エピローグ:蒼銀の盾
帝都地下の儀式場は、装置の崩壊と共にその役割を終えようとしていた。瓦礫が崩れる重い音と、噴き出した蒸気が冷たい水脈の湿気と混ざり合い、視界を白く塗り潰していく。
ガイウスとジオンは、疲弊した身体を互いに支え合いながら、救い出したギィとカリーナを促して、崩落し続ける迷宮からの脱出を急いでいた。
出口へと続く長い回廊。そこには帝都の衛兵でも、宗派の残党でもない、異質な「静寂」を纏った影が立っていた。
立ち込める霧を割って現れたのは、月光を吸い込んだかのような蒼銀の甲冑を纏った一人の騎士だった。
その姿は、絢爛豪華さを競う帝都の装飾とは一線を画している。鎧の表面には長年の修練で刻まれた細かな傷があり、それがかえって、使い込まれた道具だけが持つ「本物の美」を放っていた。
高等契誓騎士、シトリン。
ジオンが密かに通信を飛ばし、この絶望的な局面の「出口」として招いた、隣国「岩顔料の国」の使者である。
シトリンの胸元、蒼銀のアミュレットには、鮮やかな黄色の結晶が嵌め込まれていた。その結晶が放つ柔らかな光は、単なる照明ではない。
それは、カリーナの白い肌に痛々しく残る「泥の呪い」の痕跡——かつて人形であった証である青白い血管のような紋様を、優しく、肯定するように照らし出した。
シトリンはかつて、感情を削ぎ落とされた人形のような日々を送っていたという。だが、今、彼がガイウスとジオン、そして寄り添う親子に向ける眼差しには、まるで岩壁に咲く花のような、慎ましくも豊かな色彩が宿っていた。
騎士は、まず主導権を握ったジオンとガイウスに対し、深々と、鎧の音を響かせて頭を下げた。
「……王国奇兵隊長ジオン殿。そして、復讐の果てに真実を掴み取ったガイウス殿。救援の要請、確かに受け取りました」
シトリンの声は、地下水脈の喧騒を鎮めるような、落ち着いた響きを持っていた。彼はゆっくりと、まだ戸惑いの中にいるカリーナとギィの前へと進み出る。
「かつて仕えるはずだった主は、既に天へと還りました。主を失った、不完全な存在です。……ですが、我が国の信条である『不完全なままの命の美しさ』を守るという使命だけは、今もこの胸に刻まれています」
シトリンは静かに剣を抜き、その切っ先を地面へと向け、カリーナの前に跪いた。それは、王に捧げる忠誠よりも重く、慈しみに満ちた儀式だった。
「宗派は『完璧な治療』を謳い、貴女を改造した。ですが、原石は磨きすぎれば塵となる。不完全に欠け、汚れを抱えながらも、自らの意志で涙を流す貴女こそが、この世界でも守るべき輝きだ。……人形から解放された、不完全なる人間、カリーナ殿」
カリーナは、父の腕の中で、その騎士の言葉を一つ一つ噛み締めるように見つめていた。人形だった頃の無機質な演算ではなく、心が震えることによる「理解」が、彼女を包み込んでいく。
「高等契誓騎士シトリンとして、これより貴女たちの旅に仕えることを誓います。世界を『治す』という名目で個を塗り潰す宗派の歪んだ思想を退け、『不完全な人間』として生きる貴女たちの自由を、この蒼銀の盾にかけて守り抜きましょう」
地上からは、ジオンが手配した陽動部隊による爆発音が遠く響いている。帝都という巨大な檻が壊れ、新しい時代の風が地下にまで吹き込んできた。
ガイウスは、弟ジオンと視線を交わした。復讐は終わったわけではない。むしろ、世界の「バグ」と、それを巡る過激な救済との戦いは、ここからが本番だ。
だが、自分たちの隣には、かつて孤独だった「店主」や「人形」ではなく、志を同じくする仲間と、守るべき「命」がある。
「行こう。……霧の向こう、岩顔料の国へ」
ガイウスの言葉を合図に、一行はシトリンに導かれ、闇の中から光の差す出口へと歩み出した。
それは、不完全な生命たちが、自分たちの「正解」を探すための、長く険しい、けれど自由な旅の序章であった。




