第7話 死の世界の洗礼:闇の行軍と追跡者の嗅覚③
静寂が戻った森で、オレはナイフについた血を振るい落とした。
《経験値(XP)閾値に到達しました》
《レベルアップが可能です:Lv1 → Lv2》
視界の端で、待ち望んでいたシステムログが点滅している。
だが、まずは現状復帰リカバリーが先だ。
オレは手早くオークの死体を探り、腰にあった皮袋と、投げ出されていた投擲槍ジャベリンを回収した。
野犬の死体も、比較的損傷の少ない一匹を選んで担ぎ上げる。
食料であり、素材だ。この世界で捨てていいリソースなど一つもない。
「……トールさん、大丈夫ですか? 肩、血が……」
リーズが駆け寄ってくる。
彼女の顔色は悪い。魔力枯渇(ガス欠)による疲労だ。だが、その瞳にはオレへの心配と、強敵を倒したという興奮が入り混じっていた。
「問題ない。【底力】でバイタルは安定している」
オレは短く答え、闇の中を見据えた。
「だが、血の匂いが強すぎる。風上へ移動して休むぞ」
30分後。
オレたちは岩場が入り組んだ窪地を見つけ、そこを今夜の仮宿と定めた。
背後は岩壁、左右は巨岩。風上であり、他の獣に嗅ぎつけられるリスクも低い。
オレは担いできた野犬を手早く解体し、火打ち石で小さな火をおこして肉を炙った。
調味料はないが、したたる脂が炭火で弾ける音は、空腹の胃袋を刺激するには十分だった。
「ほら、食え」
焼きあがった肉をリーズに渡す。
彼女は少し躊躇ったが、一口食べると、ハフハフと熱さを逃がしながら飲み込んだ。
「……ん、意外と……食べられます」
「獣臭いが、栄養価は高い。明日のために詰め込んでおけ」
オレも自分の分を口に運ぶ。
硬い肉を噛み砕き、胃袋へ送り込む。消化器官が活発に動き出し、失われたエネルギーが充填されていくのを感じる。
食事を終え、人心地ついたところで、オレは改めて虚空のウィンドウを開いた。
【レベルアップ:承認(Yes) / 保留(No)】
オレは迷わず【承認】をタップした。
瞬間。
オレが身構えていたような「劇的な変化」や「苦痛」は訪れなかった。
代わりに訪れたのは、極上の「充足感」だった。
ドクン、と心臓が力強く脈打つ。
身体の奥底から、温かい光のような熱量が湧き上がってくる。
それは血管を通って全身を巡り、疲弊した細胞の一つ一つを優しく、しかし劇的な速度で活性化させていく。
左肩の槍傷が熱を持ち、痒みと共に瞬く間に塞がっていく。
筋肉の繊維が密度を増し、骨格が最適化され、視界の解像度が一段階上がったような感覚。
《システム:レベルアップ処理完了》
《HP完全回復》
《基礎ステータス上昇:適用完了》
「……ほう」
オレは自分の掌てのひらを握りしめた。
軽い。
先ほどまでの疲労が嘘のように消え失せ、全身に力がみなぎっている。
STR18という数値は変わらないはずだが、それを扱うための肉体の「器」が拡張された感覚だ。
【ステータス更新:ファイター Lv2】
HP:14 → 24 (+10)
新規スキル:【怒涛のアクション】
効果:限界突破。一時的に肉体のリミッターを解除し、1ターンに通常のアクションに加えて、もう一度アクションを行える。
「HP24……」
一般人のHPが4。熟練の兵士でも10程度。
レベル2にして、オレは常人の6倍近いタフネスを手に入れたことになる。
そして、傷も完全に癒えている。
どうやらこの世界のレベルアップは、肉体的な負荷を強いるものではなく、純粋な「恩恵バフ」として機能するらしい。
「……悪くないシステムだ」
オレはニヤリと笑った。
強くなることに代償がいらないなら、いくらでも貪欲になれる。
狩れば狩るほど、オレは強くなる。単純にして明快なルールだ。
ふと見ると、隣のリーズも不思議そうに自分の手を見つめていた。
彼女の体からも、淡い光の粒子が立ち上っている。
「あれ……? なんだか、体が軽いです」
リーズが驚いたように瞬きをした。
さきほどまで顔色が悪かったのが嘘のように、肌に赤みが戻り、瞳には力が宿っている。
「魔力も……空っぽだったのに、溢れてきます」
「お前も上がったようだな」
オレは『メタ・ナレッジ』で彼女の状態を確認する。
【ステータス更新:ソーサラー Lv2】
HP:6 → 10
MP:全回復
新規:魔力点の解放
パーティを組んでいる以上、経験値は分配される仕様らしい。
HP10。これで即死のリスクは減った。何より、魔力が全回復したのは大きい。
「トールさん、すごいです! 私、前より元気になっちゃいました!」
「傷は、もういいんですか?」
オレは左腕を回してみせた。痛みも違和感もない。
「ああ。完治した。心配するな。オレたちはそう簡単に死なないし、壊れない」
オレの言葉に、リーズは安堵の息を吐き、へにゃりと笑った。
「よかった……本当によかったです……」
彼女の目尻に浮かんでいた涙が、焚き火の光を受けてキラリと光る。
オレは無造作に彼女の頭に手を置き、ガシガシと撫でた。
「寝ろ。明日は早朝から移動するぞ」
「……はいっ!」
リーズはオレの隣で丸くなり、すぐに寝息を立て始めた。
オレは焚き火に薪をくべ、新しく手に入れた力(怒涛のアクション)の使い方を脳内でシミュレーションしながら、夜空を見上げた。
木々の隙間から見える星が、昨日よりも鮮明に見える気がした。
***
翌朝。
森の空気は澄んでいた。
オレの体調は万全パーフェクト以上だ。HP24の肉体は、今まで感じていた微かな森の寒ささえも、心地よい涼風に変えていた。
「行くぞ、リーズ」
「はい!」
オレたちは再び歩き出した。
目指すは「城塞都市バルグ」。
街道へ出ると、石畳の轍わだちが見えた。
文明のラインだ。
オレたちはその線に沿って、速度を上げた。
オークに襲われた恐怖の夜は終わり、冒険者としての第一歩が、ここから本格的に始まる。
(待っていろ、バルグ。……稼がせてもらうぞ)
手に入れた槍を背負い、オレは確信と共に踏み出した。
この世界は、攻略可能なゲーム(モノ)だ。
そしてオレは、その最強のプレイヤーになる。
【管理者ステータス】
名前: トール
レベル: Lv.2
クラス: ファイター
HP: 24 / 24
装備:
メイン: 投擲槍(オークから回収)
防具: なし
装飾: なし
能力値:
STR:18 / DEX:16 / CON:18 / INT:10 / WIS:12 / CHA:8
経験値 (XP):
現在: 0 (次Lvまで 300)
所持スキル:
底力、受動知覚、次元を超えた知識、怒涛のアクション
【パーティメンバー】
■リーズ (Lv.2 / ソーサラー(竜の血脈))
HP: 10/10
装備: 白木の杖
状態: 健康




