第22話 装備メンテナンス:ドワーフの鍛冶師とのコネ
「……金貨4枚。これが今回の『初期投資額』だ」
早朝の宿屋「踊る熊亭」。 まだ薄暗い部屋の中で、オレは革袋から取り出した金貨をテーブルの上に積み上げた。 黄金の輝きが、ランプの揺らめく光を反射して鈍く光る。
「と、トールさん……。本当にこれ全部、装備に使っちゃうんですか? 老後の貯金とかしなくていいんですか?」
リーズが金貨の塔を恐る恐る指先でつつきながら、心配そうに尋ねてくる。 貧困生活が長かった彼女にとって、貯蓄こそが唯一の安心材料なのだろう。 だが、冒険者稼業において、死蔵された現金ほど無意味なものはない。
「金は持っているだけでは紙切れと同じだ。……適切な『形』に変えて初めて価値を持つ」
オレはベルトのバックルを締め直し、自身の装備を確認した。 革のきしむ音。使い古した装備の匂い。
「今日から1週間、オレたちは『西方大迷宮』に潜る。……あそこはゴブリンの巣とは次元が違う。今の装備スペックのまま突入すれば、機材トラブルで全滅する確率は40%を超える」
「よ、40%……!?」
「だから投資する。……生存率を99%まで引き上げるためにな」
オレは立ち上がり、精鍛鋼のメイスを手に取った。 ずしりとした重量感。 だが、その柄を握るオレの手のひらには、以前とは違う違和感が伝わってきていた。
「行くぞ。……ただし、普通に買えば金貨50枚は下らない品を、この予算で揃える」
「えっ? ……10分の1以下じゃない。そんなの無理よ」
アーシェが首を傾げる。 オレはニヤリと笑った。
「市場価値と、実用価値は違う。……『訳あり物件』を狙うんだ」
バルグの職人街「鉄床地区」。 まだ朝の7時だというのに、この区画だけはすでに昼間のような活気に満ちていた。 通りには荷馬車が行き交い、石炭の焦げる匂いと、鉄を打つ金属音が絶え間なく響き渡っている。
「けほっ……。相変わらず空気が悪いわね、ここは」
アーシェが顔をしかめ、手で鼻を覆う。 だが、その目は輝いている。 彼女もまた、自分の武器がアップグレードされる期待感に胸を膨らませているのだ。
「あら、私は好きですわ。……この硫黄の香り、まるで地獄の釜の蓋が開いたようで、背筋がゾクゾクしますもの」
マリエルが深呼吸をし、うっとりとした表情を浮かべる。 ……この神官、やはり感性がズレている。
オレたちが向かったのは、地区の最奥に店を構える「ガントの鉄槌」だ。 煤で黒ずんだレンガ造りの建物。
カラン、カラン……。
重い木扉を押し開けると、熱波が顔面を打った。 炉の熱気。油の匂い。 そして、カウンターの奥で腕を組んで仁王立ちしている、赤銅色の肌をしたドワーフの姿。
「……チッ。朝っぱらから誰かと思えば、またお前らか」
店主のガントが、太い葉巻を噛みながら不機嫌そうに唸った。
「冷やかしなら帰んな。……と言いてぇところだが、いい面構えになってきやがったな」
「商談だ、親父さん。……今日は『修理』と『在庫処分』を手伝いに来た」
オレはカウンターに進み出ると、腰から精鍛鋼のウォー・メイスを抜き、ドンと置いた。
「まずはこいつを見てくれ」
ガントが眉をひそめ、メイスを手に取る。 彼は無言でルーペを取り出し、メイスの柄とヘッドの接合部を検分し始めた。 数秒後。彼の顔色が変わり、葉巻をカウンターに叩きつけた。
「……おい、嘘だろ? 精鍛鋼だぞ、こいつは。俺が鍛造で叩き上げた一点もんだ。オークの頭蓋骨を100個砕いたってビクともしねえはずだ。……お前、何を殴りやがった?」
「ホブゴブリンの変異種だ。……あと、岩盤を少々」
オレは淡々と答えた。 だが、ガントの驚愕の理由はそこではない。
「原因は敵の硬さじゃない。……『入力過多オーバーロード』だ」
オレは自分の右腕を見せた。 袖をまくると、以前よりも密度を増し、鋼鉄のワイヤーを束ねたような筋肉が露わになる。 STR19。
「インパクトの瞬間、オレの握力とスイングスピードが、素材の降伏点(限界値)を超えている。……武器がオレの出力に追いついていない」
「……は?」
