第23話 迷宮突入:蠍のガーリックソテーと兵站維持
バルグの街から西へ徒歩4時間。
鬱蒼とした原生林を抜けた先に、その巨体は鎮座していた。
【西方大迷宮ウェスト・ラビリンス】
山脈の岩肌を穿つようにして作られた、高さ50メートルはあろうかという巨大な石造りの門。
表面には風化した古代文字が刻まれ、蔦と苔が絡みついているが、その威容はいささかも衰えていない。
ぽっかりと開いた暗黒の口からは、地下深部から吐き出される冷気と、濃密な魔素マナを含んだ風が吹き荒れている。
「……うわぁ。近くで見ると圧巻ね」
アーシェが門を見上げ、帽子を押さえながら呟いた。
彼女の背中には、昨日ガントの店で購入した合成弓が、その凶悪な反りを主張するように鎮座している。
新しい革鎧の匂いと、弓に塗られたワックスの香りが、風に乗って微かに漂う。
「ゴブリンの巣とは格が違いますわね……。漂ってくる魔素の味だけで、ご飯3杯はいけそうですわ」
マリエルが鼻をひくつかせ、うっとりとした表情を浮かべる。
彼女が担いでいるのは、例の超重量級鈍器聖銀ミスリル・フランジメイスだ。
普通なら移動だけで体力を消耗する重量だが、彼女はそれをハンドバッグのように軽々と扱っている。
「行きましょう、トールさん! 私、新しいお鍋でお料理するのが楽しみです!」
リーズが元気よく杖を掲げる。
彼女の背中には、昨日パッキングした鋳鉄鍋入りのバックパック。
重いはずだが、STR16の身体能力と、何より「美味しいものが食べられる」という期待感が、彼女の足を軽くさせているようだ。
「……ピクニックじゃないぞ」
オレは苦笑しつつ、自身の装備を最終確認した。
精鍛鋼のウォー・メイス(改・重量増)。
芯材に重重金グラビティ・メタルの粉末を混ぜて焼き直されたそれは、以前より黒みを増し、重量は3割増している。
だが、STR19のオレの腕には、まるで指揮棒のように馴染む。
「突入エントリーする。……これより先は、地上(日常)の常識は通用しない」
オレはメイスを担ぎ、暗黒の口へと足を踏み入れた。
「隊列フォーメーション組め。……散歩は終わりだ」
【第1階層:古代遺跡エリア】
一歩足を踏み入れると、世界が一変した。
視界を覆うのは、カビと湿気で黒ずんだ石積みの壁。
天井は高く、所々に埋め込まれた発光苔グロウ・モスが、青白い幽霊のような光を放っている。
空気は重く、澱んでいる。
下水道の腐臭とは違う。長い年月を経て凝縮された、死と塵埃の匂いだ。
カツーン……カツーン……
石畳を叩くブーツの音が、不気味に反響して奥へと吸い込まれていく。
「……静かすぎない?」
アーシェが小声で囁く。
彼女はすでに弓を手に持ち、周囲を警戒スキャンしている。
レンジャーとしての勘が、この静寂の裏にある殺気を感じ取っているのだ。
「ああ。……歓迎の準備をしているようだ」
オレは足を止めた。
次元を超えた知識メタ・ナレッジが、前方の暗闇における微細な空気の揺れを捉えた。
カサカサという、硬質なものが擦れ合う音。
複数の脚が石畳を掻く音。
「来るぞ。……前方30メートル。数は5」
オレの言葉と同時に、闇の奥から複眼の赤い光が浮かび上がった。
【敵対種:キラーアント(巨大蟻) × 5】
推定ランク:鉄級上位から銀級下位
特徴:鋼鉄のような外骨格、岩をも砕く大顎。
体長1.5メートル。
黒光りする甲殻に覆われた巨大な蟻の群れが、統率された動きでこちらへ殺到してくる。
ゴブリンのような軟弱な肉ではない。
生半可な剣や矢なら、カーンと弾き返されて終わる「硬い」敵だ。
