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アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


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第21話 報酬分配:初の黒字決算と再雇用交渉

 バルグの街が、黄昏時の茜色から夜の群青色へと沈んでいく時刻。


 冒険者ギルド「戦鬼の鉄床」へ続くメインストリートを、オレたちは無言で歩いていた。


 石畳を踏むブーツの音だけが、やけに重く響く。


「……重いです。肩が外れそうですぅ……」


 最後尾を歩くリーズが、背負った麻袋の位置を直しながら弱音を吐く。


 彼女の足取りはフラフラだ。


 袋の中には、50個を超えるゴブリンの耳と、回収した粗末な武器が詰め込まれている。


 華奢な魔導師には過酷な荷物だ。


「筋トレだと思え。……基礎体力がなければ、高位魔法の詠唱負荷に耐えられんぞ」


「うぅ……。トールさんは平気そうですけど、私とアーシェさんは限界ですよぉ……」


「同意するわ。……腕がパンパンよ」


 アーシェもまた、肩で息をしている。


 彼女の新品の矢筒は空っぽになり、自慢の弓には煤と血がこびりついている。


 だが、その表情は以前のような悲壮感に満ちたものではない。


 疲労の中にも、確かな充実感――「プロとして仕事をやり遂げた」という自負が滲んでいる。


 そんな中、一人だけ異質なオーラを放っている人物がいた。


「ふふ……ふふふ……♡」


 オレの右隣を歩くマリエルだ。


 彼女は自身の背丈ほどもある巨大な荷物を、まるで恋人でも抱きしめるかのように軽々と担いでいた。


「ご機嫌だな、マリエル」


「ええ、ええ! 神よ感謝します……! 今日という日は、私の信仰人生において記念すべき日となりましたわ!」


 マリエルが恍惚とした表情で天を仰ぐ。


「今まで私は、敵を殴るたびに罪悪感を抱いておりました。ですが、トール様はおっしゃいました。『殴打こそが予防医療である』と!」


 彼女は担いでいた荷物を、愛おしそうに撫でた。


「今日の私のメイスは歌っておりました。頭蓋が砕ける感触、肋骨が陥没する手応え……。それらがすべて『仲間を守るための聖なる行い』だと理解した瞬間、世界が輝いて見えましたの!」


「……そうか。そいつは重畳だ」


 オレは苦笑した。


「着いたぞ。……『決算』の時間だ」


 オレたちは、明かりの灯ったギルドの重厚な扉の前に立った。


 オレは躊躇なく扉を押し開けた。


 ギィィィ……バンッ。


 熱気と紫煙、そしてアルコールと汗の臭いが混ざり合った空気が、顔面に吹き付ける。


「……あ? なんだあの薄汚い連中は」


「おい見ろよ、あの血の量。……相当な激戦だったんじゃないか?」


 入り口近くの席にいた冒険者たちが、オレたちの姿に気づき、ざわめき始める。


 オレは周囲の視線を無視し、一直線に査定カウンターへ向かった。


 その道中。聞き覚えのある、不快な笑い声が耳に届いた。


「ギャハハ! だから言ったろ? 女なんてのは『使い捨て』なんだよ!」


 ホールの西側。そこに、昨日アーシェたちを捨てたガレスと、腰巾着の盗賊がいた。


「……ッ」


 アーシェの足が止まる。ガレスがこちらに気づいた。


「あぁ? ……おいおい、誰かと思えば」


 ガレスが赤ら顔でニヤつきながら、わざとらしい大声で叫んだ。


「昨日の『廃棄物』どもじゃねえか! どっかの物好きに拾われたと思ったら、ドブ掃除でもさせられてんのか?」


「ギャハハ! お似合いだぜ! 泥まみれのエルフと、返り血まみれの暴力尼さんかよ!」


 盗賊も同調して囃し立てる。


 だが、今日の彼女は違った。


「……トール。査定、先に行ってて。少し、『ゴミ掃除』をしてから行くわ」


「……許可する。5分で済ませろ」


 オレは短く答え、先にカウンターへと向かった。


 オレはカウンターにたどり着くと、背負っていた麻袋を下ろした。


 ズシッ。


「ト、トール様……? ご無事だったのですか!?」


「結果を見れば分かる」


 オレは袋の底を持ち、一気に中身をぶちまけた。


 ボトボトボトボトッ……!!


 カウンターの上に積み上がったのは、緑色のゴブリンの耳。その数、50以上。


「ひっ……!?」


 受付嬢が悲鳴を上げ、後ずさる。


 だが、これは前菜だ。


「マリエル。……『メインディッシュ』を」


「はいなっ! ……見てくださいまし、この立派な腕を!」


 マリエルが、担いでいたズタ袋をカウンターに叩きつけた。


 ドォォォォンッ!!


