第16話 鉄の資格と、暴食の祝宴――限界を超える一秒
冒険者ギルド「戦鬼の鉄床」。
その重厚な扉を押し開けた瞬間、ホールに充満する熱気と安酒の匂い、そして数百人の男たちが発する体臭が壁のように押し寄せてきた。
カラン、カラン……。
入り口のベルが鳴る。
喧騒は止まない。誰もが自分のジョッキや、明日の仕事のことで頭がいっぱいだ。
だが、オレとリーズがカウンターへ歩み寄り、肩に担いでいた麻袋を――それも二つ――ドサリと床に下ろした時、近くにいた数人の視線が釘付けになった。
ゴトッ、ジャララ……。
袋の中で、硬質な金属と革がぶつかり合う音が響く。
それは魔物の素材ではない。「武具」の音だ。
「……おい、あれ」
「あの新人、また大荷物か?」
「袋の隙間から見えてるの、剣じゃねえか?」
ざわめきが波紋のように広がる。
オレは周囲の視線を「環境ノイズ」として処理し、受付カウンターの女性職員に声をかけた。
「依頼の完了報告だ。……それと、『落とし物』の届け出もある」
「は、はい。確認いたします」
職員が業務的な笑顔を浮かべ、一つ目の袋を開ける。
中から出てきたのは、血の付いたホブゴブリンの右耳。その数、6つ。
さらに、討伐証明部位として持ち帰った、彼らの使っていた粗末な武器の一部。
「っ……!? ホ、ホブゴブリン……しかも、小隊規模ですか?」
職員の声が裏返る。
ホブゴブリンは「鉄級」以上のパーティが、しっかりとした準備をして挑む相手だ。それを、登録数日の木級コンビが狩ってきた。
これだけでも十分な騒ぎになる。
だが、本題はここからだ。
「もう一つの袋は?」
「……『ゴミ』だ。処分に困ってな」
オレは顎で示した。
職員が恐る恐る二つ目の袋を開ける。
中から転がり出たのは、使い込まれたロングソード、手入れの悪い革鎧、ブーツ、そして小銭入れ。
明らかに「冒険者の装備一式」だ。
しかも、見覚えのある意匠――鉄級パーティ『荒野の牙』のエンブレムが刻まれている。
「こ、これは……ゲイルさんたちの……?」
職員が絶句し、ホール全体が静まり返った。
冒険者が他人の装備を持っている意味。それは通常、「形見」か、あるいは「強奪」のどちらかだ。
「ど、どういうことですか? 説明を……」
職員が青ざめた顔で問い詰めようとした、その時だった。
バンッ!!
ギルドの扉が乱暴に開け放たれた。
「あいつだぁぁぁっ!! あいつを捕まえてくれぇぇぇ!!」
悲鳴のような絶叫と共に、3人の男が転がり込んできた。
ホールにいた全員が、ギョッとして目を剥く。
男たちは全員、下着一枚だったからだ。
泥だらけで、体中に擦り傷を作り、鼻水を垂らして泣き叫ぶ男たち。
その先頭にいるのは、紛れもなく『荒野の牙』のリーダー、ゲイルだった。
「ゲ、ゲイル……さん?」
「なんだその格好は!?」
冒険者たちが困惑する中、ゲイルはオレを指差し、泡を飛ばして喚き散らした。
「強盗だ! あの野郎、俺たちを騙して、身ぐるみ剥いでいきやがったんだ! 俺の剣も、金も、全部あいつが盗んだんだよぉぉ!!」
ゲイルの指差す先には、カウンターに積まれた彼らの装備。
状況証拠は完璧だ。
ホールが一気に殺気立つ。
冒険者同士の窃盗や強盗は、ご法度中のご法度。最も忌み嫌われる犯罪だ。
「……おい新人。どういうことだ」
「調子に乗ってると思ったら、追剥だったのか?」
周囲の冒険者たちが、敵意を剥き出しにしてオレたちを取り囲む。
リーズが「ひっ……!」と悲鳴を上げ、オレの背中にしがみつく。彼女の細い指が、オレのローブを白くなるほど強く握りしめている。
「ト、トールさん……どうしましょう……」
「落ち着け。……想定内のイベントだ」
オレは表情一つ変えず、冷徹に周囲を見回した。
