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アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


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23/27

第23話 迷宮突入:蠍のガーリックソテーと兵站維持

 バルグの街から西へ徒歩4時間。


 鬱蒼とした原生林を抜けた先に、その巨体は鎮座していた。


【西方大迷宮ウェスト・ラビリンス】


 山脈の岩肌を穿つようにして作られた、高さ50メートルはあろうかという巨大な石造りの門。


 表面には風化した古代文字が刻まれ、蔦と苔が絡みついているが、その威容はいささかも衰えていない。


 ぽっかりと開いた暗黒の口からは、地下深部から吐き出される冷気と、濃密な魔素マナを含んだ風が吹き荒れている。


「……うわぁ。近くで見ると圧巻ね」


 アーシェが門を見上げ、帽子を押さえながら呟いた。


 彼女の背中には、昨日ガントの店で購入した合成弓コンポジット・ボウが、その凶悪な反りを主張するように鎮座している。


 新しい革鎧の匂いと、弓に塗られたワックスの香りが、風に乗って微かに漂う。


「ゴブリンの巣とは格が違いますわね……。漂ってくる魔素の味だけで、ご飯3杯はいけそうですわ」


 マリエルが鼻をひくつかせ、うっとりとした表情を浮かべる。


 彼女が担いでいるのは、例の超重量級鈍器聖銀ミスリル・フランジメイスだ。


 普通なら移動だけで体力を消耗する重量だが、彼女はそれをハンドバッグのように軽々と扱っている。


「行きましょう、トールさん! 私、新しいお鍋でお料理するのが楽しみです!」


 リーズが元気よく杖を掲げる。


 彼女の背中には、昨日パッキングした鋳鉄鍋入りのバックパック。


 重いはずだが、STR16の身体能力と、何より「美味しいものが食べられる」という期待感が、彼女の足を軽くさせているようだ。


「……ピクニックじゃないぞ」


 オレは苦笑しつつ、自身の装備を最終確認した。


 精鍛鋼のウォー・メイス(改・重量増)。


 芯材に重重金グラビティ・メタルの粉末を混ぜて焼き直されたそれは、以前より黒みを増し、重量は3割増している。


 だが、STR19のオレの腕には、まるで指揮棒のように馴染む。


「突入エントリーする。……これより先は、地上(日常)の常識は通用しない」


 オレはメイスを担ぎ、暗黒の口へと足を踏み入れた。


「隊列フォーメーション組め。……散歩は終わりだ」


【第1階層:古代遺跡エリア】


 一歩足を踏み入れると、世界が一変した。


 視界を覆うのは、カビと湿気で黒ずんだ石積みの壁。


 天井は高く、所々に埋め込まれた発光苔グロウ・モスが、青白い幽霊のような光を放っている。


 空気は重く、澱んでいる。


 下水道の腐臭とは違う。長い年月を経て凝縮された、死と塵埃の匂いだ。


 カツーン……カツーン……


 石畳を叩くブーツの音が、不気味に反響して奥へと吸い込まれていく。


「……静かすぎない?」


 アーシェが小声で囁く。


 彼女はすでに弓を手に持ち、周囲を警戒スキャンしている。


 レンジャーとしての勘が、この静寂の裏にある殺気を感じ取っているのだ。


「ああ。……歓迎の準備をしているようだ」


 オレは足を止めた。


 次元を超えた知識メタ・ナレッジが、前方の暗闇における微細な空気の揺れを捉えた。


 カサカサという、硬質なものが擦れ合う音。


 複数の脚が石畳を掻く音。


「来るぞ。……前方30メートル。数は5」


 オレの言葉と同時に、闇の奥から複眼の赤い光が浮かび上がった。


【敵対種:キラーアント(巨大蟻) × 5】


 推定ランク:鉄級上位から銀級下位


 特徴:鋼鉄のような外骨格、岩をも砕く大顎。


 体長1.5メートル。


 黒光りする甲殻に覆われた巨大な蟻の群れが、統率された動きでこちらへ殺到してくる。