 カウンターの中央に鎮座したのは、オーク・バーサーカーの右腕と耳。


「……オーク・バーサーカーの右腕と耳だ。素材価値の査定も頼む」


 静寂。酒場の喧騒が、完全に消滅した。


「……確認、いたしました」


 受付嬢が震える声で叫んだ。


「ゴブリン・ネスト殲滅依頼、達成確認! 合計、金貨5枚(銀貨50枚)となります!!」


 ドヨォォォォォッ!!


 オレは無造作に金貨袋を掴み取り、ゆっくりと振り返った。


 そこでは、アーシェがガレスのテーブルの前に立ち、彼を見下ろしていた。


「な、なんだよ……。金貨5枚だと? 嘘だろ……?」


 ガレスは狼狽し、酒をこぼしている。


「あら、驚いた? ……これが『プロの仕事』よ、ガレス」


「ッ……! まぐれだろ! テメェみたいな誤射野郎に……」


 ヒュンッ!


 ガレスが言い終わる前に、アーシェが目にも止まらぬ速さで矢を引き抜き、ガレスの眉間に突きつけた。

 《遠隔攻撃判定:命中(Hit)》


「ひっ……!?」


 ガレスが固まる。


「誤射? ……笑わせないで。アンタが私の射線の塞いでいただけじゃない」


 アーシェは矢を少し押し込んだ。


「今のリーダーは違うわ。私の射線を完璧に理解し、背中を預けてくれる。だから私は、アンタの時みたいに怯えなくて済むの」


 アーシェは矢を下げ、ガレスのテーブルにある薄いエールを蹴り飛ばした。

 《近接攻撃判定:成功(Hit)》


 ガシャンッ!


「アンタの指示がクソだったって、証明された気分はどう? ……惨めね」


「テ、テメェ……!」


 ガレスが顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。だが、それを制したのは、さらに巨大な影だった。


「お静かに」


 ドォォォンッ!!