ガントがおずおずと手を伸ばし、オレの上腕二頭筋に触れた。 指先が弾かれるような感触。
「なんだこりゃ……ミスリルの塊みてえだ……。兄ちゃん、お前いつの間に人間辞めたんだ?」
「成長期だと言ったはずだ。……とにかく、今のままじゃ全力で振ると武器が砕ける。調整できるか?」
「……ケッ。腕自慢の客は嫌いじゃねえが」
ガントは悪態をつきながらも、職人としての魂に火がついたようで、ニヤリと猛烈な笑みを浮かべた。
「いいだろう。……芯材に『重重金グラビティ・メタル』の粉末を混ぜて焼き入れ直してやる。重量は3割増しになるが、振れるか?」
「問題ない。……重ければ重いほど、破壊力(威力)は増す」
「交渉成立だ。修理費は金貨1枚頂くぞ」
「ああ。……それと、オレの防具と後ろの連中の武器だ」
オレは金貨袋を揺らした。 残り金貨3枚。 普通に考えれば、1人分の高級装備すら買えない額だ。
「予算は金貨3枚。……この額で、彼女たちに『最強の武器』を用意してくれ。それと、オレの防具を皮鎧にしてくれ。この服じゃ限界だ」
「あぁ? 3枚だぁ?」
ガントが呆れたように鼻を鳴らした。
「舐めてんのか? ミスリル製品ひとつで金貨20枚はするんだぞ。3枚じゃあ、量産品の鉄剣が関の山だ」
「新品(正規品)はいらない」
オレはカウンターに身を乗り出した。
「オレが欲しいのは『不良在庫デッドストック』だ。……あんたの倉庫に眠っている、性能はいいが『誰も使えなくて売れ残っている失敗作』を出せ」
ガントの目がピクリと動いた。 図星だ。 腕のいい職人ほど、自分の技術を過信して「尖りすぎた武器」を作り、持て余すものだ。
「……へッ。目ざとい野郎だ」
ガントがニヤリと笑い、カウンターを出て、普段は客を入れない工房の奥の、さらに奥にある「開かずの倉庫」へとオレたちを招き入れた。
***
倉庫の中は、埃と油の匂いが充満していた。 乱雑に積まれた木箱。壁に立てかけられた、異様な形状の武器たち。
「まずは、そっちの物騒な神官の嬢ちゃんだ」
ガントが一番奥の、鎖で厳重に巻かれた木箱を蹴飛ばした。 中から出てきたのは、白銀色に輝く一本のメイスだった。 見た目は美しい。 だが、その柄は異様に太く、ヘッド部分は凶悪なほど巨大だ。
「見た目はミスリルだ。魔力の伝導率も最高だ。……だが、こいつは『失敗作』だ」
ガントがマリエルに手渡す。
「……っ!?」
マリエルが受け取った瞬間、その腕がガクンと下がった。 見た目の美しさに反して、異常なほど重いのだ。
「な、なんですのこれ……? 鉛……いえ、もっと重い……?」
「『重重金』だ。……やりすぎた。重すぎて誰も振れなくて返品されたんだよ。中身はただの鉛と重重金の塊だから、再利用もできねえ。文字通りの産業廃棄物だ」
ガントがケラケラと笑う。 マリエルは、その言葉にムッとしたように眉を寄せた。 彼女は深呼吸をし、足幅を広げ、腰を入れた。
ブォォンッ!!
《STR判定:成功(Critical)》
マリエルが片手でメイスを振り抜いた。 空気を引き裂く音。 銀色の軌跡が残像となって残る。
「……素晴らしい」
マリエルがうっとりとした表情で、冷たい金属の肌に頬ずりをする。
「見た目は聖なる輝き、中身は殺意の塊……。まさに私わたくしのためにあるような武器ですわ! これなら、どんなに硬い頭蓋も『祈り』と共に粉砕できます!」
「……おいおい、マジかよ。あの重量を片手で振りやがった」
ガントが引きつった笑いを漏らす。 鉄屑価格、金貨1枚でお買い上げだ。
「次は、弓使いの嬢ちゃんだ」
ガントが棚の上から、一本の弓を下ろした。 動物の角、木材、そして金属を何層にも重ねて接着した、複雑な構造の弓だ。
「合成弓の試作品だ。……素材の配合を間違えてな、弦の張力が強くなりすぎた。普通の男でも引けねえ。エルフの繊細な指じゃ、指ごと持っていかれるぞ」
ガントがアーシェに渡す。 アーシェは弓を受け取り、その独特な反り(リカーブ)を指でなぞった。
「……硬そうね。でも、威力はありそう」
アーシェは矢をつがえる動作をして、弦に指をかけた。 息を吸い込み、背中の広背筋を意識して引き絞る。
ギチチチチッ……!
