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アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


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第15話 甘い罠と裏切りの洞窟――戦場を支配する者

宿屋「踊る熊亭」を出たオレは、腰に差した新しい相棒の感触を確かめるように、柄を指先で叩いた。


カチリ、という硬質な音が響く。


精鍛鋼せいたんこうのウォー・メイス】。


ドワーフの鍛冶師ガントが叩き上げたその鉄塊は、ずしりとした重量感を掌に伝えながらも、オレのSTR18の肉体には羽根のように馴染んでいる。


「……いい重心バランスだ」


オレは歩きながら、脳内で戦闘シミュレーションを展開する。


右足を踏み込み、腰の回転でメイスを振り抜く。


従来の「叩く」動作に加え、Lv3で開花した【戦士の類型:バトルマスター】の技術体系が、筋肉の動きを最適化していく。


(敵の剣を鉄の籠手ガントレットで受け流し(パリー)、体勢が崩れた瞬間にメイスで膝を砕く(足払い)。……あるいは、ガードの上から兜ごと頭蓋を粉砕する(必中攻撃)。……選択肢オプションが増えたな)


以前のオレは、単にステータスが高いだけの素人だった。


だが今は、そのステータスを出力する「回路テクニック」がある。


この万能感。


投資した銀貨以上のリターンを、すでに身体感覚として受け取っていた。


「トールさん、見てください! 朝日を浴びると、この刺繍がキラキラします!」


隣を歩くリーズが、嬉しそうにローブの裾を広げてくるりと回った。


濃紺の生地に施された銀糸の刺繍が、朝の光を反射して煌めく。


染色ムラのある「B品」だが、今の彼女が着ると、それが夜明け前の空のようなグラデーションに見えるから不思議だ。


「はしゃぐな。……裾を踏んで転ぶぞ」


「むぅ、つれないですねぇ。……でも、ありがとうございます。これ、本当に温かいです」


リーズはローブの袖口を愛おしそうに撫でた。


防御力(AC)11+魔法耐性。


見た目だけでなく、彼女の生存率サバイビリティも確実に向上している。


「機能テストはこれからだ。……行くぞ、ギルドへ」


オレたちは石畳を踏みしめ、冒険者ギルド「戦鬼の鉄床」へと向かった。


朝の街は活気に満ちている。


屋台から漂う焦げたベーコンの匂い。荷馬車の車輪が軋む音。


だが、ギルドへ近づくにつれ、空気は少しずつ澱み、血と鉄の混じった独特の臭気へと変わっていく。


ギィィィ……。


重厚な扉を押し開ける。


昨日と同じ、喧騒と熱気が渦巻くホール。


だが、オレたちが足を踏み入れた瞬間、その空気の色が変わった。


「……おい、あれ」


「昨日の『下水掃除屋』か?」


「装備を見ろ。……鉄だ。それにあのローブ、魔法繊維じゃねえか?」


視線の集中。


昨日までの「憐憫」や「嘲笑」ではない。


「値踏み」と「嫉妬」。そして、一部の者からは明確な「敵意マーク」を感じる。


たった一日で銀貨12枚を稼ぎ出し、全身の装備を一新した新人。


目立たないわけがない。


(……注目度ヘイトが高いな。だが、これも織り込み済みだ)


