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アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


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17/27

第17話 鉄級初仕事:ゴブリン・ネストの殲滅戦

「……素晴らしいな。新品の革の匂いだ」


宿屋「踊る熊亭」の食堂。


朝の柔らかい陽光が差し込むテーブルで、オレは新しい革手袋の感触を確かめていた。


昨日の「装備更新」で購入した予備の消耗品だ。


ギュッ、ギュッ。


拳を握り込むたびに、新品特有の硬さと、植物タンニンでなめしたばかりの革の香りが鼻腔をくすぐる。


以前のボロ布とは違い、指先の感覚を阻害しない絶妙なフィット感。


これなら、武器のグリップ力が30%は向上するだろう。


「トールさん、見てください! スープにお肉がゴロゴロ入ってますよ!」


向かいの席では、リーズがスプーンを片手にはしゃいでいる。


彼女が纏っているのは、昨日手に入れた【見習い魔術師の防護ローブ(改)】だ。


濃紺の生地が朝日に映え、銀糸の刺繍がキラリと光る。


彼女は食事中もフードを脱ごうとせず、時折袖口で顔を擦り付けては、うっとりとしている。


「冷めないうちに食え。……今日は長丁場になる」


「はいっ! ……んぅ~、おいしいですぅ……」


リーズが頬を緩ませる。


温かい食事、清潔な衣服、そして安定した睡眠。


これらは単なる贅沢ではない。CON(耐久力)とMEN(精神力)を維持するための必須メンテナンスだ。


昨日の泥仕事で稼いだ銀貨は、確実にオレたちの「生存力」へと変換されている。


「行くぞ。……鉄級としての『初稼ぎ』だ」


オレは最後のパンを口に放り込み、席を立った。


腰には黒鉄のメイス。


そのずしりとした重量感が、オレの腰骨に心地よい負荷をかけていた。


***


冒険者ギルド「戦鬼の鉄床」。


午前8時。


ホールは依頼を求める冒険者たちの熱気と、安酒の残り香、そして紙とインクの匂いで満ちていた。


「おはようございます、トール様」


受付嬢が、昨日とは打って変わって恭しい態度で挨拶をしてくる。


胸元に輝く【鉄級】のタグ。


それは、この街において「素人」を卒業し、「労働力」として認められた証だ。


オレたちは掲示板の前に立った。


鉄級になったことで、受注可能な依頼クエストのランクが上がっている。


だが、オレの目は「薬草採取」や「街道警備」といった、安全だが単価の低い依頼(ローリターン案件)を素通りしていく。


(……日当・銀貨1枚。これでは装備の減価償却に一ヶ月かかる)


(……商隊護衛。拘束時間が長すぎる。時間単価(時給)が悪すぎる)


オレの視線が止まったのは、掲示板の端。


赤インクで【危険】と書かれた羊皮紙だった。


【討伐依頼:ゴブリン・ネスト(巣)の殲滅】 場所: 北の森、石灰岩の洞窟 推定戦力: ゴブリン50匹以上、ホブゴブリン確認済み 報酬: 金貨3枚(銀貨30枚相当) + 素材買取 推奨人数: 4〜6名(前衛2、後衛2、回復1以上推奨)