 マリエルが、血まみれのヘヴィ・メイスをガレスのテーブルのど真ん中に叩きつけた。


 テーブルが真っ二つに割れ、ガレスが悲鳴を上げて尻餅をつく。


「ヒッ、あ、暴力尼……!」


「マリエルですわ。貴方は私に『前に出るな』とおっしゃいましたわね? ヒーラーは後ろで祈っていろと」


「あ、当たり前だろ! ヒーラーが前に出て死んだら……」


「ええ。……ですが、今の私は違いますの」


 マリエルはメイスを引き抜き、ブンッと片手で振った。


「今のリーダーは、私の『破壊衝動』を肯定してくださいました。『殴れ』『砕け』『癒やしはその後でいい』と!」


 マリエルは恍惚とした表情で、ガレスの股間にメイスの先端を向けた。


「二度と、私の視界に入らないでくださいましね? 次に会った時は、間違えて貴方の頭蓋を『浄化』してしまいそうですから」


「……」


 ガレスは恐怖と屈辱で、ただガタガタと震えることしかできなかった。


「行くわよ、マリエル。そんな男に時間を使うのも勿体ないわ。……私たちはこれから、『特上肉』を食べに行くんだから」


 二人は踵を返し、オレの方へと歩いてきた。


「……終わったか?」


「ええ。スッキリしたわ。……ありがとう、ボス」


「礼には及ばん。……行くぞ、予約の時間だ」


 オレたちは夜の街へと消えていった。


 アイギスの盾は、もはや止まらない。


 ***


 バルグの富裕層エリアにあるレストラン『白銀の匙』。


「個室だ。……金貨1枚チップで、汚れには目をつぶれ」


 オレは指先で金貨を弾いた。給仕長の表情から困惑が消え、最上級の敬意へと切り替わる。


 部屋の中は、別世界だった。


「……すっごい。ここ、貴族か大商人が来るところよ?」


 アーシェが恐る恐る椅子に座る。


「座れ。……この空間も『経費』のうちだ」


 オレは上座につき、年代物の赤ワインと最高傑作の料理を注文した。


「さて。食事の前に、少し早い『報酬』の話をしようか」


 オレは懐から金貨5枚を取り出し、銀貨へと崩してテーブルに並べた。


 チャリン、チャリン……。


「本日の収支報告を行う」


 オレは羊皮紙をテーブルの中央に滑らせた。


「今回の作戦における純利益は銀貨30枚だ。これを、戦闘に参加した3名で均等に分配する。一人あたり、銀貨10枚だ」


「じゅ、10枚っ……!?」


 アーシェが椅子から転げ落ちそうになる。


「ちょっと待って! 私の矢代は? それに昨日の手付金だって……」


「よく見ろ。矢代も昨日の手付金も、すべて『売上全体』から引いてある。つまり、この銀貨10枚は純粋な『手取り』だ」


「……は?」


「矢はお前の私物じゃない。パーティという組織が敵を排除するために使用した『アセット』だ。会社が負担するのは当然だろ」


 オレは淡々と告げた。


「受け取れ。……お前の『技術料』だ」


 アーシェは震える手でそれを受け止めた。


「……本当に、いいの?」


「くどいぞ。……マリエル。お前もだ」


 オレはマリエルの前にも銀貨10枚を置く。


「私は……こんな大金、受け取れませんわ。私は今日、報酬以上の喜びを頂きました」


「労働には対価が必要だ。金があれば、より重いメイスが買えるぞ?」


「……ッ!! なるほど……! 買いますわ! 今すぐミスリル製のメイスを注文しなくては!」


 マリエルが猛烈な勢いで銀貨をしまい込んだ。


「そしてリーズ。お前の分だ」


「えっ? でも私、今日はトドメしか刺してませんよ?」


「お前の殲滅魔法という抑止力がなければ、あんな陣形は組めなかった。存在給だと思って受け取れ」


「存在給……えへへ、なんか嬉しいです」


 全員への分配が完了し、料理が運び込まれてきた。


「乾杯だ。これはただの食事会じゃない。……『本契約』の儀式だ」


 オレは3人の目を見渡した。


「オレについてくるか。ここで金を貰って降りるか。……選べ」


「……決まってるでしょ。あんた以外の下で働くなんて、もう考えられないわ。ボス」


 アーシェが真っ先にグラスを掲げた。


「私もですわ! 貴方様は私の『殴る権利』を保証してくれました!」


「私も! トールさんと一緒なら、どこまでも行けます!」


 チンッ。4つのグラスが重なる。


「……そういえば、私たちまだパーティ名が決まってないわよね?」


 アーシェがふと思い出したように言った。


「『アイギス』はどうだ」


 オレはふと、前世の記憶にある言葉を口にした。


「神話に出てくる『最強の盾』の名だ。オレが盾となり、お前たちが矛となる。攻防一体の要塞」


「アイギス……。悪くないわね」


「決まりだな。今日からオレたちは『アイギスの盾』だ」


「アイギスの盾に……乾杯!」


 ***


 宿に戻ったオレたちは、201号室に集まった。


「本格的な会議の前に、オレは少し席を外す。少しは親睦でも深めておけ」


 オレはそれだけ言い残し、部屋を出た。


 扉が閉まると、部屋には女性3人だけが残された。


「……なんなのよ、あの男。漫画の主人公でも、もうちょっと可愛げがあるわよ」


 アーシェが天井を見上げて呟く。


「ふふ、でもアーシェさん。さっき、すごく嬉しそうでしたよ?」


 リーズが悪戯っぽく微笑む。


「分かりますわ。トール様は私の本性を見抜いて、肯定してくださいましたから」


 マリエルがメイスを磨きながら頷く。


「ねえ、リーズちゃん。あんた、トールとはどういう関係なの?」


 アーシェが身を乗り出して聞いた。


「ち、違います! トールさんは、私の命の恩人で……管理者さんなんです!」


 リーズは自分の過去を語り始めた。呪いの子として納屋に閉じ込められていたこと。


「でも、トールさんは来たんです。呪いじゃない、燃料タンクに蛇口がついていないだけだって言って……」


「……あの男らしい言い回しね」


 アーシェが口元を緩める。


「トールさんが『焼け』と言ったら、世界中を敵に回しても焼きます。私が最強の火力であり続けることが、恩返しですから」


 少女の絶対的な忠誠。


「……参ったわね。新入りの私たちが中途半端な覚悟じゃいられないじゃない」


 アーシェが頭を掻く。


「でも、これだけハイスペックな男なら……うかうかしてるとポジション奪われるわよ?」


「えっ……?」


 リーズが固まる。そして、勢いよく立ち上がった。


「だ、ダメです! トールさんの『一番』は私です! そこだけは、譲りません!」


 顔を真っ赤にして叫ぶリーズに、二人は笑い出した。


 ガチャリ。オレが部屋に戻ると、妙な気配になっていた。


「今後のロードマップを示す。次の目標はここだ」


 オレは羊皮紙の地図を広げた。


「西方大迷宮ウェスト・ラビリンス。この迷宮の第10階層を踏破する」


「大迷宮……!? あそこは銀級以上の場所ですよ?」


「実績クレジットなら今日作った。正規の手続きでは時間がかかりすぎる。飛び級を狙う」


 オレは3人の顔を見渡した。


「資金はある。明日は装備を更新する。ミスリルのメイス、強弓……そして明後日、迷宮へ潜る」


 オレは窓の外の満月を見上げた。


「ついてこれるか?」


「当然よ。リーダー」


「はいなっ、旦那様」


「トールさぁん! 私が一番ですからね!?」


「……意味が分からんが、火力としては一番だ」


 最強のチームによる攻略の始まりだ。

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