表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/27

第12話 初仕事・泥沼の快進撃②

「来たぞ。……頭上だ」


オレの警告とほぼ同時だった。


天井の苔むした石積みの隙間から、緑色の粘液の塊が、重力に従ってボタリと落ちてきた。


ベチャッ。


湿った衝突音が響く。


落ちてきたアシッド・スライムの一匹が、オレの左肩に直撃した。


《回避判定:失敗(Fail)》


瞬間、巻き付けていたボロ布から、白い煙と共にジュウウウッ……という嫌な音が立ち昇る。


強酸による化学腐食音だ。


「ヒッ……! ト、トールさん! 煙が!」


「騒ぐな。……表面の布が焼けているだけだ」


オレは冷静にダメージ計算を行った。


《ダメージ計算:1d4(酸) - 装甲軽減(3) = 0ダメージ(布が腐食)》


スライムの酸性度は推定pH1.5前後。


布一枚を貫通するのに約3秒。その下の層を食い破るのにさらに10秒。


皮膚への到達までは猶予がある。


初期投資した銅貨12枚分のボロ布は、期待通りの防護性能コストパフォーマンスを発揮している。


だが、敵は一匹ではない。


ボトッ……ベチャッ、グチャッ……!


天井全体が剥がれ落ちるように、次々とスライムが降ってくる。


緑色の雨。


あるいは、汚泥の雪崩。


狭い下水道の通路は、瞬く間に蠢く粘液で埋め尽くされようとしていた。


「下がるな、リーズ」


オレは一歩も引かず、むしろ半歩前に出て、通路の幅いっぱいに身体を広げた。


「オレがコルクになる。……お前は後ろで詠唱準備だ」


「で、でもっ! そんなにたくさん……!」


「いいから構えろ。……これは『集敵アグロ・コントロール』だ」


オレはボロ布を巻いた両腕を広げた。


攻撃するためではない。


敵をオレの身体に「接着」させるためだ。


スライムたちにとって、通路を塞ぐ巨大な熱源オレは、障害物であると同時に極上の餌に見えるはずだ。


彼らは本能に従い、リーズの方へは向かわず、全てオレに群がってくる。


ヌルリ……。


足元から這い上がってきたスライムが、ブーツを覆い尽くし、脛へと登ってくる。


肩に乗った個体が分裂し、首筋へと垂れ下がる。


正面から飛びかかってきた個体が、胸板に張り付く。


「ぐっ……」


オレは歯を食いしばり、STR18の筋力で足を踏ん張った。


《抵抗判定:成功(Success)》


重い。


一匹あたり5キロとしても、10匹張り付けば50キロの負荷だ。


それが全身にまとわりつき、さらに酸で装備を溶かしてくる。


【警告:装甲耐久値低下】 【警告:継続ダメージ(DoT)発生】


ボロ布の第一層が溶け落ち、第二層が食い破られ、ついに酸がオレの表皮に到達した。


ジリジリとした熱さ。


その直後、神経を直接火箸で撫でられたような鋭い痛みが走る。


(……右腕、表皮溶解。左大腿部、軽度の化学熱傷。HP減少率、毎秒0.5%……)