オレは視線を無視し、依頼掲示板へと向かおうとした。


その時だ。


「よう、おはようさん! 精が出るな、新人くん!」


わざとらしいほど明るい声が、進路を遮った。


目の前に立ったのは、革鎧を着た3人組の男たち。


中央にいるのは、登録初日にオレたちに絡み、手首を握り潰された男――ゲイルだ。


「……何用だ」


オレは足を止め、冷ややかに見下ろした。


ゲイルの右手首には包帯が巻かれている。まだ完治していないはずだ。


だが、彼の顔には昨日のような怒りや恐怖はなく、張り付いたような愛想笑いが浮かんでいる。


「いやいや、警戒しないでくれよ。昨日は俺が悪かった。酒が入っててな、ついカッとなっちまったんだ」


ゲイルは揉み手をしながら、大げさに頭を下げた。


「聞いたぜ? スライムを100匹以上狩ったってな。いやぁ、大したもんだ! 俺の目は節穴だったよ。あんたらの実力を見抜けなかったなんてな」


歯の浮くようなお世辞。


オレの『メタ・ナレッジ』が、彼の表情筋の微細な引きつりと、瞳の奥にある濁った光を解析する。


《洞察判定:成功(Success)》 《解析結果:欺瞞(Deception)》 《感情パラメータ:嫉妬 60%、侮蔑 30%、殺意 10%》


口では謝罪しているが、腹の中では「生意気なガキ」としか思っていない。


典型的な、力の弱い者を食い物にするハイエナの思考だ。


「謝罪だけなら受け取っておく。……退いてくれ」


「まあ待てよ。実はな、あんたらの実力を認めた上で、美味い話(儲け話)を持ってきたんだ」


ゲイルが声を潜め、オレに顔を近づけた。


安酒と、洗っていない髪の脂臭い匂いが鼻をつく。


「東の岩窟に、ホブゴブリンの群れが住み着いたらしい。討伐報酬は、なんと銀貨30枚だ」


「……ホブゴブリンか」


《知識判定(自然):成功(Success)》


ゴブリンの上位種。


知能が高く、集団戦術を使い、筋力も人間並みにある。推奨レベルは3〜4。


確かに、美味しい獲物ではある。


「ああ。俺たち『荒野の牙』パーティも腕には自信があるが、ちと火力が足りなくてな。……そこでだ」


ゲイルの視線が、オレの後ろにいるリーズへと向けられた。


一瞬、粘着質な欲望が走るのを、彼は笑顔の仮面で隠した。


「あんたの連れの、その嬢ちゃんの魔法があれば百人力だ。俺たちが前衛を張る。嬢ちゃんが後ろからドカンとやる。……報酬は山分けだ。銀貨15枚ずつ。悪くない話だろ?」


「……えっ?」


リーズが驚いて顔を上げる。


銀貨15枚。昨日の稼ぎを超える額だ。


だが、彼女はすぐに不安そうにオレの袖を引いた。


「ト、トールさん……私、この人たち……なんだか怖いです……」


彼女の【直感(WIS)】は正しい。


オレは内心で冷笑しながら、ゲイルの提案を脳内計算機にかけた。


【案件査定:ホブゴブリン討伐の共闘】


違和感1:パーティ構成 ゲイルのパーティは、剣士ゲイル、槍使い、軽戦士の3人だ。前衛は足りている。魔法使いが欲しいなら、わざわざ前衛であるオレ(トール)まで誘う必要はない。報酬の取り分が減るだけだ。


違和感2:報酬配分 鉄級の彼らが、木級の我々と「対等な山分け」を提示する時点で異常だ。通常なら「協力費として2割」程度が相場だろう。


結論:MPK(Monster Player Kill)の企図 彼らの狙いは「共闘」ではない。


強力な魔物の前にオレたちを突き出し、「デコイ」として消費すること。


そして、魔物がオレたちを食っている隙に攻撃するか、あるいはオレたちが死んだ後に装備を剥ぎ取ること。


彼らにとって、オレとリーズは「仲間」ではなく、「使い捨ての肉壁」兼「歩く宝箱」なのだ。


(……なるほど。舐められたものだ)


オレは怒りを感じるどころか、そのあまりに短絡的な思考に感心すら覚えた。


彼らはオレの装備(精鍛鋼のメイス)と、リーズの容姿(商品価値)を見て、我慢ができなくなったのだ。


カモがネギと鍋を背負って歩いているように見えたのだろう。


だが、それはオレにとっても同じことだ。


逆提案カウンター・オファー:カモの捕食】


ホブゴブリンの経験値(XP)は高い。


だが、単独で挑むには包囲されるリスクがある。


もし、この馬鹿どもを逆に「肉壁」として利用できるなら?


彼らが裏切るタイミングを見極め、逆に彼らを死地に追い込めば?


