第1話 紅の舞踏
これは、記録のはじまり。
夜の帳が下りた帝都の一角、〈歓楽の霧〉と呼ばれる場末の劇場。その舞台は、普段は荒んだ傭兵や疲れた商人たちの薄汚い社交場だったが、今宵ばかりは、奇妙な静寂に包まれていた。
舞台中央に立つのは、標本73:紅蓮の踊り手。
彼女の肌は青白く、顔の半分を覆うシルクハットには鮮血のようなバラが咲き誇る。肉体はシャドウシルクの糸に縫い込まれた、ほとんど人形のような非人間的な美しさだった。
「今宵は、古きヴェールをかけられた王国の伝承を、皆様にご披露いたしましょう」
低い声が劇場に響き渡ると同時に、踊り手は動いた。
彼女の足が床を滑るたび、舞台上には血のように赤い霧が立ち込め、観客の視界を侵食していく。これは彼女の能力「紅蓮の幻想」が引き起こす、視覚を歪ませる幻影だった。
突然、観客席の一人が悲鳴を上げた。彼は、舞台の光景が、かつて彼が犯した罪の光景に置き換わっているのを見ていたのだ。錯乱した彼が剣を抜こうとした瞬間—
カキンッ!
踊り手の細い指が、腰に隠されたバラ棘の短剣の柄を叩いた。それは儀式の供物を捧げるための刃であり、人の心を切り裂く刃でもあった。
短剣が鞘走る間に、踊り手はすでに錯乱した男の背後に立っていた。彼女の舞踏「ウィスパー・ダンス」は、音もなく、影の網が張り巡らされたこの劇場で、誰も止められない。
「邪悪な宗派の目標」として回収された彼女の肉体は、「永続する尼僧の教え」と「タウストリー」の呪われた力を宿している。
彼女は、罪の幻影に囚われ動けない男の耳元で、甘く囁いた。それは男が過去に聞き逃した、あるいは聞くことを拒否した「判決」の言葉だった。
そして、煌めく赤い短剣が、彼の胸の急所ではなく、頭部に一閃された。血ではなく、黒い霧が噴き出す。
紅蓮の踊り手は舞いを止めない。この劇場で、彼女の「影の操作網」から逃れられる観客はいない。
彼女の真の目的は、この帝都の裏側で暗躍する「邪悪な宗派」の命じるまま、「ホリントの目覚め」を引き起こすための、生きた供物を集めることだった。
ここまで辿り着いてくださり、ありがとうございます。
この物語は、不完全なものを抱えたまま歩く人たちの記録です。
よければ、少しのあいだ隣にいてください。