「げっ、キラーアント!? あいつら硬いのよ! 前の弓じゃ傷一つつかなかったのに!」
アーシェが悲鳴じみた声を上げるが、その手はすでに背中の矢筒へと伸びている。
「試すには丁度いい相手だ」
オレは前に出ず、その場で仁王立ちした。
「アーシェ、マリエル。……新装備の性能試験ベンチマークを行う。オレが出るまでもない。処理しろ」
「……はぁ? 丸投げ!?」
「やれるはずだ。……その武器コストに見合う仕事をしろ」
オレの挑発に、二人の表情が変わった。
恐怖よりも、プロとしてのプライド、そして新しい「相棒」への信頼が勝る。
「……上等よ。見てなさい、ボス!」
アーシェが足を前後に開き、合成弓を構える。
矢をつがえ、弦に指をかける。
以前の木の弓とは違う、金属的な剛性。
指に食い込む弦の圧力は凄まじいが、彼女の背筋はそれをしっかりと受け止めた。
(……引き絞り、良好。軸のブレなし)
オレは冷静に観察した。
キラーアントまでの距離、20メートル。
奴らの甲殻硬度は、鉄板並みだ。
だが、今のアーシェが持つ運動エネルギーは――
ドォォンッ!!
《遠隔攻撃判定:命中(Hit)》
《ダメージ計算:1d8 + 器用修正(+6) + 弓ボーナス(+10) = 22ダメージ》
弦が弾かれた瞬間、鳴り響いたのは「弦音」ではなく「爆発音」に近い重低音だった。
放たれた矢は視認できない。
ただ、空気が裂ける衝撃波だけが走った。
パァァァンッ!!
先頭を走っていたキラーアントの頭部が、内側から爆発したように四散した。
矢は止まらない。
貫通した矢は、後ろにいたもう一体の腹部に深々と突き刺さり、ようやく石畳に火花を散らして突き刺さった。
「……うそ」
アーシェが呆然と呟く。
弓を下ろした手が、反動で痺れている。
「貫通どころか……粉砕した? これが合成弓コンポジットの威力……?」
「次が来るぞ。感傷に浸るな」
オレの声に、アーシェがハッとする。
残る3体が、仲間の死を乗り越えて突っ込んでくる。
距離10メートル。
「はいなっ! 次は私の番ですわ!」
マリエルが飛び出した。
彼女は盾を持たない。
両手で握りしめたのは、白銀の輝きを放つ鉄塊聖銀だ。
キラーアントが強靭な大顎を開き、マリエルの足を噛み砕こうとする。
「不浄なる蟲に……物理的な祝福をッ!!」
マリエルは回避しなかった。
ただ、遠心力と体重、そして持ち前の剛力を乗せて、メイスを真上から叩き落とした。
ゴルフスイングのような、美しいフォーム。
ゴッ……ベキャァァァァッ!!
《近接攻撃判定:成功(Critical)》
《ダメージ計算:2d6 + 筋力修正(+8) + 重量ボーナス(+12) = 30ダメージ》
嫌な音がした。
硬い甲殻が餅のようにひしゃげ、体液が噴水のように飛び散る。
キラーアントの上半身が、地面の石畳ごと陥没していた。
即死などという生易しいものではない。
「存在の抹消」だ。
「……あら? 手応えが軽いですわ」
マリエルが首を傾げる。
彼女の腕力と武器の重量に対し、敵の装甲が薄すぎたのだ。
ミスリルの魔力伝導率のおかげか、返り血すら聖なる光のように見えなくもない(気のせいだ)。
「残り2体!」
最後の2体が、本能的な恐怖を感じたのか、動きを止めた。
だが、すぐにターゲットを「武器を持たず、棒立ちしている男オレ」に変更し、左右から挟撃を仕掛けてくる。
賢い。だが、相手が悪かった。
「……テスト終了だ」
オレはメイスを抜くことすらしなかった。
STR19の肉体実験だ。
右から迫るアントの大顎。
オレは素手で――鉄の籠手をはめた右手で、その顎を直接掴みに行った。
ガキンッ!