「……これだ」


オレが依頼書を指差すと、横にいたリーズが「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。


「ゴ、ゴブリンの巣……ですか? 50匹って書いてありますよ……?」


「ああ。……報酬は金貨3枚。昨日のスライム駆除の倍以上だ」


「で、でもっ! 推奨人数を見てください! 私たち二人だけじゃ……!」


リーズが青ざめる。


常識的な反応だ。


1対25。単純な戦力比で見れば、袋叩きにされて終わる。


だからこそ、この依頼は高い報酬にもかかわらず売れ残っている。


「数は問題じゃない。……重要なのは『地形ジオメトリ』だ」


オレは依頼書を剥がし、受付へ持っていった。


「こ、これを受けるんですか!? トール様、正気ですか!?」


受付嬢もまた、目を丸くして止めに入った。


彼女の業務マニュアルには『自殺行為を止めろ』と書いてあるのだろう。


「やめておいた方がいいです! 先週も鉄級のフルパーティ(6人)が挑んで、半壊して逃げ帰ってきたんですよ!? 狭い洞窟で囲まれたら終わりです!」


「……囲まれなければいい」


オレは短く答え、タグを提示した。


「それに、これだけの『不良債権ゴブリン』を放置すれば、いずれ街への被害が出る。……オレたちが処理クリアする」


トールの思考回路において、ゴブリンは敵ではない。


駆除すべき「害獣」であり、同時に回収すべき「資源」だ。


正面から騎士道精神で戦うつもりなど毛頭ない。


***


依頼を受注した後、オレたちは武器屋ではなく、市場の雑貨屋へと向かった。


香辛料や乾物を扱う店だ。


鼻をつくスパイスの刺激臭。


「いらっしゃい。……なんだい、料理でもするのか?」


店主の老婆が怪訝そうに聞いてくる。


オレがカウンターに並べた品物が、冒険者の買い物リストとしては異質すぎたからだ。


【植物油(安物)】 × 樽1つ分

【乾燥唐辛子の粉末】 × 大袋2つ

【硫黄の欠片】 × 少々 【よく乾いた藁】 × 大量


「……トールさん? 今日はカレーか何かを作るんですか?」


リーズが唐辛子の粉を見て、不思議そうに首を傾げる。


平和な発想だ。


だが、オレが作ろうとしているのは夕食ではない。


「違う。……『化学兵器』だ」


オレは油の入った瓶を手に取り、その重さを確かめた。


ずしりとした液体の感触。


これが炎と混ざり合い、唐辛子の成分カプサイシンを揮発させた時、狭い洞窟内は生物にとっての地獄に変わる。


「ゴブリンは狭い穴を好む。……だが、換気設備ベンチレーションまでは気が回らない生き物だ」


オレはニヤリと笑い、代金の銀貨2枚を支払った。


武器や防具への投資ではない。


これは「戦術的消耗品」への投資だ。


銀貨2枚で、50匹の軍勢を無力化できるなら、コストパフォーマンスは最高だ。


「荷物を持ってくれ、リーズ。……重いが、これも修行だ」


「は、はいっ! ……うぅ、唐辛子の匂いで目がチカチカします……」


リーズが藁の束と唐辛子の袋を背負う。


新しいローブが汚れないように気にしているのが微笑ましいが、これから向かう場所は、そんな気遣いが吹き飛ぶほどの泥沼だ。


市場を出ると、北の森の方角には灰色の雲が垂れ込めていた。


風に乗って、微かに獣の臭いが漂ってくる気がする。


「行くぞ。……害虫駆除ペスト・コントロールの時間だ」


オレは黒鉄のメイスを担ぎ直し、一歩を踏み出した。


その先に待つのは、英雄的な冒険ではない。


一方的で、陰湿で、そして極めて効率的な「虐殺劇」だ。


***


「……来るぞ。空気が変わった」


洞窟の最深部、広間から続く隘路の先で、オレは足を止めた。


ここまでの一方的な蹂躙劇で、雑魚ゴブリンの悲鳴は絶えた。


代わりに漂ってきたのは、濃密な血の匂いと、焼け焦げた肉の臭気、そして肌にまとわりつくような重いプレッシャーだ。


「トールさん……。奥に、大きいのがいます」


最後尾のリーズが、杖を握りしめ、震える声で警告する。


彼女の魔力感知が、異常な反応を捉えているのだ。


ズシン……ズシン……


重い足音が響く。


煙の向こうから現れたのは、通常のホブゴブリンよりも一回り巨大な、赤黒い皮膚を持つ怪物だった。


右腕が異様に肥大化し、岩のような筋肉の隆起を見せている。


手には武器を持っていない。いや、その丸太のような右腕そのものが、凶悪な質量兵器だ。


【敵対種:ホブゴブリン・変異種ミュータント

推定STR: 20(Bランク相当・人間限界)