ゲイルは「勝った」と言わんばかりに、涙目でニヤついている。
被害者を演じれば、ギルドという組織がオレを制裁してくれると踏んだのだろう。
浅はかだ。
彼は知らないのだ。「被害者」になるためには、自身の手が清潔でなければならないということを。
「弁明はあるか?」
騒ぎを聞きつけたのか、ギルドの奥から一人の巨漢が現れた。
身長2メートルを超える岩のような肉体。
顔には古傷が走り、隻眼には黒い眼帯。
彼が歩くだけで、荒くれ者たちが自然と道を開ける。
副ギルド長、ガルガン。
かつて「銀級」のランカーとして名を馳せた、この街の実力者だ。
「……副ギルド長。お耳汚しを失礼します」
オレは軽く頭を下げた。
ガルガンはオレとゲイル、そしてカウンターの上の装備を交互に見やり、低い声で唸った。
「状況は見た通りだ。お前がこいつらの装備を持っている。こいつらは全裸だ。……普通に考えりゃ、お前が強盗だ」
「ひっぐ、そ、そうなんです! こいつ、いきなり後ろから襲ってきて……!」
ゲイルが便乗して嘘を重ねる。
だが、オレはガルガンの隻眼を真っ直ぐに見据え、懐から「ある物」を取り出した。
「物的証拠を提出します」
コトッ。
オレがカウンターに置いたのは、黒く焦げた球体の残骸だった。
鼻をつく硫黄と火薬の臭い。
「……こいつは」
ガルガンが眉をひそめ、それを手に取る。
「『魔物誘引弾』の燃えカスです。錬金術師ギルド製の正規品でしょう。……これを使えば、周囲の魔物を興奮させ、特定の場所へ誘導できます」
オレは淡々と、しかしホール全体に聞こえる声量で告発を開始した。
「本日正午頃、東の岩窟にて。ゲイル氏のパーティは、我々を先行させた直後、背後からこれを投げ込みました。目的はMPK(モンスター擦り付け)。我々を囮にし、ホブゴブリンに食わせている間に逃走、あるいは事後に装備を回収するためです」
「なっ……!?」
ゲイルの顔色が蒼白になる。
まさか、そんな残骸を回収しているとは思わなかったのだろう。
「で、デタラメだ! そんなもん知らねえ!」
「この燃えカスには、ロット番号が刻印されています。錬金術店に照会すれば、誰が購入したかすぐに割れますが……確認しますか?」
オレはハッタリをかました。
《威圧(または欺瞞)判定:成功(Success)》
この世界にロット管理などあるか怪しいが、現代知識に基づく「嘘のディテール」は、無知な者ほど食いつく。
「あ……う、あ……」
ゲイルの目が泳ぐ。
その反応が、何よりの自白だった。
「……なるほどな」
ガルガンが燃えカスを指で押し潰し、ゲイルを睨みつけた。
その隻眼に宿ったのは、軽蔑と殺気。
「MPKは重罪だ。……テメェら、新人をエサにしようとしやがったな?」
「ち、ちげぇんです! ただ、ちょっと驚かそうと……!」
「黙れッ!!」
ガルガンの一喝が、ホールの空気を震わせた。
雷のような怒声。ゲイルたちは「ひぃッ!」と悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「ギルドは互助組織だ。仲間を売るようなクズに、認識票を持つ資格はねえ」
ガルガンはオレに向き直り、顎をしゃくった。
「で? お前はそのクズどもをどうしたんだ」
「自衛権を行使し、ホブゴブリンごと制圧しました。彼らの装備は、私的制裁ではなく、契約不履行および殺人未遂に対する『違約金』として徴収しました」
オレは平然と言い放った。
「彼らを生かして帰したのは、ギルドの裁定に委ねるためです。……殺す価値もありませんでしたので」
オレの言葉に、周囲の冒険者たちが息を呑む。
ホブゴブリンの小隊と、武装した3人の冒険者。
その両方を同時に相手取り、無傷で制圧し、装備を剥ぎ取ったというのか?