《ダメージ計算:1d6(酸・集中) + 継続ダメージ = 4ダメージ》


脳内で冷静に被害状況ダメージレートをモニタリングする。


痛い。当然だ。


だが、CON18という異常な耐久値が、肉体の崩壊を際どいところで食い止めている。


普通の人間ならショック死しかねない激痛も、オレにとっては「耐えられる数値」でしかない。


「う、うわぁぁぁぁっ!!」


背後でリーズが絶叫した。


彼女の視点では、オレの姿は地獄絵図そのものだろう。


全身を緑色の粘液に覆われ、煙を上げ、肉が焼ける臭いを撒き散らしている男。


ホラー映画の犠牲者だ。


「と、トールさんが……溶けちゃいますぅ!! いやぁぁッ!!」


リーズが錯乱し、杖を取り落としそうになる。


無理もない。彼女はこの間まで村娘だったのだ。


だが、ここで彼女がパニックになれば、オレたちは全滅ワイプする。


「泣くなッ!!」


オレはヘドロと酸にまみれた顔を上げ、裂帛の気合いで怒鳴った。


《威圧判定:成功(Success)》


「見ろ、リーズ! ……オレはまだ立っている!」


「ひっ……!?」


「これは計算の上だ! 経費(HP)を払って、利益(勝利)を買っているんだ! ……オレの投資を無駄にする気か!?」


オレの声に、リーズがハッとして涙を拭う。


彼女は震える手で杖を握り直した。


「……ま、まだ、生きて……?」


「当たり前だ。……オレは死なん」


オレは首に巻き付こうとしたスライムを素手(ボロ布越し)で引き剥がし、地面に叩きつけた。


手のひらが焼け爛れるが、無視する。


《ダメージ計算:酸接触(1) = 1ダメージ》


「見ろ、敵はすべてオレに集まった。……一直線だ」


狭い通路。


オレという壁に群がるスライムたち。


それは、範囲魔法を撃ち込むために用意された、完璧な「マト」だった。


一匹ずつ倒せば、武器の消耗も時間もかさむ。


だが、まとめて焼けば、コストは「魔法1発分」で済む。


「……ま、まとめて……?」


リーズの目に、理解の光が宿る。


恐怖が、戦術的な思考へと切り替わっていく。


オレがなぜ、馬鹿みたいに正面で耐えているのか。


その意図を理解した瞬間、彼女の魔力が高まった。


「……どいてください、なんて言っても、無理ですよね」


「ああ。……オレごと焼くつもりで撃て」


オレはスライムの重みに耐えながら、ニヤリと笑った。


足元の汚水が、魔力の余波で波紋を描く。


ヘドロの腐敗臭と、酸の刺激臭が充満する閉鎖空間。


そこに、新たな熱源が発生する。


リーズが杖を突き出す。


その先端に、紅蓮の炎が圧縮されていく。


彼女の才能。高い魔力適性。


それが今、生存本能というトリガーによって解放されようとしていた。


「トールさんが……熱くないように、すぐに終わらせますッ!!」


「いい火力(DPS)だ……来いッ!!」


オレは全身の筋肉を硬化させ、衝撃に備えた。


目前のスライムたちが、魔力の高まりを感知して怯むように震える。


だが、もう遅い。


逃げ場はない。


「【バーニング・ハンズ(燃える手)】!!」


《呪文行使判定:クリティカル(Critical)》


少女の叫びと共に、薄暗い下水道が真昼のように明るく照らし出された。


ゴウウウウウウウウッ!!


リーズの杖から放たれた扇状の炎が、狭い下水道の空気を一瞬で喰らい尽くし、爆発的な熱波となって押し寄せた。


視界が真白に染まる。


それは魔法というより、指向性のガス爆発に近かった。


「……あついな」


オレは炎の渦の中心で、冷静に感想を抱いた。


事前に被っておいた下水(水分)が、瞬時に沸騰し、蒸気の膜となってオレの皮膚を覆う。


ライデンフロスト効果。


直火のダメージは軽減されるが、代わりに蒸し焼きにされるような高熱が全身を襲う。


《ダメージ計算:4d6(火炎・クリティカル) + 魔力修正 = 24ダメージ》 《抵抗判定:成功(半減) = 12ダメージ》


だが、オレに張り付いていたスライムどもにとっては、それは「死」そのものだった。


『ギィィィ……ジュッ、ボシュッ……!』


断末魔を上げる暇すらなかった。


水風船が破裂するように、スライムの体液が一瞬で沸騰・蒸発する。


粘液質の身体が炭化し、黒い煤となって崩れ落ちていく。


オレの身体を締め付けていた重みと、皮膚を焼く酸の痛みが、熱波と共に消し飛んだ。


(……殲滅確認。……被害軽微)


