第20話 戦闘指揮:「オレが受ける。お前たちは撃て」
「……支給品だ。受け取れ」
バルグの北、ゴブリン・ネストへと続く森の入り口。 早朝の冷たく湿った空気が漂う中、オレは背負っていた麻袋を下ろし、中身を二人の前に放り出した。
ドサッ。
地面に落ちたのは、新品の矢筒が2つと、淡い青色の液体が入った小瓶が3本。 矢筒には、それぞれ20本の矢が隙間なく詰め込まれており、小瓶はガラス越しに微かな魔力の光を放っている。
「……え?」
エルフのアーシェが目を丸くした。 彼女は自分の使い古した矢筒――昨日の時点で残り5本しかなかった――を無意識に背中に隠し、オレと新品の矢を交互に見比べた。
「これ、錐矢じゃない。……鉄鏃の、しかも新品? これ一束で大銅貨5枚はするわよ?」
「今回の作戦用だ。……惜しまず使え」
オレは短く答え、次にマリエルに向き直った。
「マリエル、それはMPポーション(小)だ。……緊急時の保険だと思え。飲むタイミングはオレが指示する」
「ポ、ポーションまで……!? こ、こんな高価なものを、ただの神官如きに……?」
マリエルが小瓶を両手で包み込み、まるで聖遺物でも拝むように震えている。 彼女たちの反応は、オレの想定通りであり、同時にガレスたちの「搾取」がいかに深刻だったかを物語っていた。 通常、冒険者パーティにおいて消耗品は自己負担が原則だ。 だが、それは「個人の財布」を守るためのケチなルールであり、パーティ全体の生存率を下げる悪習だ。
「勘違いするな。……これは『プレゼント』じゃない」
オレは【精鍛鋼のウォー・メイス】を腰に差し直し、革手袋のベルトを締め上げながら言った。
「『必要経費』だ。……弾切れで射撃が止まることや、MP切れでヒールが遅れることは、オレにとって最大のリスク要因だ。それを金で解決できるなら安いものだ」
「……経費、ね」
アーシェが新しい矢筒を手に取る。 ずしりとした重み。 真っ直ぐに伸びたシャフトと、鋭く研がれた鏃。 彼女は一本を引き抜き、その感触を指先で確かめながら、フッと自嘲気味に笑った。
「あんたの考え方はドライすぎて、逆に安心するわ。……これなら、遠慮なく撃てる」
「ああ。……一発銅貨3枚(300円)だと思え。外せば銅貨3枚の損失だが、当てれば経験値という利益になる」
「ふふっ、了解よ。……指揮官」
アーシェが矢筒を腰に装着する。 カチャリ、という留め具の音が、彼女の戦闘準備完了の合図だった。
「行くぞ。……陣形確認」
オレは森の奥、薄暗い獣道を指差した。
「先頭はオレ。……マリエル、お前はオレの右後方、2メートルの位置だ。サブタンクとして遊撃しろ」
「はいなっ! ……物理的なお祈り、準備完了ですわ」
「リーズ、お前は最後尾。……広範囲警戒だ」
「了解です! 背中は任せてください!」
「アーシェ、お前は中央だ。……オレの動きに合わせて射線を確保しろ」
オレたちは歩き出した。 ブーツが落ち葉を踏みしめる音。 森特有の土の匂いと、朝露を含んだ草木の香り。 そして、風に乗って微かに漂ってくる、獣の脂臭い体臭。
オレは【次元を超えた知識】の感度を最大まで上げた。 視界の端で揺れる枝葉。 鳥の声の途切れ方。 湿度90%。風速2メートル、北からの向かい風。 全ての環境情報が、オレの脳内でデジタルな数値へと変換され、リスクマップとして構築されていく。
《知識判定:成功(Success)》
(……二人の緊張度(ストレス値)、依然として高め)
オレは背後の気配を探った。 マリエルの足音が重い。メイスを握る手に力が入りすぎている。 アーシェの呼吸が浅い。 昨夜の「意識改革」で理論は理解しても、身体に染み付いた「恐怖の記憶」はそう簡単には消えない。 ガレスに怒鳴られ続けたトラウマが、無意識のブレーキ(抑制反射)となって動作を鈍らせている。