状態: 興奮バーサーク


《魔物知識判定:成功(Success)》


「……趣味の悪い筋肉だ」


オレは冷静に敵戦力を分析した。


以前、二人だけで戦ったホブゴブリンよりも、スペックが一段上だ。


あの時のオレなら、正面からの殴り合いは避けて地形を利用する相手だ。


だが、今は違う。


逃げ場はない。ここで引けば、背後のリーズが潰される。


「グオォォォォォッ!!」


変異種が咆哮し、地面を蹴った。


巨体が砲弾のように加速する。


狙いは、最も脅威度の高い――あるいは最も目立つ――オレだ。


(……速度、秒速12メートル。単純な突進。……なら、こうだ)


オレは逃げなかった。


タンクが下がることは、パーティの崩壊を意味する。


「来いッ!!」


オレは【黒鉄のメイス】を捨て、両手の【鉄の籠手】を前に構えた。


衝突の瞬間。


オレは正面から受け止めるのではなく、戦技マニューバの体勢を取る。


ドォォォンッ!!


衝撃。


背骨がきしみ、ブーツが石畳を削って火花を散らす。


STR20相当の暴力的な突進エネルギー。


だが、オレは自身の重心を操作し、その衝撃を逃がさずに「固定」した。


「ぐ、ぅぅッ……!!」


オレの肺から空気が漏れる。


重い。


軽トラックに正面衝突されたような負荷が、全身の骨格にかかる。


《筋力対抗(Strength Check):劣勢》


オレとホブゴブリンが、至近距離で睨み合う。


黄色く濁った眼球。口から垂れる悪臭を放つ唾液。


ミシミシと互いの筋肉が悲鳴を上げる。


純粋な筋力値では、変異種の方が上だ。油断すれば押し潰される。


だが、状況はさらに悪化した。


「キキキッ!」


ホブゴブリンの脇から、小柄なゴブリンが2匹、すり抜けてきたのだ。


オレがボスと組み合い、手が塞がっている隙を狙ったのだ。


奴らの手には、汚物にまみれた錆びた短剣。


狙いは――オレの脇腹と、無防備なリーズ。


(……処理落ち(ラグ)か!)


オレは舌打ちした。


やはり、「手数の不足」が致命的なバグとして顕在化した。


蹴り飛ばそうにも、軸足を動かせばボスに押し潰される。


このままでは、リーズが刺される。


選択肢は一つ。


最も効率的で、最も痛みを伴う解決策。


「リーズ! 撃て!」


オレは叫んだ。


「で、でも! トールさんに当たります!」


リーズの悲鳴。


彼女の視界には、オレと、オレにのしかかる巨大な怪物、そして足元に群がる雑魚が団子状態になって映っているはずだ。


ここで魔法を放てば、フレンドリーファイア(誤射)は避けられない。


「構わん! オレごと焼け! ……でなきゃ全滅だ!」


オレはボスの右腕をさらに強く抱え込み、固定した。


逃がさない。自分も、敵も。


リーズが息を呑む気配。


だが、彼女は選んだ。


オレの言葉オーダーを。


「……信じますッ!!」


リーズが杖を突き出す。


照準は、ホブゴブリンの背中。


魔力の収束。詠唱破棄。


「【バーニング・ハンズ(燃える手)】!!」


ゴウウウウウッ!!


扇状に広がった炎が、狭い洞窟の入り口を舐め尽くす。


ホブゴブリンの背中が、そして纏わりつくゴブリンたちが、紅蓮の炎に包まれる。


当然、密着しているオレにも熱波が襲いかかる。


「ぬるいッ!!」


オレは歯を食いしばり、CON18の肉体で熱を耐え抜いた。


新品のローブを着たリーズが、魔力制御で炎の指向性を絞ってくれたおかげで、オレへの直撃は避けられている。


《耐久力判定:成功(Success)》 《ダメージ計算:4d6(魔法) - 抵抗成功(半減) = 8ダメージ》


肌がチリチリと焼ける感覚はあるが、致命傷ではない。


だが、敵には容赦ない。


「ギャアァァァァッ!!」


背中を焼かれたホブゴブリンが絶叫し、力が緩む。


雑魚ゴブリンたちは一瞬で炭化した。


その瞬間。


オレは拘束を解き、一歩踏み込んだ。


右手の拳を固める。


武器はない。だが、この拳に「戦技」を乗せれば、それは最強のハンマーとなる。


(……戦技ダイス消費。……【必中攻撃プレシジョン・アタック】)


「チェックメイトだ」


ドゴォォォンッ!!