オレは顔を庇っていた腕を下ろした。


眉毛と髪の毛先がチリチリに焦げているが、CON18の皮膚は赤く火照っている程度だ。


銅貨12枚で買ったボロ布は完全に灰になったが、これは必要経費だ。


炎が収まると、そこにはもう、蠢く緑色の悪夢は存在しなかった。


代わりに、通路一面に立ち込める濃密な水蒸気と、鼻をつく焦げたタンパク質の臭い。


そして、足元のヘドロの中に散らばる、無数の輝きだけが残っていた。


「はぁ……はぁ……! ト、トールさん……!?」


蒸気の向こうから、リーズの悲鳴に近い声が聞こえる。


彼女は腰を抜かし、涙目でこちらを見つめていた。


黒焦げの壁、蒸発した汚水、そしてその中心に仁王立ちする男。


彼女の目には、オレが不死身の怪物か何かに見えているのかもしれない。


「……見事な火力(DPS)だ、リーズ」


オレは煤けた顔でニヤリと笑った。


喉が渇いている。高温の空気を吸い込んだせいで、気管がヒリヒリする。


「え……い、生きて……無事、なんですか……?」


「無事だ。……少しサウナが過ぎたがな」


オレは足元を見下ろした。


黒く炭化したスライムの残骸。その中に、緑色に光るビー玉のような結晶が残っている。


スライムのコアだ。


一つにつき大銅貨一枚。


ざっと数えて、20個以上はある。


「……入れ食いだな」


これは掃除ではない。収穫だ。


オレはリーズに向かって手招きした。


「まだ終わっていないぞ。次が来る。……その前に回収だ」


「は、はいっ!」


リーズが慌てて立ち上がる。


彼女の顔から、恐怖が消えていた。


自分の魔法が、あの生理的に無理な敵を一掃できる「絶対的な洗剤」になると知ったからだ。


嫌悪感は、征服感へと変わりつつある。


オレたちは先に進んだ。


次なる獲物の群れを求めて。


この汚泥の海は、オレたちにとっては黄金の鉱脈に他ならない。


***


「……回収作業ルッキングだ。ここからが本当の『仕事』だぞ」


オレはしゃがみ込み、まだ熱を帯びているヘドロの中に、躊躇なく素手を突っ込んだ。


ヌルリとした不快感。


指の間を、スライムの死骸であるゼリー状の炭化物と、都市の汚泥が混じり合った黒い液体がすり抜けていく。


普通の神経なら、悲鳴を上げて手を洗いに走るレベルの不潔さだ。


「ひっ……!?」


リーズが顔をしかめる。


生理的嫌悪感。当然だ。ここは街の排泄物が集まる場所であり、さらに強酸と焦げたタンパク質が混じった最悪の混合物だ。


だが、オレの指先は、泥の中に沈む「硬質な異物」を確かに捉えていた。


「何をしている、リーズ。お前も拾え」


オレは泥の中から核を掴み出し、腰の麻袋に放り込みながら言った。


カチリ、と硬い音がする。


「えっ……い、嫌です! 無理です! 素手なんて……!」


「計算してみろ」


オレは拾い上げた核を一つ、指先で摘んで見せた。


ヘドロまみれだが、ボロ布で拭えば、エメラルドのように美しい緑色の輝きを放つ結晶体だ。


「この核一つで、報酬は大銅貨1枚。……地上の相場で言えば、柔らかい白パンが3つ、具入りのスープが2杯食える額だ」


「……え?」


リーズの動きが止まる。


彼女の脳裏に、昨晩のゴムのような黒パンと、今朝の空腹で目が覚めた惨めな記憶がフラッシュバックする。


「ここには、ざっと20個以上の核がある。……全部拾えば、今夜は宿のふかふかのベッドで眠り、肉の入ったシチューを腹いっぱい食えるぞ」


「に、肉……シチュー……」


リーズがゴクリと喉を鳴らす。


彼女の中で、「生理的嫌悪サニタリー」と「生存本能アペタイト」が激しく天秤にかけられる。


「汚いと思うな。……これは『泥』じゃない。『換金前の硬貨』だ」