《DEX判定:成功(Success)》
限界まで引き絞られた弦が、静止した。 ブレはない。
「……いい音がしそうね、こいつ。気に入ったわ」
アーシェが弦をゆっくりと戻し、不敵に笑った。 金貨1枚。破格だ。
「そして最後は、そっちのちっこい嬢ちゃんだが……」
ガントが作業台から、煤けた水晶を取り出した。
「『濁ったマナ・プリズム』だ。純度が低くて売り物にならねえが、魔力の許容量だけは無駄にデカイ」
ガントがリーズの杖を指差す。
「お前さん、魔力が暴走しがちだろ? このくらい『抵抗』がある石の方が、お前さんの馬鹿デカイ魔力を制御するフィルターになるはずだ」
「あ、なるほど……! 蛇口をつける、みたいな感じですか?」
「おう、そうだ。……加工賃込みで金貨1枚でいい」
こうして、3人の装備選定が終わった。 総額、金貨4枚。 「使い手を選びすぎる」という一点において、この価格が成立した。
「……へっ。俺の倉庫の掃除をしてくれた礼だ。修理はいつでも持ってこい」
「ああ。……いい腕だ、親父さん」
オレたちは店を後にした。 外に出ると、職人街の喧騒が心地よく感じられた。
「トール様! 私、あのメイスに名前を付けましたの! 『慈悲丸マーシー・クラッシャー』ですわ!」
「……却下だ。シンプルに『聖銀』と呼べ」
「私の弓も、弦音つるねが楽しみだわ。……あんな硬い弓、初めてよ」
「私の杖も、キラキラになりますよ!」
女性陣がはしゃいでいる。 オレもまた、修復された精鍛鋼メイスの感触を想像し、指先を動かした。 次は、兵站ロジスティクスの確保だ。
「行くぞ。……次は市場だ。1週間分の食料を確保する」
「えっ、1週間分? 重くない?」
「現地調達も混ぜる。……マリエル、お前の『包丁』も新調するぞ」
オレたちは市場の方角へと歩き出した。
***
「次は『食』と『住』の確保だ。……野営キャンプの質は、探索の継続能力サステナビリティに直結する」
オレの言葉に、マリエルがピクリと反応した。 彼女の視線が、魔導具店「賢者のポケット」のショーウィンドウに吸い寄せられている。
「……トール様。あ、あれをご覧くださいまし……!」
マリエルがふらふらとショーウィンドウに近づき、中を覗き込む。 彼女が見つめているのは、銀色に輝く一組の調理器具だった。
「魔導調理セット『美食家の戦場』。ドワーフとノームの共同開発品だ」
魔導コンロ、ミスリル加工鍋、浄化機能。 素晴らしい性能だ。 煙を出さずに調理でき、食材の毒素も分解する。
「トール様……。これがあれば、暗く冷たいダンジョンが、光あふれるレストランになりますわ……」
マリエルの口元から、ツツッ……と涎が垂れそうになっている。 彼女の食への執着は異常だ。 極貧時代を生き抜いたトラウマの反動だろう。
「……欲しいか?」
オレの問いに、マリエルが猛烈な勢いで頷く。
「はいっ! 喉から手が出るほど! ……いえ、実際に手を出して奪い取りたいほどに!」
「だが、値段を見ろ。金貨20枚だ」
「……っ!」
マリエルが絶望の表情で崩れ落ちる。
「予算オーバーだ。……今回は見送る。稼げば買ってやる。これは未来への『投資目標』だ」
「……稼げば、買ってくださいますの?」
「必要性が証明されればな。……まずは、今の予算で買える『代替品』で我慢しろ」
オレはマリエルの襟首を掴んで立たせ、庶民向けの金物屋へと引きずっていった。
厚手の鋳鉄鍋ダッチオーブン、解体用ナイフ、スパイスセット。 合計で銀貨10枚。
「……重いですわ」
マリエルが鉄鍋を抱えて不満げに言う。
「文句を言うな。……その重さが、煮込み料理を美味くする」
オレは金物屋を出て、次は市場の食料品エリアへと向かった。
「ねえトール。1週間分の食料って、結構な量よ? 全部持つの?」
アーシェが積み上げられた乾物を見て、顔をしかめる。
