第6話 再会
「紅蓮の踊り手」が放った「赤い幻想」の余波は、この劇場裏にも届いていた。立ち込める深紅の霧が、倒れ伏した宗派の先遣隊を飲み込んでいる。ガイウスは、返り血を浴びた剣を鋭く振り、鞘に収めることなく周囲の闇を睨みつけた。
彼の指先は、戦いによる高揚ではなく、拭いきれない焦燥で微かに震えていた。ギィ・パロモに託した彼女は無事か。宗派の追手はどこまで迫っているのか。
その時、闇の奥から、乾いた靴音が響いた。
石畳を叩くその音は、追跡者の無機質な歩みとは異なる、どこか優雅で、自信に満ちたリズム。
「おいおい、お兄様? 水臭いじゃないか。何も言わずに消えてしまうなんて、弟としては少し傷つくなぁ」
声と共に現れたのは、月光を反射する銀の装飾が施された、王国奇兵隊の制服を纏った青年だった。
ジオン・ツベルケニヒ。かつて離れ離れになったガイウスの義弟であり、今や王国の秩序を守る精鋭部隊の長。その整った顔立ちには、兄への再会を喜ぶ無邪気さと、裏切られた者特有の鋭い憎しみが混在していた。
「……それで俺の周りをこそこそと嗅ぎ回っていたのか。相変わらず、趣味が悪いな。ジオン・ツベルケニヒ」
ガイウスは剣を構え直した。その瞳に宿るのは拒絶だ。
父を殺され、貴族の地位を奪われ、濡れ衣を着せられたあの日。ガイウスは弟を救うために彼を突き放した。今は無実が証明され、薔薇ワインの店主として平穏を装っているが、心の中では今も「弟を捨てた兄」という罪悪感に苛まれている。
「一度だけ言おう。これはただの復讐だ。君のような『光』の中にいる人間が関わる必要はない」
「手厳しいなぁ。でも残念、もう手遅れだよ」
ジオンは楽しげに肩をすくめた。
「お兄様がこっそりワインを調合している間に、王国の中枢に手を回させてもらった。宗派の動きを封じるための勅令をね。一歩先をとれる日が来るなんて……ふふ、愉快だ」
ガイウスは目を見開いた。ジオンが、この事件の背後に潜む「邪悪な宗派」の正体を既に掴み、さらに奇兵隊という国家権力を使って動き出していることに驚愕したのだ。
「なっ……なんてことを! 奴らを甘く見るな、ジオン! 巻き込まれれば君の命も……」
「っ、しかたない…………いいだろう。お前のそのしぶとさには負けた」
ガイウスは深くため息をつき、ようやく剣を収めた。
「彼女……いや、『彼女たち』のこともある。これ以上、勝手に敵陣に突っ込んでいったら、今度こそ怒るからな」
ジオンの口角が、さらに深く上がった。
「わかりましたよっと。さあ、作戦会議といきましょう。お兄様の『最高級のワイン』を台無しにする連中を、どう料理するか。……さて、敵はいかほどか?」
ジオンの問いに、ガイウスの表情からワイン商の柔和さが消え、かつての冷徹な貴族、そして復讐者の顔が戻る。
「……宗派の本体はまだ動いていない。今の回収部隊を撃退すれば、奴らは一度潜るだろう。だが、奴らの狙いは明確だ。標本73と、その内部にある『娘』。そして、俺が利用しようとした……ギィ・パロモ」
二人の視線の先には、帝都を包む深い闇が広がっていた。個人的な復讐は今、王国を揺るがす巨大な宗教戦争へと姿を変えようとしていた。