リターンは跳ね上がる。


報酬の独り占め。経験値の総取り。


そして何より――冒険者ギルドの法に触れずに、彼らの装備(資産)を合法的に「回収」できる権利が得られる。


「……おい、どうなんだ? 怖いならママのミルクでも飲みに行くか?」


返答が遅いオレに痺れを切らしたのか、ゲイルが挑発的な笑みを浮かべる。


その背後で、仲間の二人がニヤニヤと目配せをしているのが見えた。


オレは顔を上げ、営業用の笑みを張り付けた。


「いい話だ。……乗ろう」


「ト、トールさんっ!?」


リーズが悲鳴のような声を上げる。


彼女は信じられないという目でオレを見ている。


『どうして? あんなに怪しいのに!』という心の声が聞こえてくるようだ。


オレはリーズの肩に手を置き、指先でトン、トンと二回叩いた。


それは「オレの計算に従え」という合図だ。


「条件は一つだ。……現地ではオレの指示に従うこと。連携リンクが乱れれば全滅するからな」


「へっ、偉そうに。ま、いいさ。リーダー権はお前に譲ってやるよ」


ゲイルは「釣れた」という喜色を隠しきれずに頷いた。


彼にしてみれば、指揮権などどうでもいいのだろう。どうせ現地に着けば、事故に見せかけて裏切るつもりなのだから。


「商談成立だな」


オレはゲイルに手を差し出した。


彼はオレの手を握り返す。湿った、冷たい手。


その握手は、互いに「相手をどう殺すか(利用するか)」を確信した上での、悪魔の契約ディールだった。


「出発はすぐだ。……準備しろ」


オレはゲイルの手を離し、リーズの背中を押して歩き出した。


ギルドを出ると、リーズが今にも泣き出しそうな顔で詰め寄ってきた。


「トールさん! どうしてですか! あの人たち、絶対に変です! 昨日はあんなに意地悪だったのに……!」


「分かっている。……奴らはオレたちを『囮』にするつもりだ」


「わ、分かってて受けるんですか!? 死んじゃいますよ!」


「逆だ、リーズ」


オレは歩きながら、腰のメイスの柄を撫でた。


冷たい鋼鉄の感触が、思考をクリアにする。


「彼らはオレたちを『使い捨ての道具』だと思っている。……だからこそ、油断している」


オレは立ち止まり、リーズの青い瞳を覗き込んだ。


「いいか。ダンジョンの中で一番怖いのは、魔物じゃない。……『背中の味方』だ。だが、最初から裏切ると分かっている相手なら、それはもう『味方』ではない」


「じゃあ、あの人たちは……?」


「『動く遮蔽物カバー』兼『追加報酬ボーナス』だ」


オレはニヤリと笑った。


その笑みは、昨日スライムを焼却した時よりも深く、暗い色を帯びていたかもしれない。


「狩りに行くぞ、リーズ。……今日はホブゴブリンと、ネズミの駆除だ」


リーズは一瞬呆然としたが、やがて覚悟を決めたように杖を握りしめた。


彼女もまた、この世界で生き残るために染まりつつある。


オレたちは東の森へと向かう馬車道を進んだ。


その先に待つのは、甘い罠ではなく、オレが仕掛けた「狩り場」だとも知らずに、ゲイルたちが後ろから付いてきていた。


***


東の森に入ってから一時間。


木々の密度が増し、太陽の光が届かなくなる頃、目的の「岩窟」が姿を現した。


地面にぽっかりと開いた巨大な亀裂。


そこからは、地下特有の湿った冷気と、獣の排泄物が乾燥したような鼻をつく臭気が漂ってきている。


静寂。


鳥の声すらしない。この穴のヌシに対する、森の生態系の忌避反応だ。


「……ここが、ホブゴブリンの巣ですか?」


リーズが新しいローブの袖をギュッと握りしめ、不安げに穴を覗き込む。


彼女の美しい銀髪が、不吉な風に揺れている。


「ああ。足元に気をつけろ。……苔で滑るぞ」


オレは短く答え、足元の地面をブーツのつま先で確認した。