 ゴブリンのような軟弱な肉ではない。


 生半可な剣や矢なら、カーンと弾き返されて終わる「硬い」敵だ。


「げっ、キラーアント!? あいつら硬いのよ! 前の弓じゃ傷一つつかなかったのに!」


 アーシェが悲鳴じみた声を上げるが、その手はすでに背中の矢筒へと伸びている。


「試すには丁度いい相手だ」


 オレは前に出ず、その場で仁王立ちした。


「アーシェ、マリエル。……新装備の性能試験ベンチマークを行う。オレが出るまでもない。処理しろ」


「……はぁ? 丸投げ!?」


「やれるはずだ。……その武器コストに見合う仕事をしろ」


 オレの挑発に、二人の表情が変わった。


 恐怖よりも、プロとしてのプライド、そして新しい「相棒」への信頼が勝る。


「……上等よ。見てなさい、ボス!」


 アーシェが足を前後に開き、合成弓を構える。


 矢をつがえ、弦に指をかける。


 以前の木の弓とは違う、金属的な剛性。


 指に食い込む弦の圧力は凄まじいが、彼女の背筋はそれをしっかりと受け止めた。


(……引き絞り、良好。軸のブレなし)


 オレは冷静に観察した。


 キラーアントまでの距離、20メートル。


 奴らの甲殻硬度は、鉄板並みだ。


 だが、今のアーシェが持つ運動エネルギーは――


 ドォォンッ!!

 《遠隔攻撃判定:命中(Hit)》

 《ダメージ計算:1d8 + 器用修正(+6) + 弓ボーナス(+10) = 22ダメージ》


 弦が弾かれた瞬間、鳴り響いたのは「弦音」ではなく「爆発音」に近い重低音だった。


 放たれた矢は視認できない。


 ただ、空気が裂ける衝撃波だけが走った。


 パァァァンッ!!


 先頭を走っていたキラーアントの頭部が、内側から爆発したように四散した。


 矢は止まらない。


 貫通した矢は、後ろにいたもう一体の腹部に深々と突き刺さり、ようやく石畳に火花を散らして突き刺さった。


「……うそ」


 アーシェが呆然と呟く。


 弓を下ろした手が、反動で痺れている。


「貫通どころか……粉砕した? これが合成弓コンポジットの威力……?」


「次が来るぞ。感傷に浸るな」


 オレの声に、アーシェがハッとする。


 残る3体が、仲間の死を乗り越えて突っ込んでくる。


 距離10メートル。


「はいなっ! 次は私の番ですわ!」


 マリエルが飛び出した。


 彼女は盾を持たない。


 両手で握りしめたのは、白銀の輝きを放つ鉄塊聖銀だ。


 キラーアントが強靭な大顎を開き、マリエルの足を噛み砕こうとする。


「不浄なるムシケラに……物理的な祝福をッ!!」


 マリエルは回避しなかった。


 ただ、遠心力と体重、そして持ち前の剛力を乗せて、メイスを真上から叩き落とした。


 ゴルフスイングのような、美しいフォーム。


 ゴッ……ベキャァァァァッ!!

 《近接攻撃判定:成功(Critical)》

 《ダメージ計算:2d6 + 筋力修正(+8) + 重量ボーナス(+12) = 30ダメージ》


 嫌な音がした。


 硬い甲殻が餅のようにひしゃげ、体液が噴水のように飛び散る。


 キラーアントの上半身が、地面の石畳ごと陥没していた。


 即死などという生易しいものではない。


「存在の抹消」だ。


「……あら? 手応えが軽いですわ」


 マリエルが首を傾げる。


 彼女の腕力と武器の重量に対し、敵の装甲が薄すぎたのだ。


 ミスリルの魔力伝導率のおかげか、返り血すら聖なる光のように見えなくもない(気のせいだ)。


「残り2体!」


 最後の2体が、本能的な恐怖を感じたのか、動きを止めた。


 だが、すぐにターゲットを「武器を持たず、棒立ちしている男オレ」に変更し、左右から挟撃を仕掛けてくる。


 賢い。だが、相手が悪かった。


「……テスト終了だ」


 オレはメイスを抜くことすらしなかった。


 STR19の肉体実験だ。


 右から迫るアントの大顎。


 オレは素手で――鉄の籠手をはめた右手で、その顎を直接掴みに行った。


 ガキンッ!