(……早めの『成功体験』が必要だ)
オレは足を止めずに、ハンドサインを出した。 【停止】。 【前方・敵影あり】。
3人が即座に反応し、身を低くして木陰に隠れる。 オレが指差した先、約30メートル前方の岩陰。 そこに、2匹のゴブリンがいた。
【敵対種:ゴブリン(見張り役) × 2】 状態: 警戒中(欠伸をしている) 装備: 粗末な棍棒、皮の盾
ネストの生き残りか、あるいは別動隊か。 いずれにせよ、今のパーティにとって最適な「動く的」だ。
「……アーシェ」
オレは声を潜め、隣の木陰にいるエルフに指示を送った。
「右の個体を狙え。……距離30。風読み不要」
「……っ」
アーシェが弓を構える。 だが、その指先が微かに震えているのが見えた。 矢をつがえ、弦を引き絞る。 昨夜の調整で弦のテンションは下げてあるはずだが、彼女の筋肉が強張りすぎて、スムーズに引けていない。
(……『外したら怒られる』。その思考がノイズになっている)
オレは彼女の震えを見ても、何も言わなかった。 ただ、自分のメイスを握り、重心を前足に移しただけだ。
「外してもいい。……撃て」
短く、低く告げる。 その言葉がトリガーとなった。 アーシェが息を止め、弦を離す。
ヒュンッ!
放たれた矢は、真っ直ぐに飛んだ――かに見えた。 だが、リリースの瞬間の指のひっかかりが、わずかな軌道のズレを生んだ。 矢はゴブリンの頭部ではなく、左肩の肉を浅く削ぎ落とすコースへと逸れた。
《遠隔攻撃判定:命中(浅い傷)》 《ダメージ計算:1d8 + DEX修正(+3) = 4ダメージ》
「ギャッ!?」
ゴブリンが悲鳴を上げ、矢は背後の木に突き刺さる。 失敗。 仕留めそこなった。
「しまっ……!」
アーシェの顔色が青ざめる。 「怒鳴られる」。 彼女の身体が反射的に縮こまろうとした。
だが、オレはすでに動いていた。
ダァァンッ!!
地面を蹴る。 STR19の加速力。 30メートルの距離を、わずか2秒で踏破するトップスピード。
《移動:全力移動(Dash)》
「ギョッ!?」
左側のゴブリンがオレの接近に気づき、慌てて棍棒を振り上げようとする。 遅い。 オレの目には、奴の動きがコマ送りのように止まって見えた。
(……重心が高い。右脇が空いている)
オレはメイスを振らなかった。 左手の鉄の籠手で、ゴブリンの顔面を走り抜けざまに鷲掴みにする。 グシャッ。 勢いを殺さず、そのままゴブリンの後頭部を岩盤に叩きつける。 頭蓋破砕。即死。
《近接攻撃判定:自動成功(不意打ち)》 《ダメージ計算:1d4(籠手) + STR修正(+4) + 奇襲ボーナス(+2) = 10ダメージ(即死)》
そして、オレは止まらずに右へ旋回した。 そこにいるのは、アーシェが撃ち漏らし、肩から血を流してパニックになっているもう一匹のゴブリンだ。 奴は痛みに叫び声を上げ、仲間を呼ぼうと息を吸い込んでいた。
「させるか」
オレの右腕が唸る。 【精鍛鋼のウォー・メイス】による、下段からのすくい上げ。 軌道は完璧。 ゴブリンの顎を捉え、その悲鳴ごと口腔を粉砕し、脳を揺らした。
ガゴッ。
《近接攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:1d8 + STR修正(+4) = 11ダメージ(即死)》
ゴブリンの身体が空中で一回転し、ボロ雑巾のように地面に叩きつけられる。 ピクリとも動かない。 2匹同時処理。所要時間、4秒。
森に静寂が戻った。
「……ぁ……」