適度な湿度。岩盤は硬い。


足場としては悪くないが、逃走経路(退路)を確保するには視界が悪すぎる。


「さて、と。陣形フォーメーションだが……」


ゲイルが後ろから歩み寄り、馴れ馴れしくオレの肩に手を置こうとした。


オレは半歩ずれてそれを回避する。


ゲイルの手が空を切り、彼は少しだけ眉をひそめたが、すぐに貼り付けたような笑顔に戻った。


「俺たちが殿しんがりを務める。新人のアンタらが先頭だ。俺たちが背後を警戒するから、アンタらは前方のクリアリングに集中してくれ」


「……ほう? 魔法使い(キャスター)も前衛に出すのか?」


オレはあえて素朴な疑問を口にした。


通常、魔法使いは最後尾か中央に配置する。最前列に歩かせるなど、自殺行為だ。


「狭い洞窟だからな! 前衛が詰まると魔法が撃てないだろ? それに、いざとなったら俺たちがすぐに前に出て交代スイッチするさ」


白々しい嘘だ。


口の端が微かに引きつっている。


彼らの狙いは明白だ。オレとリーズを先行させ、敵と接触した瞬間に後ろから退路を塞ぐ。あるいは、置き去りにして逃げる。


典型的な「トカゲの尻尾切り」の陣形。


「分かった。……指示に従おう」


オレは了承した。


拒否すれば、ここで揉め事になる。それでは「ホブゴブリンの経験値」も「彼らの所持品」も手に入らない。


泳がせる。


裏切りという名の果実が熟して落ちる、その瞬間まで。


オレたちは暗闇の中へと足を踏み入れた。


コツ、コツ、コツ……。


岩肌に反響する足音。


リーズが【ライト】の魔法を杖先に灯す。


青白い光が、鍾乳石のように垂れ下がった岩の牙と、地面に散乱する骨――小動物や、時には人型の骨――を不気味に浮かび上がらせる。


「……トールさん、後ろの人たち……ヒソヒソ話してます」


リーズがオレの背中に隠れるようにして、震える声で囁いた。


彼女の聴覚も鋭くなっているようだ。


「気にすんな、今日の晩飯の話だろ」


「へへっ、上等な肉が食えそうだ」


背後から聞こえるゲイルたちの含み笑い。


「上等な肉」。


それが食事のことか、それともリーズのことを指しているのか。


オレの背中の毛穴が開くような感覚。殺気だ。


魔物の殺気ではない。背中の味方エネミーからの、粘着質な悪意。


(距離、5メートル。……いつでも仕掛けられる位置を維持しているな)


オレは歩きながら、右手のメイスの柄を握り直した。


掌の汗を革手袋が吸い取る。


緊張はない。あるのは、計算式が解へと収束していく静かな高揚感だけだ。


10分ほど進んだ先。


通路が急に開け、ドーム状の大広間に出た。


ムワッ、とした熱気。


そして、腐った肉と鉄錆の強烈な臭い。


「グルルルル……」


闇の奥から、複数の赤い瞳が光った。


一つ、二つ……六つ。


ライトの光が、その巨躯を照らし出す。


【敵対種:ホブゴブリン】 脅威度:1/2 (集団戦術あり) 装備:錆びたチェインメイル、長剣、ロングボウ 状態:警戒、殺意


ゴブリンとは違う。


身長は180センチ近い。筋肉は隆起し、赤茶色の肌は硬い皮膚に覆われている。


彼らは無秩序に襲いかかってこない。


盾を持った個体が前に出て、弓を持った個体が岩陰に散開する。


軍隊だ。


「ひっ……! お、大きいです……!」


リーズが杖を構える手が竦む。


スライムとは違う、知性ある暴力の圧迫感。


「……来たな」


オレは呟いた。


敵が来たことに対してではない。


背後の空気が、決定的に変質したことに対してだ。


カチッ。


背後で、何かが擦れる音がした。


火打ち石の音だ。


「へっ、悪いな新人!!」


ゲイルの叫び声が、洞窟内に反響する。


「ここは任せたぜ! せいぜい時間を稼いでくれよなぁ!!」


ヒュッ!!