 《敏捷判定:成功(Success)》


 アントが全力で噛みつく。


 鉄をも噛み砕く咬合力。


 籠手の表面から火花が散り、ミシミシと金属が悲鳴を上げる。


 だが、オレの腕の骨は軋みもしない。


 CON19の骨密度と、筋肉の鎧が、外部からの圧力を完全に遮断している。


「……軽いな」


 オレはそのまま、噛みつかせた状態で右腕を振り上げた。


 体重100キロはある巨大蟻が、木の葉のように宙に浮く。


「失せろ」

 《筋力判定:成功(Success)》

 《ダメージ計算:1d10 + 筋力修正(+14) = 22ダメージ》


 オレは左から迫っていたもう一体のアントに向かって、右腕のアントをハンマー投げの要領で叩きつけた。


 グシャアァァッ!!


 2体のキラーアントが空中で激突し、甲殻が砕け散る音が響く。


 絡まり合ったまま壁に激突し、ピクピクと痙攣して動かなくなった。


 戦闘終了。


 所要時間、わずか15秒。


 銀級パーティでも手こずる「キラーアントの群れ」が、何もできずにミンチに変わった。


「……ふぅ」


 オレは籠手についた体液を払い、振り返った。


 アーシェとマリエルが、信じられないものを見る目でオレを見ている。


 そして、自分たちの手にある武器を見つめ直した。


「……ボス。この弓、ヤバいわね。弦が指に食い込んで痛いけど……クセになりそう」


 アーシェがニヤリと笑う。


 その笑顔は、強い武器を手に入れた子供のような、純粋な歓喜に満ちている。


「トール様……。このメイス、素晴らしいですわ。まるで豆腐を叩くような感覚で甲殻類を粉砕できました……♡」


 マリエルがうっとりとメイスを撫で回している。


 物理神官の開花だ。


「投資対効果(ROI)は良好だ」


 オレは満足げに頷いた。


 金貨4枚の投資は、初戦で回収ペイできたと言っていい。


 この火力なら、第10階層までの踏破計画スケジュールを前倒しできる。


「行くぞ。……サクサク進む」


 オレはアントの死体から、素材となる大顎だけをナイフで切り取り、先を促した。


 それからの進撃は、まさに「蹂躙」だった。


 第1階層、第2階層と進むにつれ、敵の種類は増えた。


 スケルトン、ジャイアント・バット、スライム。


 だが、新生アイギスの前では、それらは単なる「通過点」でしかなかった。


 アーシェの矢が遠距離から敵を間引き、近づいた敵をマリエルが粉砕し、撃ち漏らしをリーズが焼き払う。


 そして、万が一突破してきた強力な個体は、オレが素手かメイスでねじ伏せる。


 正午を過ぎる頃には、オレたちは第3階層【湿地エリア】に到達していた。


 周囲の景色が、乾燥した石造りから、苔むした岩場と水たまりの多い湿地帯へと変わる。


 空気はさらに重く、腐葉土と水カビの臭いが強くなる。


「……お腹、空きましたね」


 リーズが小さく呟く。


 彼女の腹の虫が、可愛らしく鳴った。


 激しい戦闘の連続と、緊張感からの解放。


 全員の空腹度(ハンガー値)が低下している。


「休憩ランチにするか」


「……同意するわ。お腹と背中がくっつきそうよ」


 アーシェが顔をしかめながら、泥に汚れたブーツを岩でこそぎ落としている。


 彼女の手にある合成弓は機能に問題はないが、射手本人の集中力が切れかけている。


「時刻は1300時。……朝食から6時間が経過している」


 オレは体内時計と腹具合を照合した。


 大迷宮攻略の方がカロリー消費率が高い。


 オレのCON19の肉体はタフだが、その分、エネルギー代謝も怪物並みに激しい。


 ガス欠になれば、STR19の出力も発揮できなくなる。


「休憩ランチにする。……場所はあそこだ」


 オレは前方の少し開けた場所――巨大な岩盤が露出しているエリアを指差した。


「やっとお昼ね……。堅パンと干し肉、準備するわ」