アーシェが弓を下ろし、呆然と立ち尽くしている。 彼女の顔には、恐怖が張り付いていた。 失敗した。仕留め損ねた。 これから罵倒が飛んでくる。 「役立たず」「矢の無駄だ」と罵られる。
オレは血振るいをしてメイスを納め、ゆっくりと振り返った。 そして、アーシェに向かって歩き出した。
アーシェがビクリと肩を震わせ、目を伏せる。
「……悪かったわ。……次からは……」
「ナイスショットだ」
オレの言葉に、アーシェが弾かれたように顔を上げた。
「……え?」
「今の矢、いいコースだった。……肩を射抜いたおかげで、敵の体勢が崩れた。だからオレが接近する隙ができた」
オレは嘘をついていない。 結果論だが、彼女の攻撃は「牽制アシスト」として機能した。 重要なのは「外したこと」を責めるのではなく、「撃ったこと」を評価し、次への修正フィードバックを与えることだ。
「弦の張りはどうだ? ……昨日より引きやすかったはずだ」
「え、あ、うん……。軽かった、わ……」
「ならいい。……次は、あと指一本分右を狙え。そうすれば脳天だ」
オレは淡々と告げ、次へ進むように促した。 怒鳴らない。溜息もつかない。 ただの「調整作業」として処理する。
アーシェの瞳から、怯えの色が消えていく。 代わりに浮かんだのは、驚きと、そして安堵の色だった。
「……本当に、怒らないのね」
「怒るコストが無駄だ。……行くぞ、本番はこれからだ」
オレは背を向け、再び先頭に立った。 背後で、マリエルが小さな声で言ったのが聞こえた。 「……神よ、今の動き……参考になりますわ。私も早く頭蓋を……」
どうやら、こちらの神官も「教育」の成果が出始めているようだ。 準備運動は終わった。 次は、巣の中での乱戦だ。 そこでオレは証明してみせる。 「タンク(盾)」という役割が、単なる肉壁ではなく、戦場を支配する「管理者」であることを。
***
「……臭いな」
洞窟内部へ足を踏み入れた瞬間、鼻孔を刺すアンモニア臭と、腐った肉の甘ったるい臭気が、湿気と共に全身にまとわりついた。 以前オレたちが燻り出しに使った唐辛子の残り香と、ゴブリンの体臭が混ざり合い、この世のものとは思えない悪臭のハーモニーを奏でている。
「うげぇ……。帰ったらこのローブ、洗濯代いくらかかるのよ」
背後でアーシェが小声で愚痴をこぼす。 冒険者にとって、装備のクリーニングは切実な問題だ。 特にゴブリンやスライムの体液は繊維の奥まで染み込むため、特殊な溶剤を使わなければ落ちない。銀貨1枚は飛ぶだろう。 だが、そんな生活感あふれる悩みも、ここから先は命取りになる。
「無駄口を叩くな。……消耗品コストの心配より、命の心配をしろ」
オレは【精鍛鋼のウォー・メイス】を構え、通路の先にある広間へと踏み込んだ。
そこは、以前ホブゴブリンが鎮座していた最奥の手前にある、中規模のホールだ。 焚き火を囲むようにして、15匹ほどのゴブリンが屯していた。 武器の手入れをしている者、何か(おそらく小動物)を食べている者。 弛緩した空気。 だが、オレたちの足音が響いた瞬間、その場の空気が凍りつき、一瞬にして殺気へと反転した。
「ギャギャッ!? ギィィィッ!!」
侵入者だ。殺せ。 単純な思考回路に従い、ゴブリンたちが一斉に錆びたナイフや棍棒を掴んで立ち上がる。 数は16。 個体レベルは低いが、数による暴力は、心理的な圧力を生む。
「……ッ、多い……!」
アーシェが息を呑み、足が止まる。 以前の彼女なら、ここで後退して射線を失っていた場面だ。 だが、今日の指揮官はガレスではない。
「陣形維持。……マリエル、前へ」
オレは足を止めず、さらに一歩踏み込んだ。
「右翼を展開しろ。……来るぞ」