風切り音。


オレの頭上を越えて、何かがホブゴブリンたちの足元へ――いや、オレたちの足元へと投げ込まれた。


それは、導火線が燃えている黒い球体。


錬金術師が作る「発音筒クラッカー」の一種。殺傷能力はないが、強烈な音と光を撒き散らす、魔物誘引アグロ音。


狭い洞窟内での爆発音は、鼓膜を直接殴りつけるような暴力となって反響した。


マグネシウムの閃光が視界を白く焼き、火薬と硫黄の鼻をつく臭いが充満する。


「ギャアオオオォォォッ!!」


刺激を受けたホブゴブリンたちが、興奮の咆哮を上げた。


彼らの単純な思考回路は、目の前で発生した光と音の発生源――つまり、オレたちを「最大の敵」として認識ロックオンした。


ドカドカと地面を揺らし、殺意の塊となって突進してくる。


「きゃぁぁっ!? め、目が……!?」


リーズが悲鳴を上げ、視界を奪われてしゃがみ込む。


パニック状態だ。無理もない。


そして、その混乱の隙を突いて、背後の足音が遠ざかっていく。


「ヒャハハハ! 死ぬ気で稼いでくれよなぁ、肉壁さんよぉ!」


ゲイルの嘲笑。


彼らはオレたちが魔物に喰い殺されている間に、安全圏まで退避し、ほとぼりが冷めた頃に死体漁りに戻ってくる算段だ。


完璧なMPKモンスター・プレイヤー・キラー


新人なら、ここで絶望して終わりだ。


だが。


(……閃光効果、推定3秒。聴覚麻痺、5秒。……安い花火だ)


オレは一歩も動かなかった。


CON19に上昇した肉体は、強烈な閃光からの視神経の回復を、コンマ数秒で完了させている。


《耐久力判定:成功(Success)》


視界はクリアだ。


迫りくるホブゴブリンの先頭、錆びた長剣を振り上げた個体の筋肉の動きが、スローモーションのように見える。


ブンッ!!


粗雑だが、重量のある一撃。


普通の剣士なら盾で受けるか、回避を選択する威力だ。


だが、オレは左手を――鉄の籠手(鉄の籠手ガントレット)を嵌めた左手を、無造作に突き出した。


【戦技:受け流し(パリー)】


ガギィィィンッ!!


硬質な金属音が洞窟に響き渡る。


ホブゴブリンの長剣は、オレの鉄の籠手ガントレットの表面を滑り、火花を散らしながら軌道を逸らされた。


力任せに弾いたのではない。


剣の側面を叩き、ベクトルを「無害な方向」へと流したのだ。


《戦技ダイス(1d8)使用:ダメージ軽減》


「グ、ルァ……!?」


ホブゴブリンが目を見開く。


渾身の一撃を、片手で、しかも「素手(に見える状態)」で逸らされたことに、思考が追いついていない。


体勢が崩れ、脇腹ががら空きになる。


「……トール、さん……?」


リーズが薄目を開け、呆然と呟く。


彼女の目の前には、迫りくる巨体と、それを岩のように微動だにせず受け止めるオレの背中があった。


「慌てるな、リーズ。……予定通りだ」


オレは右手のメイスを握り込み、崩れたホブゴブリンの顔面へと視線を定めた。


「逃げ道? そんなものは必要ない」


オレはニヤリと笑い、背後で逃走を図る「ゴミ掃除」の段取りを脳内で組み立てた。


まずは、目の前の障害物を排除する。


「前から来るのは『経験値』だ。……美味しくいただこうか」


***


ガギィンッ……!!


左手の鉄の籠手ガントレットでホブゴブリンの剛剣を弾いた瞬間、オレの世界は数値の羅列へと変わった。


敵の体勢が崩れる。


右脇腹から首筋にかけて、無防備なライン(死線)が浮かび上がる。


通常の戦士なら剣を振りかぶるだろう。だが、オレは違う。


(……修正値ボーナス付与。打撃角度、補正完了)


オレは右手のメイスを、最短距離で突き出した。


大きく振る必要はない。STR18の膂力と、戦技による精密誘導があれば、わずか数センチの加速で鉄板を貫ける。


【戦技:必中攻撃プレシジョン・アタック


ゴッ……バキィィィッ!!


鈍く、重い破壊音。


精鍛鋼の鉄槌が、ホブゴブリンの顎を兜ごと粉砕した。


脳が揺れ、頸椎が断裂する感触が柄を通して掌に伝わる。


《攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:1d8(メイス) + 4(筋力) + 1d8(戦技) = 19ダメージ(即死)》


巨体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。即死だ。


「グルァッ!?」


仲間が一瞬で屠られたことに、後続のホブゴブリンたちが足を止めた。


その一瞬の躊躇が、彼らの命運を尽きさせた。


「リーズ、右翼3体! 魔法のマジック・ミサイルだ!」


「は、はいっ! 穿てッ!!」


オレの指示に、背後のリーズが即座に反応する。


恐怖で震えていた彼女だが、オレの背中という「絶対的な壁」がある限り、その砲撃精度は揺らがない。


ヒュンヒュンヒュンッ!