炎の中で、オレの右ストレートがホブゴブリンの喉元を捉えた。


喉仏が砕け、頚椎がへし折れる感触。


《攻撃判定:クリティカル(Critical)》 《ダメージ計算:1d4(素手) + 4(筋力) + 1d8(戦技) × 2(クリティカル) = 20ダメージ(即死)》


巨体が糸の切れた人形のように崩れ落ち、二度と動かなくなった。


戦闘終了。


あたりには、肉の焦げる臭いと、静寂だけが残った。


その直後だった。


ドクンッ!!


心臓が、早鐘のように鳴った。


以前の下水道でのレベルアップとは比較にならない、強烈な衝撃が体内を駆け巡る。


血管の中を溶岩が流れるような灼熱感。


全身の筋肉繊維が千切れ、瞬時に太く、強靭に編み直されていく激痛と快楽。


「ぐ、ぁ……ッ!?」


オレはその場に片膝をついた。


視界が赤く明滅し、脳内にシステムログが滝のように流れる。


《強敵討伐を確認。経験値閾値を大幅に突破》 《レベルアップ要件達成:Lv 3 → Lv 4》 《能力値上昇(Ability Score Improvement)を実行します》


Lv4。


それは、冒険者にとって最初の「壁」を超える段階だ。


肉体が、人間としての限界領域へと近づいていく。


ミシミシ、パキパキッ……


骨密度が上がり、筋肉が鋼鉄のような硬度へと変質していく。


籠手がきつく感じるほどのビルドアップ。


【ステータス更新】

名前: トール クラス: ファイター(バトル・マスター) Lv4

HP: 34 → 44 (大幅上昇)

STR: 18 → 19 (+4) 【準・人間限界】

CON: 18 → 19 (+4) 【準・人間限界】


STR19。CON19。


あと一歩で、人間という種の殻を破る領域だ。


この数値なら、オーガとも正面から渡り合える。


オレは今、人の形をした攻城兵器へと進化したのだ。


「トールさん……!?」


「きゃっ……! な、なにこれ……!?」


背後でリーズが短い悲鳴を上げる。


振り返ると、彼女もまた膝をつき、身体から溢れ出る魔力の光に包まれていた。


彼女の細い身体の中で、魔力回路マナ・サーキットが強制的に拡張されているのだ。


血管が青白く発光し、周囲の空気がビリビリと震えている。


【リーズ:Lv4到達】

CHA(魅力/魔力): 18 → 19


「熱い……魔力が、溢れてきます……!」


リーズが自分の手を見つめる。


彼女の周囲に漂うマナの濃度が、以前とは桁違いだ。


ただの火種だったものが、業火へと変わる予兆。


***


「……終わった、か」


オレは煤けた顔を拭い、ホブゴブリン・変異種の死体を、つま先で軽く蹴転がした。


ズンッ、と重い音がする。


推定体重150キログラム。


だが、STR19に達したオレの脚力にとっては、路傍の石ころと大差ない質量だ。


洞窟内に充満していた殺気は消え失せ、代わりに鼻をつくのは、強烈なタンパク質の焦げた臭いと、鉄錆のような血の臭気。


そして、過剰な魔力行使によって発生したオゾン臭。


静寂が戻った空間で、パチパチと燃え残ったゴブリンの死骸が爆ぜる音だけが響いている。


「トールさん……大丈夫、ですか?」


リーズが駆け寄ってくる。


彼女もまた、煤で汚れ、肩で息をしている。


新しいローブの裾が少し焦げているが、怪我はないようだ。


ただ、その瞳孔は開き気味で、魔力中毒マナ・ドランク特有の興奮状態にある。


「問題ない。……いい判断だった、リーズ」


「は、はい……。手が震えましたけど……トールさんなら耐えられるって、信じてました」


彼女がへなへなと座り込む。


MPも体力も限界だ。


レベルアップによる全回復フル・リストアがなければ、気絶していただろう。


オレは周囲を見渡した。


入り口付近に折り重なる50匹近いゴブリンの死体。


そして、その頂点に転がる変異種の骸。


たった二人で、一つの「軍勢」を壊滅させた。


冒険者ギルドの常識で言えば、英雄的な戦果だ。銀ランク級の偉業と言ってもいい。


だが、オレの胸中に去来したのは、達成感でも安堵でもなく、冷ややかな**「危機感」**だった。


(……効率パフォーマンスが悪すぎる)