オレが【鉄の籠手】を打ち鳴らすと、ゴブリンたちの視線が一斉にオレに向いた。 先頭の3匹が、唾を撒き散らしながら飛びかかってくる。
「マリエル! ……『予防医療』の時間だ!」
「はいなっ!」
オレの指示に、マリエルが反射的に動いた。 彼女の眼前に、棍棒を振り上げたゴブリンが迫る。 普段なら、ここで盾を構えるか、目を瞑って耐えるところだ。 だが、彼女の手には今、凶悪な質量のヘヴィ・メイスがある。 そして、オレの言葉が脳裏に焼き付いている。 ――『敵を殺せば、ヒールはいらない』。
(……踏み込みよし。腰の回転、良好)
オレは横目で彼女の動作を確認した。 マリエルは法衣の裾を翻し、しっかりと大地を踏みしめた。 神官とは思えない、完璧な重心移動。 彼女はメイスを振りかぶり、ゴブリンの脳天めがけて振り下ろした。
「不浄なる魂に……安息をッ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
重い。 音が違う。 オレのメイスが「硬質な破壊音」なら、彼女のヘヴィ・メイスは「重厚な圧殺音」だ。 ゴブリンの頭部が、熟れた果実のように弾け飛んだ。 棍棒ごと、腕ごと、頭蓋ごと。 圧倒的な質量差による、一方的な蹂躙。
《近接攻撃判定:クリティカル(Critical)》 《ダメージ計算:2d6 + STR修正(+2) = 14ダメージ(即死・圧殺)》
「……え?」
マリエルが目を見開く。 手に残る、確かな感触。 敵が反撃する間もなく沈黙した事実。 被弾ゼロ。MP消費ゼロ。 最も効率的な「解決」が、そこにあった。
「素晴らしいスイングだ。……次!」
オレの称賛が、彼女の脳内麻薬の蛇口を開いた。
「はいなっ! ……次の方、診察(物理)ですわよ!」
マリエルの瞳が怪しく輝き、彼女は自ら次のゴブリンへと歩み寄っていった。 覚醒完了だ。
だが、戦況は混戦へ突入していた。 オレの周囲には、すでに6匹のゴブリンが群がっていた。 マリエルが右翼を支えているとはいえ、中央の負荷は高い。
「キキッ! ギャァッ!」
足元に絡みつくゴブリン。 錆びたナイフが、オレの膝の隙間や、脇腹の継ぎ目を狙ってくる。 オレはSTR19の脚力で踏ん張り、籠手でナイフを弾き、メイスで頭を勝ち割る。 だが、処理速度には限界がある。
《回避判定:成功(Success)》 《近接攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:1d8 + STR修正(+4) = 9ダメージ(撃破)》
その時。 オレの死角――左後方から回り込んだゴブリンが、オレの背中に飛びつこうとした。
(……反応遅れ。迎撃不可)
オレはマリエルのカバーに入っており、左側が空いていた。 このままでは背中を取られる。 ダメージは大したことないが、体勢を崩されれば囲まれるリスクがある。
「アーシェ! 撃て!」
オレは叫んだ。 振り返らない。視線も送らない。 ただ、背後の射手を信じて指示を飛ばす。
「ッ……!?」
後方にいたアーシェの視界には、オレと、オレに重なるようにして飛びかかるゴブリンが映っているはずだ。 距離10メートル。 射線上には、オレの左腕がある。 少しでも手元が狂えば、矢はオレの腕に突き刺さる。 ガレスなら「バカ野郎! 撃つな!」と怒鳴り散らす場面だ。
アーシェの指が止まる。 恐怖。トラウマ。 『当ててしまったらどうしよう』。
「迷うな! ……オレごと貫け!」
オレの怒号が、彼女の迷いを断ち切った。 オレは左腕を動かさない。 そこを「壁」として固定する。 動かない的。絶対の信頼。
「……っ、もう知らないっ!」
アーシェが覚悟を決める気配。 弦が弾かれる音。
ヒュンッ!