 アーシェがバックパックを下ろそうとする。


 だが、オレはそれを手で制した。


「いや。……保存食は温存だ。言ったはずだぞ、『現地調達』だと」


「……本気だったの?」


 アーシェがげんなりした顔をする。


 この環境で「美味しそうなもの」など、一つも見当たらないからだ。


「マリエル。……調理器具の展開準備だ。リーズは火種の用意を」


「はいなっ! お任せくださいまし!」


 マリエルが嬉々として巨大なバックパックを下ろす。


 オレは岩盤の上に立ち、水面を見下ろした。


 次元を超えた知識メタ・ナレッジのセンサーを水底へ向ける。


 深さ1.5メートル付近。泥の中に潜む、巨大な生体反応。


「……来るぞ。食材メインディッシュだ」


 オレが呟いた瞬間、水面が爆発した。


 バシャァァァァンッ!!


 大量の水しぶきと泥を巻き上げて現れたのは、全身を青黒い甲殻で覆われた、戦車のような怪物だった。


 体長2メートル強。


 ハサミの一つが大人の胴体ほどもある。


 そして、背後には槍のように鋭い毒針を持った尻尾が、不気味に鎌首をもたげている。


【敵対種:ジャイアント・スコーピオン(大王蠍)】


 推定ランク:銀級下位


 部位:ハサミ(打撃・切断)、尾(刺突・猛毒)


「キシャァァァッ!!」


 蠍が威嚇音を上げ、ハサミを打ち鳴らす。


「うげぇ……! 蠍サソリ!? 無理無理無理! あんなの食べる気!?」


 アーシェが悲鳴を上げて後ずさる。


「見た目に騙されるな。……あれは『陸のロブスター』だ」


 オレは冷静に評価アプレイズした。


 毒さえ処理すれば、これほどの上物はない。


「総員、狩猟開始。……ただし、肉を傷つけるな」


 オレは精鍛鋼のウォー・メイスを構えず、素手のまま前に出た。


 綺麗な「一本造り」にするには、丁寧な仕事が必要だ。


「マリエル、解体用ナイフだ! ……オレが抑える。お前が神経を切れ!」


「承知しましたわ! 活き締めですわね!」


 マリエルが聖銀を地面に置き、腰から新品のナイフを抜いた。


 蠍がオレに狙いを定める。


 右のハサミが、オレの腰を両断しようと迫る。


 オレは回避しない。


 ハサミが閉じる寸前、その「関節」部分に手を差し込み、STR19の握力で強制的に開く方向へ力を加えた。


 ギチチチチッ……!

 《筋力判定:成功(Success)》


「キッ、キィィッ!?」


 蠍が困惑の声を上げる。


 ハサミが人間の手によって物理的にロックされたのだ。


 オレはそのまま踏み込み、蠍の懐に入る。


 頭上から毒針が降ってくるが、それは最小限のヘッドスリップで躱す。

 《回避判定:成功(Success)》


「今だ、マリエル! ……頭部と胴体の繋ぎ目だ!」


「はいなっ! 失礼いたします!」

 《精密攻撃判定:成功(Critical)》


 マリエルが蠍の背後に回り込み、甲殻の隙間にナイフの切っ先を突き立てた。


 ズブッ。


 正確無比。


 ナイフは中枢神経を切断し、蠍の運動機能を瞬時に停止させた。


 巨体がビクンと跳ね、崩れ落ちる。


「……ふぅ。お見事ですわ」


 マリエルがナイフを引き抜く。


「さて……ここからが本番だ」


 オレは動かなくなった巨大蠍を見下ろし、腕まくりをした。


「マリエル、解体ショーを始めろ」


「はいな! ……まずは毒袋の摘出からですわね」


 マリエルが蠍を裏返し、ナイフを逆手に持って尾の付け根に切り込みを入れた。


 紫色の毒液が詰まった袋が露わになる。


 緊張の一瞬。


 だが、マリエルの手つきには微塵の迷いもない。


「浄化ピュリファイ!」

 《魔法判定:成功(Success)》


 念のため、切断面に浄化魔法をかける。


 紫色の残滓が光に包まれて消滅する。


「毒の除去、完了ですわ! ……さあ、殻を剥きますよ!」


 バリッ、メリメリメリッ!