《敏捷判定:成功(Success)》
アントが全力で噛みつく。
鉄をも噛み砕く咬合力。
籠手の表面から火花が散り、ミシミシと金属が悲鳴を上げる。
だが、オレの腕の骨は軋みもしない。
CON19の骨密度と、筋肉の鎧が、外部からの圧力を完全に遮断している。
「……軽いな」
オレはそのまま、噛みつかせた状態で右腕を振り上げた。
体重100キロはある巨大蟻が、木の葉のように宙に浮く。
「失せろ」
《筋力判定:成功(Success)》
《ダメージ計算:1d10 + 筋力修正(+14) = 22ダメージ》
オレは左から迫っていたもう一体のアントに向かって、右腕のアントをハンマー投げの要領で叩きつけた。
グシャアァァッ!!
2体のキラーアントが空中で激突し、甲殻が砕け散る音が響く。
絡まり合ったまま壁に激突し、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
戦闘終了。
所要時間、わずか15秒。
銀級パーティでも手こずる「キラーアントの群れ」が、何もできずにミンチに変わった。
「……ふぅ」
オレは籠手についた体液を払い、振り返った。
アーシェとマリエルが、信じられないものを見る目でオレを見ている。
そして、自分たちの手にある武器を見つめ直した。
「……ボス。この弓、ヤバいわね。弦が指に食い込んで痛いけど……クセになりそう」
アーシェがニヤリと笑う。
その笑顔は、強い武器を手に入れた子供のような、純粋な歓喜に満ちている。
「トール様……。このメイス、素晴らしいですわ。まるで豆腐を叩くような感覚で甲殻類を粉砕できました……♡」
マリエルがうっとりとメイスを撫で回している。
物理神官の開花だ。
「投資対効果(ROI)は良好だ」
オレは満足げに頷いた。
金貨4枚の投資は、初戦で回収ペイできたと言っていい。
この火力なら、第10階層までの踏破計画スケジュールを前倒しできる。
「行くぞ。……サクサク進む」
オレはアントの死体から、素材となる大顎だけをナイフで切り取り、先を促した。
それからの進撃は、まさに「蹂躙」だった。
第1階層、第2階層と進むにつれ、敵の種類は増えた。
スケルトン、ジャイアント・バット、スライム。
だが、新生アイギスの前では、それらは単なる「通過点」でしかなかった。
アーシェの矢が遠距離から敵を間引き、近づいた敵をマリエルが粉砕し、撃ち漏らしをリーズが焼き払う。
そして、万が一突破してきた強力な個体は、オレが素手かメイスでねじ伏せる。
正午を過ぎる頃には、オレたちは第3階層【湿地エリア】に到達していた。
周囲の景色が、乾燥した石造りから、苔むした岩場と水たまりの多い湿地帯へと変わる。
空気はさらに重く、腐葉土と水カビの臭いが強くなる。
「……お腹、空きましたね」
リーズが小さく呟く。
彼女の腹の虫が、可愛らしく鳴った。
激しい戦闘の連続と、緊張感からの解放。
全員の空腹度(ハンガー値)が低下している。
「休憩ランチにするか」
「……同意するわ。お腹と背中がくっつきそうよ」
アーシェが顔をしかめながら、泥に汚れたブーツを岩でこそぎ落としている。
彼女の手にある合成弓は機能に問題はないが、射手本人の集中力が切れかけている。
「時刻は1300時。……朝食から6時間が経過している」
オレは体内時計と腹具合を照合した。
大迷宮攻略の方がカロリー消費率が高い。
オレのCON19の肉体はタフだが、その分、エネルギー代謝も怪物並みに激しい。
ガス欠になれば、STR19の出力も発揮できなくなる。
「休憩ランチにする。……場所はあそこだ」
オレは前方の少し開けた場所――巨大な岩盤が露出しているエリアを指差した。
「やっとお昼ね……。堅パンと干し肉、準備するわ」
アーシェがバックパックを下ろそうとする。
だが、オレはそれを手で制した。
「いや。……保存食は温存だ。言ったはずだぞ、『現地調達』だと」
「……本気だったの?」
アーシェがげんなりした顔をする。
この環境で「美味しそうなもの」など、一つも見当たらないからだ。
「マリエル。……調理器具の展開準備だ。リーズは火種の用意を」
「はいなっ! お任せくださいまし!」
マリエルが嬉々として巨大なバックパックを下ろす。
オレは岩盤の上に立ち、水面を見下ろした。
次元を超えた知識のセンサーを水底へ向ける。
深さ1.5メートル付近。泥の中に潜む、巨大な生体反応。
「……来るぞ。食材メインディッシュだ」
オレが呟いた瞬間、水面が爆発した。
バシャァァァァンッ!!