「いいや。……持ち込むのは『最低限』だ。メインのタンパク質は『現地調達』する。魔物モンスターだ」
「うげぇぇッ!!」
アーシェが露骨に嘔吐く真似をする。 リーズも顔色を青くして口元を押さえた。
「魔物を食べるんですか……? ゴブリンとか……スライムとか……?」
「ゴブリンは不味いから避ける。……だが、魔獣系や昆虫系は上質なタンパク源だ。毒や寄生虫が心配か? そのために『専門家』がいる。マリエル、お前の浄化魔法と解体知識だ」
「……!」
マリエルの目に光が戻った。
「そうですわね……。道具のせいにするのは三流ですわ。任せてくださいまし、トール様! どんなグロテスクな魔物でも、私が極上のステーキに変えてみせますわ!」
「頼もしい限りだ。……だが、ゲテモノ料理は勘弁な」
アーシェが遠い目をしている。 オレは市場の店主に、大量のスパイスと小麦粉、そして油を注文した。
「準備は整いつつある。……あとはパッキングだ」
オレたちは買い込んだ物資を抱え、宿へと戻る道を歩き出した。 大迷宮への道は、すでに開かれている。
***
宿屋「踊る熊亭」、201号室。 オレたちは最終的な荷造りを行っていた。
「……アーシェ、やり直しだ」
オレはアーシェが詰め終わったバックパックを持ち上げ、床に放り出した。
「えぇっ!? なんでよ! ちゃんと全部入ったじゃない!」
「重心が後ろに偏りすぎている。基本は『重い物を背中側に、軽い物を外側に』だ。この鋳鉄鍋は肩甲骨のすぐ下に配置しろ」
オレはテキパキと荷物を詰め直していく。
「重心が体の軸と一体化すれば、体感重量が減る。1日の移動距離が2キロ伸びる。物理法則フィジックスだ」
オレは次に、水筒の準備に取り掛かった。 水に粗塩と蜂蜜、柑橘系の果汁を絞り入れる。
「トールさん、その濁った水は……?」
「特製経口補水液アイソトニック・ウォーターだ。ミネラルを補給しないと、足が攣るし思考力が落ちる。全員、これを常飲しろ」
準備が整うと、オレはテーブルに西方大迷宮の簡易マップを広げた。
「作戦会議だ。今回の遠征期間は最大7日。目標は、地下第10階層の踏破だ」
「10階層……。かなり深くまで潜りますわね」
マリエルが、新しく買った解体ナイフを拭きながら呟く。
「第6階層以降はアンデッドと昆虫型が増える。マリエル、お前の浄化と解毒が生命線になる。MP管理は徹底しろ」
「承知しましたわ。暴力には暴力を、ですわね?」
「アーシェ。狭い通路での遭遇戦が増える。新しい弓の貫通力で、硬い甲殻類を撃ち抜け」
「任せて。私の可愛い相棒が火を吹くわよ」
「リーズ。お前は灯りと火力だ。特に昆虫型は火に弱い。だが閉鎖空間での爆発は酸欠を招く。換気を意識して撃て」
「はいっ! ……空気の流れを読んで、燃やします!」
全員の役割は明確だ。
「……最後に、食事についてだ。カロリーの8割は現地調達で賄う。安心しろ。マリエルの腕と、スパイスの量で誤魔化す」
「うげぇ……やっぱり本気なのね」
アーシェが顔をしかめるが、マリエルは鉄鍋の蓋を確かめて笑っている。
「ふふ……。いつか必ず、あの『美食家の戦場』を手に入れますわ! そのためにも、この鉄鍋で魔物料理の極意を掴んでみせます!」
「私も手伝います! 火力調整なら任せてください!」
リーズが小さな胸を張る。 魔法の調理への情熱。悪くない。 不安はあるだろうが、それ以上に「このメンバーならなんとかなる」という空気が部屋を包んでいた。
「準備完了だ。行くぞ。……大迷宮がオレたちを待っている」
「ええ。……稼がせてもらうわよ」
「神よ、迷える魔物たちに、美味なる死と救済を……」
「トールさんと一緒なら、どんな暗闇も怖くないです!」
オレは窓を閉め、寝袋に入った。 思考のスイッチを切る。 数秒後には、オレの意識は深い眠りへと落ちていった。
アイギスの盾による初の大規模遠征が幕を開ける。




