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アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


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第4話 魔女と契約:不適合な器(ハードウェア)の診断②

翌朝。


目を覚ますと、視界の真正面に「青い瞳」があった。


「……おはようございます、トールさん」


至近距離。鼻先数センチの距離で、リーズが正座をしてオレの寝顔を覗き込んでいた。 その顔色は、昨夜に比べれば劇的に改善している。 オークの肉という高タンパク・高脂質の劇薬が、彼女の枯渇していた生命力を強制的に底上げしたようだ。肌には血色が戻り、カサカサだった唇にも潤いがある。


【状態確認:リーズ】 HP:6 / 8 (回復傾向) MP:充填率 120% (Over Flow) 状態:忠誠(High)、依存(High)


「……近いな」


オレが体を起こすと、彼女は慌てて距離を取り、ペコリと頭を下げた。


「す、すみません! トールさんがぐっすり眠っていたので……呼吸が止まってないか、心配で……」


「死んでいない。ただの休眠スリープモードだ」


オレはあくびを噛み殺しながら立ち上がった。 納屋の板隙間から朝日が差し込んでいる。体感時間は朝の6時前後。健康的な目覚めだ。 オレは昨夜の残りのオーク肉――冷えて脂が白く固まっている――を手に取り、ナイフで削いで口に入れた。 冷たい脂の塊は蝋ろうを食べているようだが、カロリーに変わりはない。


「食ったら出るぞ。……実地試験フィールドテストだ」


「しけん……ですか?」


「ああ。お前の腹の中にある『爆弾』の安全装置セーフティが機能するかどうか、確認する必要がある」


オレはリーズを促し、納屋の外へ出た。 朝日が眩しい。 村人たちは既に畑仕事に出ていたが、オレたちの姿を見た途端、手を止めて露骨に距離を取った。鍬くわを握る手が震えている者もいる。 昨夜の「オークの肉強奪事件」は、彼らにとって決定的な恐怖を植え付けたようだ。


オレは無視して、村の外れにある放棄された石壁の方へと歩いた。 かつて防壁の一部だったのだろうか。高さ2メートル、厚さ1メートルほどの石積みが、風雨に晒されて残っている。


「あれを『敵』だと想定しろ」


距離30メートル。 オレはリーズの肩を掴み、位置を固定させた。


「全力で撃て」


「ぜ、全力……ですか?」


リーズが不安げにオレを見上げる。 彼女の手には、オレが昨日適当に拾って削った「樫の木の杖」が握られている。


「私の全力……本当に、すごいですけど……大丈夫ですか? トールさんに当たったり……」


射線ライン管理はオレがする。お前はただ、体の中に溜まっているその気持ち悪い熱を、あの石に向かって吐き出せばいい」


オレは『メタ・ナレッジ』で彼女の体内魔力をスキャンする。 血管のように張り巡らされた回路の中を、制御不能なエネルギーが奔流となって暴れ回っている。 蛇口が壊れた水道管だ。 チマチマ出そうとすれば、圧力で管自体(彼女の身体)が破裂する。


「イメージしろ。魔法を使おうとするな」


オレは彼女の耳元で囁いた。 論理ではなく、感覚に訴える。


「お前をいじめた村人、死んだ両親、寒さ、飢え、恐怖。……腹の中に溜まったヘドロのような感情を、あの石に叩きつけろ。嘔吐ゲロするように吐き出せ」


リーズの肩が震えた。 握りしめた杖がミシミシと音を立てる。


「……消えちゃえ」


小さな呟き。 次の瞬間、彼女の周囲の空気が歪んだ。 バチバチッ!! 青白いスパークが弾け、銀髪が重力に逆らってふわりと浮き上がる。


《魔力充填率:上昇中……150%……200%……》 《警告:出力過剰(Critical)》


オレの視界にある数値が危険域レッドゾーンに突入する。 魔法の詠唱スペルなどない。 彼女はただ、そこにある破壊の衝動を形にするだけだ。


「消えちゃえ……ッ!!」


リーズが杖を振り抜いた。 瞬間、視界が赤熱した。


ドォォォォォォンッ!!