大量の水しぶきと泥を巻き上げて現れたのは、全身を青黒い甲殻で覆われた、戦車のような怪物だった。
体長2メートル強。
ハサミの一つが大人の胴体ほどもある。
そして、背後には槍のように鋭い毒針を持った尻尾が、不気味に鎌首をもたげている。
【敵対種:ジャイアント・スコーピオン(大王蠍)】
推定ランク:銀級下位
部位:ハサミ(打撃・切断)、尾(刺突・猛毒)
「キシャァァァッ!!」
蠍が威嚇音を上げ、ハサミを打ち鳴らす。
「うげぇ……! 蠍サソリ!? 無理無理無理! あんなの食べる気!?」
アーシェが悲鳴を上げて後ずさる。
「見た目に騙されるな。……あれは『陸のロブスター』だ」
オレは冷静に評価アプレイズした。
毒さえ処理すれば、これほどの上物はない。
「総員、狩猟開始。……ただし、肉を傷つけるな」
オレは精鍛鋼のウォー・メイスを構えず、素手のまま前に出た。
綺麗な「一本造り」にするには、丁寧な仕事が必要だ。
「マリエル、解体用ナイフだ! ……オレが抑える。お前が神経を切れ!」
「承知しましたわ! 活き締めですわね!」
マリエルが聖銀を地面に置き、腰から新品のナイフを抜いた。
蠍がオレに狙いを定める。
右のハサミが、オレの腰を両断しようと迫る。
オレは回避しない。
ハサミが閉じる寸前、その「関節」部分に手を差し込み、STR19の握力で強制的に開く方向へ力を加えた。
ギチチチチッ……!
《筋力判定:成功(Success)》
「キッ、キィィッ!?」
蠍が困惑の声を上げる。
ハサミが人間の手によって物理的にロックされたのだ。
オレはそのまま踏み込み、蠍の懐に入る。
頭上から毒針が降ってくるが、それは最小限のヘッドスリップで躱す。
《回避判定:成功(Success)》
「今だ、マリエル! ……頭部と胴体の繋ぎ目だ!」
「はいなっ! 失礼いたします!」
《精密攻撃判定:成功(Critical)》
マリエルが蠍の背後に回り込み、甲殻の隙間にナイフの切っ先を突き立てた。
ズブッ。
正確無比。
ナイフは中枢神経を切断し、蠍の運動機能を瞬時に停止させた。
巨体がビクンと跳ね、崩れ落ちる。
「……ふぅ。お見事ですわ」
マリエルがナイフを引き抜く。
「さて……ここからが本番だ」
オレは動かなくなった巨大蠍を見下ろし、腕まくりをした。
「マリエル、解体ショーを始めろ」
「はいな! ……まずは毒袋の摘出からですわね」
マリエルが蠍を裏返し、ナイフを逆手に持って尾の付け根に切り込みを入れた。
紫色の毒液が詰まった袋が露わになる。
緊張の一瞬。
だが、マリエルの手つきには微塵の迷いもない。
「浄化ピュリファイ!」
《魔法判定:成功(Success)》
念のため、切断面に浄化魔法をかける。
紫色の残滓が光に包まれて消滅する。
「毒の除去、完了ですわ! ……さあ、殻を剥きますよ!」
バリッ、メリメリメリッ!