この新人は。
「……くくっ、カッカッカ!!」
沈黙を破り、ガルガンが豪快に笑い出した。
彼はバンバンとカウンターを叩き、オレを見てニヤリと笑った。
「気に入った! 理路整然、証拠も完璧。おまけに腕も立つと来たか!」
彼はゲイルたちを見下ろし、冷酷に告げた。
「おいクズども。テメェらは『除名』だ。この街から出て行け。……二度と俺の前に面ァ見せるな」
「そ、そんなぁぁぁ……!!」
職員たちによって、泣き叫ぶ全裸の男たちが引きずり出されていく。
自業自得。
社会的な死が確定した瞬間だ。
騒ぎが収まると、ガルガンはオレの前に立ち、その巨体でオレを見下ろした。
岩のような圧迫感。
だが、オレは一歩も引かずに見返した。
「名前は?」
「トール。……こっちは相棒のリーズだ」
「トールか。……お前、木級の器じゃねえな」
ガルガンはオレの腰にある精鍛鋼のメイスと、左手のガントレットを一瞥した。
そして、オレの立ち姿――重心の位置や筋肉の弛緩状態――から、ただ者ではないことを看破したようだ。
「ホブゴブリンを狩り、腐った先輩を締め上げる度胸と実力。……特例を認めてやる」
彼は太い指を一本立てた。
「明日、裏の訓練場に来い。『鉄級』への昇格試験をしてやる」
「……昇格試験?」
「ああ。通常なら依頼達成数で決めるが、お前みたいなイレギュラーは早めに上げとかねえと、また無駄なトラブルが起きるからな」
ガルガンはニヤリと、猛獣のような笑みを浮かべた。
「試験官は俺がやる。……俺の剣を凌ぎきれたら、合格だ」
周囲が再びどよめいた。
元銀級の副ギルド長が、直々に相手をする?
それは試験というより、公開処刑に近いのではないか。
だが、オレにとっては願ってもないチャンス(好機)だ。
鉄級になれば、受けられる依頼の幅が広がる。報酬単価も上がる。
社会的信用も手に入る。
断る理由がない。
「承知した。……謹んで挑戦させてもらおう」
オレは不敵に笑い返した。
ガルガンは満足そうに頷き、「明日の朝だ。遅刻すんなよ」と言い残して奥へと消えていった。
嵐が去った後のホール。
周囲の視線は、もはや「生意気な新人」を見る目ではない。
「得体の知れない怪物」を見る、畏怖と警戒の色に変わっていた。
「……行こうか、リーズ」
オレは呆然としているリーズの肩を抱いた。
彼女はまだ震えていたが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。
「は、はい……。トールさん、すごいです……あんな怖い人たちを、言葉だけで……」
「言葉と証拠は、剣よりも強い武器になる」
オレはカウンターで報酬(ホブゴブリンの討伐金と、ゲイルたちの装備の換金)を受け取り、重くなった革袋を懐に入れた。
銀貨にして約60枚。
大金だ。
「さて、懐も温まったことだ。……約束通り、豪遊するとしよう」
「ご、豪遊……? あ! 焼肉ですか!?」
リーズの瞳がパァッと輝く。
先ほどまでの恐怖など消し飛んだようだ。現金な奴だ。
「ああ。明日の試験に備えて、燃料を補給する。……胃袋の限界まで詰め込むぞ」
「はいっ! 任せてください! 私の胃袋は底なしです!」
オレたちは夕暮れの街へと繰り出した。
目指すは高級肉料理店「猛牛の舌鼓」。
そこには、戦いと交渉で消耗した脳と体を癒やす、極上のタンパク質が待っているはずだ。
***
大通りから一本入った石畳の路地に、その店はあった。
「猛牛の舌鼓」。
店の前を通るだけで、胃袋を鷲掴みにされるような濃厚な脂と、炭火で焦げた醤油の香ばしい匂いが漂ってくる。
ここは、冒険者たちが「大金星」を上げた夜にだけ訪れることを許される、バルグでも指折りの高級肉料理店だ。
「……トールさん、本当にいいんですか? ここの匂いだけで、ご飯3杯はいけそうですけど……」
店の前で、リーズがゴクリと喉を鳴らして足を止める。
彼女の視線は、窓ガラス越しに見える厚切りの肉に釘付けだ。
だが、その手は無意識に財布(中身は空っぽだが)を庇うように胸元に置かれている。貧乏性が染み付いている証拠だ。
「入るぞ。……予算は銀貨1枚だ」
オレは躊躇なく重厚な木の扉を開けた。
銀貨1枚(1万円相当)。
一食の値段としては破格だが、明日の試験官は元銀級の怪物だ。
万全のコンディション(ステータス)を作るための必要経費としては安い。
「いらっしゃいませ! 2名様ですね!」
活気ある店員に案内され、オレたちは奥のテーブル席に着いた。
目の前には、熱した溶岩石のプレートが埋め込まれている。
オレはメニューを開くこともなく、壁に掛けられた木札を指差した。
「『厚切り猛牛タン』と『霜降りロース』。それと、新鮮な野菜を山盛りで。……エールと葡萄酒も頼む」
「かしこまりました!」
数分後。
オレたちのテーブルは、戦場から祝宴の場へと変わった。
ジュウウウウウウッ……!!