矢が空気を切り裂く。 スローモーションのように感じる時間の中で、オレは飛来する矢の軌道を感じ取った。 正確だ。 だが、オレの予測よりもわずかに「内側」を攻めている。 ギリギリを狙いすぎたか。
カィィィンッ!!
高い金属音が響き、火花が散る。 矢の鏃が、オレの左腕の【鉄の籠手】を掠めたのだ。 だが、弾かれた矢は勢いを失わず、軌道を微修正されて、オレの背後にいたゴブリンの右目に深々と突き刺さった。
《遠隔攻撃判定:クリティカル(跳弾)》 《ダメージ計算:1d8 + DEX修正(+3) = 11ダメージ(急所)》
「ギ、ギャッ……!?」
ゴブリンが痙攣し、オレの背中に触れることなく崩れ落ちる。
「……当たっ……え?」
アーシェが弓を下ろし、呆然としている。 彼女は見たはずだ。自分の放った矢が、オレの腕に当たった瞬間を。 「やってしまった」という絶望が顔に浮かぶ。
だが、オレは倒れない。 怒りもしない。 ただ、左腕の籠手を軽く振り、ついた傷を確認しただけだ。 深さ1ミリ。 塗装が剥げた程度。 CON19と重装甲の前では、誤射など「擦り傷」ですらない。
「……いい腕だ」
オレは振り返りもせず、次の敵を殴り飛ばしながら言った。
「今の跳弾、計算通りか? ……籠手のカーブを利用して軌道を曲げるとはな。大したテクニックだ」
「は……? い、いや、今のは……」
アーシェが口ごもる。 計算なわけがない。ただのミスショットだ。 だが、オレはそれを「成功」として定義した。 結果として敵は死に、オレは無傷だ。ならば、それはナイスショットなのだ。
「オレの背中は安全地帯だと言ったろ」
オレはニヤリと笑った(背中越しに気配で伝える)。
「お前の矢ごときで、オレの防御は抜けない。……だから、もっと攻めろ。ギリギリを狙え。オレを『遮蔽物』として使え」
アーシェが息を呑む。 自分のミスが許容され、あまつさえ戦術として肯定された。 彼女の中で、何かが弾けた音がした。 恐怖という名の足枷が外れ、純粋な射手としての本能が解き放たれる。
「……生意気な盾ね。言われなくても、次は耳の横を通してあげるわ」
アーシェの声色が変わる。 震えが消え、挑発的な響きを帯びる。 矢筒から次の矢を引き抜く動作が、驚くほど速くなった。
「マリエル! 右の2匹を押し返せ! リーズ、奥の増援を燃やせ!」
「はいなっ! 天誅!」
「はいっ! ……【ファイア・ボルト】!」
戦場が変わった。 個々がバラバラに動いていた「烏合の衆」から、一つの意思を持った「有機的なシステム」へ。 オレが支え、マリエルが砕き、アーシェが射抜き、リーズが焼く。 それぞれの歯車が噛み合い、ゴブリンという名の不良在庫を次々と処理していく。
《戦況:パーティ優勢》
(……回っている)
オレは返り血を浴びながら、確かな手応えを感じていた。 これが「パーティ」だ。 1+1+1+1が、4ではなく10になる瞬間。 オレの生存戦略は、今この瞬間、理論から実証へと昇華した。
「掃討戦だ。……一匹残らず駆除するぞ」
オレたちは、ゴブリンの群れの中央を、まるで重戦車のように突き進んでいった。
***
「……来るぞ。空気が変わった」
洞窟の最深部、広間から続く隘路の先で、オレは足を止めた。 ここまでの一方的な蹂躙劇で、雑魚ゴブリンの悲鳴は絶えた。 代わりに漂ってきたのは、濃密な血の匂いと、焼け焦げた肉の臭気、そして肌にまとわりつくような重いプレッシャーだ。