マリエルがSTR16の腕力で、硬い腹側の甲殻を強引に引き剥がす。
現れたのは、透き通るような白く、弾力のある筋肉の塊だった。
「ほら見ろ。……言った通りだろ?」
オレは満足げに頷いた。
マリエルが手際よく身を切り分け、食べやすいブロック状にしていく。
「さあ、調理開始だ。……リーズ、コンロ(鍋)の準備は?」
「ばっちりです! 竈かまども組みました!」
岩場の上には、すでに鋳鉄鍋が鎮座していた。
「まずは油だ。……ケチるなよ」
オレの指示で、マリエルが鍋にたっぷりのオリーブオイルを注ぐ。
「香り付けだ。……ニンニクと唐辛子を投入」
マリエルがニンニク片と、赤唐辛子を油の中に放り込む。
ジュワァァァ……!
爆発的な音と共に、白い煙が立ち上る。
「……っ!」
アーシェの喉が、ゴクリと鳴った。
「肉を入れるぞ。……強火だ、リーズ!」
「はいっ! ……ヒート・アップ!」
リーズが杖をかざし、炎の勢いを強める。
マリエルが蠍のブロック肉を投入した。
ジュワアアアアアッ!!!
最高の音。
白かった肉が、熱を帯びて瞬く間に鮮やかな赤白色へと変わっていく。
「仕上げだ。……岩塩、ブラックペッパー、そして乾燥ハーブ」
マリエルが調味料を振りかける。
ジャッ、ジャッ。
「完成ですわ! ……大王蠍のガーリックソテー・迷宮風!」
マリエルが鍋を火から下ろす。
「……毒見だ」
オレはナイフで一切れ突き刺し、口に運んだ。
プリッ。
弾けるような弾力。その直後、口いっぱいに広がる濃厚な甘み。
「……合格だ」
オレは咀嚼しながらニヤリと笑った。
「食え。……冷める前に食うのが、食材への礼儀だ」
オレは肉をアーシェに差し出した。
「た、食べるわよ! ……私の稼ぎでもあるんだから!」
アーシェは意を決して、肉を口に放り込んだ。
もぐもぐ……。
アーシェの動きが止まる。
「……ん!?」
「美味しい……! なにこれ、すっごく甘い! カニより美味しいかも……!?」
「でしょう? でしょう!?」
マリエルが得意げに胸を張る。
「パンに乗せて食べると、オイルが染みて最高ですよ!」
リーズが幸せそうな顔で頬張っている。
オレも自分の分を確保し、パンと共に口に運んだ。
「……悔しいけど、認めるわ」
アーシェが夢中で肉を頬張りながら言った。
「あんたの言う現地調達……アリかもしれないわね」
「だろう? ……この迷宮は、巨大な生簀いけすでもあるんだ」
兵站維持ロジスティクスは成功だ。
「食ったらすぐに出発だ。……このエネルギーを、次の戦闘ワークにぶつけるぞ」
「「「はいっ!!」」」
「……ごちそうさまでした」
アーシェが満足げに息を吐き、皿代わりの葉に残ったオイルを拭って口に運んだ。
彼女の顔色は、赤みが差し、瞳には力が宿っている。
「状態ステータス確認」
オレは全員を見渡し、観察スキャンを行った。
満腹度:100%。
士気モラール:高揚状態。
「……体の芯が熱いでしょう? それが魔物食の効果だ」
オレは解説した。
「魔力マナの充填率も良好です! ……なんだか、魔法の威力が上がりそうです!」
リーズも杖を握りしめ、やる気に満ちている。
「よし。……撤収作業に入る」
オレは立ち上がった。
「痕跡を残すな。……匂いは消したか?」
「はいな! リーズさんの風魔法で換気済みですわ」
オレたちは再び隊列を組み、湿地帯の奥へと足を踏み入れた。
1400時。第3階層【湿地エリア】最奥。
「……前方、敵影多数」
アーシェの鋭い警告声が響く。
「数は6。……マッドマン(泥人形)とポイズン・トード(毒蛙)の混成部隊よ」
「殲滅する。……マリエル、泥人形の核コアを叩け。リーズ、蛙を焼け」
「承知しましたわ! ……あのアントで試した新技、行きます!」
マリエルが飛び出した。
「重力加速度グラビティ……マシマシですわーッ!!」
《近接攻撃判定:成功(Success)》
《ダメージ計算:2d6 + 筋力修正(+8) + 回転ボーナス(+10) = 25ダメージ》
ボグゥッ!!