熱された溶岩プレートの上で、分厚い牛タンが悲鳴のような音を立てて焼かれていく。
滴り落ちた脂が熱で弾け、香ばしい白煙となって立ち昇る。
メイラード反応。タンパク質と糖が加熱され、旨味成分が爆発的に生成される化学の香り。
それは、人間の生存本能を直接殴りつけるような暴力的な誘惑だ。
「……あ、あぅ……」
リーズが箸(のような木具)を握りしめたまま、小刻みに震えている。
その瞳は潤み、口元からは理性が決壊寸前だ。
「食え。……焼きすぎると硬くなる」
オレが皿に取り分けてやると、リーズは「いただきますっ!」と叫び、熱々の肉を口に放り込んだ。
ハフッ、ハフハフッ……んぐッ。
咀嚼。
瞬間、彼女の動きが止まった。
「…………っ!!」
言葉にならない声。
彼女は口元を押さえ、目を見開き、そして次の瞬間、大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。
「……おいしい……おいしいですぅ……!」
サクッとした歯切れの良い食感。
噛むたびに溢れ出す濃厚な肉汁。
蛇苺の酸味や、泥臭い川魚とは違う、管理され、熟成された「文明の味」。
「生きてて……よかったです……トールさんに会えて、本当によかったですぅ……」
「大袈裟だな。……だが、悪くない反応だ」
オレは冷えたエールを喉に流し込みながら、彼女の様子を観察した。
SAN値(正気度)の回復。
恐怖やストレスですり減った精神力は、こうした強烈な「快楽」によって上書き保存される。
これで彼女は、明日の試験でも萎縮せずに魔法を撃てるだろう。
オレもロース肉を口に運んだ。
舌の上で脂が溶け、甘みと共に消えていく。
美味い。
脳内でドーパミンが分泌されるのを感じる。
(……カロリー摂取、良好。タンパク質による筋繊維の修復プロセス、開始)
オレは肉を咀嚼しながら、思考を明日の「模擬戦」へと切り替えた。
相手は副ギルド長、ガルガン。
推定クラスは【バーバリアン】か、あるいは純粋な【ファイター】の高レベル帯。
体格から見て、STR(筋力)は化け物クラスだろう。
対するオレは、Lv3のファイター。
STR18、CON18。
人間としては限界値に近いが、単純な「殴り合い」では、重量級(ヘビー級)の彼に押し負けるリスクがある。
(真正面からの打ち合いは不利だ。……勝機は『手札』の多さにある)
オレは脳内のウィンドウを開き、Lv3で解放された能力を再確認した。
まず、回復リソース。
【底力】。
自身のバイタルを一時的に活性化させ、HPを回復するスキル。
使用回数は「小休憩」ごとに1回。
これは切り札ではない。戦闘継続のための保険だ。
次に、攻撃・防御の要となる技術体系。
【戦技】。
「戦士の類型:バトルマスター」を選択したことで、オレは4つの「戦技ダイス」というリソースを手に入れた。
これを消費することで、以下の特殊動作が可能になる。
1.【受け流し】: 敵の近接攻撃に対し、ダメージを軽減する。ガントレットでの防御技術。今日のホブゴブリン戦で実証済みだ。
2.【足払い攻撃)】: 攻撃命中時、対象を転倒させる。巨体のガルガンを崩すには、これが鍵になる。
3.【必中攻撃)】: 命中精度を劇的に向上させる。ここぞという一撃を確実に当てるための技術。
4.【押しやり攻撃】: 敵を吹き飛ばす。距離を取りたい時に有効だ。
(……だが、これだけでは足りない。ガルガンのタフネスを削り切るには、手数が不足している)
オレはジョッキを置き、自分の掌をじっと見つめた。
Lv2で習得したが、まだ実戦では使用していない「最強の切り札」。
肉体のリミッターを強制解除し、物理法則を超越するスキル。
【怒涛のアクション(Action Surge)】。
効果は単純にして絶大。