 マリエルがSTR16の腕力で、硬い腹側の甲殻を強引に引き剥がす。


 現れたのは、透き通るような白く、弾力のある筋肉の塊だった。


「ほら見ろ。……言った通りだろ?」


 オレは満足げに頷いた。


 マリエルが手際よく身を切り分け、食べやすいブロック状にしていく。


「さあ、調理開始だ。……リーズ、コンロ(鍋)の準備は?」


「ばっちりです! 竈かまども組みました!」


 岩場の上には、すでに鋳鉄鍋が鎮座していた。


「まずは油だ。……ケチるなよ」


 オレの指示で、マリエルが鍋にたっぷりのオリーブオイルを注ぐ。


「香り付けだ。……ニンニクと唐辛子を投入」


 マリエルがニンニク片と、赤唐辛子を油の中に放り込む。


 ジュワァァァ……!


 爆発的な音と共に、白い煙が立ち上る。


「……っ!」


 アーシェの喉が、ゴクリと鳴った。


「肉を入れるぞ。……強火だ、リーズ!」


「はいっ! ……ヒート・アップ!」


 リーズが杖をかざし、炎の勢いを強める。


 マリエルが蠍のブロック肉を投入した。


 ジュワアアアアアッ!!!


 最高の音。


 白かった肉が、熱を帯びて瞬く間に鮮やかな赤白色へと変わっていく。


「仕上げだ。……岩塩、ブラックペッパー、そして乾燥ハーブ」


 マリエルが調味料を振りかける。


 ジャッ、ジャッ。


「完成ですわ! ……大王蠍のガーリックソテー・迷宮風!」


 マリエルが鍋を火から下ろす。


「……毒見だ」


 オレはナイフで一切れ突き刺し、口に運んだ。


 プリッ。


 弾けるような弾力。その直後、口いっぱいに広がる濃厚な甘み。


「……合格だ」


 オレは咀嚼しながらニヤリと笑った。


「食え。……冷める前に食うのが、食材への礼儀だ」


 オレは肉をアーシェに差し出した。


「た、食べるわよ! ……私の稼ぎでもあるんだから!」


 アーシェは意を決して、肉を口に放り込んだ。


 もぐもぐ……。


 アーシェの動きが止まる。


「……ん!?」


「美味しい……! なにこれ、すっごく甘い! カニより美味しいかも……!?」


「でしょう? でしょう!?」


 マリエルが得意げに胸を張る。


「パンに乗せて食べると、オイルが染みて最高ですよ!」


 リーズが幸せそうな顔で頬張っている。


 オレも自分の分を確保し、パンと共に口に運んだ。


「……悔しいけど、認めるわ」


 アーシェが夢中で肉を頬張りながら言った。


「あんたの言う現地調達……アリかもしれないわね」


「だろう? ……この迷宮は、巨大な生簀いけすでもあるんだ」


 兵站維持ロジスティクスは成功だ。


「食ったらすぐに出発だ。……このエネルギーを、次の戦闘ワークにぶつけるぞ」


「「「はいっ!!」」」


「……ごちそうさまでした」


 アーシェが満足げに息を吐き、皿代わりの葉に残ったオイルを拭って口に運んだ。


 彼女の顔色は、赤みが差し、瞳には力が宿っている。


「状態ステータス確認」


 オレは全員を見渡し、観察スキャンを行った。


 満腹度:100%。


 士気モラール:高揚状態。


「……体の芯が熱いでしょう? それが魔物食の効果だ」


 オレは解説した。


「魔力マナの充填率も良好です! ……なんだか、魔法の威力が上がりそうです!」


 リーズも杖を握りしめ、やる気に満ちている。


「よし。……撤収作業に入る」


 オレは立ち上がった。


「痕跡を残すな。……匂いは消したか?」


「はいな! リーズさんの風魔法で換気済みですわ」


 オレたちは再び隊列を組み、湿地帯の奥へと足を踏み入れた。


 1400時。第3階層【湿地エリア】最奥。


「……前方、敵影多数」


 アーシェの鋭い警告声が響く。