オレの言葉が決定打となった。


リーズはおずおずと近づき、顔をしかめながらも、震える指先をヘドロへと伸ばした。


「……うぅ……パンのため……お肉のため……」


「そうだ。……感情を殺せ。利益リターンだけを見ろ」


オレたちは黙々と作業を続けた。


泥を掬い、指先の感触で硬い異物を探り当て、袋に入れる。


爪の間に汚泥が入り込む。臭いが皮膚に染み付く。


だが、袋が重くなるたびに、オレたちの「明日」が確実なものになっていく。


その後も、オレたちは作業を続けた。


地下水道は広大だ。進めば進むほど、新たなスライムの群れが現れる。


普通なら、酸による装備の消耗か、魔力切れ(ガス欠)で撤退を余儀なくされるところだ。


だが、オレたちにはその限界がない。


【戦術:永久機関パーペチュアル・システム


1.オレが集める(ボロ布は溶けたら予備を巻く)。 2.リーズが焼く(ソーサラーの魔力回復機能でMPを維持)。 3.回収する。


このサイクルが完成していた。


恐怖は消え、単純作業特有の没入感(フロー状態)へと移行していく。


50匹。80匹。100匹……。


作業開始から2時間が経過した頃だった。


オレが105個目の核を袋に放り込んだ直後、身体の奥底でドクンと心臓が跳ねた。


疲労ではない。


もっと根源的な、魂の器が拡張される感覚。


《経験値閾値を突破》 《レベルアップ要件達成:Lv 2 → Lv 3》


オレの脳内に、無機質なシステムログが表示される。


通常、新人がLv3に上がるだけでも数十回の依頼達成が必要だ。


だが、今回は「格上の群れ」を「単独パーティ(2人)」で、しかも「異常な数(100体以上)」殲滅した。


リスクに見合うだけのリターン(経験値)が、一気に入ってきたのだ。


オレは【承認】を念じた。


瞬間、全身を駆け巡る熱い奔流。


酸でただれていた皮膚が、急速に剥がれ落ち、その下から真新しい、より強靭な皮膚が再生していく。


筋肉の繊維がさらに太く、密になり、骨格が鋼鉄のように硬化する。


【トール:Lv3】 HP: 24 → 34 (大幅上昇) STR: 18 (維持) CON: 18 → 19 (耐久値上昇) クラス特徴:【戦士の類型アーキタイプ】選択可能


身体が軽い。


連戦による疲労が完全に消え去り、全能感が満ちてくる。


生物としての「ティア」が一段階上がった実感。これなら、オーク相手でも素手で殴り殺せる確信がある。


「あ……ッ!?」


隣でリーズも短く声を上げ、その場に膝をついた。


彼女の身体が、薄暗い地下道で淡い光を帯びている。


「トールさん、私、なんか変です。……魔力が、溢れてきそうで……」


リーズが自分の手を見つめる。


彼女の中の「魔力回路」が拡張され、より太く、強靭なものへと作り変えられていくのが『メタ・ナレッジ』を通して視える。


消費していたはずのMPが、レベルアップに伴う全回復フル・リストアによって満タンまで巻き戻る。


「強くなったんだ。……我慢して稼いだ『ご褒美』だと思え」


「すごい……疲れが、全部なくなりました! これなら、もっといけます!」


リーズの瞳に、狩人の色が宿る。


魔力が尽きない砲台。


それはこの地下水路の生態系にとって、悪夢以外の何物でもないだろう。


「よし。……袋がいっぱいになるまで狩り尽くすぞ」


オレたちはさらに奥へと進んだ。


もはや作業ではない。一方的な蹂躙だ。


最終的に、麻袋が物理的に限界を迎えるまで狩り続け、オレたちが地上への梯子を登ったのは、日が傾きかけた頃だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