「1ターンの間に、通常のアクションに加えて、もう一度アクションを行える」。
つまり、攻撃して、即座にもう一度攻撃する。
あるいは、全力でダッシュして、即座に攻撃する。
コンマ数秒の世界で、敵が「一度」動く間に、オレだけが「二度」動く。
加速装置。
(使用回数は1回。……タイミングが全てだ)
ガルガンが油断し、大きな隙を見せた瞬間。
あるいは、戦技で体勢を崩したその刹那。
そこに全てを叩き込む。
「……トールさん? 難しい顔をして、お肉が冷めちゃいますよ?」
ふと、リーズの声で現実に引き戻された。
彼女は心配そうにこちらを覗き込んでいる。口元にはソースがついていたが、その表情は真剣だった。
「明日の試験のこと、考えてるんですか?」
「ああ。……相手は元銀級だ。舐めてかかれば負ける」
「私……足手まといじゃないですか?」
リーズが俯く。
彼女は今日のMPK騒動で、自分がパニックになったことを気にしているのだろう。
オレは焼けた野菜を彼女の皿に乗せてやった。
「勘違いするな。オレ一人ではガルガンには勝てん」
「えっ……?」
「奴の注意を分散させる必要がある。……お前の魔法が、奴の足を止める『牽制』になれば、オレは本命の一撃を叩き込める」
オレはリーズの目を真っ直ぐに見た。
慰めではない。純粋な戦術的評価だ。
魔法使い(砲台)の存在は、戦士にとって最大の援護射撃だ。
彼女がそこに立っているだけで、ガルガンは「魔法への警戒」に脳のリソースを割かねばならない。
「お前はオレの『剣』であり、『盾』だ。……自信を持て」
「はいっ……! 私、頑張ります! トールさんのために、ガルガンさんを丸焼きにするつもりで撃ちます!」
「……丸焼きは困るが、気概は買った」
オレは苦笑し、残りの肉を平らげた。
胃袋が満たされ、血液が消化器官へと集まる心地よい倦怠感。
だが、脳は冴え渡っている。
スキルの確認。戦術の構築。パートナーとの意識共有。
準備は完了した。
「ごちそうさまでした。……帰って寝るぞ」
「はい! 明日も頑張りましょう!」
オレたちは店を出た。
夜風が火照った頬に心地よい。
満腹の幸福感と、翌日の決戦への緊張感が入り混じる、不思議な夜だった。
(待っていろ、ガルガン。……アンタの「強さ」を、オレの「計算」が上回る瞬間を見せてやる)
オレは夜空を見上げ、静かに闘志を燃やした。
***
翌朝。
ギルド裏手にある野外訓練場は、異様な熱気に包まれていた。
地面は踏み固められた赤土。
周囲を取り囲むのは、昨日の一件でオレたちに興味を持った冒険者たちの人垣だ。
朝日が、巻き上がる砂埃を黄金色に照らし出している。
「……準備はいいか、新人」
10メートル先で、岩山のような巨体が動いた。
副ギルド長、ガルガン。
彼が手にしているのは、訓練用の木剣だ。だが、それは「剣」と呼ぶにはあまりに太く、巨大だった。丸太を削り出しただけの、暴力的な質量の塊。
「いつでも」
オレは精鍛鋼のメイスを構え、重心を低く落とした。
左手には鉄の籠手。背後には、緊張した面持ちで杖を握るリーズがいる。
オレの視覚情報が、ガルガンの全身をスキャンする。
【推定ステータス:ガルガン】
クラス:バーバリアン
STR(筋力):20
CON(耐久):14
脅威度:大(Deadly)
純粋なスペックでは勝負にならない。
一撃でもまともに受ければ、ガードの上からでも骨を砕かれる。
「ルールは簡単だ。俺に『一本』入れるか、あるいは俺が『こりゃあ死ぬな』と判断するまで耐え抜くか。……殺しはナシだが、怪我は自己責任だぞ」
ガルガンがニヤリと笑い、右足を踏み込んだ。
その瞬間、地面が爆ぜた。
ドォンッ!!
予備動作のない突進。
2メートル超の巨体が、砲弾のような速度で迫る。
速い。
見た目に反して、敏捷性(DEX)も高い。
「うらぁッ!!」
ブンッ!!
