもなかったが、最近は何かと会話することも増えた気がする。
「友達だよ。なんというか……まぁ友達だよ」
「いやまぁ……ぶっちゃけ恋人っていうとまた違う雰囲気だとは思うがよ……」
そんなことを言いながら頭を悩ませる古澤を置いて、私達は教室を出た。いつも通りの帰り道。試験ということもあり、普段よりは少し早い時間だ。それゆえに街の様子はどこか静かに感じた。
「じゃあ僕は……このチョコのパフェにしよっかな」
「私はフルーツパフェ!」
注文をして、席に座る。パフェが運ばれてくるまでの短な時間、私はスマートフォンでカレンダーを確認した。この夏、学校に行くのはあと一週間だ。
「もうすぐ夏休みだね。待ちに待った一ヶ月だよ!」
「そうだね。暑さには気をつけないと」
店員さんの運んでくれたパフェを受け取り、頭を一口、スプーンで口に運んだ。この暑さを抑える程度には冷たく、そして甘い。少し不安に思うのは山盛りにされていることだが……。
「最初はさ、バーベキューしようよ! ちょうど北に上ったら山があるじゃん? あそこの川で色々貸し出してくれるんだって」
「あぁ、あの……なんとかっていう大きい公園だっけ?」
「永山公園ね」
朝倉さんの訂正を元に地図アプリを開いた。電車でおよそ一時間弱、そこから歩いて10分程度のようだ。見るからに空気が澄んでいそうで、きっと心地の良い場所だろう。川も浅いようだし、危険はなさそうだ。
「いいね。借りれるなら僕達は食材だけ持っていけばいいんだ。……でもさ」
「いや、言いたいことは分かるよ、矢田くん。2人でバーベキューってね……」
私達は声を揃えてそんなことを放った。たった2人でバーベキューというのは、どこか寂しいというか、雰囲気が足りないというか。クラスで募集をすれば大量に集まるだろうが、それは私達の求めるところではない。
「3〜5人は欲しいところだよね」
「誰かいたかな……」
あ、と声が漏れた。数少ない、私と朝倉さんの共通の友人。私達の空気感を壊しはせずに、そこに混ざって楽しんでくれそうな人。
「古澤と花井さん、あの2人を誘えばいいんじゃないかな? もちろん朝倉さんが良かったらだけど」
提案をしながらチョコソースのかかったアイスクリームを一口食べる。悩んで、考えていても、口の中は常に甘かった。
「おぉ、良いじゃん! その2人誘って行こうよ!」
「ははっ。分かったよ。じゃあ2人には僕から連絡しとくね」
そして花井さんと古澤の2人にメッセージを送った。夏休みの初日は空いているか、空いていたら良かったら遊びに行かないか、と。
こんなことを聞くのは私の人生では初めてのことだったけれど、喜ばしい返事が返ってきたので良しとしよう。私はスマートフォンをポケットにしまい、再びパフェを食べ進めた。




