第8話 街道の整備状況:物流の血管
村を追放されてから、三日が過ぎた。
その間、オレたちが歩んできた道のりは、決してピクニックと呼べるようなものではなかった。
一日目。森の浅瀬で巨大蛙に遭遇。
リーズが「ぬるぬるしますぅ!」と悲鳴を上げながらも【火弾】で焼き、オレがトドメを刺した。夕食はカエルの足の丸焼き。リーズは涙目で食べていたが、「意外と鶏肉みたいで……悔しいけど美味しいです」と完食した。CON(耐久力)が成長している証拠だ。
二日目。ゴブリンの斥候部隊(3匹)と接触。
もはや敵ではない。リーズの魔法で威嚇し、混乱したところをオレが槍で串刺しにした。作業のような戦闘。経験値(XP)も微々たるものだ。
そして、三日目の夕暮れ。
オレたちの目の前には、森の木々が切り開かれ、整然と石が敷き詰められた「街道」が広がっていた。
「……すごい。石畳です、トールさん!」
リーズが弾んだ声を上げ、泥だらけのブーツで石の上を跳ねた。
彼女の麻の服はボロボロで、銀髪にも小枝が絡まっている。だが、その表情は明るい。終わりなき泥濘との戦いが終わったことへの、純粋な安堵だろう。
「これで、もう足が沈まなくて済みますね! 歩きやすいです!」
「ああ。巡航速度を3割は上げられるな」
オレはしゃがみ込み、石畳の表面を指でなぞった。
平らな切石がきっちりと噛み合わされ、表面は中央がわずかに盛り上がっている。雨水を両脇の側溝へ流すための排水設計。
古代ローマ式に近い、堅牢なインフラだ。
「トールさん? 地面を見て、何がそんなに面白いんですか?」
リーズが不思議そうに小首を傾げる。
夕日が彼女の背後から差し込み、汚れた銀髪を黄金色に縁取っていた。
その仕草。逆光の中に立つシルエット。
一瞬、薄汚れた難民のような少女が、深窓の令嬢に見間違うほどの「品格」を帯びて見えた。
(……魅力(CHA)18か。伊達じゃないな)
オレは内心で舌を巻いた。
魅力とは、単に顔が良いというだけの数値ではない。存在感、立ち振る舞い、そして他者を惹きつける重力のようなものだ。
泥にまみれても損なわれないその輝きは、この先、強力な武器になると同時に、厄介なトラブルを引き寄せる磁石にもなるだろう。
「面白いんじゃない。感心しているんだ」
オレは立ち上がり、靴底で石畳を踏み鳴らした。
カツン、という硬質な音が響く。
「道を見れば、その国の『国力』と『危機感』が分かる」
「こくりょく……?」
「ああ。これだけの石を切り出し、運び、敷き詰め、維持管理するには莫大な金がかかる。それでも国がここを整備するのは、ここが『血管』だからだ」
オレは街道の先、遥か遠くに見える山の稜線を指差した。
「物資を運ぶ。兵士を運ぶ。情報を運ぶ。……この流れが止まれば、都市は壊死する。だから、冒険者が街道の魔物を間引く仕事には金が払われるんだ」
「なるほど……。私たちは、血管のお掃除屋さんなんですね」
「そうだ。そして今は、この血管を通って心臓部(都市)へ向かう『ウィルス(異物)』といったところか」
オレたちは街道を歩き出した。
舗装路の恩恵は絶大だ。泥に足を取られないだけで、筋肉への負担(疲労コスト)が激減する。
DEX16のオレはもちろん、体力の低いリーズでも、息を切らさずに付いてこられる。
しばらく進むと、背後から重い振動音が近づいてきた。
馬の蹄の音と、車輪が石畳を転がる音だ。
「あ、馬車です! トールさん、乗せてもらえませんか?」
リーズが期待に満ちた目で振り返る。
荷台に幌をかけた商人の馬車だ。御者台には、中年の男が座っている。
「……試してみるか。確率は低いがな」
オレたちは道の端に寄り、手を挙げて意思表示をした。
馬車が近づいてくる。速度は緩まない。
御者の男と目が合った。
男の視線が、オレの背負った槍と、血で汚れた服を舐めるように確認する。
次に、隣にいるリーズへと視線が移った。
男の目が、一瞬だけ大きく見開かれる。
リーズの容姿に気づいたのだ。欲望とも、値踏みとも取れる粘着質な視線が、彼女の白い肌と整った顔立ちに張り付く。
だが、すぐに男はオレの方へ視線を戻し――露骨に顔をしかめた。
ヒュッ!!