丸太のような木剣が、空気を切り裂く唸りを上げて横薙ぎに振るわれる。
回避は間に合わない。後ろにはリーズがいる。避ければ彼女が潰される。
(受けるしかない。……だが、正面からは自殺行為だ)
オレは瞬時に判断し、左手のガントレットを前に突き出した。
木剣が接触するコンマ数秒前、全身の筋肉を連動させ、衝撃のベクトルを斜め後方へと誘導する。
【戦技:受け流し】
ガギィィィィンッ!!
木と鉄がぶつかったとは思えない、重金属同士の衝突音が響く。
凄まじい衝撃が左腕を走り、肩関節がきしむ。
《筋力対抗判定:成功(Success)》 《ダメージ計算:戦技ダイスでダメージ軽減 = 0ダメージ(弾き)》
だが、弾いた。
ガルガンの豪腕がわずかに空を切り、オレの頭上を通過していく。
「……ほう。いい角度だ」
ガルガンが感心したように目を細める。
だが、彼の攻撃は終わらない。
遠心力を殺さず、そのまま体を回転させ、今度は逆サイドからのバックハンド気味の一撃が迫る。
「リーズ! 牽制だ!」
「は、はいっ! 【魔法の矢】!!」
オレの叫びに応え、後方から三条の光弾が放たれる。
必中の魔法エネルギーが、ガルガンの顔面と胸板に吸い込まれる。
ドッ、ドッ、ドッ!
《ダメージ計算:1d4+1 × 3 = 10ダメージ》
「……チッ、羽虫が!」
ガルガンが鬱陶しそうに顔をしかめた。
ダメージは浅い。彼の鋼のような筋肉が、魔法の衝撃すら吸収しているようだ。
だが、狙いはダメージではない。
一瞬の「意識の分散」。
その隙に、オレはバックステップで距離を取った。
左腕が痺れている。
HPは満タンだが、スタミナが削られている感覚。
(強い。……これが銀級の世界か)
単純な暴力の質が違う。
技術でいなしても、その余波だけで押し潰されそうだ。
戦技ダイスの残りは3つ。
これを使い切る前に、勝負を決めなければならない。
「逃げ回るだけか? 新人!」
ガルガンが再び距離を詰めてくる。
今度はフェイントなしの、上段からの唐竹割り。
単純ゆえに最強の、重力と筋力を乗せた必殺の一撃。
ゴォォォォッ……!
空気が悲鳴を上げる。
オレは覚悟を決めた。
逃げない。ここで勝負をかける。
(リソース解放。……バイタル活性化)
【底力】――発動。
ドクンッ!!
心臓が早鐘を打ち、アドレナリンが血管を駆け巡る。
左腕の痺れが消え、疲労した筋繊維が一瞬で修復される。
HP回復量:1d10+3 → 9ポイント回復。
身体が、戦闘開始直後の万全な状態へと巻き戻る。
「……!?」
オレの気配が急激に膨れ上がったことに、ガルガンが微かに目を見開く。
だが、振り下ろされた剣は止まらない。
オレは一歩、前へ出た。
振り下ろされる木剣の内側、懐の中へ飛び込む。
死と隣り合わせのゼロ距離領域。
アクション1:体勢崩し
オレは右手のメイスを、ガルガンの顔面ではなく、その軸足――左膝の関節に向けてフルスイングした。
【戦技:足払い攻撃】
バシィィィッ!!
乾いた音が響く。
木製の訓練用メイス(試合用に交換していたもの)が、体重の乗った膝関節を正確に捉えた。
STR18の打撃力 + 戦技ダイスの追加ダメージ。
巨岩のようなガルガンの身体が、グラリと揺らぐ。
《攻撃判定:命中(Hit)》 《筋力セービングスロー(ガルガン):失敗(Fail)》
「ぐ、おぉッ!?」
支えを失った巨体が、前のめりに崩れる。
あの大木のような男が、膝をつく。
絶好の好機。
だが、まだ足りない。ガルガンは倒れながらも、反射的に腕でガードを固めている。並の追撃では防がれる。
――ここだ。
オレの脳内で、世界の色が反転する。
流れる時間が泥のように遅くなる。
舞い上がる砂埃の一粒一粒が、空中で静止して見える。
肉体のリミッター解除。
神経伝達速度の限界突破。
1秒の中に、2秒分の時間を圧縮して詰め込む。
【怒涛のアクション】――起動。
オレの身体だけが、静止した世界の中で加速する。
崩れ落ちるガルガン。その防御が間に合うよりも速く。
オレは踏み込んだ右足のバネを使い、返す刀で、今度は下から上へとカチ上げる軌道を描く。
狙うは一点。
喉元、甲状軟骨。
人体の急所。
アクション2:急所攻撃
(外さない。……絶対に)
【戦技:必中攻撃】
残った戦技ダイスをすべて命中修正に注ぎ込む。
メイスが吸い込まれるように、ガードの隙間を縫って喉元へと走る。
ヒュッ――――!!
