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MyGround―不完全な生命の詩  作者: 螺結
第一部 高貴なる故郷よ
12/13

第12話 不完全な光①

帝都の職人街——重工業の蒸気と、鉄を叩く乾いた音が止むことのないこの場所は、今のギィ・パロモにとって唯一、息を潜められる巨大な歯車の中だった。


細い路地に立ち込める煤煙と、油の混じった雨の匂い。ギィは煤けた外套の襟を立て、背負った大型の工具鞄が壁に当たらないよう細心の注意を払いながら、影から影へと移動していた。背後では、宗派の息がかかった自警団の足音が、規則正しいリズムで石畳を叩いている。


(奴らは『正確さ』を履き違えている。生命を規則で縛るなど、時計の針を止めて時を計るようなものだ……)


身を隠した廃倉庫の影で、荒い息を整えながら自嘲気味に呟いた。


ギィ・パロモの本業は、国でも指折りの機械技師である。彼の店にはかつて、動かなくなった複雑な自動人形オートマタや、王族が愛用するような精密な天文時計が、救いを求めるように運び込まれてきた。彼の指先は、絡まった歯車を解き、摩耗したバネに再び命を吹き込む「魔術師の指」と呼ばれていた。


だが、そんな彼にも直せなかったものがある。行方不明になった愛娘、カリーナの喪失によって空いた、彼自身の心の欠落だ。


娘を失った直後の数年間、彼は狂ったように工房に籠もり、一体の少女型オートマタを製作し続けた。外見はカリーナそのもの。肌の質感から、微かな呼吸の音まで再現した最高傑作。しかし、それが完成した夜、ギィはそれを自らの手で解体した。


(……不完全さが、足りなかったんだ)


機械は、設計通りに動く。計算された通りに微笑み、プログラムされた通りに言葉を発する。だが、娘は違った。不意に泣き出し、理不尽に怒り、予想もつかない失敗をしては、照れくさそうに笑った。その「人間としての不完全な揺らぎ」こそが命の正体であると、彼はその時、絶望と共に理解したのだ。


だが、今——。

ギィの脳裏には、先ほど「赤い幻想」を解き放ち、自分に逃げろと命じた「紅蓮の踊り手」の姿が焼き付いている。


宗派は彼女を「標本」と呼び、完璧な道具へと改造した。しかし、彼女が短剣を地面に突き立てたあの瞬間、確かに見せた「迷い」と「決意」の混濁。あれこそが、彼がかつてオートマタで再現できなかった、あの尊い不完全さそのものではなかったか。


「……待っていろ、カリーナ。今、パパは最高の技師に戻るぞ」


ギィは移動しながら、脳内の「設計図」を更新し続ける。彼は逃走の最中、回収部隊が落とした術具の破片や、彼女の体から剥がれ落ちたシャドウシルクの断片を密かに回収していた。


職人街の端にある、かつての知人の廃工房に滑り込むと、彼は即座に手近な作業台を片付け、回収した素材を並べた。彼の瞳はもう、怯えた父親のものではない。問題を解決すべきエンジニアの、冷徹で熱い光を宿している。


「宗派の魔法システムは、ある種のバイオ・フィードバック回路だ。シャドウシルクが神経系をジャックし、外部サーバー(術師)からの命令を最優先に処理させている。だが……」


ギィは、ガイウスから渡された「ペタル・ワイン」の成分データと、自身が解析した「泥」のエネルギー特性を照らし合わせる。

「カリーナの意識がシステム内部から干渉できているなら、物理的な『遮断カットオフ』ではなく、回路の『並列化パラレル』が可能だ。人形としての圧倒的な出力はそのままに、意思決定権だけを彼女の魂へバイパスさせる。……私にしかできない、魂の配線だ」


彼の手が、精密なハンダ付けのように、魔導回路を組み替えていく。


かつては「命」を再現しようとして失敗した。だが、今は「人形」にされてしまった命を、再び「人間」という不確定な存在へ引き戻そうとしている。


これは、一人の父親としての執念であり、一人の技術者としての意地だった。


「道具」として磨き上げられた彼女の肉体を、再び「娘」という不完全な生命へと戻すための、命懸けのオーバーホール。


ギィ・パロモは、暗い工房の中で、最後のネジを締めるように強く拳を握りしめた。

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