圧倒的な質量は、泥人形を「霧散」させた。
「……すごい」
アーシェは後方の毒蛙に狙いを定めていた。
ヒュンッ!
《遠隔攻撃判定:命中(Hit)》
《ダメージ計算:1d8 + 器用修正(+6) = 11ダメージ》
合成弓から放たれた矢が、蛙の口腔内に吸い込まれた。
「ナイスショットだ。……だが、ガスに注意しろ」
「任せてください! ……ウィンド・カッター!」
《魔法判定:成功(Success)》
リーズが杖を振り、真空の刃が毒霧を切り裂いて散らした。
「……ふぅ。体が軽いですね」
リーズが額の汗を拭う。魔法の発動速度が短縮されている。
「これなら行けるわ。……第5階層まで、ノンストップで行くわよ!」
アーシェが不敵に笑う。
1700時。オレたちは第5階層【結晶洞窟エリア】への階段前に到達していた。
周囲の景色は、巨大な結晶が乱立する幻想的な空間へと変わった。
「……綺麗」
リーズが息を呑む。
「油断するな。……ここからは『硬い』敵と『魔法反射』持ちが出る」
オレは地図を確認した。
「本日の行軍はここまでだ。……このエリアの入り口付近に、安全地帯セーフティ・ゾーンがある」
オレは前方にある、崩れかけた古代の石室を指差した。
「野営キャンプの設営を行う。……手際よくだ」
「了解!」
4人が動き出す。
言葉少なに、それぞれの役割を果たす姿は、熟練パーティのような空気感を漂わせていた。
「……ふぅ。疲れたけど、いい疲れね」
アーシェが石室の床に座り込み、水筒の水を一口飲んだ。
「夕食はどうしますか? ……干し肉ですか?」
リーズが期待と不安の入り混じった目でオレを見る。
「今夜は保存食のアレンジだ」
オレは鋳鉄鍋を取り出した。
「『冒険者風ポトフ』だ。……干し肉を水で戻し、長時間煮込むことで出汁を取る」
「わぁ……! 温かいスープですね!」
リーズが顔を輝かせる。
グツグツと煮える音。
オレたちは鍋を囲み、車座になった。
「いただきます」
熱いスープを木のスプーンですする。
「……ん。悪くないわね」
アーシェがパンをスープに浸しながら呟く。
「……明日はこの階層で『ミスリル・タートル』を狩る」
オレはスープを飲み干し、明日の予定を告げた。
「マリエル、お前のメイスと、オレの拳(STR19)で叩き割る」
「はいなっ! 殻割りですわね! 得意分野です!」
「……やっぱり、このパーティ、脳筋寄りよね」
アーシェが呆れたように笑う。
食事が終わり、交代で見張りを立てて就寝の時間となった。
ランプの灯りを落とす。
オレは入り口に座り、精鍛鋼のウォー・メイスを膝に置いた。
本日の収支。
消耗品費:微小。
獲得経験値:良好。
素材獲得:アントの顎、その他雑多な素材。
純利益:黒字確実。
「……順調だな」
オレは闇に向かって小さく呟いた。
アイギスの盾、遠征初日。
作戦行動、異常なし。