寸止め。
オレのメイスは、ガルガンの喉仏の皮一枚、数ミリ手前でピタリと静止していた。
巻き起こった風圧だけが、彼の髭を揺らす。
時が動き出す。
「…………」
静寂。
訓練場全体が、音を失っていた。
ガルガンは片膝をついたまま、目の前にあるメイスの先端を凝視している。
彼の額から、冷や汗が一筋流れ落ちた。
もしこれが実戦で、オレが手を止めていなければ、彼の喉は粉砕され、今頃地面に転がっていただろう。
「……見事だ」
ガルガンが、掠れた声で呟いた。
彼はゆっくりと両手を上げ、降参のポーズを取った。
「俺の負けだ。……いや、死んでたな、今のは」
その言葉が合図だった。
ドッッッ!! と周囲から爆発的な歓声が沸き起こった。
「おい見たか!? あのガルガンさんが膝をついたぞ!」
「最後の動き、見えたか!? いきなり速くなりやがった!」
「すげぇ……あの新人、マジで化け物だ!」
オレはメイスを下ろし、大きく息を吐いた。
肺が熱い。全身の筋肉が悲鳴を上げている。
【怒涛のアクション】の反動だ。強烈な倦怠感が襲ってくるが、心地よい疲労だった。
「トールさんっ!!」
リーズが泣きながら駆け寄ってくる。
彼女はオレに飛びつき、その衝撃でオレは危うく倒れそうになった。
「すごいです! 勝ちました! 勝ちましたよぉぉ!」
「……ああ。お前の援護のおかげだ」
オレは彼女の頭をポンポンと叩いた。
あの魔法の矢がなければ、あそこまで隙を作ることはできなかった。これは二人の勝利だ。
ガルガンが豪快に笑いながら立ち上がり、土を払った。
「カッカッカ! 一本取られたわい! 技の使い方が上手めぇ。ただの力任せじゃねえ、頭を使った戦い方だ」
彼はオレの肩をバシバシと叩いた。痛い。STR20の手加減なしだ。
「合格だ、トール、リーズ! 今日からお前らは『鉄級』だ。文句のある奴はいねえよな?」
ガルガンが周囲を睨むと、冒険者たちは一斉に首を横に振った。
実力による証明。
これ以上の資格はない。
オレは自分の掌を見つめた。
鉄級。
これでようやく、スタートラインに立った。
だが、この手応えなら、さらに上――銀、金、そしてその先へと駆け上がれる確信がある。
「……まずは、報酬の良い依頼を受けられるな」
オレがポツリと言うと、ガルガンとリーズが同時に呆れたような顔をした。
「お前、この状況でまだ金のことかよ……」
「トールさんらしいです……ふふっ」
オレは肩をすくめた。
金は力だ。力は生存だ。
ブレるつもりはない。
青空の下、オレたちの「鉄級」としての新しい一日が始まろうとしていた。
【管理者ステータス】
■トール レベル: Lv.3
クラス: ファイター(バトルマスター)
HP: 34 / 34
装備:[精鍛鋼のウォー・メイス][鉄の籠手][平服]
能力値:
STR:18 / DEX:12 / CON:18 / INT:16 / WIS:14 / CHA:10
【底力】、【受動知覚】、【次元を超えた知識】、【怒涛のアクション】、【戦技:足払い・受け流し・必中攻撃・押しやり攻撃】
【パーティメンバー】
■リーズ (Lv.3 / ソーサラー)(竜の血脈)
HP: 14/14
装備: [樫の木の杖][見習い魔術師の防護ローブ(改)][なし]
状態: 健康(感動中)