「トールさん……。奥に、大きいのがいます」
最後尾のリーズが、杖を握りしめて警告する。 彼女の魔力感知が、異常な反応を捉えているのだ。
ズシン……ズシン……
重い足音が響く。 暗闇の奥から姿を現したのは、身の丈2メートル半はあろうかという巨体。 緑色の皮膚は分厚い脂肪と筋肉の鎧に覆われ、手には巨大な戦斧を携えている。 瞳は血走り、口からは泡を吹いている。
【敵対種:オーク・バーサーカー】 推定ランク: 銀級相当 特性: 激怒(HPが減少しても戦闘力が落ちない)、不屈(HP0でも行動可能)
「……ゴブリンの親玉にしては上等だな」
オレは冷静に敵戦力を分析した。 通常のオークとは違う。薬物か、あるいは特殊な儀式で強化された個体か。 銀級相当。今のオレたちには格上の相手だ。
「総員、戦闘配置」
オレの声に、背後の空気がピリリと引き締まる。
「マリエル、右へ展開。……奴の注意を引くな。死角に潜め」
「はいなっ! ……神の慈悲を届ける準備を」
「アーシェ、左後方の岩場へ。……狙うのは『右膝』だ」
「了解。……外さないわよ」
「リーズ、最大火力の準備だ。……合図を待て」
指示から展開まで、わずか3秒。 以前のようなパニックも、迷いもない。 彼女たちはすでに、オレの手足となって動くことに躊躇がない。
「グオォォォォォッ!!」
オークが咆哮し、地面を蹴った。 巨体が戦車のように加速する。 狙いは、最も脅威度の高い(あるいは最も目立つ)オレだ。
(……速度、秒速10メートル。単純な突進)
オレは逃げなかった。 タンクが下がることは、パーティの崩壊を意味する。
「来いッ!!」
オレは【精鍛鋼のウォー・メイス】を捨て、両手の【鉄の籠手】を前に構えた。 衝突の瞬間。 オレは正面から受け止めるのではなく、奴の振り下ろした戦斧に対し、自身の重心を低く潜り込ませた。
ドォォォンッ!!
衝撃。 背骨がきしみ、ブーツが石畳を削って火花を散らす。 オークの剛腕による一撃。 だが、オレはSTR19とCON19の全ステータスを「防御」に回し、その場に縫い付けられた杭のように踏み止まった。
《耐久判定(CON):成功(Success)》 《ダメージ計算:2d12(オーク斧) - 防御・衝撃吸収(15) = 3ダメージ》
「ぐ、ぅぅッ……!!」
「トールさん!」
「動くな! ……『固定』した!」
オレは叫んだ。 オークの戦斧の柄を脇で抱え込み、動きをロックする。 奴が暴れ、オレを振りほどこうとする。 ミシミシと筋肉が断裂する音が体内で響く。 だが、この膠着状態こそが、オレが作り出した「処刑台」だ。
「今だ! ……やれッ!!」
オレの号令が、処刑執行の合図だった。
ヒュンッ!
まず、左方から鋭い風切り音が走る。 アーシェの矢だ。 オレの身体のわずか数センチ横を掠め、オークの右膝関節――体重を支えている一点に、正確無比に突き刺さる。
《遠隔攻撃判定:命中(部位狙い)》 《ダメージ計算:1d8 + DEX修正(+3) = 8ダメージ(足止め)》
「ギャウッ!?」
膝を射抜かれた巨体が、ガクリと体勢を崩す。 そこへ、右の闇から死神クレリックが躍り出た。
「物理的な懺悔の時間ですわーッ!!」
マリエルが遠心力を乗せて振り回したヘヴィ・メイスが、完璧なタイミングでオークの脇腹に炸裂する。
ボキャァッ!!