オレは脳内で、今回の戦闘プロジェクトの収支報告書を作成した。


事後評価アフター・アクション・レビュー

報酬リターン: 金貨3枚 + 素材。経験値によるレベルアップ。

経費コスト: 大量の消耗品(油、唐辛子)、装備の損耗、精神的疲労。

リスク評価: 致命的(Fatal)。


今回、オレたちは勝った。


だが、それは「敵が馬鹿だった」からだ。


もしホブゴブリンがもっと賢く、弓兵を配置していたら?


もし洞窟に出口がもう一つあり、背後を取られていたら?


もしオレがボスの怪力に押し負け、拘束が外れていたら?


変数が一つ狂えば、即座に「死(全損)」に直結していた。


綱渡りだ。


生存確率50%のギャンブルに勝っただけで、これを「実力」と呼ぶのは傲慢だ。


原因は明白だ。


【ボトルネック:人員マンパワーの欠如】


前衛がオレ一人では、死角が多すぎる。360度をカバーできない。


後衛がリーズ一人では、手数と継続戦闘能力サステナビリティが足りない。


そして、回復役ヒーラーがいないため、ダメージを負った瞬間に撤退を余儀なくされる。


「……リーズ」


オレは腰のナイフを抜き、変異種の右耳――分厚く、硬い革のような耳――を切り取りながら、静かに言った。


「今回の作戦で分かったことがある」


「は、はい? ……あ、唐辛子が目に沁みるとかですか?」


リーズが涙目で首を傾げる。


平和なボケだ。だが、オレは笑わなかった。


「違う。……『限界』だ」


オレは切り取った耳を麻袋に放り込み、洞窟の出口、夕焼けに染まり始めた森を見つめた。


「個のスペックは足りている。オレもお前も強くなった。……だが、システムとしての処理能力が追いついていない」


オレは血に濡れた籠手を見つめた。


「オレたち二人だけでは、これ以上の規模の案件クエストは回せない。……いずれ、処理しきれない『数』の暴力に押し潰されて、事故が起きる」


リーズがハッとして顔を上げる。


彼女も薄々感じていたはずだ。


トールという絶対的な柱に頼りきりの現状。


彼が倒れれば、その瞬間にパーティは瓦解するという脆さを。


先ほどの戦闘で、雑魚ゴブリンが脇をすり抜けてきた時の恐怖が、彼女の脳裏に焼き付いている。


増員リクルートが必要だ」


オレは断言した。


「オレの背中を守る『遊撃手』。そして、オレたちの継戦能力を保証する『回復役』。……この2枠を埋める」


「……増員、ですか?」


リーズの表情に、影が差す。


戦闘の恐怖とは違う、もっと個人的で、粘着質な不安の色。


彼女は自分のローブの袖をギュッと握りしめ、上目遣いでオレを見た。


「あの……その人たちは、男性ですか? ……それとも、女性ですか?」


「性別など関係ない。……能力スペックがあれば、ゴブリンでも雇う」


オレは即答した。


戦場において、性別による差異など誤差だ。重要なのは「使えるか、使えないか」だけだ。


「で、でも……!」


リーズが一歩、オレに近づく。


「もし……もし、すごく強くて、綺麗な女の人だったら……どうしますか?」


彼女の声が少し震えている。


「回復魔法が上手で、優しくて……。トールさんの怪我を治したり、汗を拭いたりして……。そしたら、トールさん……」


リーズはそこで言葉を詰まらせ、涙目でオレを睨み上げた。


「私のこと、いらないって言いませんか? ……新しい人のほうがいいって、私を捨てて、その人と……」


嫉妬。そして独占欲。


やっと手に入れた「自分の居場所」と「一番大切な人」。


そこに他人が入り込むことへの恐怖が、彼女を不安にさせているのだ。


特に「女性」というライバルの出現は、彼女にとって死活問題らしい。