矢のような魔法弾マジック・ミサイルを予想していたオレの計算は、良い意味で裏切られた。 放たれたのは「炎の塊」ではない。「指向性爆風」そのものだった。 紅蓮の奔流が一直線に石壁へと殺到し、着弾と同時に凄まじい爆発音を轟かせた。


熱波が頬を焼く。 衝撃波が地面を揺らし、泥水を跳ね上げる。 遠くで見ていた村人たちが、「ヒィィッ!」と悲鳴を上げて腰を抜かすのが見えた。


砂煙が晴れた後、そこには何もなかった。 石壁は跡形もなく蒸発し、地面には直径5メートルほどのクレーターが穿たれ、土がガラス化して赤熱している。 さらに、その背後にあった森の木々が数本、根元からへし折れて炭化していた。


《ダメージ計測:推定 50 ダメージ(火炎属性)》 《評価:オーバーキル(過剰殺戮)》


(……なんて火力だ)


オレは口元を引きつらせた。 レベル1のソーサラーが出していい火力ではない。 おそらく「竜の血脈ソーサラー・オリジン」によるダメージ補正と、感情爆発によるリミッター解除が重なった結果だ。 燃費は最悪だろう。だが、一撃で戦況をひっくり返すジョーカーになり得る。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


リーズが膝から崩れ落ちそうになるのを、オレは片手で支えた。 彼女の顔は蒼白で、魔力切れ(ガス欠)特有の虚脱状態にある。 だが、その目は期待と不安に揺れながら、オレを見上げていた。


「どう、ですか……? 私……できました、か……?」


「……燃費は最悪だ。照準も甘い。一発撃てば行動不能になる」


オレは事実を淡々と告げた。 リーズの顔が曇り、涙が滲む。 しかし、オレは続けて告げた。


「だが、火力パワーだけなら銀ランク……いや、金ランクの魔術師にも匹敵する。合格だ」


「――っ!」


「お前は最高の『固定砲台』になれる。……よくやった」


オレが頭を撫でると、リーズはへにゃりと笑った。 それは、先ほどの破壊神のような所業とは不釣り合いな、年相応の少女の笑顔だった。


「えへへ……褒められた……トールさんに、褒められた……」


彼女はオレの服の裾をギュッと掴み、猫のように頬を擦り付けてくる。 自身の存在価値を証明できた安堵感。それが彼女のドーパミン源なのだ。


だが、現実は甘くない。


「……おい、貴様ら!!」


怒鳴り声と共に、村長と武装した自警団数名が駆け寄ってきた。 顔を真っ赤にし、恐怖と怒りで額に青筋を浮かべている。


「何をしたか分かっているのか!? こんな爆発音、森中の魔物を呼び寄せる気か!!」


村長の剣幕に、リーズがビクッと体を強張らせ、オレの後ろに隠れる。 オレは彼女を背中で庇いながら、冷めた目で村長を見下ろした。


「実地試験だ。……これで分かっただろう? 彼女の利用価値が」


「利用価値だと!? ふざけるな! これは災害だ! 今すぐ出て行け!」


村長が指差す。その指先は震えていた。 無理もない。彼らにとって、リーズは「自分たちを守る力」ではなく、「いつ自分たちに向けられるか分からない銃口」にしか見えないのだ。


「出て行くのは構わんが」


オレは冷静に切り返した。


「この爆音を聞きつけて、もしオークの群れが来たらどうする? 彼女がいなくなれば、誰がそれを焼く?」


「ぐっ……」


「オレたちは納屋に戻る。……文句があるなら、代案を持って来い」


オレは反論を許さず、消耗したリーズを抱きかかえるようにして歩き出した。 村人たちの視線は、もはや侮蔑ではない。 「畏怖」と「排除したい欲求」が入り混じった、危険な熱を帯びていた。


(……潮時だな)


背中で殺気を感じながら、オレは計算する。 この村に長居はできない。 リーズの存在が大きすぎる。いずれ、彼らは恐怖に耐えきれず、夜闇に乗じてオレたちを殺しに来るだろう。 それが「弱者の生存戦略」だからだ。