「数は6。……マッドマン(泥人形)とポイズン・トード(毒蛙)の混成部隊よ」


「殲滅する。……マリエル、泥人形の核コアを叩け。リーズ、蛙を焼け」


「承知しましたわ! ……あのアントで試した新技、行きます!」


 マリエルが飛び出した。


「重力加速度グラビティ……マシマシですわーッ!!」

 《近接攻撃判定:成功(Success)》

 《ダメージ計算:2d6 + 筋力修正(+8) + 回転ボーナス(+10) = 25ダメージ》


 ボグゥッ!!


 圧倒的な質量は、泥人形を「霧散」させた。


「……すごい」


 アーシェは後方の毒蛙に狙いを定めていた。


 ヒュンッ!

 《遠隔攻撃判定:命中(Hit)》

 《ダメージ計算:1d8 + 器用修正(+6) = 11ダメージ》


 合成弓から放たれた矢が、蛙の口腔内に吸い込まれた。


「ナイスショットだ。……だが、ガスに注意しろ」


「任せてください! ……ウィンド・カッター!」

 《魔法判定:成功(Success)》


 リーズが杖を振り、真空の刃が毒霧を切り裂いて散らした。


「……ふぅ。体が軽いですね」


 リーズが額の汗を拭う。魔法の発動速度が短縮されている。


「これなら行けるわ。……第5階層まで、ノンストップで行くわよ!」


 アーシェが不敵に笑う。


 1700時。オレたちは第5階層【結晶洞窟エリア】への階段前に到達していた。


 周囲の景色は、巨大な結晶が乱立する幻想的な空間へと変わった。


「……綺麗」


 リーズが息を呑む。


「油断するな。……ここからは『硬い』敵と『魔法反射』持ちが出る」


 オレは地図を確認した。


「本日の行軍はここまでだ。……このエリアの入り口付近に、安全地帯セーフティ・ゾーンがある」


 オレは前方にある、崩れかけた古代の石室を指差した。


「野営キャンプの設営を行う。……手際よくだ」


「了解!」


 4人が動き出す。


 言葉少なに、それぞれの役割を果たす姿は、熟練パーティのような空気感を漂わせていた。


「……ふぅ。疲れたけど、いい疲れね」


 アーシェが石室の床に座り込み、水筒の水を一口飲んだ。


「夕食はどうしますか? ……干し肉ですか?」


 リーズが期待と不安の入り混じった目でオレを見る。


「今夜は保存食のアレンジだ」


 オレは鋳鉄鍋を取り出した。


「『冒険者風ポトフ』だ。……干し肉を水で戻し、長時間煮込むことで出汁を取る」


「わぁ……! 温かいスープですね!」


 リーズが顔を輝かせる。


 グツグツと煮える音。


 オレたちは鍋を囲み、車座になった。


「いただきます」


 熱いスープを木のスプーンですする。


「……ん。悪くないわね」


 アーシェがパンをスープに浸しながら呟く。


「……明日はこの階層で『ミスリル・タートル』を狩る」


 オレはスープを飲み干し、明日の予定を告げた。


「マリエル、お前のメイスと、オレの拳(STR19)で叩き割る」


「はいなっ! 殻割りですわね! 得意分野です!」


「……やっぱり、このパーティ、脳筋寄りよね」


 アーシェが呆れたように笑う。


 食事が終わり、交代で見張りを立てて就寝の時間となった。


 ランプの灯りを落とす。


 オレは入り口に座り、精鍛鋼のウォー・メイスを膝に置いた。


 本日の収支。


 消耗品費:微小。


 獲得経験値:良好。


 素材獲得:アントの顎、その他雑多な素材。


 純利益:黒字確実。


「……順調だな」


 オレは闇に向かって小さく呟いた。


 アイギスの盾、遠征初日。


 作戦行動、異常なし。

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