三条の青白い光弾が、闇を裂いてホブゴブリンの目玉と喉元に吸い込まれた。


《ダメージ計算:1d4+1 × 3 = 12ダメージ(分散ヒット)》


「ギャッ!?」


敵が怯む。


その隙に、オレは踏み込んだ。


目の前には、盾を構えた一回り大きなホブゴブリン(リーダー個体)。


奴はオレの突進に対し、亀のように盾を固めて防御態勢を取った。


(……防御か。悪手だ)


オレは減速しなかった。


むしろ、さらに加速する。


体内の「戦技ダイス」を消費し、破壊エネルギーをインパクトの瞬間に一点集中させる。


狙うのは敵ではない。「敵の後ろ」にある空間だ。


【戦技:押しやり攻撃プッシング・アタック


「どけッ!!」


ドォォォォォォォンッ!!


衝突。


それは打撃というより、交通事故に近かった。


オレのメイスがホブゴブリンの盾を叩くと同時に、爆発的な運動エネルギーが伝播する。


ベキベキッ! と盾がへし折れ、その衝撃がホブゴブリンの体重(約100キロ)を軽々と宙に浮かせた。


《筋力対抗判定:トール勝利(Win)》


「ガァァッ!?」


巨体が砲弾のように吹き飛ぶ。


そして、その「砲弾」が向かった先は――


***


「へっ、へへっ! バカな新人だぜ! せいぜい時間稼ぎに……」


洞窟の出口へ向かって走っていたゲイルは、背後からの轟音に足を止めた。


振り返った彼の目に映ったのは、暗闇の中から飛んでくる巨大な黒い影だった。


「は……?」


ドガァァァン!!


「ぐべぇっ!?」


「ぎゃぁっ!!」


ボウリングのピンのように、ゲイルと仲間の二人が吹き飛ばされた。


飛んできたホブゴブリンの死体と、逃げようとしていた3人がもつれ合い、地面を転がる。


出口への道が、肉の壁によって物理的に塞がれた。


「い、いてぇ……な、なんだ!? 何が起きた!?」


ゲイルが鼻血を流しながら顔を上げる。


その視線の先に、悪魔が立っていた。


返り血で赤く染まったメイスをぶら下げ、鉄の籠手をはめた男が、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「……計算通りだ」


男――トールが、無機質に呟いた。


その背後には、頭蓋を砕かれ、あるいは魔法で穴を開けられて絶命したホブゴブリンの死屍累々が転がっている。


殲滅完了まで、わずか数十秒。


一方的な蹂躙マサカーだ。


「ひッ……!? お、お前……あの数を、もう……!?」


ゲイルは腰が抜けて立てなかった。


ホブゴブリンの群れだぞ? 鉄級パーティでも苦戦する相手だぞ?


それを、たった二人で、しかも無傷で?