「トールさん……私、また迷惑を……」


腕の中で、リーズが消え入りそうな声で呟く。


「気にするな。……それより、次の課題だ」


オレは彼女の耳元で囁いた。


「今の魔法、威力を半分にして、二回撃てるようにしろ。……期限は明日までだ」


「……はいっ! 頑張ります!」


彼女の思考を「申し訳なさ」から「課題の達成」へと誘導する。 余計なことを考えさせるな。 今はただ、オレという軸にしがみつかせておけばいい。


納屋に戻ると、オレは扉を閉め、重い閂を下ろした。 外界と隔絶された薄暗い空間。 ここだけが、今のオレたちの世界の全てだった。


***


夜が来た。 だが、納屋の周囲には、昨日までのような静寂はなかった。


ざわめき。 遠巻きにこちらを監視する気配。 そして、明確な敵意を含んだ殺気。


《受動知覚:警告》 《周囲50メートル圏内に複数の反応あり》 《敵対レベル:警戒〜排除》


「……眠れませんね」


藁のベッドの上で、リーズが膝を抱えながら呟いた。 彼女の声は震えている。 自分の魔法が招いた結果だということを、痛いほど理解しているからだ。


「村の人たち、怒ってますよね。……怖がってますよね」


「当然だ」


オレは入り口の戸板に背を預け、ナイフの刃を布で拭いながら答えた。


「人間は理解できないものを恐れる。そして恐ろしいものが近くにあるとき、取る行動は二つだ。崇めるか、排除するか。……この村には、お前を崇めるだけの余裕リソースがない」


「……私、やっぱり疫病神なんです。どこに行っても、嫌われて……追い出されて……」


リーズが顔を膝に埋める。 微かな嗚咽と共に、彼女の周囲で青白い火花が散った。 感情の不安定さが、魔力の漏出に直結している。


「泣くな。湿気る」


オレが短く告げた時だった。 納屋の扉が、外からノックされた。 乱暴な叩き方ではない。躊躇いがちな、しかし用件のある叩き方だ。


「……起きているか、余所者」


しわがれた声。村長だ。 オレはリーズに「待て」のハンドサインを送り、音もなく立ち上がって閂かんぬきを外した。 扉を開けると、そこには村長一人が立っていた。 後ろには誰もいない――いや、闇の中に数名の気配がある。護衛だろうが、あえて距離を取らせているようだ。 村長の顔色は悪い。目の下に濃い隈くまがあり、この数時間で一気に老け込んだように見える。


「何の用だ。夜間の井戸使用は禁止だったはずだが?」


オレが先制すると、村長は苦虫を噛み潰したような顔で、懐から革袋を取り出した。


「取引だ」


彼はその革袋を、オレの足元に放った。 チャリ、と硬貨が触れ合う音がする。


「銅貨50枚。それに干し肉と堅焼きパンを一週間分。水袋も新品をやる」


提示された物資を見て、オレは瞬時にその価値を換算アセスメントした。 銅貨50枚は、パン50個分。現代日本で言えば5,000円程度のはした金だ。 だが、食料一週間分は大きい。この貧しい村において、それは血の滲むような備蓄のはずだ。


「条件は?」


「……今すぐ出て行け」


村長は、懇願するように、しかし断固とした口調で言った。


「あの娘は危険すぎる。昼間の爆発を見て、村の衆はパニック寸前だ。『寝首をかかれる前に殺すべきだ』という声すら上がっている」


村長は納屋の奥、暗闇で震えているリーズを一瞥した。


「ワシも鬼じゃない。だが、村長としてこれ以上あの『爆弾』を抱えてはおけん。……頼む。これを持って、夜明け前に消えてくれ」


それは追放命令であり、同時に「手切れ金」の提示だった。 彼らは戦って追い出すリスクを避け、物資を渡して穏便に出て行ってもらう道を選んだのだ。 賢明な判断だ。もし武力行使に出ていれば、オレは「正当防衛」として村の食料庫を制圧していただろう。