男は手綱を強く振り、馬に鞭を入れた。
馬車が加速する。
オレたちの横を、土煙を上げながら猛スピードで駆け抜けていく。
「どけッ! 貧乏人が!!」
罵声と共に、唾が吐き捨てられた。
「けほっ、けほっ……」
砂埃に咽せながら、リーズが悲しげに眉を下げる。
「……行って、しまいましたね。やっぱり、私たち汚いから……」
「汚いからじゃない。『リスク』だからだ」
オレは遠ざかる馬車を冷めた目で見送った。
ここは日本ではない。見知らぬヒッチハイカーを乗せる善意など存在しない。
ボロボロの男と美少女。
どう見ても「強盗の囮」か、あるいは「厄介ごとの種」にしか見えないだろう。
「それに、あの男の目を見たか? お前を値踏みしていたぞ」
「えっ? 私を……ですか?」
「ああ。もしオレがいなければ、乗せてくれたかもしれん。……ただし、行き先は都市ではなく、奴隷商人のテントだっただろうがな」
「ひぃっ……!?」
リーズが青ざめて、オレの腕にギュッとしがみつく。
その柔らかい感触と、微かに香る汗と土の匂い。
オレは彼女の頭を軽く叩いた。
「安心しろ。お前はオレの重要な『資産』だ。安売りはしないし、奪わせもしない」
「……はいっ! トールさんの所有物として、精進します!」
「……言い方には気をつけろ」
オレは苦笑しつつ、再び歩を進めた。
日が傾き、空が茜色から群青色へと変わる頃。
街道の彼方に、巨大な「人工の山」が姿を現した。
城塞都市バルグ。
高さ10メートルはあろうかという灰色の城壁が、山の斜面を利用して扇状に広がっている。
その威容は、辺境の村の丸太柵とは次元が違う。
本物の「要塞」だ。
そして、夜の帳が下りると同時に、その都市は変貌した。
パッ、パパパパッ……。
城壁の上、そして街路に沿って、無数の光が灯ったのだ。
松明の揺らめく赤い光ではない。
青白く、一定の光量で輝く、冷たく美しい人工の光。
「――――わぁ……ッ!」
リーズが足を止めた。
その宝石のような青い瞳に、無数の光が反射してキラキラと輝く。
彼女は口元を両手で覆い、感嘆のため息を漏らした。
「綺麗……! まるで、星空が地上に落ちてきたみたいです……!」
彼女の感動は本物だった。
生まれ育った村には、夜の光など焚き火しかなかったはずだ。
文明の光。
それは、闇に怯えて暮らしてきた彼女にとって、救済の輝きに見えたのかもしれない。
だが、オレの『メタ・ナレッジ』が弾き出したのは、ロマンとは程遠い現実だった。
「【魔導街灯】か」
オレは冷静に解析する。
原理はリーズの【ライト】と同じだろうが、あれを都市全域で維持するには、莫大な魔石リソースか、あるいは都市全体を巡る魔力供給ライン(レイライン)が必要になる。
「……電気代(維持費)が恐ろしいな。一晩で金貨何枚分だ?」
「もう、トールさんったら! ロマンがないです!」
リーズがぷぅと頬を膨らませる。
その表情は、出会った頃の「死んだ目」とは別人のように生き生きとしていた。
オレの前では「道具」であろうとしながらも、年相応の少女としての感情を見せる余裕が出てきたようだ。
良い傾向だ。精神の安定(SAN値の維持)は、魔力制御の安定に直結する。
「お前も、いずれあれくらい輝けるさ。……物理的にな」
「物理的に!? も、燃やすのは敵だけにしてくださいね?」
軽口を叩きながら、オレたちは最後の直線を急いだ。
城壁が近づくにつれ、人々の喧騒と、様々な匂いが風に乗って漂ってくる。
香辛料、焼ける肉、鉄、そして大勢の人間の熱気。
そこは、村の「死なないための生活」とは違う。
「生きるための闘争」と「欲望」が渦巻く、巨大な経済圏だった。
「行くぞ、リーズ。……門が閉まる時間だ」
「はいっ、トールさん!」
オレたちは、光の渦へと続く巨大な門の前に立った。
所持金、銅貨50枚。
これが、この都市でオレたちが生き残るための、最初の軍資金だ。