「契約履行の時間だ、ゲイル」


トールが目の前に立つ。


見上げるその姿は、洞窟の闇よりも濃い影を落としていた。


精鍛鋼のメイスが、ポタ、ポタと粘着質な血を滴らせている。


「お前たちは『前衛を務める』と言ったな? だが、実際にやったのは『敵を連れてくる(トレイン)』ことだけだ」


「ち、違う! 俺たちは、その、態勢を立て直そうと……!」


「嘘だな」


トールは短く断じ、左手の鉄の籠手ガントレットでゲイルの胸ぐらを掴み上げた。


STR18の怪力。


大の男が、子猫のように宙吊りにされる。


《威圧判定:成功(Success)》


「がっ、ぐぅ……ッ!?」


欺瞞ブラフ判定、失敗だ。……お前たちの行動は、ギルド規約違反のMPK(モンスター擦り付け)に該当する。通常ならギルド追放、悪質な場合は死罪だ」


トールは淡々と告げた。怒りはない。


ただ、事務的に罪状を読み上げている裁判官のような冷徹さ。


「た、助けてくれ! 金ならやる! だから、ギルドには……!」


ゲイルが涙目になって懇願する。


冒険者資格を失えば、この街では生きていけない。


「金? ああ、当然払ってもらう」


トールはニヤリと笑った。


その笑顔を見て、ゲイルは悟った。この男は、最初からこれを狙っていたのだと。


「違約金だ。……財布、武器、防具、装飾品。身につけている『資産』をすべて置いていけ」


「は……? す、全て……?」


「そうだ。下着一枚残して消えろ。……それとも、ここでホブゴブリンの死体と一緒に『事故死』として処理されたいか?」


トールの右手のメイスが、風を切る音を立てて肩に乗せられた。


脅しではない。


「NO」と言えば、次の瞬間には頭蓋骨が砕かれるという確信があった。


「や、やります! 全部置いていきますぅ!!」


ゲイルたちは泣きながら装備を解いた。


革鎧を脱ぎ、剣を置き、靴さえも脱ぐ。隠し持っていた小銭入れも、震える手で差し出す。


数分後。


そこには、パンツ一丁になった情けない男たち3人と、彼らが残した装備の山があった。


「……行け。5秒だけ待ってやる」


「ひぃぃぃっ!!」


裸の男たちは、蜘蛛の子を散らすように洞窟の出口へと走っていった。


彼らはもう、二度とオレたちに近づかないだろう。


恐怖というくさびは、どんな契約書よりも効く。


「……トール、さん」


全てが終わった後、リーズが恐る恐る近づいてきた。


彼女は裸で逃げていった男たちの背中と、地面に積まれた装備の山を交互に見ている。


「あ、あの……いいんですか? こんなに剥ぎ取っちゃって……」


「正当な『回収リカバリー』だ」


オレはしゃがみ込み、ゲイルが置いていった長剣を手に取った。


手入れは悪いが、鉄としての価値はある。革鎧も中古市場で売れるだろう。


財布の中身は銀貨20枚ほど。


「彼らはオレたちを殺そうとした。……命があるだけマシだと思え」


オレは冷酷に言い放ち、戦利品を麻袋に詰め込んだ。


ホブゴブリンの討伐証明部位(右耳)と、彼らの装備品。


合わせて銀貨50枚以上の価値にはなる。


(……黒字だ。大幅なな)


オレは満足げに息を吐いた。


新人狩りを狩る。


ハイリスクだが、リターンも大きい。


「リーズ、お前も手伝え。……これは『ボーナス』だ」


「は、はいっ! ……でも、トールさんって、たまに魔物より怖いです……」


「心外だな。オレはいつだって合理的だ」


オレたちは戦利品を担ぎ、洞窟を後にした。


外に出ると、森の空気が美味かった。


鉄の臭いと、血の臭い。そして何より、懐に入った重い銀貨の感触。


Lv3の力と、新しい戦技。


そして、人の悪意すらも糧にする強さ。


オレはこの世界デス・ゲームの攻略法を、完全に掴みつつあった。


帰り道、オレはリーズに告げた。


「今日は焼肉だ。……一番高い店に行くぞ」


「えっ!? や、やったぁ! トールさん大好きですぅ!」


リーズが歓声を上げ、オレの腕に抱きついてくる。


単純な奴だ。だが、この素直さが、殺伐とした精神の清涼剤になっているのも事実だ。


冒険者稼業、順風満帆。


オレたちは夕日に照らされながら、バルグの街へと凱旋した。

【管理者ステータス】

■トール レベル: Lv.3 クラス: ファイター(バトルマスター)

HP: 34 / 34

装備:[精鍛鋼のウォー・メイス][鉄の籠手][平服]


能力値:

STR:18 / DEX:12 / CON:19 / INT:16 / WIS:14 / CHA:10


【底力】、【受動知覚】、【次元を超えた知識】、【怒涛のアクション】、【戦技:足払い・受け流し・必中攻撃・押しやり攻撃】


【パーティメンバー】

■リーズ (Lv.3 / ソーサラー)(竜の血脈)

HP: 14/14

装備: [樫の木の杖][見習い魔術師の防護ローブ(改)][なし]

状態: 健康(焼肉を楽しみにしている)

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