「……馬鹿なことを」


オレは溜息をつき、彼女の頭にポンと手を置いた。


灰で汚れた銀髪を、少し乱暴に、しかしリズムよく撫でる。


「安心しろ。……お前はオレの『筆頭火力トップ・アセット』だ。代わりはいない」


「……ほ、本当ですか?」


「ああ。……それに、新しい仲間は『壁』であり『潤滑油』だ。お前を守り、オレたちがもっと効率よく稼ぐためのな」


オレは彼女の瞳を覗き込んだ。


「誰が来ようと、オレの背中を焼けるのはお前だけだ。……違うか?」


「……っ!」


リーズの顔がカァッと赤くなる。


「背中を焼く」という物騒な信頼表現が、彼女には何よりの愛の言葉に聞こえたらしい。


「は、はいっ! ……私だけです! トールさんを丸焼きにできるのは、私だけの特権です!」


「……丸焼きは困るが、まあいい」


リーズがへにゃりと笑い、オレの腰に抱きついてくる。


単純な奴だ。いや、素直で助かる。


この絶対的な忠誠心ロイヤリティこそが、彼女の最大の才能かもしれない。


「帰るぞ。……ギルドに報告して、求人票を出す準備だ」


オレたちはゴブリンの巣を後にした。


足取りは重いが、視線は未来を向いている。


背中の袋には、金貨3枚分の報酬と、変異種の素材。


だが、それ以上に得たものは「組織拡大」への確固たる決意だった。


バルグの街へ戻る道中。


鬱蒼とした森を抜け、石畳の街道に出る頃には、日は完全に落ちていた。


遠くに見える街の灯り。


魔導街灯の青白い光が、オレたちの帰る場所を示している。


「トールさん、トールさん!」


隣を歩くリーズが、オレの袖を引っ張った。機嫌は直ったようだが、目はまだ少し警戒している。


「新しい人が来ても……ご飯の時は、私の隣ですよ? 約束ですからね?」


「……善処する」


「『善処』じゃ嫌です! 絶対です!」


騒がしい帰り道。


だが、オレの頭の中では、すでに理想的な「人材要件」のリストアップが始まっていた。


【求人要件1:中距離遊撃手レンジャー

必須スキル: 高いDEX。精密射撃。 役割: 撃ち漏らしの処理、索敵。


【求人要件2:回復役クレリック

必須スキル: ヒール、解毒、バフ。 役割: バイタル管理。


(……そんな都合のいい人材が、この辺境の街に転がっている確率は低い)


オレは溜息をついた。


ギルドの酒場にいるのは、大抵が「売れ残り」か「問題児」だ。


優秀な奴はすでに固定パーティを組んでいる。


だが、探さなければ始まらない。


泥の中に埋もれた原石を見つけ出し、オレの手で磨き上げるしかない。


今夜、オレは「人事担当者」として酒場に向かうことになるだろう。


その隣で、小さな魔導師が目を光らせて「面接」に立ち会うことになるとしても。

【管理者ステータス】

■トール レベル: Lv.4 クラス: ファイター(バトルマスター)

HP: 44 / 44

装備: [精鍛鋼のウォー・メイス][鉄の籠手][平服][なし]

能力値: STR:19 / DEX:16 / CON:19 / INT:13 / WIS:14 / CHA:8


所持スキル:

【底力】、【受動知覚】、【次元を超えた知識】、【怒涛のアクション】、【戦技:足払い・受け流し・必中攻撃・押しやり攻撃】


【パーティメンバー】

■リーズ (Lv.4 / ソーサラー)(竜の血脈)

HP: 22/22

装備: [樫の木の杖][見習い魔術師の防護ローブ(改)][なし]

状態: 健康(嫉妬・独占欲↑)

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