第7話 共闘
「赤い幻想(Red Illusion)」がもたらした深紅の霧が、路地裏に立ち込める不浄な空気を一時的に浄化していた。霧の中で苦悶する回収部隊の呻き声を背景に、ギィ・パロモは立ち尽くしていた。
彼の耳には、先ほど届いた「娘の声」がまだ残響として鳴り響いている。
人形と化した肉体、宗派によって弄ばれた魂。かつての愛くるしい娘の姿はどこにもない。しかし、その無機質な美しさの深淵に、自分を案じ、自由を渇望する「カリーナ」の意志が確かに息づいていることを、彼は魂で理解した。
「……探していたのは、面影じゃなかったんだな」
ギィは震える足で歩み寄り、地面に突き立てられたままの「バラ棘の短剣」を引き抜いた。その切っ先は、再び宗派の呪縛によって無表情へと戻りつつある「紅蓮の踊り手」に向けられる。だが、その瞳に宿るのは敵意ではなく、揺るぎない父としての愛だった。
ギィは短剣を自分の掌へと当て、迷いなく引いた。
滲み出した鮮血は、彼がかつて貴族として守ってきた地位も、財産も、すべてを失った男の最後の一滴だった。彼はその血に濡れた掌を、踊り手の冷たい鉄製の手甲へと強く押し当てた。
「もう、探す必要はない。なぜなら、……今、ここにいるのだから」
血が手甲の意匠を伝い、紅蓮のドレスへと染み込んでいく。
「『紅蓮の踊り手』という人形であろうと、私の娘カリーナであろうと構わない。父としての誓いを、この血に刻む。お前たちが本当の自由を手にするその日まで、私は決して裏切らない。この命が尽きるまで、繋ぐすべての呪縛を断ち切るために戦おう」
その誓いは、一方的な救済ではなく、異形の存在となった娘への「忠誠」だった。
その瞬間、踊り手の体内で奇跡が起きた。父の血と強い意志が媒体となり、彼女の精神に宿るカリーナの意識に解放の兆しが訪れる。衣服に編み込まれた「シャドウシルク」の糸が、主を失ったかのように一瞬弛緩し、宗派の命令系統とカリーナの自由意志が拮抗する、新たな均衡が生まれたのだ。
「紅蓮の踊り手」の口元が、わずかに、だが確かに慈愛に満ちた形に綻んだ。
彼女は力強くギィの背中を押し、短く、峻烈な口調で命じた。
「行け。……すぐに宗派の強制介入が始まる。この身体も、また彼らの傀儡に戻るでしょう」
その声は、冷徹な戦闘機械のものと、愛娘カリーナの鈴を転がすような響きが重なり合っていた。
「私とカリーナは、ここからガイウスの復讐を助け、宗派の計算を内側から狂わせる。……生きて、また会いましょう。あの薔薇の咲く庭で」
ギィは溢れそうになる涙を拭い、力強く頷いた。彼はもう、逃げるだけの弱者ではない。
「必ずだ。ガイウスと、そしてあのジオンとかいう若造と合流し、必ず迎えに来る!」
ギィは闇の路地へと駆け出した。彼の背後で、「紅蓮の踊り手」は追跡を欺くため、あえて宗派の拠点である〈歓楽の霧〉の劇場へと戻る道を選んだ。
彼女が歩くたび、足元には血と霧の混ざった不気味な花弁が散る。それは宗派にとっての終焉の予兆。人形の枷と娘の意志、二つの力を宿した「彼女」の反逆が、今、静かに幕を開けた。