オレは足元の革袋を拾い上げ、重さを確かめた。


「……足りないな」


「なっ!? 貴様、足元を見る気か! これ以上の金はないぞ!」


「金はいらん。銅貨など森では石ころ以下の価値しかない」


オレは冷徹に告げた。


情報マップをよこせ」


「まっぷ……?」


「地図だ。ここから一番近い『都市』へのルート。そして、この周辺の魔物の分布図。……あるだろう? 狩人や行商人が使うやつが」


村長は虚を突かれた顔をした。 食料や金を要求されると思っていたのだろう。


「……あるにはあるが、古いぞ。何年も更新されていない」


「構わん。口頭での説明よりはマシだ」


村長は舌打ちをし、後ろの闇に向かって手招きをした。 控えていた自警団の一人が走り寄り、一枚の古びた羊皮紙を渡してくる。


オレは月明かりの下でそれを広げた。 粗末な手書きの地図。 現在地である「嘆きの森」の北東に、大きな印がある。


【城塞都市バルグ】


距離にして、徒歩で3〜4日といったところか。 途中には川があり、街道らしき線も引かれている。


《アイテム獲得:周辺地域の地図(粗悪)》 《クエスト更新:都市バルグへの到達》


「……交渉成立だ」


オレは地図を懐にしまい、村長に向かって頷いた。


「賢明な投資だったな、村長。銅貨50枚と紙切れ一枚で、村が消し飛ぶリスクを回避できたんだからな」


「……二度と来るな。その娘ともども、野垂れ死ね」


村長は吐き捨てるように言い残し、背を向けた。 それが、この村からの最後の言葉だった。


***


数分後。 オレたちは村の出口に立っていた。 背中には、村長からせしめた食料と銅貨が入った麻袋。懐には粗末だが貴重な地図が入っている。


村人たちは遠巻きにオレたちを見守っていた。 誰一人として別れの言葉を口にする者はいない。彼らの目は「ようやく疫病神が去る」という安堵に満ちていた。


「……トールさん」


リーズが立ち止まり、振り返ろうとした。その目には、故郷を追われる悲しみが浮かんでいる。


「振り返るな」


オレは彼女の肩を抱き、前を向かせた。


「あの村は、お前という『資産』を使いこなせなかった。見る目がなかった。それだけの話だ」


「……でも、私……」


「ここから北東へ進めば、城塞都市バルグがある。そこには石造りの宿があり、温かいスープがあり、お前の力を正当に評価して買い取る『ギルド』がある」


オレは彼女の青い瞳を覗き込み、力強く断言した。


「行くぞ、リーズ。もっとマシな職場ステージへ」


リーズの瞳が揺れた。 絶望の色が消え、代わりに微かな希望の光が灯る。


「……はい。……はいっ!」


彼女は涙を拭い、杖を握りしめた。その手はもう震えていない。


オレたちは歩き出した。背後で、重々しい音を立てて門が閉ざされる。


ドォォォン……ガチャン。


閂かんぬきが下ろされる音。それは、オレたちが文明の庇護から完全に切り離され、真のデス・ワールドへと足を踏み出したことを告げる音だった。


目の前には、漆黒の森が広がっている。だが、不思議と気分は悪くなかった。隣には、世界を焼き尽くす火力パートナーがいる。懐には当面の資金がある。そしてオレの肉体は、昨夜よりもさらに強靭になっている。


「計算通りだ」


オレはニヤリと笑い、泥濘ぬかるみの道を踏みしめた。生存戦略、フェーズ2へ移行。目指すは都市での成り上がりだ。

【管理者ステータス】(第4話終了時点)

名前: トール

レベル: Lv.1

クラス: ファイター

HP: 14 / 14


装備:

メイン: ゴブリンの錆びたナイフ

サブ: 石ころ × 3

防具: ボロボロの衣服

装飾: なし


能力値:

STR:18 / DEX:16 / CON:18 / INT:13 / WIS:10 / CHA:8


経験値 (XP):

現在: 150 (次Lvまで 150)


所持スキル:

戦闘スタイル(防御)、底力


【パーティメンバー】

■リーズ (Lv.1 / ソーサラー(竜の血脈))

HP: 6 / 8(食事バフにより最大値上昇)

状態: 疲労(中)、魔力枯渇(MP切れ)、依存(High)

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