肋骨が粉砕される湿った音。
《近接攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:2d6 + STR修正(+2) = 11ダメージ》
オークが苦悶の声を上げようと口を開く。 だが、その口に吸い込まれたのは空気ではない。
「【ファイア・ボルト(火炎弾)】!!」
正面奥、リーズの杖から放たれた紅蓮の火球が、オレの頭上を越えて、ボスの口腔内に着弾した。
ズドォンッ!!
体内での爆発。 目玉が飛び出し、口から黒煙を噴き出して、バーサーカーは声にならない断末魔と共に仰け反った。
《魔法攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:2d10(火属性) = 16ダメージ》
「……終わりだ」
誰もがそう思った。 HPは確実にゼロになっているはずだ。 だが。
「オ゛ォォォ……ッ!!」
オークの目が、まだ光っていた。 白濁し、焦点は合っていない。だが、殺意だけがそこに残っている。 【不屈(Relentless Endurance)】。 HPが尽きても、肉体が滅びるその瞬間まで敵を殺そうとする、オーク種の厄介な特性。
ブンッ!!
死に体のオークが、裏拳気味に戦斧を振り回した。 予備動作なし。死角からの暴威。 回避は間に合わない。
《オーク特殊能力:不屈(HP1で生存)》
「――想定内だ」
オレの思考は加速した。 この反撃こそが、こいつの最後の牙。 オレは左手のガントレットを盾にするように掲げ、衝撃のベクトルに合わせて身体をひねった。
【戦技:受け流し(パリー)】
ガギィィンッ!!
重い衝撃が左腕を襲う。 骨がきしむ音がした。だが、折れてはいない。 戦技によるダメージ軽減と、CON19のタフネスが、致死の一撃を「痛打」へと抑え込んだ。
《オーク近接攻撃判定:命中(Hit)》 《トール戦技判定:受け流し(Parry)成功》 《ダメージ計算:2d12 - 戦技軽減(1d8+5) = 4ダメージ》
「ぐっ……!」
痛みで視界が明滅する。 だが、オレは倒れない。 即座に、自身の内側にある予備タンクを開放する。
【底力(Second Wind)】
熱い奔流が体内を駆け巡り、損傷した組織を瞬時に修復していく。 体力が戻る。 呼吸が整う。
《トール能力:底力(Second Wind)》 《回復計算:1d10 + Lv5 = 11回復》
「……往生際が悪いぞ」
オレは一歩踏み込み、右手の拳を固めた。 がら空きになったオークの顔面。 そこに、渾身の力を込めた一撃を叩き込む。
ドゴォォォォンッ!!
今度こそ、オークの巨体が崩れ落ちた。 痙攣し、やがて動かなくなる。 完全沈黙。
《近接攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:1d4 + STR修正(+4) = 7ダメージ(完全撃破)》
「……ふぅ」
オレは息を吐き、左腕を回した。 痺れは残っているが、機能に問題はない。 バトルマスターの技術と、ファイターの生存本能。 その両方が噛み合った勝利だった。
「トールさん!」 「ボス!」
リーズとアーシェが駆け寄ってくる。 マリエルも、血まみれのメイスを担いで戻ってきた。
「大丈夫ですか!? 最後、すごい音が……」 「問題ない。……計算通りの『受け』だ」
オレは3人を見渡した。 性格も能力もバラバラ。前のパーティではお荷物扱いされていた連中。 だが、今ここでは、間違いなく「最強のパーティ」の原石だ。
「さて、報酬の回収だ。……銀貨30枚分の仕事は終わった」
オレはオークの耳をナイフで切り取りながら、ニヤリと笑った。 分厚い耳。 こいつの素材価値と、依頼報酬を合わせれば、昨日の投資分は軽く回収できる。
「どうだ? 悪くない稼ぎだろう?」
オレの言葉に、アーシェとマリエルが顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。
「ええ、そうね。……悪くないわ」 「ふふ、最高ですわ」
洞窟の奥に、4人の笑い声が響く。 それは、新生パーティの門出を祝う、勝利のファンファーレのようだった。




